俺達に餅はない
通りすがりの台所からいい香りがしてくる。 正月の、しかも元旦に出勤だなんてツイてないと思っていたが、あながちそうでもなかったようだ。 大晦日から元旦にかけて宿直だった不運なチームVの料理担当と、特殊対策部隊屈指の料理の腕を持つチームTの料理担当がタッグを組んで正月料理に取り組んでいるのだ。 それに食通な上官も参加している時点でかなり期待できる。お節にお雑煮、お酒も出るかもしれない。 自分たちはこれから働かなければならないが、気が利く同僚のことだ。 きっと甘酒とかを用意してくれていることだろう。 期待に胸膨らまして長瀬は念のためにパイロットスーツを着込んでから、制服を羽織る。 カッターシャツのボタンを留めているところで、更衣室の扉が開いた。 「ういーす」 「あ、長瀬君だー。久しぶりー」 「剛と健じゃん。久しぶりー」 眠たそうな剛と、テンションの高い健が入ってくる。 「明けましておめでとうございます!長瀬巡査!」 「おめでとうございます、三宅巡査!」 ハイテンションで2人とも挨拶を交わし、揃って剛を見た。 「・・・・・・・・・・・・・・・オメデトーゴザイマス」 どこかぐったりした様子で剛は敬礼を返す。それに満足そうに笑顔を浮かべ、楽しそうに話し出した。 「長瀬君さ!食堂の前通った!!?」 「通った!マジ上手そうな匂いしてたっしょ!!」 「だよねー!!長野君がさ、メチャメチャ気合入れて買い物行ってたから、超期待できると思うよ!!」 「マジで!!?」 頭に響くような金切り声は、もはや本当の金属音にしか聞こえない。眠たすぎる・・・と思いながら、剛は最後の力を振り絞って着替えを始めた。 作業用のつなぎのまま寝るわけにはいかない。けれど縺れる指のせいで上手く着替えられない。 「剛君、大丈夫?」 不意に横から声がした。見ると、いつの間に入ってきたのか、岡田が心配そうに覗き込んでいた。 「眠てぇ」 「もうちょっと頑張って。まーくんと松岡君が頑張ってるから」 「おー」 気合を入れ直して着替えを続行する。せめて家に帰る前に雑煮は食べておきたかった。 着替えを終え、揃って食堂に行くと、すでに食べる準備は万端に整っていた。 「おー!お前ら餅はいくつ食うんだ?」 食堂の台所から松岡が顔を出して大声で問いかける。長瀬が走っていって、嬉しそうに数を申告していた。 大テーブルに所狭しと並べられた料理が全て揃うと、いつの間にか両チームの面々が勢揃いしている。 「じゃー、今年も両チームの無事と成功を祈ってー」 「リーダー、乾杯じゃないよ」 「あ、せやったね」 「何でもいいじゃん、もう。乾杯で良いよ」 「じゃあかんぱーい」 総勢11人がジュースだったりお酒だったりの入ったグラスを鳴らし合った。 その瞬間。 【緊急事態発生。緊急事態発生。明治神宮方面に未確認機体を確認。破壊活動を行っている模様。 現在は現地警察官が周辺住民を退避させている。チームTは直ちに出動せよ】 「えぇぇぇええええええ!!!!?」 長瀬の悲鳴が響く中、松岡も文句を言わず部屋を出た。 城島に急かされながら、山口は猛ダッシュで雑煮をかき込んで席を立つ。 こういう状況を見越してか、雑煮に入れる餅の数を少なめにしていたらしい。 「はい行くぞー」 やっぱりな、という表情を浮かべて太一が長瀬の首根っこを持って引っ張っていく。 「俺の雑煮が!!!!」 「帰ってきてからなー」 廊下の向こうに姿は消えたが、声だけが響いてくる。 「冷めちゃう!!!!」 「また温めてもらえばいいだろ」 「温めなおしたら味が変わっちゃうんですよぉ!!!!」 その言葉の次には鈍い音がして静かになった。 「長瀬君かわいそー」 ちっとも気持ちがこもってない声音で、健が呟いた。 新年一発目に大暴れしたAAは、『雑煮の恨み』の一言で、ぼっこぼこに壊された。 その機体のパイロットは事情聴取の席で、とても怖かったと泣いていたらしい。 2009/01/02
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