突然、自分の音が判らなくなった。

目の前の白と黒の鍵盤が相棒とは思えなくて、触れていた指を跳ねるように離す。

そのままゆっくりと蓋を閉めて、コートと財布だけ持って部屋を飛び出した。












  










汽車が止まったのは終点の駅。
冬が近づいた今の時期、この辺りまで来る人は少ない。
大陸の北端。海辺の小さな町の空は、重く垂れ込めた雲が覆い尽くしている。
今にも泣き出しそうな空を見ながら、駅員に切符を渡した。

駅前の広場にはいつも屋台が軒を連ねている。
今日も例に漏れず、広場の屋台は賑わっていた。
「お、いらっしゃい!3ヶ月位振りじゃないか」
「調子はどうだい?」
すでに顔見知りになっている屋台の親父が声をかけてきて、それに笑顔で応えた。

「今日シゲルはいないよ」
「え?そうなの?」
揚げたてのシュパーネルを買おうか悩んでいると、親父さんがそう教えてくれた。
「ほら、チェロの兄ちゃんに呼び出されて、2時間位前かな。慌てて出ていったよ」
「ヤマグチくん?それならしょうがないか」
「お得意さんだもんなぁ、あいつの」
ため息混じりに呟くと、親父さんも笑う。
「まぁ、トモ坊は留守番みたいだから、これでも2人で食べなさい」
そう笑って、親父さんは紙袋に2つ、揚げたてのシュパーネルを入れてくれた。
「ありがとう。お金・・・・・・・・」
「いいよいいよ。もっていきな。今日は特別さね」
親父さんは差し出した硬貨を、それを握った手ごと押し返す。
「あいつのことだ何かしら準備してるだろうよ。ゆっくりしていきな」
「?・・・・・・・・ありがと。いただきます」
ガハハと豪快に笑う親父さんに笑い返し、再度お礼を述べてその場を後にした。

持っている紙袋が熱い。
屋台通りを抜けて、居住区に入ってから中身を覗く。
甘いものが苦手な俺用にシナモンがかかったものと、
甘いもの大好きなあいつ ─── ナガセ用にチョコレートがかかったものが、中には入っていた。
あの親父さんとは子どもの頃からの知り合いだ。
さすが、気が利く。
そんな偉そうなことを思い、1人小さく笑った。

『音楽好きな者に悪い奴は居ない。音楽を愛するものを愛せよ』

この町のスローガン通り、この町に悪い人は居ない。
皆優しくて、温かい。




煉瓦造りの建物が並ぶ。
中世の頃に建てられたものらしい。
石畳がカツカツと音を立てる。
とある扉の前、バイオリンをモチーフにした看板がぶら下がる戸口の前で、俺は足を止めた。
扉の横の、レースカーテンのかかった窓の向こうは橙の明かりで照らされている。
その中に人影を確認して、俺は看板の真下にある呼び鈴を鳴らした。
扉の向こうからベルの音と返事が聞こえた。
足音の後、解錠の音。
軋みながらゆっくりと開いた扉の向こうから、ワイルドな男が顔を覗かせた。
「あ、タイチくん!」
そいつは俺の顔を確認すると同時に破顔する。
人懐っこい笑顔を浮かべ、扉を全開にした。
「いらっしゃい!寒かったでしょ?」
そいつ ─── ナガセは俺を部屋の中に招き入れる。
誘いに応じて、俺は扉をくぐった。


「リーダー居ないんだって?」
「うん。ぐっさんに呼ばれて市まで行っちゃった」
今日は帰れそうにないって。
飼い主に置いていかれた犬みたいにしょんぼりとして、ナガセは俺のコートをハンガーにかける。
「しかたないだろ。今日ヤマグチくん本番の日なんだし。・・・・・・・あー、もー。はいはい、よしよし」
しょんぼりと頭を垂れたナガセの髪の毛を撫でると、少し浮上したらしく、笑顔を浮かべた。
「揚げたてのシュパーネルもらったんだ。食べるだろ?」
そう言いながら紙袋を持ち上げる。
瞬時にナガセの顔が輝いた。
「食べます!じゃあコーヒー淹れますね」
バタバタと台所の方に走っていく後ろ姿を見送って、部屋の中に視線を巡らせる。
木の匂い。ニスの匂い。
この部屋は待合室と言えばしっくりくるだろうか。
観葉植物の乗った低い本棚で仕切られた向こう側は、この部屋の家主の工房になっている。
しっかりと壁で仕切られているわけではないのは、この町の工房の特徴かもしれない。
どの店も工房と店先を繋いで、出来得る限りオープンにしているのだ。
観葉植物の向こうを覗き込むと、製作途中の、サイズから見てヴィオラだろうか、が置きっぱなしにしてあった。
刃物だけは片付けてある。
親父さんが慌てて、と言っていたのはあながち間違いではなかったみたいだ。
壁には完成したバイオリンや作りかけのチェロの木型が置いてある。

こいつらはどんな音を響かせるんだろう。

そんなことを考えていると、視界の隅にカップが写った。
「勝手に中入ると怒られますよ」
コーヒーが上げる湯気の向こう、ナガセが苦笑を浮かべていた。
「俺怒られたことないし」
「嘘!!俺、1度この家を追い出されましたよ!?」
信じられないという顔をして声を上げる。
「・・・・・・・・それいつの話だよ」
「15年くらい前です」
めちゃめちゃ怖かったんですから、と言うナガセに心当たりが1つ。
「お前がここに来たばっかりの頃?」
「うん」
「そりゃあれだよ。リーダー、ツンツンしてた頃だから。あの頃俺、絶対にリーダーには近付かなかったし」
「そうなの!?」
声を上げるナガセに、俺は昔のことを思い出す。
今でこそ笑顔がトレードマークになってはいるけれど、あんなのはここ数年の話だ。
この家の家主は、昔は無愛想が人間になったみたいなものだった。
「まぁいいや。食べようぜ」
コーヒーを受け取って、テーブルに戻る。
俺の後をナガセもついてきた。
「これ、オークラのおやっさんとこの?」
「そう。来るときにもらってさ」
「あー、チョコだ!」
紙袋を渡すと同時に中を覗き込んで、嬉しそうに声を上げる。
「シナモンは俺のだからな」
「分かってますって!いただきま〜す」
言うが早いか袋から取り出して、その拳骨サイズのお菓子にかぶりついた。
「美味い!」
「うん。美味い」
サクサクでほんのりと甘いのパイ生地に、シナモンがよく合っている。
「あ、これ食べちゃったけどさ、夕飯どうする?リーダー帰ってこないんでしょ?」
「大丈夫ですよ。今日はタイチくん来るからって、リーダー、朝から張り切って色々作ってましたから」
「え・・・・・・・・?」
ナガセの答えに、俺は思わず声を上げてしまった。
意味を理解するのに数秒。
分かった途端に気分が重く垂れ込めてくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・何それ」
「えっ?」
俺が声のトーンを下げると、ナガセは驚いたように小さく声を上げた。
それさえも、無性に腹が立った。
「・・・・・・・・俺が煮詰まるって予想してたのかよ・・・・・・・・」

ムカつく。
最近は丸くなったとか思ってたけど、何にも変わらないじゃないか。
人の失敗を先読みして、馬鹿にするみたいにフォローの準備だけは完璧にして。
こういうところが、

「違うよタイチくん!!」
ナガセの大声に考えが寸断される。 それにもイラっとしながらナガセを見ると、素面なら笑えるくらいオドオドしていた。
「そんなんじゃないですよ!リーダー、タイチくん誘ったって言ってたもん」
「・・・・・・・・は?誘った?ウソ!」
予想外の台詞に、今度は俺が大声を上げた。
だって誘われた記憶なんて全くない。
「えー!?」
「てか何で誘われたわけ?俺」
「なん・・・・・・・・!?だ・・・・・・・・だって今日は特別な日じゃないですか!」
そしてふと、先のやり取りを思い出した。
「・・・・・・・・何かさ、それも特別だからってタダだったんだよね。
 特別特別って・・・・・・・・・・・・・・・・今日何の日?」
何気なくそう訊いて顔を上げると、ナガセは何とも情けない顔をしていた。
「何だよ」
「タイチくん、本気で言ってる?」
「本気だけど、何」
その言い種に少し腹が立って無愛想に返す。
すると、ナガセは脱力したようにテーブルに突っ伏した。
「えー。じゃあタイチくん煮詰まらなかったら来なかったってことですか?」
「だから何だよ!」
「誕生日ですよ!!」
意味が分からなくて声を上げると、勢いよく身体を起こしてナガセは言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰の?」
「タイチくんの!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日何日?」
「長月の2日です!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ナガセの言葉に慌てて時計を見た。
月日も示すようになっているそれは、月針は9を、日針は2を指している。
そして、数日前にかかってきていた電話を思い出した。


『タイチは長月の2日は用事入っとるん?』

──── 特にないよ。何?祝ってくれるの?

『ヤマグチとマツオカは演奏会で来れへんらしいねんけど、プレゼント用意しとくわー』

──── 分かった。じゃあ行くから。楽しみにしとくよ。


「あー・・・・・・・」
「えー。何かガッカリなんすけどぉ」
納得の声を上げると、ナガセは不満げにそう呟いた。
「・・・・・・・特別ってそういうことか・・・・・・・」
「ちゃんとぐっさんとマボからプレゼント預かってたんですよ、俺」
ほら、とナガセはテーブルの後ろにあった引き出しから何かを取り出す。
「これがぐっさんからで、こっちがマボからです」
そう言って差し出してきた2つの包み。
1つは小さな封筒。もう一つは大きな、恐らく冊子の包み。
ヤマグチくんからだという封筒を開けると、中には小さなカードとチケットが1枚。
カードにはたった一言、『来い』と書かれているだけだった。
チケットをよく見ると、ヤマグチ君が所属するオーケストラの、来月の定期演奏会の日時が表記されている。
「・・・・・・・・うわぁ、ぐっさんっぽいカードっすね」
覗き込んできたナガセが苦笑を浮かべながら感想を述べた。
俺はそのままマツオカからの包みを開ける。
カラフルなテープで止めてある口元を開き、中身を取り出すと、それはスコアブックだった。
「・・・・・・・・・・・これ、俺が前からほしいって言ってたスコアじゃん・・・・・・・・・・・」
取り出すとともにカードが落ちた。一緒に出てきてしまったらしかった。
それを開くと、中には、『たまたま見つけたので。誕生日おめでとう』との文章。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「タイチくん、愛されてますねー」
ニヤニヤと笑いながらのナガセの言葉に、思わず顔が赤くなる。
と、その時、けたたましく電話のベルが鳴った。
「はいは〜い」
律儀に返事しながらナガセが電話に近付く。
受話器を取って名乗る声がして、すぐにその声音が砕けたものになった。
「あー、お疲れさまですー。うん。来てますよー。ちょっと聞いてくださいよ、リーダー!
 タイチくんてば、今日が誕生日だってことも、リーダーが誘ったってことも忘れてたんですよ!」
どうやら電話の主はリーダーらしい。
今までのやり取りを愚痴る声に、俺はシュパーネルの入っていた紙袋を丸めてナガセにぶつける。
「いたっ!もー、リーダー、タイチくんが凶暴ですー。え?あ、はーい。
 タイチくーん、リーダーが代わってって」
ナガセは受話器の口元を押さえて、受話器を俺に向かって差し出した。
「ん。・・・・・・・・・もしもし」
『もしもし、タイチ?ボクやけど』
「“ボク”って誰ですかー?名乗らないと電話切るよ」
『もー、いけずせんとってや。ジョウシマですー』
俺の軽い嫌がらせに、楽しげに笑いながらの返事が返ってくる。
「冗談だよ。分かってるから」
『こっちもそれは判っとるけどな。なん?忘れとったんやって?誕生日のこと』
「いろいろあったんだよ」
『そーかそーか。ま、作り置きしといた料理が無駄にならんで良かったわー。
 ・・・・・・ん?これ?タイチ。うん。ちょお待って。そこで代われ言うとるから、ヤマグチに代わるな」
途中声が遠くなったのは、ヤマグチくんと話すために受話器から口を離した所為だろう。
少し雑音が入って、声の主が変わった。
『あ?タイチ?誕生日おめでとう』
「ありがとうヤマグチくん。チケットも」
『おう。お前、絶対来いよ。お前の好きな選曲だからさ』
気合入れて演奏するから、と電話の向こうが笑う。
『それと、あんまりグダグダ考えてんじゃねーぞ。ピアノばっかりやってないでたまには違うこともしろよ』
「・・・・・・・・・・・・・うん」
『マツオカが代われってうるせーから代わるわ』
何にも知らないはずなのに、今の状態を当てられてしまう。
ヤマグチくんには敵わないなぁと思っていると、電話の向こうから別の声が俺を呼んだ。
『タイチくーん?』
「はいはい。タイチくんですよー」
『おめでとう、タイチくん。本当は直接言えたら良かったんだけど、今日演奏会だから・・・・』
「気にすんなよ。それと、スコアありがとう。探してくれてたんだな」
『え?あ、あれはたまたま見つけたから買っただけで、別に探してたわけじゃ・・・!!』
「うんうん。分かってる分かってる。ありがとな、マツオカ」
『ううん。いつか聞かせてね、その曲』
そう言ってマツオカは小さく笑う。
照れ屋だから、少しからかってみたけれど、思ったとおりの反応が返ってきた。
可愛いやつ、と思っていると、再度リーダーの声がした。
『マツオカ真っ赤やったけど、何言ったん?』
「んー?わざわざ探してくれてありがとうって言っただけだけど」
『はは、なるほどなぁ』
電話の向こうで笑い声がした。
「で?リーダーは何にもくれないの?」
『ボク?ボクは、まぁまぁ、ええやんか。それより、今日泊まってくんやろ?』
「はぐらかした。まぁいいけど。うん。泊まってく」
『やったらいつもの部屋使い。お前専用の部屋にしといたから』
「うん。ありが・・・・・・・・・・・・・・え?」
『鍵も付けてあるから、ナガセからもらってや。これからは好きな時においで』
一瞬意味が判らなくて、言葉が出ない。
黙っていると、リーダーがどうしたのかと声をかけてきた。
「え?どういうこと?」
『うん。・・・・・詳しくはナガセから聞いてや。
 もうそろそろ2部が始まるから、見に行かなあかんで、切るな。
 誕生日おめでとう、タイチ』
「あ、うん。ありがとう。じゃあまた」
そう言うと、電話の切れる音がした。
ツーツーと無機質な音を流し続ける受話器を置くと、ナガセが不思議そうな顔をして俺を見ていた。
「どうしました?」
「いや、リーダーがさ、詳しくはナガセに聞いてって・・・・・どういうこと?」
逆に俺が首を傾げると、ナガセは噴出すように笑い出した。
「ふふっ、あははっ、リーダーったら、もー」
「え?何?何だよっ」
1人笑い続けるナガセに迫ると、ナガセは目尻を拭いながら、さっきとは別の引き出しから何かを取り出した。
「これがリーダーからと、俺からのプレゼントです」
そう言って、少し膨らんだ封筒を差し出す。
「・・・・・・・・何これ」
「開けてみてください」
俺はその言葉を受けて、封筒を開いた。
中に入っていたのは2つの鍵。
「・・・鍵?」
「リーダー、何か言ってませんでした?」
「・・・・・・・・・いつもの部屋をお前専用に、とか何とか・・・・・・」
そこまで言って、思い当たることが1つ。
俺はそのまま階段を上がり、2階に上がった。
そして、階段傍の客間、俺が来るといつも使っていた部屋のノブを回す。
しかし、ガチャリと鈍い音がして、ノブは半分までしか回らなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は持っていた鍵と鍵穴を見て、短い方の鍵を差し込んだ。
そしてゆっくりと回すと、カチンと音がした。
再度ノブを回すと、今度はすんなりと開いて、扉がこちら側に向かって動き出した。
1歩足を踏み入れると、ナガセがパチリと部屋の電気をつけた。
設置してあったランプが灯って、少し赤めの光が部屋の中を照らす。
それは普段と何ら変わりなかったのだけれど、テーブルの上に何かがあった。
「・・・・・・何、これ・・・・・・・・・」
呟いて、手に取って見る。
ぶら下げられるように細い鎖のついた木製のプレートに刻まれているのは、俺の名前だった。
「リーダーがね、ここタイチくんの部屋にしちゃおうかって言ってたんですよ、前から。
 ほら、タイチくん、結構ここに来るじゃないですか。そのたびに客間っていうのも何か変だしって」


『好きな時においで』


電話越しのリーダーの声を思い出す。
「もし受け取ってくれるなら、そのプレートぶら下げておいてって、リーダー言ってましたよ」
照れくさくて言えなかったみたいですけど、とナガセが苦笑いしながらそう言った。
「でね、タイチくん。アレが俺からのプレゼントです」
そして、ナガセは俺の横に立って、部屋の隅にあるモノを指差す。
「ホントはグランドピアノにしようと思ったんですけど、置く場所無いから、ジラフ型にしました」
「・・・え?・・・・・・もしかしてあのピアノ・・・・・・・・・」
「うん。俺が作ったんです。俺の初ピアノ」
振り返って顔を見ると、誇らしげな表情を浮かべていた。
「タイチくんがここに来たときに弾いてくれたらいいなぁと思って作ったんです」
「え、でもお前、調律師だろ・・・?」
「うん。実は勉強の一環に作ってみたんですよ。ヤスダの旦那に教えてもらって」
そう笑って、そして俺の持っていた鍵を指差す。
「それが蓋の鍵です」
開けてみてくださいよ、と言うナガセに、俺は恐る恐る開けてみた。
規則正しく並ぶ白と黒の鍵盤がランプの光を反射して鈍く輝いている。
それにそっと触れて、C、D、Eと鳴らす。
垂直に長く伸ばされた弦が響いて、軽やかな音色を奏でた。
「・・・・・・・・・・ナガセ」
「はいっ」
「これさ、」
「うん」
「微妙に調律狂ってる」
「はい?」
「ほら、これDの鍵盤だけど、D#じゃね?」
トントンと何度か鳴らす。
ナガセの顔が少し引き吊った。
「ところどころ音がずれてんだけど」
「えぇ〜!?」
俺の言葉にナガセが走ってピアノに飛びつく。
そして何度か鍵盤を鳴らして、その場にがっくりと膝をついた。
「・・・・・ホントだ・・・・・・・・・・うっそぉ〜・・・・・・・・・」
「これさ、音が一つずつずれてるんだよ。調律する時、一つずらしちゃったんじゃない?」
「そうかもしれません・・・・・・・・・・・・」
今にも泣き出しそうな声でナガセが呟く。
そしてグダグダ言いながらピアノの蓋を開け、中を覗き始めた。
「・・・・・・・ったく」
不思議そうに振り返ったナガセの顔があまりにも情けなくて、俺は思わず笑ってしまう。
「こんな嬉しい誕生日、何年ぶりだろ」
ナガセの横に立って、もう一度鍵盤を鳴らした。
出るはずの音とは全く違う、とんでもない音が鳴ったが、そんなのは別に気にならなかった。
「ありがとう」
そう言って笑いかけると、ナガセは嬉しそうに頬を緩める。
「タイチくん」
ナガセはピアノの蓋を固定して、調整する準備を整えながら俺を呼んだ。
「明日ちゃんと調律し直しますから、いつでもいいから聴かせて下さいね」
俺、タイチくんの演奏が好きなんです。
そう笑ったナガセの言葉がすっと心に入ってくる。


そうか。

この笑顔が見たくてピアニストになろうと思ったんだっけ。


子どもの頃、俺の演奏が好きだと言って笑った幼いナガセの顔を思い出した。
「おう。とびっきりの演奏を聴かせてやるよ」
俺はそう言って、ナガセの胸を拳で軽く突く。
するとナガセは嬉しそうに破顔した。


「じゃあリーダーの作ったご馳走食べましょう」
「お、楽しみ〜」
俺とナガセは俺の部屋の扉を閉めて、台所に向かった。






Happy birthday, Taichi !!


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34歳おめでとうございます!!

年々若返っているように見えるんですが、気のせいでしょうか?(笑)
いろんなチャンネルで拝見するようになりましたが、体調だけにはお気をつけて。
LDKエンディングのリーダーとの合作、楽しみにしてますv

かなり遅くなってしまって、申し訳な・・・・・(汗)
気付けばもうすぐベイベの誕生日が近付いてしまってますね。
とりあえず連作で行く予定です。
次は間に合うように頑張ります。


改めまして、おめでとうございました!!


あ、もしお気に召しましたら、どうぞお持ち帰りくださいませ。


2008/10/19


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