熱いんだか痛いんだかよく分からなかった。
何が起きたのかもよく分からないが、恐らくは被弾したのだろう。身体は動くようなので、未だチカチカする目で何とか辺りを確認する。見るも無惨な様子に思わず目を背けたくなるが、それはできなかった。隊を総括するものとして、確認しなければならなかった。
傍に一人、犠牲になってしまった者がいて、その顔を見た瞬間、どうしようもたまらなくなる。
「・・・・・ごめん・・・・・」
溢れてくる涙を堪えるなんてできなくて、情けなくも子どもみたいに泣きながら、言えたのは謝罪の言葉だけ。そして頭の中では思い出が駆け巡る。
初めて与えられた隊長職の、初めての部下4人の一人で、初めて会った時のことや、飲みに連れて行った時のことがリアルに思い出されて、その度に胸に突き刺さるような痛みが走った。

『サッカー好きです』

そう言って笑っていたのは、いつのことだっただろう。






* * * * *






視界の真ん中を陣取る四角い画面の端を紺色の防災服が忙しげに通り過ぎていく。
今の資料作りが終わったら、今度は来月の区長会の資料を作って、あぁ、公用車の点検時期も近付いてきてた気がするし、何から手をつければいいのか分からなくなる。
「・・・・・今日も帰れないかな・・・・・」
ため息と共に漏れ出た愚痴は、多分誰も聞いてないはず。自分以外の誰かの愚痴に付き合うほどの余裕は課員の誰にもないんだし。
「忙しそうだなぁ、相変わらず」
不意に横から声をかけられ、顔を上げると仲良くしてる先輩の姿。さっきの言葉から呆れたような表情の意味が分かって、俺はへらりと表情を緩めた。
「太一くん、おつかれーす」
「どっちかっつーとお前のがお疲れじゃねぇか」
太一くんはそうため息をつくと俺の頭を小突く。その瞬間、何となく張っていた気が少し緩んだ気がして、俺も小さくため息をついた。
「疲れてんなぁ。ちゃんと帰ってるか?」
「布団では寝てますよ」
時間短いですけど。
「飯は?」
「3食ちゃんと食べてます」
コンビニ弁当ですけど。
でもそんなことは言えない。大変なのはみんな同じで、俺だけが辛い思いしてるわけじゃない。
だから思うだけ。続く言葉は飲み込む。
だって、台風が来たら、川が氾濫したら、地震が来たら、誰よりも早く動かなきゃいけないのは行政で、それは俺の課で、ひいては俺なんだ。
ソフトとハード、すべてが整わない限り、のんびりなんてしてられない。戦争が終わったから即平和なんじゃなくて、万が一の時にも安心していられるのが本当の平和なんだと思うから。
まだ弱音は吐いちゃいけない。
「・・・・・気持ちは分かるけどな」
太一くんが小さく呟いた声が聞こえた。
財政を担当してる太一くんから見れば、頭が痛いことだってよく分かる。お金は無尽蔵にあるわけじゃないし。きっと太一くんもその先の言葉を飲み込んでる。この職場ではどこだって矛盾だらけだ。
「ま、そんなお疲れの長瀬君にはこれをやろう」
そう言いながら太一くんが俺の机の上に置いたのは栄養ドリンクだった。しかもちょっと高いやつ。
「仕事熱心なのは良いけど、身体壊したら元も子もねぇぞ」
「ありがとう・・・・・!」
「今日は無理だろうけど、今度飯奢ってやるよ」
今日誕生日だろ。太一くんはそう言って笑う。そんなことすっかり忘れてた。そうだ、今日は誕生日だったんだ。
「・・・・・あ・・・・・ありがとう・・・・・」
「とりあえず仕事落ち着いたら、な。早く帰れる日は身体休・・・・・」
「行くよ!!」
何故か俺は、太一くんの言葉を遮るように声を上げてしまった。
「行く!仕事早く切り上げて絶対行きます!!」
行かなきゃ。今度って言ってたら、行けなくなっちゃう。
明日生きていられるかも分かんないのに!
「ばーか。そんなんで飯食いに行っても遊びに行っても、お前だけでなく俺も面白くねーの。そんなに行きたいんなら、きちんと仕事にケリつけて、体調をしっかり整えてから出てこい」
じゃないと誘わない、と太一くんは笑う。
ああ、どうしたらいいんだろう。そんなんじゃ、また約束を守れない。
よく分からないけれど、今すぐどうにかしなければならない気がしてきて、思わず立ち上がる。
急に立ち上がった俺に太一くんは驚いて目を見開いて、それから少し厳しい表情で俺の肩に手を置いた。
「何焦ってんだよ。慌てると簡単なもんもミスるぞ。今は戦時中じゃない。言い方は悪いけど、時間はたっぷりあるんだ。お前がやってる事業は、戦後50年かけてもまだ半ばの事業なんだぞ?お前みたいなひよっこが焦って何とかなるもんじゃねぇ。落ち着け」
そして太一くんは俺の肩をぐっと押さえ付けた。座れと言いたいんだろう。それに従って大人しく座ると、太一くんは笑った。
「やりかけの事業が途中で壊されることはない。じっくりやればいいんだよ」
ま、他課の俺が言うことじゃないけどな。太一くんは小さな声でそう言いながら周りを見渡した。幸いなことに周囲には誰もいない。課の人も外回りや何やかんやで席を外していた。
「よく見ろよ。何でお前んとこの主幹がほぼ定時で帰ってて、お前が帰れてねえんだ?寝不足で集中力欠いてちゃ終わるもんも終わんねーだろ。今日お前定時で上がれよ?」
「え・・・無理・・・」
「無理じゃねー。迎えに来てやるから一緒に帰るぞ。で、飯食いに行こう。奢ってやる」
約束だからな。太一くんはそう言って、俺の頭を軽く叩いた。
そして、あと4時間がんばれ、と呟くと、手をヒラヒラ振って去って行った。
「・・・・・・・・・・・さっき『また今度に』って言ってたのに・・・・・・・・・・」
けれど、急遽予定を変えて誘ってくれたのなら、それこそ破るわけにはいかない。
「よし!」
俺は勢いよく両頬を挟むように叩く。パチンと甲高い音がして、ちょっとだけ目が覚めた気がした。
「今日は定時で帰る!」
そして、さっき太一くんからもらった栄養ドリンクを一気に飲み干した。






* * * * *






「隊長もサッカーするんですか?」
ジープの窓から見えたサッカーグラウンドをぼんやり眺めていた時だっただろうか。
そう言って笑った部下の目はいつも以上にキラキラと輝いていた。
少しだけ、と返せば、自分もサッカー好きですと楽しそうに言うもんだから、確か、それからしばらくサッカー談議に花を咲かせたんだったと思う。
「サッカーやりてーなぁ」
「やりたいですね。人数なかなか集まらないですけど」
「俺の知り合いに声かけてみようか、帰ってきたら。それで、サッカーやろうぜ」
「・・・・・・・はい!」
私の提案に、部下はとても嬉しそうに笑った。出征してから初めて見た笑顔かもしれなかった。

それを、それさえも守れなかったのだ。
「ごめんな・・・・・守れなくて・・・・・」
けれどここで立ち止まっているわけにはいかないから、行かなきゃいけない。
だから今だけは泣かせてくれ。


次は、次は必ず。絶対に約束を守るから。




それだけは絶対に忘れない。








fin
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誕生日おめでとうございます、ベイベ!
年々ごつくなっていきますが、変わらずカッコ良くてかわいいアナタが好きです(^^)
これからも付いて行くんで、フロントマンとしてがんばってください!

何か重い話になっちゃってすみませぬ・・・・・。もうちょっと軽い感じの話になるはずだったのにな(汗)

改めまして、おめでとうございました!


2012/11/07





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