呼び鈴が鳴り響いた。
来ることは前から判っている。
椅子に腰掛けたまま待っていると、早足に靴音が響いて、部屋の前で止まった。
「失礼します」
ノックと同時に扉が開く。
視線を向けると、予想通りの人物が現れた。
「待ってましたよ、山口さん」
彼はやんわりと笑って来客を迎える。
「長瀬さん。お願いがあるんです」
「解ってます。
 どうか、壊してやってください」
椅子から立ち上がり、頭を下げた。
同時に山口は持っていた大鎚を引き摺って部屋から出ていく。
「・・・・・・・・私には壊せなかったんだ」
彼の呟きは誰にも届かず空気に溶けた。
























オーバーテイル

〜The Cat fell over the wonderland〜
























半年振りの対面だった。
自分を非日常に連れていった姿見は、最後に見た様子と寸分違わぬ形でアンティークの山の中に鎮座していた。
山口はその前に立つ。
写ったのは山口ではなく、彫りの深い黒髪の男。
「よぉ、猫」
唇の片方を吊り上げて、山口が笑う。
「・・・・・・・いや、ナガセ」
『シゲル君には会えた?』
鏡像は山口にそう尋ねた。
「会えたよ。ありがとな」
『良かった。あれがシゲル君の願いだったから』
少し寂しそうに、けれども嬉しそうに笑う。
「今日はコイツを壊しに来た」
『うん。知ってる』
「いいのか?」
『いいっすよ。それが俺の願いだから』
「お前はどうなる?」
『解んない。でも構わないです』
「そっか。
 ・・・・・・・あぁ、そうだ。お前、前聞いたよな?シゲが『白兎』だったか『ジャバウォック』だったか」
山口の言葉に、鏡像は驚きに目を開く。
「シゲはさ、俺にとっては水先案内人でも化け物でもねぇよ。強いて言えば、白の女王だな」
『・・・・・・・・・・・・・・』
山口の言葉に鏡像が口を閉じて、一瞬沈黙が落ちる。
『・・・・・・・・・・・・・・あっははっ!もしかしてぐっさん、ルイスキャロル読んだの?合わなーい!!』
「うっせ!」
ゲラゲラ笑い始めた鏡像に、山口が少し顔を赤くして噛みついた。
『うん。言い得て妙っすね。でもそう言ってくれて嬉しい』
ヘラリ笑う表情を見て、山口は大鎚を握り直す。
「・・・・・・・・・・・・・・ホントに良いのか」
『うん。ありがとう、ぐっさん』
またね。
鏡の中の男はそう笑って姿を消した。
同時に山口は得物を振り被る。
そして勢いよく銀板を叩き割った。

ガシャン!!

耳をつんざくような音が響き渡る。
それから山口は、何度も何度も力任せに大鎚を叩き付けた。
その度に甲高い音がして、粉々に砕け散っていく。
次第に音が鈍いものになり、鏡は最終的にガラスの破片と飾り枠の残骸に変わり果ててしまった。

大鎚の先端を床につけると、勢い余ってガンと音がした。
山口はそれを杖代わりにして体重を預け、乱れた息を整える。
「・・・・・・・これであっちに行けねぇだろ・・・・・・・」
小さく呟いて金槌から手を離す。
柄が重力に従って倒れ、カランと軽い音を立てた。
「・・・・・・・全部終わらせたよ・・・・・・・」
その場にしゃがみ込んで、山口は少しだけそのままでいた。















不意に強い風が吹き抜けた。
そんな気がした。
誰かに呼ばれたように思えて振り返る。
「どうしたの?」
先を歩いていた青年が立ち止まって声をかけた。
「・・・・・・・・や、誰かに呼ばれたような気がしたんやけど・・・・・・・・」
その言葉に、青年は彼の隣まで戻ってきて辺りを見渡す。
スクランブル交差点を通り過ぎてすぐの地点。
早足に行き交う人々で溢れ、顔見知りであっても探すのは容易ではない。
「気のせいじゃねぇ?てかこの人混みで誰か探・・・・・・・・・・・・・・・・どうしたの!?」
青年は首を傾げて彼に向き直り、声を上げた。
「え?」
「何で泣いてんの!」
「え、泣いてる?」
慌てて自分の頬に触れて、無意識の涙を認識する。
「別に悲しくなんか・・・・・・・・」


──── ヤット終ワッタネ


言いかけて、頭の片隅でそんな声がした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ・・・・・・・・・・・・・・・・」
その声に、意味が解らないのに、何故か納得する。

そうか。
終わったのか。

何があったのか心配する同僚を置いたまま、彼は真っ青な空を見上げた。















パッと目を開けると、目の前には見慣れた先輩の見慣れない怒りに歪んだ顔があった。
「・・・・・・・・バッカじゃねぇのお前!!」
耳許で怒鳴られてくらくらする。
耳を押さえながら上半身を起こして初めて、自分が横になっていたことに気付いた。
「・・・・・・・・え?」
「昔っから言ってんだろ!何で体調悪い時に無理すんだ!!倒れるまで仕事してんじゃねぇよ!!」
「え・・・・・・・・あ・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・・・・」
自分には滅多に怒らない先輩の怒りの声に、反射的に謝罪の言葉を口にする。
「あのバカでも自分の体調は管理できてたんだから、お前なら出来るだろうが。
 リーダーじゃあるまいし・・・・・・・・。ったく、せっかく色々用意してたのに台無しじゃんか」
ため息をつきながら側にあった椅子に腰掛けた。
「え・・・・・・・・」
「お前の誕生日。今日だろ?サプライズパーティしようと思って準備してたんだよ」
でも今日は中止。
肩を竦める先輩の姿に、彼は言葉を失う。
「主役のお前が体調良いときにまた企画するよ。ケーキは冷蔵庫入れときゃ明日ぐらいなら大丈夫だし」
苦笑しながら彼の肩を叩く。
「ま、リーダーも忙しそうだし、あいつもまだ帰ってきてないし」
小さく呟いた先輩に、彼は行方不明になっていた共通の友人を思い出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・そろそろ帰ってこりゃあいいのにな」


──── タイチ君ニハ会エタ?


先輩の言葉に被るように耳の奥で声がした。


──── ヤット終ワッタヨ


不意に悲しくなった。
そして、意思に反して涙が溢れる。
「・・・・・・・・太一君・・・・・・・・?」
向かい合った先輩が泣いていた。
「・・・・・・・・どうしたのよ、何で泣いて・・・・・・・・」
「お前こそ・・・・・・・・」
驚いて声をかけると、先輩自体も理解できないという表情を浮かべて目元を拭っていた。















「息子がいたんです」
鏡の残骸の前でぼんやりとしていると、屋敷の主が横に立った。
「優しい子でね。あの子の為に何かしてあげたかった。
 だからそれを造ったんですけどね。まさか命を持ってしまうなんて思いませんでした」
自嘲を含んだ声に、山口は顔を上げる。
鏡の中で見た青年の面影を持つ、壮年の男性が立っていた。
「人の命を喰って、その代わりに願いを叶えて・・・・・・・・・・・。
 御伽噺の世界ではありきたりなことですが、実際にはこんなに悪趣味なことなんですね。
 ・・・・・・・・・貴方が、これの消滅を願ってくれるような人で良かった・・・・・・・・・。
 これで、全てが終わります」
安堵の表情を浮かべ、男が笑った。
「鏡の中の世界は現実の世界の映し世であり、取り込まれてしまった息子の夢の世界でもあります。
 会ったでしょう?息子に」
「・・・・・・・・・・・えぇ。いい奴でした」
「ありがとう。・・・・・・・・・・・・私はもう消えてしまうけれど、あの子にはまだ残ってるんです」
山口の言葉に嬉しそうに感謝を述べて、男はそう言った。
「え?」
「こんなに迷惑をかけてしまったのに心苦しいですが、後をお願いします」
その言葉とともに、男の姿が足元から消えていく。
「・・・・・・・・・・・判りました」
意味が判らないままではあったけれど、山口はそう、頷いた。
「ありがとうございます」
男が深々と頭を下げる。
そして、山口が1人になるのにそれほど時間はかからなかった。




















暖かい風が吹き抜けた。
凍てつく季節はあっという間に通り過ぎて、気付けばもう春がすぐそこに来ているようだった。
次第に緩んでくる寒気に、額には汗が滲んでいた。
長く続いた坂道の頂上で足を止めて、山口は不意に振り返る。
背後には病院の門。眼前には丘の下に広がる町が望める。
小さく息をつくと、目の前に白いものがチラついた。
それの軌跡を逆に辿って、山口は空を見上げる。
満開の桜がヒラヒラと花びらを散らしていた。


今日は退院の日だった。


主が消えた後、屋敷の奥で山口は『猫』を見つけた。
それは『猫』ではなく、あの鏡の世界に行ってしまった初めの人物だった。
とりあえずは救急車を呼んで彼を病院に連れて行き、警察に事情を説明した後、山口は完全に手を退いた。
警察の話では、彼は数年前に捜索願を出されていて、
その父親である家主は、彼が行方不明になった頃に亡くなったそうだ。
ひとまず、アンティークの処分を頼まれて屋敷に行ったら彼を見つけた、ということにしておいた。
全てを話したところで誰も信じはしないだろうから。
しばらくして、彼の友人を名乗る男から連絡が入った。
述べられたのは感謝と、退院の日取り。
出来れば会いに来てはくれないかと言われ、山口は腰を上げた。


病院内に入り、伝えられていた病室に足を進める。
人気の少ない院内。目的の病室の前にはスーツ姿の男が立っていた。
「山口さんですか?」
男は山口の姿を確認するとそう尋ねてくる。
「はい」
「はじめまして。連絡させていただいた国分です」
山口が頷くと、背格好の変わらない吊り目の男はそう笑って手を差し出した。
「はじめまして」
手を握り返して笑みを浮かべる。
「どうぞ。ちょうど片付けているところですけど」
そう苦笑し、男は病室の扉を開けた。















そしてまた、別の形でもう一度、物語は始まる。











Happy birthday, Tatsuya and Masahiro !!


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36歳&31歳おめでとうございます!!

ぐっさま!
まずは誕生日、そして結婚おめでとうございます!!
ホント良かった・・・!心から祝福させてください!
リーダーとは1歳しか離れてないはずなのに、年々逞しくなっていくあなたが大好きです。
今年もオネェ側には行かないで、でも貴方が望む方向へ突っ走っていってください。

そしてマボ!
歳をとるたびにだんだんと甘えん坊(?)になっていくあなたは可愛すぎます。
カッコつけで照れ屋で、でも気遣い屋なあなたが大好きです。
これからもあなたが思う方向へ、振り返らずに突っ走っていってくださいませ!

あなた方がどんな選択をしようとも、いつまでもついていかせていただきます!
この一年もまた、あなた方にとって最高で、幸せで、満足できる一年になることを、祈っています。


と、いうわけで相変わらず祝ってません。
そもそもいろいろと事情があってかなり遅れてしまいましたし。
開設以来の初めての遅刻じゃないでしょうか・・・・・・・・・・・悔しいなぁ・・・・・・・・・。
来年こそは、ちゃんと・・・・!!

実はこのネタ、別の話として考えていたものを捻ったものです。
なのでもしかしたら近い将来似たような名前だとか設定とか出てくるかもです。

と、いうことで、リズム隊誕生日記念でした。


では、遅くなってしまいましたが、よろしければお持ち帰りください。


改めまして、おめでとうございました!!


2007/03/12





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