e v e n h o m e r s o m e t i m e s n o d s
「茂様」
女性の声が背後から呼んだので、少年は手にしていた本を本棚に戻して振り返った。
「はい、何でしょう?」
彼がにこりと微笑むと、女中もにこりと笑う。
「ご当主様がお呼びです。すぐに部屋に来るように、と」
「解りました。ありがとうございます」
彼は頭を下げる。
女中も慌てて頭を下げ、では、と言って下がっていった。
それを見送って、彼は本棚の向こうに話しかける。
「何で隠れたん、達也」
「・・・・・・・・俺がいるとビビるじゃねぇか。あいつら」
不貞腐れ気味の声がして、本棚の向こうから屈強な体躯の青年が顔を出す。
「仕方ないやんか」
「俺なりの気遣いだよ」
「そうなん?」
クスクスと笑いながら、少年は部屋を出る。
青年もそれについて部屋を出た。
長い廊下が続く。
人間の間でも妖の間でも有名な陰陽師の一族である城島の屋敷はかなりの敷地を持っている。
下手に迷い込むと、長い間この屋敷の中で生活してきた人間でも抜け出すのは至難の技だ。
だから、だたでさえ、ちょっとした買い物に街に出て迷子になってしまうほどの方向音痴である茂には、常に誰かがついていた。
今日も山口が茂を当主の部屋に連れて行っている。
「何で俺の方が屋敷に詳しくなってんの」
「やって、僕覚えられへんもん」
「俺は道案内するためにアナタの式神になったんじゃないんですけど」
「えー?せやったら達也は僕が迷子になってもええの?」
茂が前を行く山口の着物の裾を掴んだ。
「・・・・・・・・・・そうならないために連れてってあげてるんでしょ」
そう言って、山口は茂の腕をとって、歩き出した。
嬉しそうにこっそりと茂がはにかむ。
気付くと、すでに当主の部屋は目の前にあった。
「よう来たな」
当主、と言ってもその役名が持つようなイメージは目の前の人物にはなく、若い男が1人、その部屋の上座に座している。
「何でしょう?」
茂が下座に座り居住まいを正してそう聞くと、青年は笑った。
「敬語はいらんですって〜。いつもみたいに呼んでよ、茂君」
「・・・・・・・・・誰か聞いとったらどないすんの。怒られんのは光ちゃんやなくて僕なんやけど。
ちゅーか僕にそう言うなら光ちゃんも敬語やめてんか」
やる気のない様子で笑う当主に、茂は周囲を見回してから息をついた。
「だ〜いじょーぶやって。剛以外ここには入ってきぃへんから。
それに、茂君に対する敬語は俺のクセなんですー。茂君のご両親にもそうでしたし」
「・・・・・・・でも前怒られたやんか・・・・・・・・・・・」
「あれはたまたまv そんな怒らんといて」
アイドルスマイルを浮かべて当主は茂に言う。
「・・・・もう・・・・・・・」
「ま、冗談はこの辺で止めといて。今日は悪戯やなくて仕事のことで呼んだんですよ」
青年 ──── 現城島家の当主である光一の言葉に、茂は首を傾げた。
「仕事?僕はまだ光ちゃんの補佐なんやないの?」
「やー。そろそろ茂君も18になりますし、1人で仕事してもらおっかなーと思いまして」
「1人?」
「そ、1人。山口君なしで、です」
光一は茂の言葉を反芻し、そして山口を見て爽やかに笑った。
「はぁ!!?何で俺なしなんだよ!!!」
部屋の下手にあった飾りを弄っていた山口は、光一の台詞に声を上げる。
「俺はシゲの式神だぞ!?何で俺なしでシゲが仕事しなきゃなんねぇんだ!!」
「もちろん、それは分かってますよ。山口君が最強のカミサマだってのも、十分承知しとります。
でも、全部山口君にやってもらうわけにはいかんのですよ〜」
ね、茂君、と光一は茂を見た。
茂はその視線を受けて、山口から目を逸らす。
「・・・・・・・・・・・・僕1人でやる」
「・・・・・・・何で?」
そう呟いた茂に、山口は低く問い返した。
「・・・・・・・・・・何ででも」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
重い空気が漂い始めたところに、突然襖が開く。
「こーいちさん、お茶いれて・・・・・・・・・・・・・って何でこんな重い空気なんですか」
そこに現れたのはお茶の載ったお盆を携えた、光一と同年齢くらいの青年。
「おー、剛。ありがとー、って言いたいとこやけど、話終わってまったわー」
「え?なに?それ酷くない?せっかく俺がお茶をいれてきてあげたんに。
あ、どうもこんにちはご無沙汰してます山口君」
剛と呼ばれた青年は光一に抗議を伝え、そのまま山口に視線を向けた。
「剛さん剛さん、最後棒読みでんがな」
光一の言葉とその場の空気を無視して、剛は全員にお茶を配ってまわる。
「ま、ということで、茂君。詳細はまた後で伝えますんで」
もうええですよ、と言う言葉に、茂は黙って席を立つ。
「お、ちょ、待てよ、シゲ!」
それを追いかけようとした瞬間、背後から殺気を受けた。
戦闘態勢をとって振り返った山口の視線の先にいたのは、お茶を配り終えた剛だった。
「てめぇ・・・・・・・・・・・何のつもりだ・・・・・・・・・・・」
山口が怒りを込めて剛を睨みつける。
その間に茂は部屋を出て行ってしまった。
「山口君には残っててもらいたかったんで。すんません」
剛の代わりに光一が頭を下げる。
その様子に、山口は怪訝な表情を浮かべながら腰を降ろした。
「何だよ」
「大した話やないんですけどね」
「・・・・・・・大した話じゃねぇなら、茂に1人で仕事させる理由の方を聞かせろ」
山口の台詞に、しかし光一は微笑むだけ。
「俺がここにいるってことは“アイツ”が認めたってことだ。ならもう試す必要はねぇだろ」
「それもこれも全部含めて、今回は茂君の様子を見ててもらいたいんですよ」
そして光一は笑みを深めた。
「今俺がいろいろと理由を並べてもいいですけど、それじゃ納得できないんやないですか?」
「・・・・・・・・・・・」
「もちろん、茂君の身に危険が迫ったら手を出してくれても構いません。
正確に言うとそうしてもらいたいですし。でも、できるだけ手は出さないでください」
「・・・・・・・・・・・・・そうすれば理由が分かると?」
「そうです」
一言で肯定し、それ以上何も言わない。
「・・・・・・・・・・・・・・・分かった。できるだけ手は出さない。
その代わり、終わったらちゃんと説明してもらうからな」
山口はそう言い残して、ドスドスと大きな足音を立てて部屋から出て行った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・俺、あの人は嫌いやないけど、苦手やなぁ。あの空気」
足音がなくなってから、剛がポツリと呟く。
「まー、しゃーないなぁ。あの人も好きであんなカミサマになったんちゃうから」
光一は苦笑しながら、湯気を上げる湯飲みに口を付けた。
庭に面する廊下を進むと、少し行ったところで誰かが腰掛けて庭を眺めていた。
「あ、まーく・・・・・・・・・・坂本!」
「まーくんでもいいよ、茂君」
声を上げた茂に、その人は笑いながらそう言う。
「・・・・・でも嫌なんやろ?」
窺うような表情でその人──坂本を見た。
「まぁ茂君は城島の当主になる人間だからああ言ったけど、別にいいよ」
その台詞に茂は複雑な表情を浮かべる。
しかしすぐ笑顔に戻って坂本の横に腰掛けた。
「何でおるの?」
「ちょうど近くに来たからさ。様子見に来たんだよ」
「大野と櫻井は元気?」
「元気元気。さすが城島の人間だけあって変わってるよ、2人とも」
ケラケラ笑う坂本に、茂は首を傾げる。
「大野は長野の下の捻くれ者をウチに来た日に手懐けるし、2人していろんなモノ拾ってくるし」
「何拾ったん?」
「犬神憑きのガキと超霊媒体質のガキを拾ってきたんだよ」
苦笑を浮かべながらも坂本は楽しそうに茂に話す。
茂も普段は見せないような笑顔を浮かべて話を聞いていた。
「そう言えば僕、今度1人で仕事するんよ」
ふと思い出したように茂が坂本に告げる。
「お、やっとやらせてもらえるんだ」
「おん。しかも達也は無しでって約束やねん」
「あー、確かに山口いると茂君何にも出来ずに終わっちゃいそうだな」
「でも達也怒んねんで」
「そりゃ茂君が大事だからだよ」
むすっとしながら言った茂に、坂本は苦笑を浮かべた。
「でも強さを証明したいんだろ?」
「うん」
「がんばって」
「うん」
頭を撫でられて、茂は嬉しそうに表情を弛めた。
「あれ、坂本君?」
引き続き2人が話をしていると、反対側から制服姿の太一が現れた。
「おかえり太一」
「ただいま」
「土曜なのに学校なのか?」
「部活」
茂の言葉に返し、坂本の問いに単語で答える。
「半年振り?」
「それっくらいかな」
太一も坂本の横、茂の反対側に腰掛けた。
「何しに来たの?」
「・・・・・何しにって・・・・・」
太一の物言いに落ち込む坂本。
「・・・・・ちょっと、日本を代表するくらいの大妖怪が言い回しくらいで落ち込まないでよ」
「でも今の言い方はキツかったで、太一」
苦笑混じりに指摘した茂に、太一は視線を逸らす。
「ごめんって!用があって来たんでしょ?」
「気にしてないって、口悪いのはいつものことだし」
そして慌てて謝る太一に、坂本は笑いながら頭を上げた。
「そうそう、光一から太一預かってほしいって言われたんだけど聞いてるか?」
「は?何それ。聞いてないし」
坂本の言葉に、太一は驚きの声を上げて立ち上がった。
「月曜祝日だろ?だから今日から月曜の昼までと預かってほしいって」
「何だよそれ!明日も部活あんのに勝手に決めやがってあのクソ当主!!ちょっと文句言ってくる!!」
怒りをぶちまけながらドスドスと廊下を走っていく。
「元気やなぁ」
「3つしか違わないだろ」
ポツリと漏らした茂の呟きに、坂本が小さくツッコミを入れた。
「確認しますけど」
とある寺の前。
黒塗りの車を降りて、光一が茂に言った。
「仕事の内容は鬼退治。本堂ではなく、裏の森にいて、何人かやられてるそうです。
小物みたいですけど、気は抜かんとってください」
「うん」
「一応剛をつけときますけど、手は出さないよう言ってあります。でもヤバかったら呼んだってくださいね」
「分かった」
そして茂は光一に背を向けて、境内に向かって歩き出す。
「がんばってくださいね」
光一が手を振ると同時に、横にいた剛が姿を消す。
茂の姿が見えなくなって、山口が光一の横に降り立った。
耳は尖り、瞳の色が金に変わっている。
何かあっては困るので、とりあえず封身は解かせておいたようだ。
「良いんだろ?」
「基本的に手は出さないでくださいね」
「解ってるよ」
そして山口の姿も消える。
「さてと、結界張っとこかな」
そう呟いて、光一は別の方向に歩きだした。
「そろそろだね」
箸を置いて、不意に長野が呟いた。
「?何がそろそろなの?」
それを聞いていた太一が問いかける。
「後々のために見に行っておく?」
長野は笑いながら太一に訊いた。
「・・・・・長野」
「いいじゃない。もしかしたら太一の将来を変えるかもしんないんだから」
坂本が眉を寄せてため息をつくが、どこ吹く風といった様子だ。
「どこいくの?おれもいきたい!」
太一の横に座る少年が話に参加してくる。
「雅紀たちはまた今度ね」
「えー!」
長野の言葉に少年は頬を膨らませた。
「太一行く?」
「・・・・・もしかして茂君関係?」
怪訝な表情で窺う太一に、長野は楽しそうに笑った。
地面まで揺れるような雄叫びが響く。
同時に目の前を鋭い爪が通り抜けた。
とっさに下がっていた茂の鼻先ギリギリを掠め、空を切る。
それを気に止めることなく、茂はその場で2回足を鳴らし、小さく口の中で呟いて離れた。
同じ事をさらに別の場所で繰り返す。
「急急如律令」
そして最後の場所で、残る呪を唱えた。
それに応えるように、茂が足を踏みならした五ヶ所が青白い光で結ばれる。
セーマンを描いたそれは中心に鬼を置いて、その形通りの光の柱を立ち上げた。
おおおおおおおおお!!!
悲鳴のような声が上がる。
しかし次の瞬間、パキン、と軽い音を立てて、光は消滅した。
そして鬼は咆哮を上げながら茂に向かって走り出す。
「やっぱあかんかったか」
小さく呟いて森の中に突っ込んだ。
一番初めに鬼を見た時に無理と思ったのは当たっていたらしい。
危険のない方法で最も強いものを試してみたが、案の定効き目はなかったようだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
思いつく方法は1つ。
今使える術の中では最も強く、最も危険なもの。
「・・・・・助けなんて呼んでたまるか」
そして茂は低く真言を唱え始めた。
「あれ小物なんかじゃねぇだろ」
眉間にシワを寄せて山口が呟く。
「・・・・・羅刹の配下ですね・・・・・」
その呟きに、呆れ混じりで剛が答えた。
「光一から聞いてないのかよ」
「俺も小物って聞かされてました・・・・・」
「・・・・・あの野郎・・・・・帰ったら覚えてろ・・・・・」
低い呟きに、剛は小さく身震いをする。
いくら剛が神の末席に名を置いていても、荒御霊である鬼伏神は恐怖の対象だ。
───── 茂君が関わらなきゃいいヒトなんやけどなぁ、山口君自体は
そんな事を思いながら、剛は茂に視線を戻した。
そして怪訝な表情を浮かべる。
「山口君、茂君の唱えてる真言何か聞こえます?」
「は?真言?」
「様子おかしいですよ」
剛が茂を指さした瞬間、
「待てよ、摩利支天来てねぇか!?」
「確実に降りてますよ!!」
同時に2人は茂の方に走り出していた。
「何でわざわざアイツなんだ!?」
「確かに効き目はありますけど・・・・・」
木々の間を抜けて辿り着いた瞬間、茂が手にしていた小振りの刀が鬼の腹を凪払っていた。
ごあああああああ!!
上と下を分断された鬼が断末魔の悲鳴を上げる。
「シゲっ!!」
山口が呼びかけると、茂は慌てた様子で振り返った。
「たっ・・・・・・・!?」
「茂君!後ろ危な・・・・・・・!!」
驚きの声を上げるのと剛の警告はほぼ同時だった。
「この野郎!!」
山口は瞬間的に進路を変え、茂とその目の前に迫っていた鬼の手の間に入る。
そして右手でそれを受け止めた。
「・・・・・・・実はちょっと腹減ったんだよな」
口の端を持ち上げてニヤリ笑う。
瞬間、耳障りな破裂音と共に鬼の腕が弾けた。
それは砂のように乾燥した細かい粒子になって消えていく。
そしてそこから立ち上った白い靄を、山口は一気に吸い込んだ。
「・・・・・・・はは、ありえねぇ・・・・・・・」
咽喉を鳴らして飲み込んで、小さく笑いを漏らす。
「・・・・・・・羅刹食ったらもっと美味いかな・・・・・・・」
ふらりと残りに足を向けたとき、背後から怒声が聞こえた。
「達也のアホっ!!」
「あ・・・・・・・アホっ!?」
慌てて振り返ると、茂が顔を真っ赤にして達也を睨みつけている。
「僕一人でやるって言うたのに!達也だって手ぇ出さへんて言うたやんか!!」
「・・・・・・あ・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・・・・・」
山口は視線を逸らせて口篭る。
「僕だってひと・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さらに言い募ろうとした時、茂の身体が大きく跳ねた。
「シゲ!?」
そのまま膝をついた茂に、山口が慌てて近寄る。
同じく近寄った剛は、咄嗟に山口の上着を引っ張って茂から引き離した。
「っ何すん・・・・・・・・・・・・・・」
振り返って非難の声を上げた山口の頬を鋭い物が掠めていく。
視線を戻した先には、細い棒のようなものを持った茂がぼんやりと山口を見つめていた。
「・・・・・・・・・・・シゲ?」
焦点の合わない目のまま、茂はそれを山口に向ける。
「山口君!茂君トリップしてはりますよ!!」
「は・・・・・・・うおお!!?」
剛の言葉を理解する前に、茂は山口に襲い掛かった。
咄嗟に一歩身を引いたものの、茂の手にあるそれは山口の服を掠める。
「ちょ・・・・・・・・待てよ!!マジ切れてるんだけど!!」
「え!?摩利支天って剣なんて持ってな・・・・・・・・・・・・・あれ、もしかして針ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・あー・・・・・・・・・・・フェンシングだかの剣に似てんな・・・・・・・・・・・・・・」
「さっき鬼を両断したのはあれですかね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
2人で押し黙り、互いに目を合わせる。
そして次の瞬間、2人して茂に背を向けて走り出した。
「あれマジヤバないっすか!!?暴走してはりますよ!!」
「俺調伏されちまうような気がするんだけど!!!てかお前は神なんだからやられねぇだろ!!!何とかしろ!!!」
「それ気のせいやないと思います!!あと、俺は戦神じゃないんです!!基本戦えませんから!!!」
「ふざけんなー!!」
全力で逃げながら大声でやり取りする。その背後には茂が迫ってきていた。
「ちっ!おい、剛!」
山口は小さく舌打ちして、剛に声をかける。
「俺が足止めしとくから、光一呼んで来い!!」
「判りました」
山口が足を止めると同時に剛が姿を消した。
そして突っ込んできた茂の攻撃をかわして、その腕を掴む。
「シゲ!!しっかりしろ!!」
それに何らかの反応が帰ってくることはなく、茂は逆に山口の手を掴んだ。
「?・・・・・・・うおあっちい!!!!」
焼けるような痛みが走り、山口は思わず茂を振り払う。
その勢いに負け、茂は勢いよく吹っ飛んだ。
「しまっ・・・・・シゲ!!」
視線の先には誰もいない。
「・・・・・え・・・・・?」
動きを止めた瞬間、左肩に痛みが走る。
「っ!?」
そこには深々と矢が刺さっていた。
「・・・・・そうか、あいつは目に見えない奴だ」
矢を引き抜きながら、山口は降ってくる矢の応酬を避ける。
「・・・・・マズいな・・・・・あいつとは相性悪ぃや・・・・・」
辺りに神気が漂っているのは判るが場所の特定ができない。
「何とかしないとシゲがヤバいし・・・・・でも手は出せねぇし・・・・・」
その時、突然背後に殺気を感じた。
身を捻るのとそれは同時で、左脇腹に焼け付くような痛みが走る。
そして体勢を崩されて地に仰向きに倒れた。その上に茂が馬乗りになる。
刀身の短い、フェンシングの剣に似た武器を降り降ろされた。
「うああああ!!?」
それは山口の右の掌を貫通して地面と結びつける。
咄嗟に左手を茂に向かって伸ばして、その身体から青白い炎のようなものが立ち上っているのを見た。
「・・・っ」
立ち上るのは神気が炎の形を取ったもの。
いくら山口が神と名のつくものであっても、神気を持っていたとしても、鬼には変わらない。
───── 焼かれる。
伸ばしかけた手を途中で止めた。
そして無理に攻撃をすれば茂自体にダメージがいってしまう。
また別に具現化させた針を茂は振りかぶる。
それを止めることも避けることも出来ないまま、山口は目を閉じた。
ザクっ
耳の横で砂が鳴った。
薄っすら目を開くと、微かに震えた腕が目に入る。
冷や汗を浮かべて、苦しそうな表情で茂が歯を食いしばっていた。
「・・・・・・・シゲ・・・・・・・・・・・?」
「は・・・・・・・・・・はよ・・・・・・逃げんかい・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・は・・・・・・・」
「・・・・・・・・あか・・・・ん・・・・・・・・・・・抑えられ・・・・・・・・・」
その言葉を最後に再び茂の瞳が焦点を失う。
「ぐぅ!!」
シゲルの左手が山口の咽喉を押さえる。
しかし再度振り下ろされた針を、今度は掴んだ。
それが纏う神気が山口の手を焼いて、耳障りな音を立てる。
「うおおおおおお!!!」
掴んだ針を気合で折り切り、馬乗りになっている茂を吹っ飛ばす。
地面に叩きつけられた茂が起き上がる前に、今度は逆に馬乗りになって押さえつけた。
「シゲ!すまん!!」
そう言って腹に一発入れようとした時、茂が山口の胸に触れた。
その瞬間、青白い炎が吹き上がる。
「!!!」
声もなく、山口はそれに飲み込まれた。
激しい炎が静かに身体を焼いていく音だけが耳に届く。
その勢いに一瞬動きを止めたが、山口はもう一度狙いを定める。
拳を振り下ろそうとした時、低く声が聞こえた。
同時に炎の勢いが治まっていく。
茂の身体が小さく跳ね、そして力を失ってそのまま目を閉じた。
燃え上がっていた炎が完全に消えて、山口はそのまま地面に倒れ込む。
「大丈夫ですか!!?」
光一が2人の許に走ってくる。
それをぼんやりと眺めながら、荒い息を何とか落ち着かせようと大きく息を吸い込んだ。
「・・・・・・・・・・・見りゃ分かるだろ・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと吐き出しながら悪態を吐く。
「すんません、遅くなりました・・・・・・・」
光一の横に降り立った剛が呪を唱えて手を翳すと、淡桃色の光が漏れる。
それを浴びた箇所の痛みが少しずつ消えていった。
「とりあえず屋敷に戻りましょう」
回復していく山口を見、ホッとした表情を浮かべて光一はそう言った。
「・・・・・・・今の何」
ポツリ呟いた背中に、長野は面白そうに目を細めて言った。
「カミサマを呼んだんだよ」
「カミサマ・・・・・・・?」
「正確に言うとちょっと違うけどね。カミサマを呼んで、力を借りたんだ」
「・・・・・・・山口君も神様じゃないの?」
「本性はね。でも躯は鬼だから、封印されてる今じゃただの鬼だ」
その言葉に黙り込む。
「まぁ、暴走させちゃったみたいだけど。・・・・・・・・・・・・・・どうかした?太一」
わざとらしく長野が訊いた。
「・・・・・・・神様を呼んで身体に降ろすなんてできるの?」
「それだけの力があれば、ね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・帰る」
そう振り返った太一の目を見て、長野は満足そうに笑った。
襖で仕切られた二間続きの部屋の片側から、山口はもう片方の部屋に入る。
出てきた部屋に視線を向けながら、静かに襖を閉めた。
「どないですか?」
部屋の中にいた光一が声をかける。
山口はそれに答えず、光一の正面にドカンと腰を下ろした。
「・・・・・・・お茶煎れてくるわ」
そう言って、光一の横に座っていた剛が席を立つ。
出ていって少しして、光一が口を開いた。
「解ったんやないですか?」
「・・・・・・・何が」
「あの子の凄さ」
「そんなもん、初めから解ってらぁ」
アイツが認めたんだから。
山口の言葉に光一は顔をしかめる。
「アナタがあのヒトからどう聞いてはるかは知りませんけど、今アナタを従えてるのは半分は俺なんですよ」
「・・・・・・・は・・・・・・・?」
「あのヒトが出てはる時、完全にアナタの意識は残ってないですよね?だからあのヒトだけが全部知ってはります」
「・・・・・・・」
「茂君はあの時、契約出来なくて、死にかけました」
「・・・・・・・はぁ!?俺はそんな話アイツからは聞いて・・・・・・・」
光一の言葉に山口が声を上げる。
「だから俺は、あのヒトに、ある話を持ちかけた」
それを遮って、光一は続けた。
「そしたら応じてくれはりましたよ、2人がかりの契約を」
言葉を失っている山口に、光一はさらに言った。
「だから茂君はあのヒトに認められたわけやないんですよ」
「・・・・・・・そんな・・・・・・・」
「近い内に契約し直してもらうつもりです。俺もいい加減退きたいですしね。
・・・・・・・それと、話には続きがあるんですよ」
その台詞に、山口は顔を上げた。
「茂君は羅刹に狙われてる。茂君の傍にいれば羅刹を喰えるかもしれない」
「・・・・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・・・?」
「俺はそう、あのヒトに持ちかけたんですよ」
「・・・・・・・・・・どういう・・・・・・・・・・・・・」
「俺も詳しくは知りません。ただ、茂君は羅刹と約束をした。
羅刹が茂君に約束した内容は“むやみやたらと人間を喰わない事”。律儀にも羅刹は守っとります。
だから最近は羅刹の話を耳にせぇへん。配下が暴れとるっちゅーのは聞きますけど」
「・・・・・・・・・・シゲは何を約束したんだ?」
「それが判らへんのですよ。茂君は一切教えてくれませんから。でもね、山口君。
神を身体に降ろして、暴走させても、無事でいるほどの力の持ち主を、羅刹が狙わないはずがあると思います?」
口調から真実味を読み取って、山口は絶句する。
「・・・・・・・・・・・茂君から目を離さんでください」
そして、突然そう言った光一に山口は怪訝な表情を浮かべた。
「・・・・・・・・あの子は俺の大事な人の息子です。出来れば同じ道は歩ませたないんです。
せやから、守ったってください。・・・・・・・・・・俺の力じゃ限界があるんですよ・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お願いします」
布団で穏やかに眠る茂の顔を、山口は複雑な表情を浮かべて見ていた。
その時微かに瞼が震えて、ゆっくりと目が開く。
「・・・・・・シゲ」
山口が呼びかけると、視線が彼の方を向いた。
「・・・・達也・・・・怪我ない?」
「・・・・・・・俺の心配じゃなくて自分の心配しろよ」
表情を歪めた山口に、茂は笑みを浮かべる。
「・・・・・・やって、いなくなってほしないもん」
「・・・・・・・・・・・・・・」
その笑顔に、山口は少し頬を赤くして視線を逸らした。
次の瞬間、音を立てて勢いよく襖が開いた。
驚いて、山口は襖の方を振り返り、茂も襖を見遣って起き上がる。
「太一?」
茂がそこに立っていた人物の名前を呼ぶ。
太一はキッと茂を睨みつけると、指を差してこう言った。
「絶対に追い付いてやるから!!」
そして再び勢いよく襖を閉めて出ていく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何なん?・・・・・・・・・・・あれ・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・さぁ・・・・・・・・・・・・・」
呆然とその様子を見ていた2人は、小さくそう呟いた。
どこか機嫌の良い様子の長野に、坂本が胡乱気な視線を投げた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・思惑通りかよ」
「うん。まぁこの先どうなるかは判んないけど、少なくとも俺が見た夢とは違ってきてるよ」
鼻唄を歌いながらグルメ雑誌を眺める長野はそう答える。
「また面白くなるんじゃない?」
そう笑った友人に、坂本は小さくため息をついた。
予想外に長くなってしまいました。
当主さんなんですが、ギリギリまで迷った結果、光一さんになりました。
御大にしようかと思ったんですが、何か違うな、と。
そしてぶん氏がほどほどに絡む、とリクエストいただいたんですが、あんまり絡めませんでした・・・・・。
その割には勝利ツートップ出しちゃいましたしね・・・・・。気象も出てるし・・・・・。
あー・・・・・。物語を書くって難しいですな・・・・・。
よく考えれば黒長野様って初めて書くんですね!長野様いいとこどりですね!
そして何だか今回はシリアステイストになってしまったようです。
匿名希望さま、遅くなってしまってすみませんです。
お気に召していただけたでしょうか?
返品可ですので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!
そして70707打、ありがとうございました!!
2006/07/07
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