それに初めて出会ったのはガキの頃だ。
殺風景な丘を中心に広がる墓地で、その行列を見た。
黒い服、白い花を一輪持って、ガキの目から見ても明らかに高価な棺を挽いていく。
あの頃はあの行列が何なのか判らなくて、ただ呆然とそれを見ていた。
遠くの教会から鐘の音が響く。
まさかその何年後かに、行列に参加するようになるなんてその時は思いもしなかった。
未完成のフューネラルマーチ
カチャリカチャリと食器が音を立てる。
「ズーデンがディエゴをとられたそうだ」
「どこに?」
「ノルディックだろ。最近勢力を伸ばしてきてる」
テーブルには豪勢な料理が並んでいた。
「そういえば聞いたか?この間のクレメンツ襲撃はヴェストーの若造共が先走ったらしいぜ」
「あれは酷かった」
「親父殿は報復はしないのかね」
「したとしてもヴェストーは黙認するらしい」
「ウチとの抗争を避けたいからだろ」
「ノルディックが狙ってることだし」
「やったらやられる。身内にそれを見せつけたいんじゃねぇか?」
ゲラゲラと笑い声。
彼はそれに参加することなく、黙々とフォークを行き来させる。
「若頭、何か聞いてないんですか?」
1人の問いかけに、一斉に視線が彼を向いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・聞いてるよ」
口元を拭きながら彼は答える。
「ボスは何と?」
全員が身を乗り出して彼の言葉を待った。
「報復はする。あれでウチは結構な損害を受けたからね。
さっき言ってた通りヴェストーは黙認するそうだ。でも今回は俺がやるよ」
「若頭が!?」
「危険すぎる!」
「俺らにやらせれば良いじゃないか!!」
「うん。みんなそう言ってくれると思った。
でも、上にいる俺が何にもしないのは、みんなに申し訳ない。
将来上に立つかもしれないのに、何もやらないのはおかしくない?
だからみんなの気持ちは嬉しいけど、今回は俺にやらせてほしい」
彼がそう笑うと、全員が沈黙した。
「面白かった」
ネクタイを外しつつ笑う彼に、長身の青年がため息をついた。
「面白いじゃないよ。可哀想に。信頼されてないのかって落ち込んでたじゃない」
「それをフォローするのがお前の役目だろー?」
彼がジャケットを投げ捨ててベッドにダイブすると、青年は手慣れた様子でそれをハンガーに掛けて片付ける。
「解ってるよ。だから今日もフォローしてきたんでしょ」
「マツオカー」
ぶちぶち文句を言う青年を、彼は笑いながら呼んだ。
「何よ」
「さすが俺の右腕。仕事早いな」
「当然でしょ。俺くらいになると言われる前に完璧にこなせるのよ」
少し照れながらも皮肉を口にする青年に、彼は小さく笑う。
「でも大丈夫なの?いくらタイチ君が兄ぃの代理だからって、危なくない?」
「確かに本当の若頭はヤマグチ君だけど、でも今は俺が信頼を背負ってるからね。それに・・・・・・・」
ベッドの横に腰掛けていた青年のネクタイを引っ張って、彼は自分の方に引き寄せた。
「危なくなったら守ってくれるんだろ?お前が」
「・・・・・・・命には代えないけどね」
「そういう割り切り方がお前の良いとこだよ」
クスクス笑いながら、彼は青年を解放する。
「ヤマグチ君が今裏で頑張ってるから、俺も頑張らなきゃ。相談役がせっかくシナリオ作ってくれたことだし」
「え?リーダーもゴーサイン出したの?」
「ボスに言われて仕方なく了承したらしいよ」
「やっぱりね」
青年はため息をつきながら立ち上がった。
「何か飲む?」
「任せる」
はいよ、と青年は答えて、部屋の隅に設置してある小さなカウンターに足を向ける。
その背中に彼は視線を向けた。
「・・・・・・・なぁ」
「何?」
彼の呼びかけに、青年は背中を向けたまま応じる。
「後悔してる?」
「・・・・・・・何を?」
「俺についてきたこと」
「まさか」
青年は淡いブルーに染まったグラス片手に鼻で笑った。
「俺は自分でこの道を選んだんだよ、タイチ君。
確かにタイチ君についてはきたけど、全部俺が望んだこと。
俺は、嫌なら嫌だってボスにでも言う男だって、解ってるでしょ?」
そのままベッドの横に来て、片方に口を付けながらそう言う。
「後悔してるのはタイチ君の方じゃないの?」
「俺が?馬鹿にすんなよ。何で俺が後悔しなきゃならないんだ?」
青年の台詞に、今度はタイチが皮肉った笑みを浮かべた。
「ここまで来といて後悔なんてしてられるかよ」
そして青年からグラスを奪い、一気に飲み干した。
「それならいいんだ。・・・・・・・・・・・・・でもね、タイチ君」
彼の様子に笑みを浮かべながら、青年は口を開いた。
「俺はね、アンタの言葉なら、何でも叶えてあげたいと思うんだ。
だから俺には本当の事を言ってね。何があってもアンタは俺が守るし、いつでも味方でいるから」
「・・・・・・・・・・・・・ありがとう」
感謝の言葉を述べると、青年は少し照れくさそうにはにかんだ。
「もう1杯飲む?」
そう言ってグラスを取り上げて去っていく背中を見て、彼は複雑そうな表情を浮かべた。
半日前。
「ヴェストーが話し合いの交渉をしてきました」
「何て?」
「クレメンツの件で話したいことがある、と」
「ふぅん」
青年の言葉に、男はつまらなさそうに声を上げる。
「予想通りだったね」
そしてニヤリと笑って向かいに座るスーツの彼に話しかけた。
「・・・・・・・・・何の理由も無くウチにケンカ吹っかけてくるわけないやろ」
楽しそうなその声に、彼はため息をついてそう言った。
「どうするん?」
「タイチに行かせる」
「何でや」
男が最後まで言い切る前に、彼は問いかけた。
その声には微かに怒りが滲んでいる。
「タイチには本当の若頭になってもらいたいからね。今の内にいろいろ知ってもらわないと」
「知っとるやろ」
「アイツはまだまだ何にも知らないよ」
男はそう言いながらテーブルのグラスを手に取った。
「あぁ、でもシゲは何にも知らなくて良いから」
「お前も親父さんと同じこと言うんやな」
「アナタのことに関しては親父と全く同意見だから」
不満そうな彼の言葉に、男は笑う。
「アナタは、こっちに来たらマツオカ以上に質が悪い人間だからダメ」
「何やねん、それ」
「その意味も知らなくて良いよ。シゲはそのままでいて」
そしてくるくる回していた真っ赤なワインを口にした。
「親父もだけど、タイチはマツオカを連れてきたこと後悔してる」
「・・・・・・・・・・」
「俺は後悔したくないからね。だからアナタにはそれ以上は入らせない」
「・・・・・・・・・・なら相談役にもしなきゃ良かったんやろ」
「手放したくはなかったから」
「それこそ卑怯や」
空のグラスに、彼はワインを注ぐ。
「あとのシナリオは俺が引き継ぐ。それからの手出しは一切許さない」
「・・・・・・・・・・・解りました」
小さく息をつき、グラスの中身を飲み干した。
受け取った物の重量は、思っていたよりも重く手に熨しかかった。
「ナガセが作った小型銃だ。隠すにも最適。至近距離なら確実にやれる」
「しかしよく作るね、アイツも」
「もう趣味の域じゃねぇよな」
彼の言葉に男が笑う。
「やったらすぐ逃げろ。周りは見てるようで見てないから大丈夫だ。そのために一般人の店で予約したから」
掌サイズの銃を握り締める彼に、男はそう言った。
「互いにボディーガードを1人だけつけることになってる。・・・・・・・・・・マツオカじゃない方がいいだろ?」
男がそう言うと、彼は無言で目を逸らす。
「サカモトをつけよう。・・・・・・・・・・・あとはさっき言った通りだ」
彼の肩を叩いて、男は部屋を出て行った。
並んだ料理はどれも見事に飾り付けられていた。
ナイフを入れるのが躊躇われたが、それでも少しずつ切り崩していく。
「クレメンツの件は申し訳なかった」
彼の正面に座る男は、単刀直入にそう切り出した。
「我々の力を世間に示したかったんだ」
「結局何が目的で?」
内容には触れず、彼は先を促す。
「・・・・・・・ヴェストーからの独立を考えてる」
「へぇ」
「ボスはもうダメだ。ファミリーをまとめる力はない。
上層部も保守的な考えの奴が多すぎる。このままじゃノルディックに乗っ取られる」
「ならば貴方が上を牛耳ればいい」
「歴史ある名前は歴史に縛られる。新しい風も必要だろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・協力しろと?」
「手を組まないか?」
男はテーブルに肘を着き、前のめりになって彼にそう問いかけた。
「こういう状況を作れば、若頭のアンタが出てくると思ってた。
俺らに対する報復を目的として、な。今、隠し持ってるだろう?」
そう言いながら指銃を作り、彼に向ける。
「もちろん俺もこいつも持ってる。それくらいは予想済みだ。
それでも俺がこうやってここに来たのはアンタと話がしたかったからだ」
そして男は笑った。
「俺たちにはアンタ等の一領地を潰すだけの力がある。
そしてアンタは四大ファミリーの中で最も力があるオーステンの若頭だ。
俺達が手を組めば、オーステンを越えるほどのファミリーを作ることがで」
「無理だよ」
男が最後まで言い切る前に、彼は否定の言葉を投げかける。
「無理だ。そんなこと、夢物語だよ」
「どうして。不可能なことじゃない」
「不可能だよ」
彼はため息をつくようにそう言うと、グラスに手を着けた。
「クレメンツは小さな田舎町だ。
確かにこちらの縄張りではあったけど、大して利益もない、住民との折り合いも悪い、正直要らない場所だった。
あの時はたまたまこちらのメンバーがいただけ。貴方達は制圧した気になってたかもしれないけど、
それは単にヴェストーに攻撃を仕掛けるきっかけにしかならなかったんだよ。
・・・・・・・それに」
カツンとグラスが音を立てる。
「俺は若頭じゃない」
「・・・・・・・は・・・・・・・?」
彼の言葉に、男はそれしか言えなかった。
「俺はね、若頭代理なんだよ。だって本物を危険な目には遭わせられないでしょう?
一応血の繋がりはあるけどね。ボスは兄を選んだ」
「でも」
「俺は若頭の意志を代行しなくちゃいけない。だけど俺に決定権はない。
貴方達の誘いを受けるかどうかは答えられない。
だか」
今度は男が彼の言葉を遮った。
目の前に黒い筒が見えた。
危険を感じて身体が反射的に動き出すのと、それはほぼ同時だった。
音はなかった。
彼の横に立つボディーガード役の青年が動き出す前のことだった。
青年は恐らく、男が引き金を引く前に男達を撃てただろう。
しかし青年が構えた銃は火を噴くことはなく、それでも目の前の男と守役の男の眉間に赤い点が付いた。
硬直した時間の中で、彼はとっさに振り返る。
そしてその視線が捉えた映像に、彼は表情を引き吊らせた。
「行くぞ!!」
固まる彼を青年は慌てて引っ張って、その場から離れる。
彼は自分で歩きながらも呆然としていた。
『俺の弟だ。身体が弱いから、守ってやってくれよ』
兄から紹介されたのは、近所に住む子供だった。
『よろしくね』
その時はただ、外に出られない俺のために兄が用意してくれた『友達』だったのに。
『あれ何?』
『お葬式だよ。じぃちゃんが死んじゃったんだって』
『タイチくんのじぃちゃん?』
『うん』
『怖いヒトなんでしょ?かーさんが言ってた』
『強かったんだよ。俺も大きくなったらあの列に参加するんだと思う』
『タイチくんが参加するならおれも参加したいな』
差し出した手を握り返したのはアイツだ。
でも ────
『タイチくん』
そう言って追いかけてきた手を捕まえて、引きずり込んだのは俺だ。
『今日人を殺したんだ』
『気持ち悪くなって、帰ってきてから吐いちゃった』
『怖くて眠れない』
いつからだろう。
『俺専用の銃をもらったよ』
『引き金を引くだけで人が死んでく』
『簡単だよね』
あんなに嫌がっていたのに。
振り返った先。
『人ヲ殺シテ何ガ悪イ?』
テーブルを一つ隔てた向こうで、無表情な目が、こちらを見ていた。
あんなところまでアイツを連れていってしまったのは、俺だ。
俺はただ、アイツを手放したくなかっただけだったのに。
逃げるように走り出した車の後部座席で、彼は両手で顔を覆った。
「何であそこにマツオカがいるんだよ!!!」
出迎えた男に、彼はいきなり掴みかかった。
「何で!!?マツオカはつけないって言ったじゃん!!!だからサカモト君がいたんだろ!!!?」
「タイチ!」
大声を張り上げる彼を、ボディーガード役立った青年が押さえつける。
「ヤマグチ君がそう言ったんじゃないか!!!だから俺は・・・・・・・・!!!」
「『だから俺は』、何だ?マツオカが来るって判ってたらやらなかった?」
「そういうわけじゃ・・・・・・・」
「今更なこと言ってんじゃねぇぞ」
腹に響く低い声で男はそう言って、彼の襟首を掴み上げる。
「ヤマグチ!」
「サカモトは黙ってろ。
なぁ、タイチ。お前、どういうつもりでこっちに来たんだ?
俺も親父も確かお前に訊いたよな?『覚悟は出来てるんだろうな』って。
お前言ったよなぁ?『覚悟は出来てる』って。
どれだけのもんだったんだ?お前の、その『覚悟』ってものは」
「・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・」
「マツオカがアイツ等を殺したのが嫌だった?お前の目の前で殺人を犯したことが嫌だった?
それとも、マツオカが人を殺すことに何にも感じないでいられるようになったことが嫌か?」
その言葉に、彼は露骨に顔を背けた。
「我儘な奴だな。それを望んだのはお前だろ。嫌ならこっちに引き入れなければ良かったんだ。
だから俺はシゲを絶対にこっち側に入らせない。だから相談役で留めておいたんだ」
「・・・・・・っそんなこと知らなかった!!!知ってたなら言ってくれればよかったじゃないか!!!
・・・・お、俺は・・・・・・・・俺はアイツにあんな顔をさせたくて手を差し出したんじゃない!!!!!」
「それが甘いんだよ!!!!全部教えてもらえると思ったら大間違いだ!!」
男はそう声を上げ、彼を思いっきり突き飛ばす。
「しばらく自分の部屋で頭を冷やせ」
そして冷たい視線を彼に向けて、静かに部屋から出て行った。
部屋の戸が勢いよく開いた。
「タイチ君!!」
ベッドにうつ伏せていた彼が顔を上げると、心配そうな顔をした青年がベッドに走り寄ってきた。
「どうしたの!!?仕事は成功したんでしょ!!?何で謹慎なんて・・・・・・・・!!!?」
狼狽えた様子で声を上げる青年に、彼は起き上がって名を呼んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・マツオカ」
「俺、兄ぃに言って・・・・・・・・・・・」
「マツオカ」
「・・・・・何?」
「お前、もう、俺以外の奴の命令聞くな。どうせ今日のはお前が希望したんだろ」
彼の言葉に青年は目を泳がせる。
「なら俺の言うことだけ聞いてろ。俺以外の奴の言葉を信じるな。ボスだろうがヤマグチ君だろうが関係ない。
俺の言葉にだけ従うのが嫌だったら、今すぐ俺を撃ち殺せ」
「・・・・・・・・・・・・何言って・・・・・・・・・・・・・・・」
「その代わり、お前の全部を俺が背負ってやる」
そして彼は青年の襟首を掴んで自分の方に引き寄せた。
「お前の罪も責任も後悔も罪悪感も、全部全部俺が背負ってやる。その代わり俺にだけ従え」
それが俺の覚悟。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
青年が小さく頷く。
その返答を聞いて、彼は少しだけ安堵した表情を浮かべた。
今まで持っていた後悔や迷いは、ここに置いていこう。
頭の中で響くのは、遠い昔に聞いた葬送行進曲。
色褪せてしまった過去を見送る。
これから先、もう迷えない。迷わない。
前に進むしかないのだから。
やっと完成です・・・・・!!
見直し隊でマフィアもの、というリクエストを戴いたのはいいのですが、
マフィアって何してるんだ?という疑問が浮かびまして(苦笑)
分からなかったので、某有名なマフィア映画の王道、ゴッ○ファーザーを見ました。
そしてこの流れに。見る前の予定はぜんぜん違ったんですけどね。
一番書きたかったのは最後のやり取りだったりします。一番初めに思いついたシーンでした。
大変お待たせいたしました!!
いかがでしょうか、卯野さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めまして、リクエストありがとうございました!!
そして、49494打、ありがとうございました!!
2007/10/4
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