白い紙に黒鉛を走らせる。
今日の天気予報、機材、スタッフの配置、諸々の時間割り。
各部署からの通達を書き留めながら、一日の予定を組み立てる。
まず初めにやること、次にしなければいけないこと、どうでもいいこと。
優先順位を考えていると、不意に呼ばれたような感覚に襲われる。
どうしても振り返りたくなるが、それはできない。
後から行くから。
心の中でそう伝えると、感覚は名残惜しそうにゆっくりと消えた。




しろのすきまからのぞくさむぞらのしたにて




『繕師』というのは大抵損な役回りだったりする。
何を繕うのかっていうと、それは当然『うてな』なんだけれど、呼ばれなければすることなんてないし、登ることもできない。
呼びかけに応じれば、その時点で『うてな』への道に飛ばされる。
『稀人』みたいにすぐに入れるわけじゃなく、自分で歩いていかなきゃならない。
そして『うてな』の望む通りに補修をする。
それはもちろん無償の慈善事業なもんだから収入なんて得られるはずもなく、定職にも就かなきゃならない。
けど、『うてな』はこっちの都合とか予定とか、そんなもの一切無視して呼んでくる。
理不尽だ。
何度もそうやって言ってんのに、『うてな』は相も変わらず仕事中に呼んでくる。
だから俺は大っぴらに無視をするのだ。
たぶん、『うてな』もそれを分かってるから呼び掛けに応じないなんて我侭なことができるんし、会話なんてことができるんだろう。
と、一年前に死んだ義兄は言っていた。

そんな義兄はこないだ『火群番』になって復活してたから、生きてるのか死んでるのかよく分からないけれど。
とりあえず、帰ってきてくれてよかったと思う。



「桜庭さん入りまーす!」
外から大きな声が聞こえてきて、バンを降りた。
少し離れたところに止まっているバスから、コートを来た男前が歩いてくる。
片手を上げて声をかけると、ソイツは満面の笑みを浮かべて走ってきた。
「ぐっさん!」
「よぉ。久しぶり」
「お久しぶりです!今日はよろしくお願いします!」
長瀬は笑顔でそう頭を下げる。
「こっちこそよろしく」
俺も笑顔で長瀬の腕を軽く殴る。
すると横から女性がやって来て長瀬に話しかけた。二人は俺に軽く会釈をすると、さらに別のバスの方に歩いていった。
「桜庭さんってカッコいいのに気取ってなくていいですよね〜」
長瀬が行ってしまってから、後ろにいたアシスタントが感嘆の息を漏らす。
「まぁ、あいつ抜けてるからなぁ」
ケラケラと笑うと、そいつは天然なんですかと首を傾げた。
「言い得て妙だな」
天然。たしかに天然なんだろう。
だから『稀人』に選ばれたに違いない。



「ぐっさ〜ん」
カメラの準備をしていると、後ろから長瀬が声をかけてきた。
「ん〜?」
「今日は『うてな』に呼ばれてないの?」
肩越しに俺の手元を覗き込みながら、長瀬はそう尋ねてくる。
「呼ばれたよ。仕事中には行けないって何度も言ってんのに」
「ササッと行ってこればいいじゃないですか」
「ササッとで終わった試しがねぇよ。それに時間が何か歪んでるだろ、あそこ。今日の撮影が出来なくなる」
「あっ、それは困ります!」
俺の言葉に長瀬はパッと口調を変えた。
「俺、ぐっさんだから仕事受けたんですから!代理の人じゃ嫌っすからね!」
ムスっとしながらそう言って、傍にあった折り畳み椅子に座る。
「別に今日は俺なんだから怒るなよ。・・・・・ったく、そういうこと言うのお前だけだよ。天下のカリスマモデルのくせに」
「俺はぐっさんの写真が好きなの!」
わざと呆れたような口調を作ると、ガキっぽく頬を膨らませる。
その気持ちは嬉しいが、理解はできない。
「何が良いんだよ。普通の写真じゃねぇか」
「だってぐっさんの写真、『うてな』があること分かるもん」
今度はさらに意味が分からなかった。
「はぁ?『うてな』なんてカメラに写んねーじゃん」
「写らないっすけど、あるのが分かるの!」
「・・・・・・・・・・スマン。全く分かんね」
「うまく言えないけど、何かここにあるなぁって分かるんです!」
完全に不貞腐れてしまって、長瀬は不機嫌そうに身体を揺らす。
「分かる、ねぇ・・・・・」
整えていた撮影機材をひとまず置いて、長瀬を見た。
写ってもないものの存在が分かるなんてオカルトとしか思えない。
もしかしたら『稀人』だからこその意見なのかもしれないけれど。
不意に、今の仕事を始めようと思ったキッカケを思い出した。
「・・・・・・・・・・お前だから分かるんじゃねぇの?」
「違いますよ。ぐっさんは自分の写真がどれだけ人気があるか知らなさすぎるんです」
「人気とか気にするほどの腕じゃねぇよ」
「リーダーも好きって言ってたのに」
「うそっ!?」
思わず出た言葉に、長瀬だけでなく俺もビックリした。
「ホ、ホントですよ。この間写真の出てる雑誌あげたら言ってたもん。ここにあるって分かるから良いなぁって」
「・・・・・マジかよ・・・・・」
言ってるそばから口許が緩んできて、慌てて口許を隠す。
「どうしたんすか?」
急に黙り込んだ俺を、長瀬は不思議そうに覗き込んでくる。
何でもないと手で示すと、長瀬に背を向けた。
嬉しいのか何なのか、滲んでくる目を拭ってまぎらわすために欠伸をする。
いや、嬉しいに決まってる。
俺はあの義兄に見せたい一心でカメラマンになったんだから。
「・・・・・ぐっさんてブラコンですよね」
「あ?何か言ったか?」
背後から聞こえた呟きに振り返る。
「何にも!!」
一瞬で表情を青褪めさせた長瀬は勢いよく首を振った。
そして慌ててポケットから何かを取り出す。
「そういえば、今日誕生日のぐっさんにプレゼント」
差し出されたのはシワの寄った白い封筒。
「何だよ?」
「リーダーから。ぐっさんのために仕事の前に登ってきたんですから」
その言葉に、開ける手が速まる。
そして取り出した便箋を読んで、息が止まるかと思った。
一気に顔が熱くなる。
ニヤニヤしながら見ていた長瀬の表情が、すぐに不満そうなものに変わった。
「・・・・・・・・・・リーダーって、絶対ぐっさんに甘いと思う」
「うるせぇ。兄弟なんだからいいだろ」
「いいなぁ!俺もその中に入りたい!」
「来るなよ」
手紙は丁寧に鞄の中に片付けて、撮影機材を取り上げる。
早いところ切り上げて、『うてな』に行かなければ。
「長瀬、準備はできたのか?」
「バッチリっすよ!」
俺の言葉に、長瀬は羽織っていたスタッフ用コートを脱いだ。
「さっさと終わらせるぞ」
「終わったら俺も『うてな』行こっと」
「来なくていいっつーの」
仮設のテントから出ると、白い雲の隙間から真っ青な寒空が覗いている。
そこに映える白い塔をちらりと見てから、他のスタッフたちに声をかけた。






*
おめでとうございます、ぐさま!
まだまだ若く見えますが、あまり無理はなさらぬよう、頑張って下さいv
この一年も素敵な一年になりますように。

かなりの遅刻です。すみません!
本当はベイベとのやり取りのはずなのに、リーダーが出張る出張る(苦笑)
名前だけなのに、結局話のメインになってしまっていますし・・・・・・。
次のお話も出張りそうだなぁ(苦笑)

2011/1/23



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