ドスドス響く足音。
とはいうものの音のサイズはその人のサイズには比例しておらず、長い廊下を行くのは小さな子供が1人。
奥の屋敷に出入りできる子供なんていたかしら
すれ違った女中が首を傾げて呼び止めた。
「ねぇ、ボク。お父さんはどなた?」
その呼びかけに、5歳くらいのその子供は足を止め、キっと睨んで振り返る。
「もんくはシゲにいえ!!」
甲高い声でそう言って、再びドスドスと奥に進んでいく。
その台詞の内容に、女中には心当たりの人物がいた。
「あぁ、山口さんね」
普段は当主の傍で尊大に振る舞う姿とは対照的なその小さな姿に、
女中はそんなこと考えたら怒られるだろうと思いつつも、かわいらしいと心をときめかせた。
e n o r m o u s p o w e r
i n a t h e s c e n e o f a f i r e
遠くでスパンと音がした。
微睡んでいた意識が現に近付いた瞬間、胸の辺りに衝撃と重みが熨し掛かってきた。
重いなぁ
そう思うと同時に襟を掴まれ、上半身がガクガク揺れ始める。
「シゲっ!シゲっ!!おきろこらぁ!!」
聞き馴れない甲高い声が覚醒を促す。
ゆっくりと目を開くと揺れは治まったが、その視線の先には何となく誰かに似てはいるが見たことのない小さな子供。
「…ん…?」
彼の寝起きの頭は一挙にフル回転を始めた。
これは誰やろう?
ていうか当主とその周辺の限られた存在しか入れないはずの敷地内最奥のこの屋敷に何でこんな子供が?
もしかして誰かの息子?だとしたら誰の息子やろう?
先代?いやいやあの人はまだ結婚してへん。もしかしたら親父の弟の息子の息子かもしれん。
あ、でもこの子どもは・・・・・・・・・・
そこまでの思考を2、3秒でこなして、彼はにっこり微笑んだ。
「ボクどこの子やー?紀伸叔父さんとこのお孫さんやろ?おっきなったなぁ、おっちゃんがお菓子こうたろかー?」
そう言ってその子供の頭を撫でる。子供もニコッと笑った。
次の瞬間。
「ふーざーけーるーなー!!」
「冗談やっちゅーねん
ていうかすまんすみませんごめんなさいさすがに子供でも鬼の力は桁外れですから首絞められたらマジで死ぬ」
笑顔で首を絞める山口の小さい手を叩きながら城島の顔は青くなっていた。
2人の術師が話し込み、1人不安そうにお茶を乗せてきたお盆を抱えてオドオドしている半妖と、
好奇の光たっぷりで見つめる鬼1人。
「ホントぐっさんちっちゃいまんまっすねー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・うるせぇ」
ぶすっとふてくされ、柱にもたれて座る山口を長瀬が前のめりになって見る。
「長瀬は元に戻ってるよ」
「太一も力戻ってんのやろ?同じように一晩で解けるようにしたんやけど」
「間違えたんじゃないの?」
「や、そうやとしても解けるはずやん?何度解呪しても解けへんねん」
もめる2人と小さい山口を交互に見て、長瀬が、はいはいっ!!と手を挙げた。
「何だよ、長瀬」
「封身解いてみたらどうですか!?」
「あぁ、なるほど」
長瀬の台詞に術師2人は手を叩いた。
城島が印を組み、小さく何かを呟く。それに呼応するように山口の身体が光に包まれて。
「「あははははははは!!!!!!」」
長瀬と太一が大爆笑して畳の上に転がった。
「や、ごめん山口君っ!!でも笑えるっ・・・・・・・・・!!」
「あはははははは!!ぐっさんちっちゃいまま元に戻ってる!!!!」
ひーひー言いながら目に涙を浮かべて笑いまくる2人に、山口の機嫌がさらに急降下する。
山口の本性は、そこにいるだけで抑えきれない荒々しい神気が周囲を満たし、
並大抵の者はそれだけで動けなくなるほどの威圧感を持つ最強の鬼神である。
だから、仲間といえども山口が持つ力に多少なりとも恐怖を感じる太一と松岡、長瀬は緊張していたのだが。
制御から放たれて金眼になったもののサイズは変わらず、神気も全く感じられない。
普段とのギャップに爆笑する2人。松岡も黙ってはいるものの、顔を背けて肩を揺らしている。
「あらー。こりゃどうしようもあらへんがな」
その姿に、城島は苦笑いしながらそう結論付けた。
そして、ぷっちん、と、どこかで何かが切れるような音がした。
「ぎゃん!!!!痛い痛い!!痛いよ!!かじらないでぐっさん!!」
長瀬が目を潤ませて叫び声を上げる。その腕には目を怒らせてかぶりつく山口がぶら下がっていた。
「こらっ!何しとんねん!!」
城島の言葉とともに山口が人の姿に戻る。同時に腕から離れた。
「大丈夫か?長瀬」
「うぅ・・・・・・・・・歯形がつきました・・・・・・・・・」
覗き込む太一に長瀬は腕を突きつける。
それに背を向けて山口は座り込んだ。
「気に入らんからて何八つ当たりしとんねん。ガキやあるまいし」
「・・・・・・・・・みためはこどもだもん」
「・・・・・・・・・減らず口叩きよって」
ふてくされる山口に小さくため息をつく。
どうやら思考も多少幼児化しているようだ。
つーん、という擬音が似合いそうな様子でこちらに背を向けたまま。
(身体に引きずられたか)
そう思いつつ、ふと横を見ると、何だか松岡がソワソワしている。
「・・・・・・・・・どないしたん?」
「・・・・・・・・・え、いや、だってさ。・・・・・・・・・。・・・・・・・・・見てよ。アレ」
少し戸惑いながら松岡は指さしたのは山口の後ろ姿。
「この角度からはモロなんだけど、兄ぃが・・・・・・・」
城島は指の方に視線を向ける。
その角度から見ると、少し頬を膨らませているのかもしれないのだが、
子供特有のぷっくり膨れた頬とくるりとカールした長い睫の、後ろ斜め45度からのシルエット。
「・・・・・・・・・ぶっ」
「可愛くない?」
思わず吹き出した城島に松岡が耳打ちする。
「・・・・・これは・・・・・なぁ?」
「ねぇ」
「だぼだぼのTシャツじゃおもしろな・・・・・・・・・あかんよなぁ」
その呟きに、松岡が城島の顔を見る。
浮かぶのは悪戯事を思い付いたときの最高の笑顔。
「・・・・・・・やっぱりそう思うよね!!」
それに松岡が笑顔で同意した。
そして。
「松岡、確保や!!」
城島の指示に松岡がものすごい速さで山口を抱き上げる。
「わぁっ!!なにすんだっ!!はなせっ!!」
「太一、長瀬!行くで」
あははと笑いながら部屋を出ていく城島と、もがく山口を抱えた松岡。
何が起きたのか判らなかったが、おもしろそうだったので、とりあえず2人もついていった。
珍しく車のハンドルを取った城島の運転で辿り着いたのは高級ブランド店。
そこは一族上層部の人間が御用達にしている店で、城島も例外ではなかった。
ただし、他の4人は初めて足を踏み入れるようなところで、スーツを着ていた城島とは違い、
ジーパンにTシャツといった3人の格好は店の中で浮いていた。
大人用のTシャツを無理矢理着ている子供サイズの山口は言うまでもない。
「いらっしゃいませ、城島様。今日はどういったものをお探しですか?」
勝手知ったる様子でズンズン奥に入っていく城島に、女性店員が声をかけた。
「どうも。実は年の離れた弟が東京の方から帰ってきましてね。
あまり荷物を持ってこなかったもので、とりあえず普段着を、と思いまして」
にこやかに、城島は店員に説明する。
店員の頬が少し赤らんでいるのを見て、松岡が小さく呟いた。
「・・・・・・・・・・・よくもまぁ、口から出任せを・・・・・・・・・・・・・」
「だから当主やってられるんだよ」
あのお堅い上層部を抑え込んでね、と太一が小さく補足する。
「てか普段着にブランド物かよ」
軽くため息をつきながら辺りを見回す太一に、戻ってきた城島が首を傾げる。
「何言っとん、太一。お前にこうてやった服もここのやんか」
「えぇ!?」
それとか、と城島が指さすと太一が慌ててシャツのタグを確認していた。
「あ、ちなみに自分ら関係ない顔しとるけど、僕が買ったやつはみんなこういうとこのやからな」
松岡が抱えていた不機嫌な山口を受け取りながらさらに言った言葉に、松岡と長瀬が目を見開く。
「い〜や〜だ〜!!」
「観念して大人しゅうせぇよ」
ジタバタ暴れるちびっ子と、スーツ姿の若当主が消えていった店の奥を眺めて、長瀬がぽつり呟いた。
「・・・・・・城島って鬼の間でも有名な調伏師の一族ですけど、人間の間でも普通にすごいんですね・・・・・・」
「・・・・・・・・もしかしてあの人、コンビニとか行ったことないんじゃねーかな」
「そんなこと言ってたかもしれない」
3人は謎多き人物の人となりに思いを馳せた。
つれてきてくれた人物がいなくなり、ぼんやりと店内を眺めていると、不意に奥のほうから城島が顔を出す。
「松岡、ちょおおいで」
「?」
来い来いするその人に、松岡は首を傾げながら奥の方に小走りで向かった。
追いついた城島について部屋に入ると、椅子に座って女性店員と話をしている山口がいた。
「何?茂君」
「服選び、松岡にもやってもらおと思て」
見るといろいろと服が揃えられている。
「やー。それにしてもやっぱ女の人は子どもあやすの上手いなぁ」
用意された服の量に驚く松岡の横で城島が楽しそうに呟いた。
「?・・・・・・・・・・わぉ!何あれ!何であんなに兄ぃの機嫌いいの!?」
椅子に座っている山口は、先ほどよりは多少機嫌のいい様子で何かを頬張っている。
「店員さんにお菓子もろてん。やっぱ体に影響されるんやねぇ、心も」
言われてみると飴かなんかを食べているようだ。
「・・・・・・・・そんなもんなの?」
「そんなもんらしいで。で、いろいろあるんやけど、どないしょお?」
にっこり微笑んで服の山と小さい山口を指差す。
「・・・・・・・・・・・・・俺が選んじゃっていいの?」
恐る恐る訊いた松岡に、城島がにっこり笑って頷いた。
取り残されて、店の中をウロウロと見回っていた太一と長瀬の2人。
そろそろそれにも飽きてきたなー、と思った頃、奥の方から3人が現れた。
「どう!?これ!!」
楽しそうな松岡と、相変わらず胡散臭い笑みを浮かべている城島。
そして外見年齢相応の可愛らしい格好をした山口。
「わー!!ぐっさん似合ってますよ!!かわいい!!」
「かわいいゆーな」
長瀬が嬉しそうに抱き上げるが、機嫌が良いのか、文句を言うだけで暴れない。
「マボが選んだの?」
「おうともよ」
「グッジョブ!!」
サムズアップを突き合わせて健闘を称え合う2人。
それを下らなさそうに眺めながら、太一は城島に近寄る。
「何であんなに機嫌良いの?山口君」
「お子様はお子様なんやねぇ」
「は?」
「お菓子もろてん、あいつ」
その言葉に太一は固まった。
「お菓子!?えぇ!?あの鬼王・切法師が一目置く鬼伏神のあの人がお菓子で機嫌直したの!!!?」
「せやで」
スタスタ帰り道を辿り始める城島についていく下2人と話題のちっさいのを呆然と眺める太一。
「・・・・・・・・・・・・・そんなんでいいのか、最終兵器・・・・・・・・・・」
そんな呟きは誰にも届くことなく消えていった。
「ありがとうございましたー」
店員に見送られ、車に乗り込んだ5人。
「あれ?茂君いつお金払ったの?」
車が走り出した時、不意に松岡が首を傾げた。
「払ってへんよ」
「はぁ!?払ってない!?」
「持ち逃げですかっ!?」
非難の声を上げる3人に、城島はにっこり微笑む。
「大丈夫やて。先代が払ってくれはるから」
うわ。確信犯だ。
その笑顔に3人は同時にそう思った。
決して口には出さなかったけれど。
後部座席でキャイキャイ騒ぐちびっ子+αをよそに、城島はその頭をフル回転させながら運転していた。
あぁ。この先どうしようか。おもろいことはおもろいけど、このままじゃ仕事にならん。
ある程度は太一と長瀬にやらせれば事足りるし、達也がおらんでも僕と松岡で何とかなる。
でも切法師から受けた仕事は達也がおらんと厳しいな。
長瀬がいくら酒呑童子の孫でも鬼伏神の力には及ばんし・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・あぁ・・・・・・・・儲け話が飛んでいく・・・・・・・・・」
「何?」
うっかり呟いた心の声に太一が反応した。
「いや、何でもあらへんよ」
「ねー、せっかくぐっさんちっちゃいから遊びに行きたいですー」
城島がそれとなくあしらったところで長瀬が声を上げる。
「いや、そのつながり意味判んねぇよ」
「だってぐっさんがちっちゃかったら普段行けない所に遊びに行けるじゃないですか」
「おまえらなー。おれをだしにしてじぶんがたのしもうとしてるだろ」
「ぐっさんだって行ってみたくないですか?ユウエンチとか。俺今まで山ん中にいたから行ったことないもん」
「いきたいかいきたくないかといわれると、いってみたいようなきもしないでもないけど」
「どうせ兄ぃは雑鬼目当てなんでしょ。人が集まるところは多いから」
そんな会話が続く中、助手席に座っていた太一はふと横に目を遣る。
「!!」
そして見た。
城島が口の端を持ち上げて笑っているのを。
「なぁ」
彼は前を向いたまま後ろに声をかける。
「遊園地行きたいんか?」
「行きたいです!!」
太一が制止をかける前に、長瀬がここぞとばかりに手を挙げた。
「じゃあ連れてったるわ」
何かを企んでいる時の笑顔でアクセルを踏んだ城島から、太一は複雑な表情で視線をそらせた。
「ドキドキしますね!!マボ!!」
「今すぐ降りる!!降ろして!!」
ワクワクした表情で長瀬は横に座る松岡に声をかける。
その松岡は真っ青な顔で狼狽えていた。
「ダメですよ!もう手遅れです!!」
「マジで俺ダメだから!!止めて!!降ろし・・・・・・」
瞬間、ガッタンと音がした。
「ぎ・・・・・やあああああ!!」
「うぉおおお!!ぐっさん!!ケツ浮いてますよ!!」
「すげぇ!!おれがはしるよりはえぇ!!」
涙目になってバーにしがみつく半妖とは対照的に、鬼2人は嬉々とした表情でバーから手を離して喜んでいる。
遠くから聞こえてきた聞き慣れた声の叫び。
ジェットコースターの下で、城島はいつも通りニコニコしながら、太一は胡乱気な表情で3人を待っていた。
「太一は乗らんでよかったん?」
「・・・・・・・・乗る気になんない」
「ふぅん」
「ねぇ」
「何や?」
普通に戻ってきた返事に、太一は疑惑の目を向ける。
「・・・・・・・・・・・何企んでんの」
「達也を元に戻すついでにお金儲け」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
親指と人差し指で輪を作り、にっこり微笑む城島に、太一はため息をついた。
「あかんで、太一。城島の家で生き延びてくには実力も必要やけど、お金も大事やで」
「お金でその地位買ったのかよ」
「ちゃうがな。この地位は実力と運。知っとるか?家はな、役職降りたら大して金貰えれへんねん」
あはは、笑いながら、結構殺伐な話を口にする。
「先代も当主のときにお金貯めて、今豪華に暮らしとんねんで」
「・・・・・・・・・・・・そうなんだ・・・・・・・・・・・・」
上層部の意外な事実に太一は小さくため息をついた。
当主の補佐と言っても、実際は城島個人の秘書のような仕事しかしていない。
どんな経緯で城島が当主になったのかは知らなかったが、何があったのか知らなくてよかったと思った。
「とりあえず、協力してもらうで」
「・・・・・・・・・お代は高くつくよ?」
「しゃーない。好きなもん1個買ったるわ」
苦笑いしながらため息をついた城島に、太一はガッツポーズをとった。
散々遊びまわった夕方。
日が沈みかけて西の空が赤く染まり始める。
いつの間にかどこかへ行ってしまった城島と太一、松岡を待って、
待ち合わせ場所にしていたベンチで山口は腰を下ろしていた。
「ぐっさん」
飲み物を買いに行っていた長瀬が缶ジュース片手に戻ってくる。
「ホントにコーヒーでいいんすか?」
「いいよ」
長瀬から缶を受け取って、プルタブを起こす。
「ねぇ、ぐっさん」
「・・・・・・・なんだ」
「茂君も太一君も何にも言わなかったけど、ここって何かいますよね」
驚きの表情で振り返る山口に、長瀬が観覧車の方に目を遣った。
「俺で判るから、ぐっさんなら尚更判ると思うんですけど・・・・」
「・・・・・・・・・・いまはなんもかんじねーよ。こんなんじゃかたなしだっつーの」
ちょっとしょんぼりした様子に、長瀬は眉を下げる。
「・・・・・・・・悔しい?」
山口の横に腰掛けて、長瀬は首を傾げた。
「・・・・・・・・・ちょっとてんぐになってたかもなー、さいきん。だってさ、おれとためはれるやつなんて、
おまえと、きっぽうしぐらいしかいねーだろ?・・・・・・・・・・・・・あと、シゲと」
ちびちび缶を傾けてコーヒーを口にする。今の子供の味覚には、それは苦かった。
「・・・・・・・・シゲのしきがみになったときに、らくさせてやるってたんかきったわりにはこうなってるし。
・・・・・・・・・・・・・・・なんか、なっさけねーなー、おれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
言葉の最後はだんだん小さくなって消える。
「・・・・・・・俺思うんですけどね」
ぐいっとスポーツ飲料の缶の中身を飲み干して、長瀬は勢いよく立ち上がった。
「ぐっさん、きっと楽しかったんですよ、昨日。
俺もぐっさんもちっちゃくて、太一君もマボも普通の人間で、みんな一緒にご飯食べに行って、肉の取り合いして。
普段そんなんできないじゃないっすか。仕事で、悪いことした俺の仲間倒したり、他の妖と戦ったり。
俺もじーちゃんと一緒にいたときにも、こんな楽しいことなかったもん。
ぐっさんなんて、仲間も家族もいなかったから、このままでいたいなーって思ったんじゃないっすか?」
さらに夕日が沈んで、空が真っ赤に染まる。逆光で長瀬の顔が見えなくなった。
時は黄昏。逢魔ヶ時。人とは異なる者達が動き始める。
「術は解けてるって茂君も太一君も言ってました。元に戻らないのは精神的なものじゃないかってのも。
だから、大丈夫ですよ。すぐに戻れますよ。だってぐっさん自身が戻りたいって思ってるじゃないですか」
そうにっこり長瀬が微笑んだ瞬間、微かに漂っていた妖気が突如強まった。
「「!!」」
同時に観覧車の方に視線を向ける2人。
「・・・・・・・鬼蜘蛛、ですか?」
「・・・・・・・あぁ。おれでもわかる。かなりのおおものだ」
「邪気が強いですね。これは人間食べまくってんじゃないっすか」
「たぶんな。ながせ、いまのおれはしってもおそいからつれてけ」
「うっす!!」
長瀬は山口を抱えて走り出す。
空はすでに射干玉の闇が降りてきていた。
地面のアスファルトが激しい音とともに大きく抉れた。
勢いよく飛んできた破片が城島の頬を浅く掠めて、赤い筋が一本走る。
「茂君!!」
「掠り傷や!!前見ぃ松岡!!」
慌てて視線を戻した目の前にはドラム缶ほどの太さの毛むくじゃらの足。
避ける間もなく松岡は吹っ飛ばされた。
「ちっ!!臨める兵、闘う者、皆陣烈れて、前に在り!!急々如律令!!」
城島が真言を唱え、九字を切ると、激しい雷光が巨大な蜘蛛に襲いかかる。
動きを止めたその一瞬を狙い、太一が呪符を飛ばす。
それは蜘蛛に張り付くと城島の放った雷光の勢いを強め、蜘蛛は大きく体を震わせて叫びを上げた。
「松岡!!」
「・・・・・・・・・っ大丈夫!!茂君!!いい!?」
「あかん!!もうちょい待て!!」
松岡の要請をあっさり却下し、再度真言を唱え始める城島。
「ちょ・・・・・・・・何で!?兄ぃも長瀬もいないのに!!せめて半身開放しないと勝てないよ!!」
「ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン・ソワカ!!」
その言葉に応えて霊力の渦が生まれ、鬼蜘蛛の上で爆発した。
「・・・・・・・・・ちょっと!!何でそんな威力の弱いのばっか・・・・?・・・・・・・・・・。・・・・・・もしかして!!?」
「多分その通り」
あることを思いついて松岡が声を上げると、太一がそれに答えた。
その時。
「茂君!!太一君!!」
後ろから現れたのは山口と長瀬。
「シゲ!!ぶじか!!?」
長瀬の腕から飛び降りて、山口が城島に駆け寄る。
「・・・・・・っ・・・・・・・達・・・・・?」
城島は力を使い果たした様子で膝を着き、掠れた声で山口を振り返った。
それは、太一から言わせれば非常に胡散臭い芝居に見えたのだが。
「・・・・・・・っ・・・・・・・・・・!!」
山口は衝撃を受けた表情を浮かべて動きを止めた。
「・・・・・・・・って・・・・・・・」
急に周囲の空気の温度が下がる。
長瀬と松岡が体を強張らせた。太一の背中にも変な汗が流れる。
「・・・・・・・・・・俺の大事なもんに傷つけやがって・・・・・・・・」
小さな呟きとともに凄まじい神気が迸って、山口を中心に光が炸裂した。
「ぶっ殺す!!!」
その光の中から逞しく浅黒い体躯の、黄金の瞳を怒らせた鬼が飛び出す。
そして一瞬の内に、その拳を一発受けて巨大な蜘蛛は木っ端微塵に吹き飛んだ。
「シゲ!!無事か!!?」
晴れて元の姿に戻った山口は、心配そうな顔で城島に近寄ってくる。
「おー。良かったやないか。元に戻れたやん」
城島はけろっとした様子でそれを迎える。
「・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・?」
「な?上手くいったやろ?太一」
固まる山口を放っておいて、ほえほえと花を飛ばす勢いで太一に駆け寄る。
「・・・・・・・・・・・・・ちょっと待て、茂」
「んー?何やー?」
にっこり笑って振り返った城島は、そのまま笑顔を凍りつかせた。
「・・・・・・・・・・確認していいかな?」
「な・・・・・・・・何でしょうか・・・・・・・」
にっこりと、笑顔を浮かべた山口が、ゆっくりと城島に近付く。
「さっきのは、もしかしなくても、演技なのかな?茂君」
青筋を浮かべながら城島に詰め寄る山口の様子に、太一と松岡、半泣きの長瀬はかなりの距離をとった。
「いや・・・・・・きっと切羽詰れば元に戻れると思て・・・・・・・あの、その握り締めた拳は何でしょうか・・・・・?」
「やっぱ身体に叩き込めば、物覚えの悪い茂君でもさすがに覚えるかな、と思って」
「すんません。いやっ、もうホント、二度としないから許してください。本気で殴られたらさすがの僕でも・・・・・・・」
夜の闇に、盛大な絶叫が響き渡ったのはそのすぐ後のことだった。
「あー、やっぱこのサイズが一番楽だな」
「慣れてるからじゃない?」
松岡の淹れたお茶を美味しそうにすすりながら山口は窓辺に寄りかかる。
「今回一番損したのって茂君ですよね」
「まー、たまには痛い目見ないとつけあがるからいいんじゃない?」
新品のテレビゲームで遊びながら、何の感慨もなく太一と長瀬がそう言った。
「そういえば茂君はどうしてんの?」
「部屋で死んでるよ」
「うーん。お茶ぐらい持ってってあげようかな」
とか何とか言いながら松岡がそそくさと部屋から出て行く。
「甲斐甲斐しいね」
「マボは茂君の老後の面倒も見るつもりなんじゃないですか?」
「そうかもね」
あはは、と笑いながら2人は再びテレビ画面に熱中し始めた。
その様子を眺めながら、山口はこっそり息をつく。
確かに、戦うこともなく、5人で騒がしく1日を過ごして、シゲに甘えるのも心地よかった。
だから、このままいられたら、と思ったけれど。
「・・・・・・・やっぱこのままが一番いいや・・・・・・・・・」
戦々恐々とした一生を送る方が性に合ってる。
そんなことをぼんやりと思いながら、沈み始めた夕日を見送った。
リクエストしていただいた亜月さま、ありがとうございます!お気に召していただけましたでしょうか?
気に入らないというならば返品可ですので、どうぞ遠慮なくおっしゃってくださいね。
リクエストをいただいた時点でこの結末は決まっていたのですが、それまでが難産で・・・・。
あまりちびっこぐっさんを、構いまくったり世話しまくったりしてない(特に太一さんが)ですが・・・・・・・(汗)
服選びのシーンと遊園地のシーンは割愛ということで、すみません。
もっと細かい描写のできる文才がほしいです。
あ、書き忘れ。
遊園地の鬼蜘蛛ですが、遊園地からちゃんと依頼があったお仕事です。
なので、その依頼料の一端ということで遊園地をタダで楽しんでます。
・・・・・・・・・・もー・・・・・・。いろんな設定あるんですが、書ききれない・・・・・・・・。
また言い訳長いですね・・・・・・・・。いい加減にしろよって感じです・・・・。
改めまして、亜月さま、リクエストありがとうございました!!
そして、9944打、ありがとうございました!!
2006/07/03
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