見上げると、黒に近い濃紺の中に、数えきれないほどの細かい光が瞬いている。
少しだけ勢いが小さくなった火に小枝を放り込みながら、ぼんやりとそれを眺めていた。
「そういえば、今日、誕生日だったなー」
夜番をしているのは自分だけ。あえて口に出すと、もちろん返事は無かったうえに、何となく寂しい気持ちになる。今の状況を考えれば、誕生日なんて考える暇はない。そもそも、今日まで生きてこれたことが奇跡かもしれなかった。
「今日、誕生日なの?」
急に背後からかけられた声に飛び上がる。寝ていると思っていたから、声も出ないほど驚いた。
「・・・・・あ、いえ、すみません。不謹慎なこと・・・・・」
「気にすんなよ。俺とお前しかいねーじゃん。てか隊長起きてても、そんなこと言う人じゃないし」
からからと笑いながら上官は私の横に座った。その様子に自然と笑みが浮かぶ。そうだ。そもそも不謹慎だとかそんなこと言うような人は、人数が減ってしまう前からこの隊にはいなかった。
「そうか、誕生日かー。ここが戦地じゃなかったら、祝ってやったのになぁ」
「マジっすか。じゃあ、どんなふうに祝ってくれますか?」






* * * * *






仕事にキリが付かず、少しずれた時間に食堂に向かえば、中途半端な時間過ぎてほとんど利用者はいなかった。
お昼終わりの休憩なのか、のんびりとしていた厨房の中に声をかけ、本当は終わっていたランチセットをお願いした。すっかり顔なじみのおばちゃんたちは、ちゃんと残してあるよと豪快に笑い、のんびりと動き出す。それに笑い返して頭を下げると、座ってなと追い出された。


戦争が終わってようやく50年が経った。
もちろん、生まれたのもこの職場に就職したのも戦争が終わってからだから、当時のことなんて知らない。
たまたま生まれ育った町が戦地からほど遠いところだったからだろう。西の方からやってきた職員の中には、戦地になった土地の惨状を知っている奴もいた。
そこに生まれなくて、そして巻き込まれなくて、幸せだったんだろうと思う。だからこそ、今まで復興に携わってきた先人たちへ、何かしなきゃいけないと思うのだろう。
けれど、やりたいこととやれることは必ずしも一致しないものだ。
財政に携わるようになってすでに5年。新人職員としてこの市に採用されてからいろんな課を渡り歩いたが、いつの間にか財政に関してが一番詳しくなっている。
だからこそ分かる。
求められることも必要なことも、全てにお金がかかること。けれど、扱っているお金は自由に使えるものではないこと。たった一人の利益のためだけにはお金は使えないこと。
やりたいこととやれることが一致しない。気持ちと現実が矛盾して、予算を立てる時期になると憂鬱になる。結局、公共の福祉のためにしか動けないのだ。

出されたランチを突いていると、不意に目の前に影ができる。顔を上げれば、『可愛い』後輩が立っていた。
「太一くん、ここ、座っていい?」
そう言いながら、すでに椅子を引いて座っている。まだ何の回答も出していないにもかかわらず。
「もう座ってるじゃねーか」
「いいじゃん、空いてるし」
「ま、別にいいけどさ。何?」
「うん」
用件を聞けば、松岡はその縦長の体躯を少し小さくして、曖昧な笑みを浮かべてテーブルに肘をつく。
「仕事の話?」
「そう。補正予算の話」
「却下」
「ちょ、話ぐらい聞いてよ!」
人事秘書課の松岡が持ってくる話は絶対的に却下できないトップダウンの事業なのに、わざと却下と言ってやると、毎回毎回大きなリアクションでもって困った様子を見せる。それが面白くてやっているのだが、慣れる様子のない松岡に、思わず笑いがこみ上げた。
「てかさ、それ市長からのお達しだろ?何とかするのがお前と俺の仕事でしょ」
「・・・・・太一くんがまず却下するからじゃん」
もっともらしく説教をしてみると、みるみる内に唇が尖っていく。入庁したときから変わらない仕草がおもしろくて、笑うとさらにふてくされた。
「まぁまぁ、課長からちゃんと話来るんだろ?」
「うん。一応先に話しといた方が良いかなぁと思って」
「ま、決定したら事務はお前だろうから、俺が大変にならねーようにしといて」
そう言いながら最後の唐揚げを頬張ると、松岡は、任せといてと顔を輝かせた。そして、おもむろに立ち上がると、不意に思い出したように首を傾げた。
「そうだ、今日の飲み会行く?」
行くよと頷くと、松岡は再度笑顔を浮かべる。
「じゃあまた後で」
そう言うと、小さく手を振って食堂から出て行った。その背中を見送って、最後のお茶を啜る。すでに冷めてしまってはいたが、少しだけホッとした気分になる。
そのとき、食堂のおばちゃんが、ニヤニヤしながら現れる。そして食べ終わったトレイを下げるとともに、一切れのケーキの乗った皿を置いた。
「何これ」
「人事のイケメンからだよ」
本当に小さなショートケーキで、上にハッピーバースデイと書かれたチョコプレートが載っている。そして短いロウソクが1本。
おばちゃんは、かわいいねぇとニヤニヤしながら厨房の方に戻っていく。
さっきは全く触れなかったのに、こう来るか。
「ふふっ・・・・・かわいい奴め」
思わず笑みがこぼれ、そう呟く。きっと照れ臭くて言えなかったんだろう。それでも言わってくれるところが可愛いじゃないか。そして、相変わらずクサイ奴。
そして、忘れてなかったんだなぁと嬉しくなる。
「あれ?」
けれど、その嬉しい気持ちの一部に疑問が浮かんだ。
「・・・・・そんな約束したことあったっけ?」
何で『約束を守ってくれた』と思ったんだろう。自分の直感を疑問に思いながらも、それでも嬉しいという気持ちには変わらなくて、抑えられないニヤつきをそのままに、一人ひっそりと蝋燭の灯を消して、ケーキにフォークを突き刺した。






* * * * *






そうだなぁと上官は星空を見上げて呟く。何を言うのだろうと黙って待っていると、彼はニヤリと笑って私を見た。そして私に顔を近付け、耳許で囁く。
「飛びっきりキザに祝ってやるよ。お前が恥ずかしくなるくらいにな」
まるで女性を落とす時に使う声音に、思わず飛び退く。そんな反応をしてしまったことに対して笑いが飛ぶかと思いきや、何故か次の瞬間には上官の顔が少し赤くなった。
何だ、照れてるのはアンタじゃないか。
「・・・・・じゃあ、約束ですよ」
湧き上がってくる笑いを必死で堪えながら、上官にそう声をかける。私が笑いを堪えているのがバレたようで、少しふてくされた表情を浮かべて私の頭を小突いた。
「必ずな」
それでも上官がその言葉を撤回しないでいてくれたのが嬉しかった。


帰らなきゃ。必ず生きて帰ろう。そして祝ってもらうんだ。




約束はそのための道標。








fin
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誕生日おめでとうございます、太一さん!
38歳かぁ〜。すごいなぁ・・・。島開拓もしなきゃだし、これからも頑張ってください!応援していきます!

昔の部分は年齢逆転なんですと、自分メモ的に呟いとく。
久しぶりすぎて口調が分かんなくなりました・・・。
あと、これ書いてる途中にココ日に爆弾が落ちて心折れそうになりました(笑)書き上げられて良かった・・・。

今日は札幌ですね!グダグダなお祝いもあったみたいですし(笑)そんなところが彼らっぽくて、好きだー!
改めまして、おめでとうございました!


2012/09/02





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