f e a r o f g r o u n d l e s s
彼が九字を切った指を横に払うと、目の前で唸りをあげていた巨大な影が叫びを上げた。
「ねぇ、シゲ。いい?」
「・・・・・・ええよ」
嬉々とした声に彼はため息をつきながら了承する。
その瞬間、彼の後ろから影が一つ飛び出した。
「久々の食事だ!!」
飛び出した影は嬉しそうに叫びながら異形に向かっていく。
短い茶の髪に金眼。
小柄ながらもがっしりとした体躯。
尖った耳には小さな金の輪が3つ。
「あっ、ぐっさん待ってください!!」
その後ろを慌てて長身の青年が追いかける。
彼もまた人とは異なる耳の形に、紅い目をしていた。
「あーあ。長瀬も行っちゃったね」
「あんのバカめ。巻き込まれなきゃいいけど」
ぼんやり2人の様子を眺めていた城島の後ろから、呆れた声が聞こえた。
「・・・・・・・・・・・・太一」
「何?茂君」
城島は小柄な方──太一に声をかける。
「僕もう帰るわ」
「えっ!?」
「片付けよろしく」
太一の肩を叩き、さっさとその場から離れていく。
「松岡、帰るで」
「えっ!?俺!?」
「松岡連れてくのっ!?俺じゃ山口君止めれないって!!」
指名を受けた嬉しさと他3人を残していく動揺とで松岡がどもり、太一は慌てて抗議する。
「・・・・・・・・・・・・じゃあ1人で帰る」
冷たくそう言い切って、城島は式神を呼び、あっと言う間に去っていった。
「・・・・・・何あれ」
「・・・・・・さぁ」
呆然とする2人の後ろで、巨大な影は悲鳴を上げ、その姿を消した。
長い長い廊下を太一は歩いていた。
目指すは屋敷の最奥。当主の部屋。
すれ違った侍女に太一は頭を下げる。
「あぁ、国分様」
「何でしょう?」
侍女は彼を呼び止めた。
「あの、当主様が御帰宅してからお食事をとられてらっしゃらないのですが・・・・・・」
「それはいつものことですよ」
少し緊張気味に話す彼女に、太一はやんわり微笑みかける。
「それが、お部屋に結界を張られているようで、中に入れないと山口殿が・・・・・・」
「・・・・・・暴れてるんですか?」
女中は少し迷い、肯いた。
「松岡殿と長瀬殿が宥めていらっしゃるようですが、私共は危険だから下がるようにと言われて・・・・・・」
「解りました。何とかしてきます。危ないかもしれないんで、奥からは離れてて下さいね」
そう侍女に微笑んで、太一は早足に奥へ向かう。
「ったく何してんの、あのバカ当主っ」
文字通り目を三角にして、ドスドス足音を響かせた。
「兄ぃ!!マジでやめて!!」
「屋敷が壊れちゃいますって!!」
「うるせぇ!!」
奥の部屋、つまり城島の部屋の前で、襖を壊そうとしている山口を必死に松岡と長瀬が押さえていた。
「何してんの」
「「太一君!!」」
ここぞとばかりに松岡と長瀬が声をハモらせる。
「いくら山口君でも封身されてちゃ茂君の結界は破れないよ」
「・・・・・・・・・・」
太一の言葉に小さく舌打ちして、山口が動きを止める。
先ほどの姿とは異なる黒い瞳。耳も尖ってはいない。
長瀬も同様に、2人ともどう見ても人間のそれである。
「太一君〜」
長瀬がなさけない顔で太一に近寄った。
「ウザいからくっつくな」
衝撃を受けて落ち込むその姿を慰める松岡。
「・・・・・・・・・・ホントに結界張ってあるし」
「太一君破れないの?」
「当主の結界破れるわけないじゃん」
松岡の質問に太一は肩をすくめる。
「・・・・・・・・・・・茂君どうしちゃったんでしょう・・・・・・・・・・・」
置いてきぼりを食らった犬の如く、しょんぼりと体操座りをしていた長瀬が呟いた。
「お前何かしたんじゃねぇの?」
「してませんよっ!!お饅頭食べちゃったのはふかこーりょくだもん!!」
「平仮名でしゃべんなよ。てかお前が食べたのかよっ!!茂君めっちゃ落ち込んでたぜ、あれ!!」
明らかに意味を知らないだろう漢字の言葉を使ったことにツッコみつつ、松岡が反論。
「そういうマボはどうなんですかっ!!」
「話変えんなよっ!!それに俺は何にも」
「お前、この前禁止されてんのに完全変化したよな」
松岡の言葉を遮る山口。蒼白になる松岡とは対照的にその顔には笑み。
「あっ・・・・・・・あれは兄ぃが助けてくんなかったから!!」
「だから無傷で帰ってきたんだ、松岡」
太一の言葉に松岡は慌てだした。
妖混じりの松岡は、その力を解放し姿を変える事で飛躍的に力が増強される。
それに伴い回復力も人の姿の時に比べて高まるが、反面肉体にかかる負担も大きい。
だから城島から完全に姿を変えることは禁止されていたのだが。
「だって兄ぃあの時食べるのに夢中で、親玉出てきたのに気づかなかったじゃん!!」
「でも助けに行っただろ?」
「小鬼全部食べ終わってからでしょ!!それまでに死にかけたよ!!」
口を尖らせて松岡が反論する。
「・・・・・・・・・・・山口君・・・・・・・・・」
「食欲には勝てねぇよなぁ」
「勝てないですよね〜」
太一のため息に鬼2人が同意し合う。
山口と長瀬の本性は鬼だ。
鬼と言っても人を食の対象に見ることはない。
長瀬はその姿と能力以外は全く人間と変わらないし、山口もほぼ同じ。
ただ、山口は鬼伏神と呼ばれる鬼を喰う鬼であるけれど。
「その親玉も食べたの?」
「あれは狐だったから消滅させた。狐は美味くねぇ」
眉間にシワを寄せて山口がボヤく。
「それで怒ってるんじゃないの?」
「何でだよ」
「だってあの人極力和解しようとしてるじゃん」
「・・・・・・・そりゃぁ、そうだけど・・・・・・・・・・」
気まずそうに山口は視線を下に向けた。
「てか太一、お前はどうなんだよ」
「俺?何もしてないよ。結界張るときちょっと手抜きしたぐらいで」
さらりと言ってのけた太一を、妖怪3人(1人は半分妖怪)はジト目で見る。
「だって、そもそも茂君の結界は丈夫なんだもん」
「それなんじゃねぇの?」
「それっくらいで怒るか?」
「怒るかもしれません」
「てかお前の方がヤバイだろ、松岡」
「何で俺だけ!?」
「・・・・・・・・でも我慢してた様子もなかったのに・・・・・・・・・・」
長瀬の呟きに、山口がふと口を開いた。
「ん?そういえば最近イライラしてたな」
「そうなの?」
「おう。何か、帰ってきてもムスッとしてたり、すぐ寝ちまったり」
「よく術も間違えてなかったっすか?」
「あー、言われてみればこの前の禊の儀式でもトチってたような・・・・・・・・」
「そういえば今朝、ここんとこ徹夜続きだって愚痴ってたよ」
「「「「・・・・・・・・・・」」」」
よく考えれば兆候は結構あった。
「・・・・・・・・・どうしましょう。俺茂君なら大丈夫だって思ってました・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・俺も。いつもヘラヘラ笑ってたから・・・・・・・・」
「いつものやる気のなさで間違えたのかと思ってたけど、調子悪かったんだね・・・・・・」
「・・・・・・・・俺、あの人の式神までやってんのに、何で気付かなかったんだ・・・・・・」
気付けたはずのサインに気付かず、そのまま放置していたことに後悔する4人。
重苦しい空気が場を支配する。
「・・・・・・・じゃあ、何に怒ってるんですかね?」
「そりゃあお前が饅頭食べたからだろ」
「えー!!太一君が手抜きしたのは!!?」
「俺かよ!!松岡だって禁止されてた完全変化やっちゃったんだろ!!」
太一、松岡、長瀬がぎゃわぎゃわ言い合いする中、山口が真っ青になって口元を押さえる。
「・・・・・・・・山口君、どうしたんすか?」
それに気付いた長瀬が山口の顔を覗き込んだ。
「・・・・・・・・ヤッベー・・・・・・・・」
「なに?どしたの兄ぃ」
「・・・・・・・・・・・俺、この前人間食ってた・・・・・・・・・・」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・嘘・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「マジで」
「何してんの山口君!!!!」
「や、だって4分の3は鬼になってたんだぜ!!!?」
「でも人間は人間でしょ!!!!」
「どうせ浄化しても死んじまうし」
「何で食べちゃうんですか、そこで!!!」
真っ青になって山口の肩を揺さぶる3人。
山口は、えへ、と笑った。
「そりゃ怒るよ、茂君も!!」
「だからって引きこもりますかね?」
「中で何かしてるってこと?」
「・・・・もしかして俺を完全調伏するための道具造ってる、とか・・・・・・・・・」
「「「・・・・・・・・・」」」
その呟きに、4人の上に一斉に沈黙が舞い降りる。
「・・・・・は、は、ははは!!何言ってんの兄ぃ!!まさかそんなことあるわけないじゃん!!」
「そうですよ!!茂君、メチャメチャぐっさんのこと大事にしてるじゃないっすか!!」
「そうそう、山口君を連れてきた時メッチャ嬉しそうな顔してたし!!」
「だよな!!そんなわけねぇよな!!!」
響く空笑い。
妙な汗を流しながら、4人は笑った。
そして。
「うおぉぉぉぉぉおお!!!!シゲぇぇえ!!!!出てきてぇ!!!頼むからぁぁぁああ!!!」
「ぎゃぁぁぁああ!!!兄ぃ兄ぃ!!!手ぇ!!!手ぇ!!!」
「山口君!!焼けてる焼けてる!!!手ぇ焼けてるってぇ!!!!!!!!!」
「香ばしい匂いがしてますからぁ!!!」
山口が必死な形相で襖を叩く。
結界が張られているため、封身されていても妖の山口は弾かれてしまう。
それを無理に叩いているため、手が爛れてしまい、長瀬の言うとおり、香ばしい匂いが周囲に漂っていた。
「・・・・!!山口君!!どい」
ばちん!!
太一の言葉は間に合わず、風船が弾けるような音ともに、山口が吹っ飛ぶ。
ちょうどその向かいにあった襖が外れて、部屋の中へ転がり込んだ。
「ぐっさぁん!!」
「・・・・・・・・・・何しとん。自分ら」
目を回す山口に目を向けていた3人の後ろから、ぼへ、っとした声がかかる。
「・・・・・・っ茂君!!!」
その声に振り返って、長瀬が半泣きで声を上げた。
「・・・・・・ふわ・・・・・・。あー、よう寝たわ。ホンマ喧しいな。結界叩いたんは誰やねん」
そこにいたのは今まで話題に上がっていた城島その人。
白の着流しを崩して、確かに寝ジワだらけ寝癖ばっちりの姿で立っていた。
「・・・・・・・・山口君だけど・・・・・・・・・寝てた・・・・・・・・?」
「アホやなぁ、達也。絶結界を壊そうなんて、鬼には無理やのに」
ようやく気がついた山口の横にしゃがみこんで、苦笑いを浮かべた。
「・・・・・・・シゲ?」
「おはよぉ、達也。何しとんねん」
山口はその姿を確認すると同時にガバリと起き上がり、頭を床に付けた。
「すまん、シゲ!!もう2度としないから、調伏だけは勘弁してっ!!」
その様子をハラハラしながら見守る3人。
「は?調伏って、自分何したん?」
一瞬空気が止まった。
「?何があったん?」
何が何だか解らない、といった様子で4人を見る。
「・・・・・・基本的なこと聞いていい?」
「何や?」
「部屋に結界張って、中で何してたの」
「え?寝とったんやけど」
「結界張って?」
「やってうるさいやん。雑鬼も来るし、先代来るし」
当たり前のように言った城島に、4人はため息をつく。
「何だ、何か怒ってんのかと思ってあれかこれかって悩んだじゃんか」
「ホントだよ。一言ぐらい言ってくれりゃいいのに」
がっくりしてボヤいた時。
「そんなに僕を怒らせるような心当たりがあるんやねぇ。聞かせてもらえんかなぁ」
そんな言葉とともに城島が微笑んだ。
「や・・・・・・・・何でも・・・・・・・・」
「なーがせっ」
固まる長瀬を振り返り、城島は最上級の笑顔を浮かべる。
「一生モノ食えん身体になるのと、報復付きやけどとりあえずはモノ食えるのと、どっちがええ?」
その笑顔とセリフに、その場の4人は凍りついた。
「兄ぃ、そろそろ機嫌直してよ」
窓際で、不貞腐れながら外を眺める小さい姿に、松岡はそろそろ近づく。
「山口君も長瀬も、まだそれだけで済んで良かったじゃない」
「そうだよ。俺も太一君もしばらく何にもできないんだから」
「うるせぇ」
そう言う山口は5歳ぐらいの子どもの姿。
傍で転がって寝ている長瀬も同じく小さい。
結局、報復付きでも食事ができる方を選んだ長瀬によって全てバラされた。
太一と松岡は力を完全封印され、山口と長瀬は封身の上子どもの姿にされてしまった。
調伏されずに済んでよかったものの、山口は気に入らないらしい。
「・・・・・・・ぜってぇおれであそんでやがる」
「やっておもろいもん」
襖を開けて現れたのは城島。
「八つ当たりの対象にされるのは不愉快なんだけど?」
「今の今まで仕事サボっとったんやから、これくらい我慢せぇな」
不満たらたらで文句を言う太一の頭をポンポンと叩き、背を向ける山口を抱きかかえる。
「ちょ・・・・・やめろよシゲ!!」
「嫌やー。長瀬もおいでー」
ケタケタ笑いながらもう片手で長瀬を持ち上げた。
「まー、確かに黙って帰ったり、不機嫌そうにしたりと僕も悪かったからな。
お詫びに外食連れてったるわー」
「もちろん焼肉でしょ?」
“外食”の一言に太一が腰を上げる。
「好きなもんでええよ。この前の意外と金取れたから」
「やった!!やきにく!!」
眠そうにしていた長瀬が一気に目を覚ます。
城島の腕から飛び降りて、ようやく立ち上がった松岡に飛びついた。
「たいちくん、まぼ!!ホントにやきにく!!?」
「おう、焼肉!!」
「当主が言ってんだから焼肉でしょ」
喜んで部屋から出て行く3人を眺めながら、城島は山口に笑いかける。
「達也は行かへん?」
「・・・・・・・いくよ」
いまだブスっと不貞腐れながら山口は答えた。
「はさんするまでたべてやるから」
「う〜ん。それはさすがに無理やと思うけどな」
「せめてさいふはかるくしてやる」
「はいはい、頑張ってやー」
頑として意地を張る山口に苦笑いしながら城島も部屋を出た。
本当にごめんなさい。
ハッピーエンドを目指していたら、どうしてかギャグになってしまいました。
改めまして、木葉さま、リクエストありがとうございました!!
どう見ても茂さんは『突然全てを拒絶』してませんし、
『兆候はあったものの「大丈夫だ」と思っていたことに後悔』もあまりせず、
保身にばかり気をとられてるメンバーなんですが、これでよかったでしょうか・・・・・・・・。
お気に召しませんでしたら、どうぞ遠慮なく言ってくださいね。
一応解説なんですが、メモにはこんなことが書いてありました。
『陰陽師?調伏師?
夜の仕事を終えて帰宅後自室に引きこもる。自室に結界で入れない。
何か気分を損ねるようなことをしたかと部屋の前で悩む4人。
*シゲさん 当主
*ぐっさん 仕鬼(鬼伏神) → 3/4鬼になってた人を喰った
*ぶん 当主補佐 → 調伏のとき手抜きした
*紫氏 見習い(鬼+人 / 妖混じり) → 禁止されてるのに力を解放した
*智やん 仕鬼 → 取っておいた饅頭を拝借した
このところ仕事続き+家での儀式+昼の仕事が決算=睡眠不足+疲労困憊
邪魔されないように結界張って爆睡』
というお話らしいです。メモの方がわかりやすいなんて最悪です。
今回は言い訳が長いですね。悲しくなってきた・・・・・・・・。
とりあえず、2626打ありがとうございました!!
2006/05/03
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