死者の魂に往き先を知らせるための燈台、『うてな』。
その全てを知っている『語部』は、知っている代わりに『うてな』を見ることができない。
が。
見ることはできなくても、どこにあるかを感じることはできる。
会社の昼休み。
飯を食べ終わって、一人、『うてな』があるだろう方向をぼんやりと眺めていた。




あたたかいしょくじのならぶへやで




「一か月ぶり〜」
会社帰りに会ったそいつは、相も変わらずニコニコとしていた。
いつ見ても変わらないなぁと思いながら俺も笑う。
毎度変わらない挨拶を交わして、俺たち二人は歩き出した。


長野に出会ったのは2年程前のことだ。
あまりにも劇的な出会いだったので、どれがきっかけだったか良く分からないが、
気が付いたらこうやって月に一回会うような習慣になっていた。
会って何するわけでもなくて、ただ単に俺が作った料理を食べて終わりなんだけれども。

長野は『火群番』という存在だ。
燈台である『うてな』の光は中で灯っている炎によるもので、
それが消えないように見守るのが『火群番』の仕事。
彼岸に向かう魂の中から選ばれて、そいつは輪廻の輪から外れる。
そして次の『火群番』が決まるまで、ずっと『うてな』の中で過ごすのだ。

の、はずなのに。
こいつはしょっちゅう外を出歩いているらしい。
確かに『火群番』は2人以上が常駐していることになっているけれど、それにしても出てきすぎだと思う。
俺の所に来るのは月に1回程度だが、話を聞いていると結構食べ歩いているようなのだ。
そんなんでいいのかよ、と思うのだけど、何回聞いても『うてな』から許可は出てるらしい。



「今日は何作ったの?すごくいい匂いがする」
「んー。豚の角煮」
「わ!楽しみ!」
台所から振り返ってみると、ソファに座って何故かクッションを抱えて、テレビを見ながら嬉しそうにしている。
どこのガキだよ、と笑ってはみたものの、もしかしたら若いうちに死んだのかもしれないから黙っておいた。
朝の内に仕上げて置いた角煮にもう一度火を通して温めて、適当に皿に盛り付ける。
そして順番にテーブルに並べると、長野の顔はさらに輝いた。
素直に言うと、この瞬間が3番目ぐらいに楽しかったりするのだけど、本人には言うまい。
「いただきま〜す!」
「はい、どうぞ」
俺の言葉とともに長野は箸を取る。俺は缶ビールのプルタブを開けた。
「うっわ!おいしい!」
「そりゃよかった」
長野が歓声を上げて、幸せそうに笑う。
それにつられて俺も笑った。どちらかというと苦笑いに近いのかもしれないけど。
ちなみにこれが2番目に楽しい瞬間でもあったりする。
「やっぱ坂本くんのご飯は美味しいね」
「そうかい」
「二宮にも食べさせてあげたいなぁ」
「誰それ」
「んー?俺の相棒。ゲームが好きだから、あんまり外出たがらないんだよね。
 だから俺が自由に出歩けるわけだけど」
「ふぅん」
俺は自分用に取り分けた角煮をつまみに缶ビールを呷る。
「『うてな』ん中ゲームできんの?薄暗そうだし」
「何でか知らないんだけど、できるんだよねぇ・・・・・・・・。
 でもそういうのって坂本くんの方が知ってるんじゃないの?」
「知るかよ。基本情報しかしらねぇし」
『うてな』のことを何でも知っていると思われている『語部』は、本当は大して知らないのだ。
知っているのはどんなものかということだけ。
中の構造や原理を知っていても、中で『火群番』たちがどんなふうに過ごしてるかなんて知らない。
だから何を聞かれても困ることしかできなくて、次第に『語部』たちは語らなくなった。
俺も、然りだ。
でもそれでよかったと思ってる。
いくら嫌われていようとも、どうしたって惹かれてしまう『うてな』のことをベラベラ喋るのは良いもんじゃない。
「どうせ、『うてな』のことなんて分からねぇよ。嫌われてるんだし」
俺が投げやりにそう言うと、長野はすごく不服そうな顔をして俺を睨む。
「またそういうこと言う!何回言えば分かるのさ。
 『うてな』は嫌ってないし、『うてな』が見えないのは『語部』がそう思い込んでるからだってば」
「思わなくても見えねぇよ」
「分からず屋だなぁ。最近は感じるくらいはできるようになってるくせに」
「まぁ、そうだけどさ」
何度言われてもそう思えないのだから仕方ないだろう。
初めの『語部』から続く知識の山は、『うてな』から嫌われているということしか教えられてこなかったんだから。
「・・・・・・・・・・話戻るけどさ。さっき言ってた二宮に、何か食べさせてあげたいんだけど」
「俺の?」
「そう」
「じゃあこの角煮持ってけよ。まだ残ってるから」
嬉しそうに輝いた長野の顔を見ながら、俺は立ち上がる。
台所に向かい、戸棚からタッパーを取り出して適当に詰めた。
「ありがとう、坂本くん」
持って帰れるようにビニール袋に入れて渡すと、嬉しそうにもう一度笑った。
「・・・・・・やっぱり年代が違うからね。寂しいみたいなんだよね、あの子も」
「ふぅん?」
苦笑いというよりも、寂しそうな笑顔を浮かべた長野に、俺は少しだけ語尾を上げて続きを促す。
「二十歳だったかな。最近来たんだよ。仲の良かった4人を待ってるんだって」
「若いな」
「うん。俺も結構早かったけど、こう見えて百年近く『火群番』やってるからさ。ジェネレーションギャップって奴?」
「まぁなぁ」
「俺は死ぬ前に長いこと食べられなかったから、それが未練でここに残ったんだけど、
 あの子は俺とは違うからね。・・・・・・・・・・・・待つっていうのは辛いよねぇ」
どうしようもないんだけど、と自嘲する。
「ま、一緒に待ってやればいいんじゃね?角煮つまみながらでもゲームしながらでも」
「言われなくてもそのつもりだよ」
長野はそう言って、笑った。
俺もまた、つられて笑った。
「で、お前はいつまでこっちにいるわけ?」
「どうしよっかなぁ。坂本くんと一緒に彼岸に行こうかな」
「げっ!?もしかして俺が死ぬまで食べに来るつもりか!」
「うん!もちろん」
今日一番のその笑顔は、出会ってから一番に良い笑顔だった。


「ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした」
全て食べきった長野は、とても幸せそうに手を合わせた。
こいつのために作った飯を、こいつに食べてもらって、喜んでもらう。
これが今の俺の、一番の楽しみだったりする。


結局、明日からの生活で、また俺は『うてな』に対して一方的な嫉妬のような感情を抱くんだろうけど、
この瞬間だけは、『うてな』に愛されてるんだろうなぁと思ったりもする。
そうでなければ長野には会えなかっただろうから。
ま、そんなこと本人には言わないけど。






*
初めまして、こんにちは。北方はとりと申します。
このたびはお祭り開催おめでとうございますv(もう終わりがけなんですが・・・・)

今年も無事参加できてホッとしております(汗)間に合わないかと思って・・・・。
私の書くツートップはいつも、坂本さんと餌付けされた長野様という構図なので、
それから脱却したかったのですが、最終的にはこうなってしまいました。

それでも多少は二人のあの安心感というか、アットホームな雰囲気が出てればいいなぁと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
そして、参加させていただき、ありがとうございました!

2010/12/06



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