「食べるのが大好きなんだよね」
そう言った笑顔が今まで見た中で一番輝いていたから、
ああ、本当に食べるのが好きなんだなぁと、心の底からそう思った。
i n i t i a l
入学してすぐに、いわゆる不良というレッテルが貼られてしまった。
別に自分から何かしたわけではなかったのが、元々強面なのと背丈があるのとで目を付けられて、
売られた喧嘩を正直に買っていたら、いつの間にかそうなっていたようだ。
とはいっても、元々真面目ではなかったので、本来なら一年かかるところが三ヶ月で達成されただけだけれど。
その日も何となくめんどくさくて、学校には行ったものの屋上に直行した。
(そもそも行ったのはお昼少し前だった)
立ち入り禁止の学校が多い中、
この学校は高いフェンスと有刺鉄線のネズミ返しを付けることで屋上を開放している。
サボるにはもってこいで、やる気が出ないときは常にここにいた。
そのお陰か、他の生徒は誰も近寄らなくなってしまったらしい。嬉しいような悲しいような、複雑な気分だ。
屋上の扉を開けると、乾いた風が吹き込んできた。
強い陽射しに目を細めながら、誰もいないコンクリートに鞄を放り出した。
大して物も入ってない鞄はベチっと軽い音を立てて倒れ込む。
それをそのままに、フェンスにもたれ掛かって座り、目を閉じた。
チャイムが鳴り止むとともに軽やかな音楽が響く。
もう昼かと思いながら、目は開かない。
午後の授業は出ることにして、もう少しだけ眠ろう。
そう決めた瞬間、パタパタという足音が聞こえた。
そして勢いよく鉄の扉が開く。
想像以上の大音量に、驚いて起き上がった。
「あ、噂の坂本君だ。ちょっと失礼しまーす」
開いた扉から入ってきたのは色白の男だった。
無害そうな笑顔を浮かべ、大きなトートバッグを持ってやってくる。
そして屋上の真ん中辺りに腰を降ろすと、そのバックの中からこれまた大きな弁当を取り出して、その場で広げ始めた。
「・・・・・・あ、ごめんね〜。食べ終わったらすぐ帰るからさ」
「ここは俺の場所じゃないから、アンタがいようがいまいが別に良いけど、それ全部食べんの?」
明らかに一人分には見えない。まだ二、三人来るのだろうと思っていると、色白は嬉しそうに頷いた。
「食べるよ」
「・・・・・・・・・・マジで?」
「え?変?」
「いや、別にいいけど・・・・・・」
痩せの大食いという言葉があるくらいだから、そうなんだろう。
他人のことをとやかく言う筋合いもない。
「坂本君は食べないの?お昼」
もう一度寝ようとすると、今度はあちらから話しかけてきた。
「食べねぇ」
「ふ〜ん。もったいないね」
「は?」
手を合わせて、いただきますと呟いた色白が次に言った言葉の意味が分からなくて問いかける。
すると色白の方も不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「どういう意味?」
「え?何が?」
「もったいないって」
「あぁ。だってもったいないじゃん。美味しいものを美味しく食べるだけで幸せになれるのに、食べないなんて」
さも当然のようなそいつの言葉に、なぜか反論が出てこない。
「もったいないと言えば、授業だって出ればいいのに。タダじゃないんだし」
「うるせぇ。面白くねぇんだよ」
親と同じような説教が始まりそうだったので暴言で切り上げると、色白はムッとふくれた。
「えー。面白いじゃん。英語の吉田先生なんて、一時間に五十回も『ね』って言うんだよ?」
「・・・・・・・・は?」
「古文の前田先生は、当てる人を座席表にチョークを投げて決めるんだけど、掛け声が『あ〜、ピヤっ』だし」
そして次々と教師の面白いところを挙げていく。
「ちょ、待てよ」
「何?面白くない?」
「いや、面白いけど、授業の面白さってそれ?」
「うん」
純粋な瞳でそう言った色白に、再び言葉が出てこない。
よく分からない奴、と思っていると、そいつは弁当箱の蓋にいくつかのおかずを載せてこっちに差し出してきた。
「食べなよー。俺だけ食べてるの気不味いし、感想教えて」
「いらねぇって」
「食べて。俺、最近料理始めたんだけど、クラスの奴、みんな美味しいしか言わないもん」
いらないと繰り返しても、そいつは手を引っ込めない。
何だか拒否するのも面倒くさくなってきて、それを受け取って、まずは玉子焼きを口に放り込んだ。
とりあえず不味くはなかった。
「どう?」
「・・・・・・・・・・・・俺は塩味でも嫌いじゃねーけど、味薄い」
「え!?塩結構入れたのに・・・・・」
「塩入れると塩辛くなりすぎるから、めんつゆ入れてみれば」
「めんつゆ!?」
「だし巻き玉子みたいになる。焦げやすいけど。
あと、この鶏肉?バターで焼いたなら塩より胡椒強めにした方が良いんじゃない?塩キツすぎ。
肉団子はケチャップも確かにいいけど、どうせ焼くならトマトで煮・・・・・・」
そこまで言って、視線を感じて顔を上げる。
キラキラした視線がこちらに向いていた。
「・・・・・・な・・・・・・何だよ・・・・・・」
「すごいね!家で料理するの!?」
「まぁ・・・・・・たまに・・・・・・」
「すごい!明日もまた作ってくるから、味見してよ!」
「は!?」
驚きの声を上げると同時にチャイムが鳴る。上げた声はかき消されてしまった。
「予鈴が鳴っちゃった!」
そう言って色白は慌てて弁当を片付け始める。
あの大量にあった弁当箱の中身はきれいになくなっていた。
いつの間に食べきったのだろうかと考えていると、突然大声で呼ばれた。
「行くよ!チャイム鳴っちゃうよ?」
「・・・・・・行かねぇ」
「せっかく面白いところ教えてあげたのに!ちょうど次吉田先生だから、『ね』の数、数えてみてよ」
「てかお前と俺と、クラス違うだろ。学年は一緒だろうけど・・・・・」
胸のポケットについてた学年を示すピンバッジは同じ色だった。
「何言ってんの。自分のクラスの室長の顔と名前くらい覚えといてよねー」
「は!?マジで!!?」
そう声を上げるも無視されて、そいつは先に放り出した鞄を拾い上げ、俺の手を引っ張る。
「ほら、早く」
「・・・・・・・・・・・・」
何だか抵抗するのも面倒くさくなって、されるがままに屋上を出た。
「長野っていうんだ。覚えといてよ」
「・・・・・・・・・ハイハイ」
流されているなぁとぼんやり思いながら、階段を駆け下りる。
久しぶりに受けた英語の授業で、確かに『ね』は五十回を軽く越えていた。
それが長野との出会いだ。
あの日以来、お昼に長野の手料理を味見しては感想を言い続けてる。
それに伴って欠席日数も減った。
教師たちは驚いていたが、真実は、めんどくさいから、という理由に過ぎない。
休んだ次の日は長野がうるさいのだ。
あんなのを作ってきたのに。これをアレンジしてみたのに。
そんなことを昼休み中言われ続ける。
それを聞き続けるくらいなら真面目に出てきた方が楽だった。
「おい坂本。見ろよ、あれ」
ある時、何となくいつも回りにいる奴が声をかけてきた。
そいつが指差す方を見ると、何とも変な光景があった。
「何あれ」
金髪の生徒が、いかにも真面目そうな生徒を背負って、引きずるように保健室の方向に歩いていく。
真面目そうな奴は具合が悪いのだろうか。寝ているように見える。
「あれ、北中の狂犬だぜ」
聞きなれた言葉に、一瞬身を疑う。
中学の頃、隣の学区で名を馳せていた暴れ者の通称だった。
「マジで?」
「今じゃお姫様の番犬だよ」
「は?」
「知らねーの?」
言い出した奴がケラケラと笑う。少しだけ不愉快な気分になる。
「番犬が背負ってる奴、同じクラスの優等生でさ、病気か何かですぐ寝ちゃうらしいんだよ。
だから『眠れる森のお姫様』ってワケ。名前も城島っていうから、『城』にかけてさ」
「ぎゃははっ!誰だよそんな渾名つけた奴!!」
「そういうのやめろよ」
声を上げると、そいつらは顔を引き攣らせて動きを止めた。
「病気だったら仕方ねーだろ。そういうのを馬鹿にするのは気分が悪い」
「あ・・・・・・悪い・・・・・・・」
「俺じゃなくて、あいつらに謝れば?」
二人組は保健室の中に消えていき、興味がなくなってその場から離れた。
何だかやる気もなくなったので、そのまま屋上に向かう。
どうせ四限目は家庭科だ。サボっても問題はないだろう。
塗装の剥げかけた階段を上るにつれて喧騒が消えていく。
長野が来るまで昼寝でもしよう。
そう決めてコンクリートの上に寝転がった。
「姫と番犬って知ってるか?」
「隣のクラスの城島君と山口君?」
「何だ、知ってたのか」
「ちらっと聞いたことがあるくらいだよ。二人は有名だからね」
でも詳しくは知らないと長野は肩を竦めた。
「・・・・・・・何か腹立った」
「何で?」
「悪口だろ?それ。病気は自分じゃどうにもできねぇのにさ。
なりたくてなった訳じゃないだろうに・・・・・・・・・・・・・・何だよ」
長野の視線が気になって、文句を途中でやめる。じっと見返すと、小さなため息。
「坂本君ってさ、すごい損してるよね」
「何が」
「背が高い上に顔が怖くて、口悪くて、ケンカっ早くて、めんどくさがりで」
「おい」
「そういうところばっかり目立っちゃってるけど、本当はすごく良い奴だよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だそれ」
ニコニコ笑っている長野の顔が、何か裏がありそうに見えて少し身構える。
「そのままの意味だよ。俺の趣味に付き合ってくれてるんだもん。良い奴じゃなかったら嘘でしょ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「みんな、坂本君が良い奴だって知らないなんて、もったいないよねー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、照れてる?」
返す言葉が見つからなくて黙っていると、長野が顔を覗き込んでくる。
「照れてるでしょ」
「・・・・・・照れてねぇよ」
「絶対照れてる。顔赤いよ、坂本君」
俺を指差してケラケラ笑う長野に気づかれぬよう、素早くその両頬をつまんだ。
「わ〜ら〜う〜な〜!」
「いひゃいいひゃい!」
悲鳴を上げながらも笑いは止まらない。
胸の辺りが何となくムズムズするような感覚を味わいながら、これはこれで悪くないなと思った。
その日もその日で、相変わらず昼飯を屋上で食べた。
もう七月も半ばだからか日差しも強いし暑苦しい。
庇のあるところで食後の余韻をウダウダ過ごしていると、背後から階段を登ってくる音が聞こえた。
扉が勢いよく開くと同時に二人で振り返る。
現れた人物は、こちらを見て小さく、お、と呟き、目を見開いた。
「噂の坂本じゃねーか」
「噂って何だよ、元北中の狂犬」
売り言葉に買い言葉。そいつの言葉に、同様の意味合いを持つ言葉を返す。
するとそいつは楽しそうに表情を緩めて、知ってんだと笑った。
「ちなみに本名は山口だから」
そう言って、それまで背負っていたものを下ろす。
それは『眠れる森のお姫様』と揶揄されているという、隣のクラスの優等生だった。
「別に邪魔しないから、そっちはそっちで楽しくやってくれよ。こっちの日陰借りるから」
山口は優等生を日陰に転がして、その足元の日陰に座り込む。
そして尻ポケットから文庫っぽいものを取り出して読み始めた。
「城島君寝てんの?」
俺越しに二人を覗き込んで、長野が訊いた。
「そうそう、噂通りだよ。四限目が始まってすぐ寝ちまってさ。
でもご丁寧に『今日は屋上で寝たい』っつーメモを準備してやがんの。
しょうがないから昼飯食ってから連れてきたってワケ。この人、昼飯食べねーから」
ケラケラ笑いながら、山口は優等生の足をバチバチ叩く。
それでも優等生はピクリとも動かず、幸せそうな顔ですやすやと寝息を立てている。
「もうそろそろ起きると思うよ。大体一時間でお目覚めだから」
山口はそう言うと、再び本に意識を戻した。
初めて近付いたので、マジマジと二人の顔を見てみる。
優等生は、確かに『姫』といわれても、まぁ納得できる顔をしていた。
山口の方も、イメージ(実際に会ったことはなかった)とは違い、整った顔をしている。
ぼんやりと優等生の方を見ていると、突然、その目がカッと開かれた。
「うお!!」
「あ、起きた」
優等生はガバっと身体を起こすと、頭を掻きながらキョロキョロと辺りを見回す。
自分のいる場所を把握しようとしているのだろうが、その目は半分ほど閉じている。
「シゲー、おはよー」
山口がその目の前で手をちらちらと振った。
虚ろな目が、そちらに向かう。その眉間にシワが寄ると同時に山口が眼鏡を差し出した。
眼鏡が必要なら焦点が合わないのも無理もない。まだ眠たいのもあるんだろう。
「・・・・・・・・ありがとぉ」
そして、予想外のアクセントに少し面食らった。
「・・・・・・・関西弁」
「あー、僕、中学まであっちにおったから・・・・・・・・・・あ。噂の坂本君や」
優等生は俺を見てそう呟いた。
「だから、噂って・・・・・・・」
「隣のクラスの城島ですー。通称『お姫様』です。よろしくー」
言うならば、『ほんわか』と笑って優等生、城島は手を差し出した。
コイツも長野と一緒で俺のペースを崩す奴だ、と思った。
けれど差し出された手を無視するのは失礼だから握り返す。思ったより細かった。
「俺は隣のクラスの室長やってる長野ですー。よろしくー」
俺にのしかかってバランスを取りながら、長野は身を乗り出して城島と握手をする。
「長野、重たい」
「うるさいよ」
「・・・・・・・・・・・」
「尻に敷かれてんな、お前」
長野の一言に黙り込むと、ゲラゲラと山口が笑った。
「うるせぇ番犬」
「ああ、番犬さ。だから何だよ」
怒るでもなく、自信満々に山口は言う。余計に二の句が継げなかった。
「あははー。負けちゃったねぇ、坂本君」
「お前のせいだろ!!」
のしかかったままの長野を跳ね除けて噛みつくと、山口の笑いは更に大きくなった。
ときどき昼飯を四人で食うようになるのに、そんなに時間はかからなかった。
夏休み明けの朝一、家を出た直後に幼馴染のガキに言われた言葉が、ちょっとした悩みの種になった。
「誕生日?」
「そう。明日誕生日だから何か寄越せって言ってきやがった」
大きく溜息をつくと、長野の小さな笑いが聞こえた。
「何だよ」
「そんなの無視すれば良いじゃない。ホント良い奴だよねぇ、坂本君って」
「うるせぇ!たまには言うこと聞いてやらないといろいろうるさいんだよ」
「はいはい。そういうことにしておいてあげる。
それにしても誕生日プレゼントねぇ。ケーキでも作ってあげたら?」
「・・・・・・・・・嬉しいか?」
「嬉しいよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・お前はそうだろうな」
大袈裟に溜息をつくと、長野はクスクス笑った。
その笑顔が本当に楽しそうだから、まぁいいかと思ってしまう。
「じゃあ、作るか」
「じゃあ俺にも作って」
「何でだよ。関係ねーだろ」
「良いじゃん。ついでだよ、ついで」
「ヤダね。お前の誕生日にだったら考えてやるよ」
俺がそう言うと、長野は目を輝かせる。
「ホント!?」
「・・・・・・・・・・・・考えてやる、って言っただけだけど」
「俺の誕生日は十月九日だから!」
「知らねーし」
「楽しみにしてるね!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
これはもう、何を言ってもダメかもしれない。
下手なことを言ってしまった、ともう一度溜息をついた。
長野は食べ物のことになると人が変わる。
珍しいものがあると食べたがるし、それを自分でも作ってみたいと言う。
毎日毎日持ってくる弁当は、少しずつ工夫が増えていってるようだ。
食べるのも作るのも本当に好きなんだろう。
毎日楽しそうに見えた。
「それはお前もだと思うけど」
「はあ?」
山口の言葉に思わず声を上げる。
「お前も十分楽しそうに見えるぜ?」
長野と茂君は、調べたいことがあると図書館へ行ってしまった。
山口と二人になり、ふと独り言ちた内容に、そんな言葉が返ってくるとは思わなかった。
「そうか?」
「まずちゃんと登校してるのが証拠だろ。長野といる時楽しそうじゃん」
「そんなことねぇよ」
「ま、自分のことは分かんねーだろーな。俺も言われて初めて分かったし」
「茂君?」
「そう」
コンクリートの上で胡坐をかいていた山口は、そのまま仰向けに倒れる。
それに合わせて空を見上げる。雲ひとつない青空は、少しずつ夏の時の色とは違ってきていた。
「そういえば、山口は何で茂君の世話してるわけ?」
「ははは!確かに世話だけど!それシゲの前で言うなよ。あのヒト拗ねるから」
俺の問いかけにゲラゲラ笑う。そして勢いよく上体を起き上げた。
「最初は全然、しゃべったりもしなくてさ。お前みたいにサボってたから面識もほとんどないし?
自己紹介は聞いてたから、突然寝ちまうってのも知ってたけど、興味もなかったんだよ。
それが、たまたま出てきた日に教室移動があってさ、階段登ってる時に上から落ちてきたんだよ」
「危な!」
「そうそう!慌てて受け止めたって。そしたら寝てんの。仕方ないから保健室連れてったんだよ。
次の時間には復活してきてたんだけど、昼休みになったらさ、今度は何もないところで転ぶんだぜ?」
「・・・・・・・・・・・」
「もう、気になって気になって仕方なくってさ!気が付いたら『番犬』ってあだ名がついてた」
アハハ、と笑いながら山口は一息に言い切った。
「そんな理由かよ」
「そんなもこんなも、それがキッカケなんだからどうしようもねーじゃん。お前だってそうだろ」
そう言われて、初めてしゃべったときのことを思い出す。
「・・・・・・・・・・・・・」
どうやら俺も人のことは言えないようだ。
「楽しけりゃ何でもいいんだって」
「・・・・・・・・まぁ・・・・・・・・」
「俺最近勉強も結構面白いと思うぜ?」
「ああ、それは分かるかも」
「最初はテスト勉強で教えてもらってたんだけどさ、分かるとおもしれーもんだな。
文系はいまいちだけど、数学と物理はちゃんと授業受けてる」
「理系は嫌いだけど、現社は面白い。あとは・・・・・・・・・・音楽?」
「俺ベースやってるから音楽も嫌いじゃねーな。体育はもちろんだけどさ」
「確かに!」
二人でゲラゲラ笑っていると予鈴が鳴った。
同時に足音がして、屋上の扉が勢いよく開く。
「山口君!茂君寝ちゃったから助けて!」
息を切らしてやってきた長野は、山口の手を掴むと踵を返して走っていく。
転びそうになりながら、山口も屋上から姿を消した。
小さく溜息をつくと、長野が置いていった荷物を持ち上げて、俺も屋上を出た。
二学期の中間試験も終わって課題から解放された日曜日の夕方。
夕飯に呼ばれて部屋から出て、廊下にあったカレンダーにふと目をやる。
「・・・・・・・・・十月八日・・・・・・・・・」
──── 俺の誕生日は十月九日だから!
少し前の長野の言葉を思い出す。
ついでに、小さなケーキを作って隣のガキに渡したら予想以上に喜んでいたことも思い出した。
「・・・・・・・・・・・・・・」
カレンダーを睨みつけながら立ち止まっていると、後ろからやってきた兄貴に邪魔だと蹴っ飛ばされる。
そのまま喧嘩を始めながら、内心、ちょっとやってみようかという気になった。
「坂本やん〜」
駅を出てすぐ、背後から声をかけられて振り返ると、そこには茂君がいた。
「おー。はよ」
「おはよーさん。・・・・・・その紙袋どうしたん?」
「うん。まぁ」
適当に言葉を濁しながら茂君が追いついてくるのを待って並んで歩き出す。
「もしかして長野の誕生日プレゼント?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・何か超能力持ってる?」
「いやいや。僕も知ってて、ちょっと準備してきてん」
「なんだ。そういうことか」
茂君に合わせてゆっくり歩く。今日は早めだから、これでも十分余裕を持って学校には辿り着けるだろう。
「茂君は何準備したの?」
「ひみつ」
「何だそれ」
カワイイ子ぶって唇の前で指を立てる様子にゲラゲラ笑うと、茂君も笑った。
その時、見たことがあるような面々が揃った集団が目の前に現れる。
「?」
「ちょっとツラ貸せよ、坂本ぉ」
俺が眉を寄せると共に、茂君が小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。
「あ?こっちは何の用もないんだけど。どいてくんない?そこで広がってたら邪魔」
そう言った瞬間、一番前にいた奴に、いきなり顔面を殴られた。
耳が痛くなるような説教が終わって、ようやく解放された。
時計を見る。四時間目が終わるまでそう時間は無かった。
今更教室に行くのも億劫で、そのまま屋上に向かう。こんな変な時間に行くのも久しぶりだった。
屋上の扉を開けて鞄を放り投げる。足跡のついてしまった紙袋も一緒に情けない音を立てる。
クタッと力なく倒れる紙袋を見て、小さく溜息をついた。
フェンスの側に座り込んで、勢いよくもたれる。ガシャンという悲鳴を上げて金網がたわんだ。
「・・・・・・・・・・・茂君がいて助かった・・・・・・・・」
小さくぼやいて空を見上げる
今の心情とは反して、真っ青な青空が広がっていた。
喧嘩を吹っかけてきたのは、今までに喧嘩を売られて叩き潰したヤツラだった。
集団でやれば勝てると思ったらしい。
このところ静かにしていたから鈍っていると思ったんだろう(俺も思った)が、残念ながらそうでもなかった。
茂君や他の登校中の奴もいたから最初は手を出さないように我慢していたが、途中でブッチン切れてしまった。
後はあんまり覚えてなくて、気が付いたら喧嘩を売ってきた奴らは死屍累々の山に。
少し離れたところには真っ青になって隅っこで小さくなっていた茂君と誰かが呼んできた教師たちがいた。
幸い、優等生の茂君の証言と最近の素行の良さから、やりすぎではあるが正当防衛だということは認められた。
だからちょっと眺めのお説教で済んだのだけど。
最初の内、無抵抗で我慢したお陰で、身体中はボロボロだ。
(多分返り討ちにしたヤツラの方がボロボロだと思うけど)
溜息をついた拍子に腰の辺りに当たったコンクリートが、地味に痛い。
よく考えれば思いっきり蹴られたような気がする。青痣になってるに違いない。
「・・・・・・・・・・・ちくしょう・・・・・・・・・・・」
我慢なんてするんじゃなかったと今更ながら思う。
でも茂君を含む、普通のヤツラの目の前で反撃するわけにもいかず。
まぁ、結局やり返してしまったんだから、その我慢も意味がないけど。
久しぶりに殴られた頬は、シップを貼ってはいるが腫れてるのは見るまでもない。
腕や足も擦り傷だらけ。嫌味なヤツラは見えないように腹とか背中とかを蹴ってきた。
きちんとやり返しはしたけど、痛いものは痛い。
しかもはっきりと分かる傷がある以上、長野に何か言われるに違いない。
そう思うと更に気分は落ち込んだ。
何度目か分からない溜息をつくと同時にチャイムが鳴る。
昼か、と思ったとともにバタバタと足音が聞こえる。
誰だと考える間もなく扉が開いて、長野がやってきた。
「坂本君!!」
そして、『わ、来た!』とか『何を言うんだ!?』とか考える前に勢いよく飛びかかってきて、
俺の胸倉を掴んだ手とフェンスに挟まれて、思わず踏まれた蛙みたいな声が出た。
「ぐえっ」
「坂本君のバカー!!俺めちゃくちゃ心配したんだからね!!!」
「いでででで!!!」
フェンスがガシャンガシャンと音を立てる。
胸倉を掴んだ腕を前後に揺する度に、蹴られた腰や背中がぶち当たってかなり痛い。
「なっ・・・・・・長野・・・・・・・・!!痛い!!!」
「あ!!ごめん!!」
いきなり長野が手を離したもんだから、そのままフェンスに突っ込んで、また腰が痛い。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
いつも笑っているイメージしかないから、長野が眉を寄せてしかめっ面をしていると何だか怖い。
「すっごい心配した」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何の情報も来ないから、事情聴取の終わった茂君捕まえて、三時間目サボって話聞いたんだから」
「サボったのかよ」
「気になるじゃない!心配し・・・・」
「分かったよ!悪かった!!」
あまりにも『心配』を連呼するもんだから、居た堪れなくなって声を上げる。
すると、長野は眉を更に寄せて、今にも泣きそうな顔をした。
「茂君から話聞いた」
「・・・・・・・じゃあ全部分かってっだろ」
「茂君守ったのは偉い」
「そりゃどうも」
「でも怪我してちゃ意味ないだろ!馬鹿!!」
「・・・・・・・・・・」
反論がめんどくさくなって黙り込む。
でも、どうすれば正解だったんだろうか。
「もっと自分を大事にしてよ」
「じゃあ最初からやればよかったのかよ」
「逃げるって手はなかったのかって言ってんだよ」
「無理だろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
長野は黙り込んで視線を彷徨わせると、俺の横に座り込んだ。
「・・・・・・・・・何でお前が泣きそうな顔するんだよ。・・・・・・・・・泣きたいのはこっちだし・・・・・・・・・」
溜息をついて立ち上がり、放り投げた鞄の元に歩み寄る。
しゃがみ込んで、ボロボロになった紙袋の中身を見た。案の定、キレイに潰れている。
「俺の努力を返してもらいてーよ、あの馬鹿どもに」
潰れた箱を紙袋に戻し、ぐるぐると巻いて鞄の中に突っ込む。
そして振り返ると、長野は不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「何だよ」
「今の、何?」
「何でもねーよ」
「大事なもの?大事なものだったら弁償してもらわなきゃいけないだろ!」
そう叫んで勢いよく立ち上がると、長野は屋上から出て行こうとする。その手を慌てて掴んで止めた。
「良いよ。別に」
「何でだよ!」
「そんな大事じゃない。もう一回作れば良いんだから」
「でも!」
「お前の誕生日プレゼントだよ。ケーキ作ったけど、踏み潰された。でも二度と作れないわけじゃない。
今日渡せないけど、もう一回作ればそれで良いんだから、弁償させるとかそんな変なことすんな」
長野は驚いた表情を浮かべて俺を見つめ、その場で動きを止める。
「・・・・・・・・・・・・・・そんなに驚くなよ・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・だって、本当に作ってくれるなんて思わなかったから・・・・・・」
もう飛び出していきそうにはなかったから掴んでいた手を離した。
長野は更に数秒間固まったままでいて、そして紙袋の方に歩み寄った。
「・・・・・・・・もうゴミだって」
「分かってるよ」
俺の言葉にそう返しながら、紙袋の中から箱を取り出す。そしてひしゃげてしまっているそれを開けた。
そして学ランのポケットからインスタントカメラを取り出して、カシャリと音を立てた。
「ちょっと待てよ。・・・・・・・・お前、何でそんなもん持ってんだよ・・・・・・・・・・」
「いつも持ってるよ。坂本君の前で出したことなかっただけで」
「何で写真撮ってんの」
「せっかく坂本君が初めて作ってくれたものなのに、食べれないから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
あーあ、と小さく長野の背後から箱の中を覗き込む。昨日ちょっとこだわってみた飾りつけは台無しだ。
「一応言っとくけど、食べるなよ」
「食べないよ。残念だけど。
・・・・・・・・・・・・・ありがとう、坂本君」
俺を振り返って、長野は笑った。
「・・・・・・・・・・・・・おめでとう」
少し照れくさくはあったけれど、言わないと意味がない。
「また今度作ってやるよ」
「楽しみにしてる」
長野はケーキの残骸を紙袋に戻し、キレイに包んで自分の鞄の中に片付ける。
そして代わりに、その鞄に入っていた弁当を取り出して広げ始めた。
「遅くなったけど、お昼食べよう」
「おう」
相変わらずでかい弁当箱に大量のおかずだか何だかが詰まっている。
「・・・・・・・・・・相変わらずよく食べるなぁ」
思わず呟くと、長野はこっちを見て笑った。
「食べるのが大好きなんだよね」
そう言った笑顔が今まで見た中で一番輝いていたから、
ああ、本当に食べるのが好きなんだなぁと、心の底からそう思った。
「念のため言っとくけど、あのケーキだったもの、食べるなよ。持ち帰ってどうするつもりか知らねーけど」
「失礼な。そこまで意地汚くないよ」
長野はムッとしたが、やりかねないと思ってしまうのはきっと俺だけじゃないはずだと、最後に付け加えておく。
初めまして、こんにちは。『Osmium』管理人、北方はとりと申します。
お祭り開催おめでとうございます。
昨年のお祭りには参加できず、今年こそ!と気張ってやってきました。
このような素敵なお祭りに参加させていただき、ありがとうございます。
普段はTOKIOで話を書いていますが、V6のツートップの仲良し加減は大好きです。
夫婦で例えるなら、坂本さんが長野さんの尻に敷かれてる感じが良いですねv
このところ話を書いておらず、久しぶりの作品なので、読みづらいところ、分かりにくいところも多かったと思いますが、
ここまで読んでくださってありがとうございました。
そして、改めて、この素敵なお祭りを開催していただき、そして参加させていただき、ありがとうございました。
2009/10/27 北方はとり 拝
* * * *
ツートップフェスティバルに投稿させていただいた作品です。リーダー誕生日記念話とリンクしてます。
久々のツートップはなかなか難しかった。でもいつでも一緒という二人の距離感が好きですv
これで、長野様の誕生日記念に代えさせていただきます。おめでとうございました!
2009/11/23
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