足元は芝生で、裸足にはチクチクして少し痛い。
ここは丘の上らしく、少し傾斜がついている。
ふもとから隔離されるように周りは白い霧のようなものに囲まれていて、
ここがどこなのかサッパリ分からない。
真ん中に建つ石造りの塔は高く、頂上さえ見えない。

見上げた拍子に立ち眩みがして、僕は石壁にもたれて腰を下ろした。




みどりしげるかげりのうちにて




生まれてこの方『うてな』を見たことがない僕は、誰よりも『うてな』のことを知っていた。
何のために存在していて、中はどうなっていて、どんな仕組みで動いているのか。
それなのに何故自分には『うてな』は見えないのか。

僕のような存在は『語部』と呼ばれる。
元は、大昔に『うてな』を手に入れようと争いが起きたときに、
そんなことをしても何の意味もないと知らしめるために生まれた役割だったそうだ。
そのときはまだ『語部』は『うてな』から愛されてた。
いつしか信仰の対象になった『うてな』を利用しようとした『語部』がいたことから少しずつズレてしまった。
『うてな』は怒り悲しみ、『語部』の前から姿を消した。

だから僕らには見えない。
それから何百年も経ったのに見ることができないのは、僕ら『語部』が『うてな』に嫌われてるからだ。
だから、今、どうして次の『火群番』として僕がここにいるのか理解できなかった。
『火群番』も『稀人』も『繕屋(つくろいや)』も、『うてな』に愛されてなければなれないのに。


不意に草を踏む音が聞こえた。
ぼんやりとしていたから少し驚いて、思わず身構える。
足音が近付いてくるにつれて、霧に映る人影が濃くなっていく。
そして、霞をかき分けて現れたのは見慣れた顔。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・二十年以上ここに来てるけど、死人に会ったのはさすがに初めてだわ」
ポカンと口を開けて、山口はそう言った。


僕は、一年半前の交通事故で死んでしまった。
その辺りの記憶は曖昧だけれど、確か通勤途中のことだったはずだ。
僕以外にもたくさんの人が怪我をした大きな事故で、避けようがない、どうしようもない出来事だった。
だけど、現世への未練が無いわけが無くて、僕はこうやってこちらに帰ってきてしまった。


一年半振りに顔を合わせた彼は、僕の横に腰を下ろした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・久しぶり」
「うん。久しぶり」
「元気やった?」
「ぼちぼちやってるよ。アナタは・・・・・・・・・って、訊いていいもんなの?これ」
眉間にシワを寄せて生真面目に尋ねる山口に、僕は思わず噴き出してしまった。
「何で笑うんだよっ」
「いや〜、変わらないなぁと思って」
僕の言葉に、山口はムッとして口を尖らせる。
「一年でそんな変わるかよ」
「そりゃそうやね」
「アナタも相変わらず」
山口はそう苦笑を浮かべ、壁にもたれ掛かった。
僕もそれを真似て頭を預けてみる。
ざらざらの表面が当たって、少し痛かった。
「あのさ」
「ん?」
「ちょっと触ってもいい?」
「えぇけど?」
突然のお願いに首を傾げながら了承する。
恐る恐るといった様子で山口は僕の肩を触った。
そして数回パンパンと軽く叩くと、感嘆の声を漏らす。
「触れるんだ!」
「『火群番』やからね」
僕の答えに、山口の表情が少し変わった。
肩に載せたままだった腕を下ろし、なるほどねと小さく呟く。
「太一に会いに行ったでしょ」
そしてそう訊いた。
「・・・・・・・・・・行ったで」
「今のも伝えた?」
「うん」
「だからか」
小さなため息が聞こえて、次の瞬間には真摯な目が僕を射抜いた。
「俺はね、茂君」
視線から目を離せなくて、その瞳をじっと見る。
「事故なのは仕方ないにしても、アナタが死んだのは納得できてないんだよ」
太一だってそうだ。
山口は眉間を少しだけ寄せる。
身内贔屓ではなく、整った顔が歪むのを見るのは何年振りだろうか。
「アナタに直接言いたかったことがあったからすごく悲しくて悔しくて、戻ってきてほしいってずっと思ってた」
山口の手が僕の手を握る。
元々体温の高い奴だから当然なんだろうけど、とても温かく感じた。
俯き加減の長い睫毛が震える。
一瞬、泣いているのかと思い、声をかけようと口を開いた瞬間。
「のに」
その言葉と同時に、山口はキッと僕を睨む。
そしてものすごい力で手を握り締められて、開いた口から飛び出したのは悲鳴だった。
「いたたたたたたー!!!?」
「何で最後の別れの一周忌に俺んとこじゃなくて太一のとこ行くわけ?
 確かにアイツの誕生日だけど、実の弟は心配じゃなかったと?」
あまりの力に骨がミシミシ悲鳴を上げているのが分かる。
山口は、それはそれはきれいな左右対称の笑顔を浮かべていて、とても怖い。
「痛い痛い!すまんっ!悪かったから勘弁して!!」
涙目になりながら謝ると、すぐに手は解放された。
握られた手を慌てて確認する。
真っ赤になって、痕がついてしまっていた。
「お前のが力強いんやから、加減してや〜」
「それだけ怒ってるってことだよ」
ムスっとして山口は言う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・確かに色々あったけどさ、たった二人の兄弟だったんだよ。
 寂しいじゃん。まだ全然兄弟らしいこともできてなかったのに」
「・・・・・・・・・・・・・もしかして拗ねとる?」
「拗ねてないよっ」
山口は気不味そうに僕から視線を逸らした。
親の不仲もあって、確かにあまり話をしたことはなかったけれど、こういう態度を見るのは初めてかもしれない。
何だか嬉しくなって、僕は少し笑ってしまった。
「・・・・・・・・・・・何だよ」
「いや。何か兄弟っぽいやり取りやなぁと思って」
「何それ。取ってつけたみたいに・・・・・・・・」
「いやいや、そんなことないで。ちゅーか、太一んところ行ったんは、お前のこと信用しとったからやんか」
僕の言葉に、山口は、意味が分からないと眉間にシワを寄せた。
「お前なら会いに行かなくても元気でやっとりそうやったから行かんかってん。
 でも、そないなこと言うなら、これから息抜きの日は毎回お前の所に行かなあかんなぁ」
「・・・・・・・そこまで言ってないし」
恥ずかしそうに山口は俯く。
以前は冗談でもこんな風にからかったりも出来なかったのに、
一度死を体験してからは、どうやらいろんなことが吹っ切れてしまったみたいだ。
「まぁ、冗談やけどな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・毎回じゃなくてもいいから、たまには会いに来てよ」
「ん?」
「で、前の日には連絡してよ。『うてな』言えば俺に伝わるから」
少し怒ったような表情でそう言う。
「いや、でも僕は『うてな』には・・・・・・」
「アナタ、『火群番』になってんのに何言ってんの。
 それに、『語部』が嫌われてるってのは、『語部』達の思い込みなんだって」
「え・・・・・・・・・」
「アナタ達が勝手にそう思い込んでるから『うてな』が見えないだけ。
 そうじゃなかったら、何でそもそも『語部』なんて残ってんだよ。嫌いならそんな役目消すだろ」
「・・・・・・・・でも・・・・・・・」
こんなあっさり今まで信じていたことが覆されると、どう反応していいのか分からなくなる。
答えに困って黙っていると、山口は、今度はさっきとは対照的に苦笑を浮かべた。
「じゃあこれから理解してけばいいじゃん。まだ先は長いんだし」
「まぁ・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・あ、ヤベ。仕事抜け出してきてるんだった。ちょ、呼ばれた仕事はしてないけど俺今日は帰るわ!」
たまたま目に入ったのか、突然腕時計を見て、真っ青になって山口は立ち上がる。
「えぇー・・・・・・・」
「あ、そうだ。アナタ今日誕生日だよね。今度、去年渡せなかった誕生日プレゼント持ってくるから。
 すっげー適当な感じになっちゃったけど、誕生日おめでとう!」
何の脈絡もなく、僕の誕生日のことに触れて、そして走って去っていく。
確かに今日は僕の誕生日だけども。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嵐のようなやっちゃな」
僕はそう呟いてから、何だか気が抜けて大声で笑ってしまった。
『火群番』としてこの世界に戻ってくることが決まってから、
いろいろと悩んだり落ち込んだりしたけれど、ちょっと深く考えすぎたのかもしれない。
太一にも、もう違う風に会いに行けばよかったのかもしれないと反省もしている。
今度の息抜きの時間には、太一に会いに行ってみようと思う。きっとまた怒られると思うけど。
そして、予想外に拗ねていた弟にも会いに行かなければ、また痛い目に遭うかもしれない。
そんなことを考えると、少しだけこれからのことが楽しみになってきたように思う。

空を見上げると、塔と霧の隙間から、真っ青な空が見える。
柄にもなくワクワクしながら、『うてな』の扉が開くのを待った。






*
おめでとうございます!リーダー!
ついに40歳突入ですね。それでもいつまでも素敵なアナタが大好きですv
身体的に辛くなることもあるかと思いますが、無理はしないでほしいなぁと思います。
これからも、そしていつまでもアナタについていきますv

結局また不完全燃焼です・・・・・・。
今後連作はやめておこうかなと本気で思います。悔しい・・・(>_<)
ぐさまがゴネ始めるからいけないんだ!・・・・・と、ぐさまの所為にしてみます(苦笑)
最初はもっとしんなりした話だったはずなのにな。
書いてたらぐさまが拗ね始めて、収拾がつかなくなってしまいました。
もっと精進します。

改めまして、茂さん、おめでとうございますv

2010/11/17



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