カーテンの隙間から漏れる微かな朝の光。
勢いよくカーテンを開き、部屋の中に朝日を取り込む。
「兄ぃ!!起きて!!」
ベッドの上で丸くなるガタイのいい研究者をゆさゆさ揺らす。
「・・・・・・・・・・う〜・・・・・・・・・・・」
「ご飯冷めちゃうよ!」
「・・・・・・・・・・・・あー・・・・・・・・・それはよくない・・・・・・・・・・・・」
のそりと起き上がる兄ぃ。
ぼんやりとした視線をさまよわせ、ぐっと身体を伸ばす。
「・・・・・・・・・・・眠てー・・・・・・・・・・・・・・」
「起きたばっかりなのに」
「・・・・・・・・・・・昨日徹夜したんだよ・・・・・・・・・寝たの4時だっつーの・・・・・・・・・・・」
ふわ、と大きな欠伸をして、兄ぃはふと固まった。
「・・・・・・・・・・・・・ご飯?誰が作ってんだ?」
「え?いつも通りリーダ・・・・・・・・・・・・・・・・だ、けど・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺が全部言い切る前に兄ぃは風の如く部屋から出ていく。
思わずそれを追いかけて台所に走る。
台所に着くと、リーダーがお味噌片手に振り返って微笑んだ。
「あ、山口。おは」
「何してんの!!」
「何って、朝ご」
「昨日寝た!?」
リーダーの言葉をことごとく遮って山口君はリーダーに詰め寄る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。寝たで?」
リーダーは微妙な間を持たせて、視線を微妙に兄ぃからずらして、微笑んだ。
「いやぁああ!!まだ味噌汁出来とらんねんて!!」
悲痛な叫びを上げるリーダーを抱えて山口君が台所を出ていく。
「貫徹は止めろっつっただろ!!」
「大丈夫やて!!1日ぐらい寝んでも死なんて!!」
「どうせ5日ぐらい貫徹してんでしょっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ホントにしてたのかよっ!!」
だんだんと遠くなる声は漫才に聞こえた。
そして残されたのは、コトコト煮える鍋と俺。
「・・・・・・・・・・・どうすればいいんだろ・・・・・・・・・・・・・・・・」
途方に暮れつつ、俺は鍋を見た。
見たところで何か変わるわけもなく、鍋は緩やかに湯気を吐き出している。
仕方ないので、見様見真似で続きをやってみた。
「何?これ松岡が作ったの?」
「リーダーの作りかけに味噌入れただけだよ?」
「でも美味いよ」
太一君が味噌汁をすすりながら言った。
台所から出て行ってうんともすんとも言わない2人と、依然として起きてこない長瀬を放っておいて、
太一君と2人で食べ始めたのはついさっき。
「これも?」
太一君は少し不恰好な卵焼きを指差す。
「うん。崩れちゃったけど・・・・・・・・」
これもリーダーの動きを思い出しつつ作ったもの。
「そんなん全然気にしないし。てか俺この味好みかも」
「ホント?」
「うん。これ智也にやるのはもったいないや。俺食べちゃっていい?」
俺はほとんど食べ終わってたから、どうぞ、と皿を太一君の前に置く。
「これから松岡作ってよ」
「え、でもリーダー・・・・・・」
「正直言うとさ、あの人危なっかしいんだよね。見てると怖いし」
そう思わねぇ?と太一君が箸を振った。
「う〜ん。確かに指も切っちゃいそうで怖いけど」
「だろ?いいよ、松岡作りなよ。あの人徹夜するから今日みたいなことあるんだよね、よく」
小さくため息つきながら太一君は言った。
「太一君のESPはどんなの?」
本を読んでいたとき、ふと気になって、横で同じく本を読んでいた太一君に訊いた。
「俺?」
太一君は読んでいた本を傍にあった机に置いて、もう一度椅子に座る。
「俺はこれ」
そしてそう言った。
「?」
『これ』と言われても何もない。
首を傾げると、太一君は笑いながら指をさした。
「・・・・・・・・あ」
その指の先、太一君が置いた本は机の上から30センチほどの高さのところで浮いていた。
「俺のESPは弱いよ。できるのはこれっくらい」
「・・・すごい・・・浮いてる・・・」
「松岡もできるよ」
「え?」
俺がそれに感動していると、太一君は笑った。
「智也に見せてもらったんだけどね。智也に触ってたら見えたって言うか。
松岡、前いた所爆破して出てきてたじゃん。あれ、そうだよ」
「爆破?」
言われてみれば、俺が脱走したきっかけは、嫌だ、と思ったときにどこかで起きた爆発だった。
「あと、これは覚えてるかわかんないけど。追っ手をさ、やっちゃったでしょ」
少し言いずらそうに太一君が言う。
「これも見えちゃったんだ。気付いたら目の前真っ赤だったでしょ。生臭くて・・・・・」
「逃げるとき・・・?」
「そう」
「・・・・・・・・気付いたら真っ赤だったけど・・・・・・・・・あれ・・・・・・・・?」
分からない。
銃口がこっちに向いて、死にたくないって思って、気付いたら誰もいなかった。
「ゴメン、松岡。いいよ。無理して思い出さなくても」
「ぅ・・・・・うん」
太一君の不安そうな顔に、俺は考えることをやめた。
考えてはいけない、と何となく思ったのもあった。
ある時、裏の温室から少し離れた裏口を通って家に戻ると、玄関の方から口論が聞こえた。
廊下の影からこっそり覗くと、戸口には白衣のリーダーが立っていて、
その向こうには見たことのない人が何人か立っているのが見える。
「だから、あいつらを引き渡してくれればいいんだよ」
「何度言えば解るんですか。それは出来ないって言ってるでしょう」
知らない人たちの言葉に、イライラした様子でリーダーが答えた。
あんな様子のリーダーを見るのは初めてかもしれない。
「迷惑なんだよ!あんな化け物をここに住まわせておくなんて!」
「あの子達は化け物じゃありません!!そのことも、もう何度も説明したやないですか!!
あれは病気なんです!!しかも誰かに感染るようなもんでもない!!」
「感染らないなんて、何でそんなことが解るんだ!!俺達も血が青くなったらどうするつもりだ!!」
・・・・・・・どうやら原因は、俺達らしい。
「・・・・・・・・・じゃあ、空気感染や接触感染するというなら、僕の血も青くなってるということになりますよね」
不意に、リーダーの口調が変わった。
「なら見せてあげますよ。そこのアナタ。アナタの持ってる鎌、貸してもらえませんか?
今ここで、僕の血の色を見せてあげますから。・・・・・そうですね。ここなんてどうです?」
そう言ってリーダーが指差したのは首。
「ここには頚動脈といって、ふっとい血管が流れとるんですわ。そこを切ったらはっきり判りますよね?
もし僕から流れ出る血が青かったらここから出て行きましょう。僕が嘘ついてたわけですから」
その声には微かに笑いが含まれていた。
リーダーは外に一歩踏み出す。
外にいた、知らない人たちの一人の腕を掴んで、その手にあった鎌の刃先を自分の首に当てた。
「赤だったら、二度とここに来ないでください。僕らは静かに暮らしたいだけなんです」
さあ、腕を引いてください。
リーダはそう言った。
俺は堪らなくなって飛び出した。
「リーダー!!何してんの!!」
「松岡」
俺の声に振り返ったリーダーは、意外そうな顔をしていた。
そして、腕を掴まれて、その手にあった鎌をリーダーの首に当てさせられていた人は真っ青な顔をしていた。
「危ないでしょ!!そんな事したら死んじゃうよ!!」
俺が走り寄って、リーダーの手をその人の腕から外したと同時に、その人は声を上げた。
「さ・・・・触るな!化け物!!」
そして、その人が持っていた鎌の刃が、俺の腕を掠めた。
「っ痛・・・・・・・」
痛みと同時に紫色が滲み出す。
「松岡!!はよ患部押さえぇ!!」
呆然と流れ出すそれを見ていると、リーダーが慌てて俺の腕を掴んだ。
「何してくれんねん!!今日はもう帰ってや!!」
知らない人たちを怒鳴りつけ、扉を閉める。
傷口を手で直接握り締めて、リーダーの部屋に詰め込まれた。
「あぁ!!もう!!お前何しとん!!血ぃ止まりにくい体質なんは自分がよう解っとるやろ!!」
包帯を出してきて、傷口の上の方をきつく縛る。そして傷口に湿布のようなものを貼り付けた。
「血が止まるまでしばらくそうしとり。それで止まるはずやから」
はぁ、と小さくため息をついて、リーダーはベッドに腰を下ろした。
「・・・・・・・・・気にしたらあかんよ。さっきの」
ポツリとリーダーが言った。
「さっきの?」
「この近くの村のヤツラや。月一ぐらいでああやって難癖つけてくんねん」
悲しそうにリーダーは視線を窓の向こうに向ける。
「・・・・・気にしてないよ。慣れてるから」
「・・・・・・・・そんなこと言うな。悲しくなるやんか。お前らはれっきとした人間やのに」
眉間にシワを寄せて、ベッドを立つ。
「そういえば達也が自分呼んどったわ。まだしばらく止まらんと思うから、固定したるで行っといで」
そう言って、テープと包帯でシップを固定してくれた。
「兄ぃ」
家の一番奥の部屋をノックして戸を開けた。
マジックインキのようなツンとした臭いが微かに鼻につく。
さまざまな色をした液体の入っている試験管やフラスコが並び、コポコポと小さな泡が出ているものもあった。
それに手を触れないように奥へ進む。
奥には山のように本が積まれた小さな机に向かう兄ぃがいた。
「兄ぃ」
「おう、来たか」
声をかけると笑顔で振り返る。
「リーダーが呼んでたって言ってたから」
「そう。検診しようかと思って」
ここじゃ微妙だけど、と笑いながら椅子から立った。
「あれ。どうしたよ?それ」
いろいろと器具を準備しながら、兄ぃは俺の腕を指す。
「うん、ちょっと切っちゃった」
「血は止まった?」
「判んね。滲んでないから止まってるかも」
「そーか」
ちょっと湿布をめくろうかと思ったけど、傷口がどうなってるか判らないので止めておいた。
「血液検査もするからな」
「・・・・・・・・・・・・・注射すんの?」
「しなきゃ採れねぇだろ」
注射は痛いから嫌い。
なんてこと、兄ぃには絶対に言わない。
この人に言ったら絶対にからかわれる。
「・・・・・・何?もしかして痛いから嫌いだとか?」
ニヤリ笑いながら兄ぃは言った。
「・・・・そ・・・・・そんなことないよ!!」
俺が否定すると、兄ぃはさらに笑う。
「大丈夫だって。痛くしないから」
ケタケタ笑いながら湿布を貼ってない方の腕をゴムでキツく縛る。
「はい、親指中に入れて手グッと握って」
俺がやる前に兄ぃは俺の手をそういう風にした。
見ていると痛いので視線を逸らす。兄ぃが笑うのが判ったけど、この際関係ない。
「終わり」
痛いと思う間もなく、あっさりと終わった。
「・・・・・・・・・・・・・痛くない」
「言っただろ。痛くしないって。ま、シゲじゃなくて良かったと思え」
笑いながら針を刺したところに処置をして、採った血を手際よくガラスの容れ物に移していく。
「何で?」
「太一とか智也に訊いてみな。絶対真っ青になるから」
「?」
下手ということだろうか?後で訊いてみよう。
「あとは血圧と・・・・・・・・。お。そうだ。前の結果言ってなかったな」
そう言って、兄ぃはぐちゃぐちゃの引き出しからぐちゃぐちゃの紙を取り出す。
「特に異常はなかったよ。多分自分でも判ってるだろうけど、BBSと、血友病だけだな」
その紙を俺に手渡してくれたけれど、何が何だかさっぱり判らない。
「あと、面白いのはこれだ。見てみ、ここ」
兄ぃが指差したのは並んだ数字の中の一箇所。
「何?これ?」
「比較対象として智也の見せてやるよ」
そうして渡された別の紙と見比べてみる。
俺の結果と智也の結果(という紙)では、そこの数値は異なり、俺は数字だけど、智也は横線が引っ張ってある。
「?」
「血中ヘモグロビンの数だよ。智也のには全く見られない。でもお前の血の中には多少存在する」
「ヘモグロビンって、普通の人が持ってるやつだよね」
「そう。それで普通の人の血は赤いんだよ。お前の血が紫色なのもそのせいな」
「あれ?じゃあ智也の血の色ってどんなのなの?ブルーローズって、紫色じゃないの?」
誰かがそう教えてくれたわけじゃないけれど、俺はずっとそう思ってた。
だって他の人に会ったこともなかったから。
「ちげぇよ。見たことねぇか?・・・・・・ちょっと待てよ。確かサンプルが・・・・・」
そう言って兄ぃが取り出した試験管の中には真っ青な、青空の一番色の濃いところのような色をした液体。
「で、これがお前の血」
並べて見せられたそれは、確かに色合いが違う。
智也のは真っ青。俺のは少し赤みがかった、紫。
「前もらったお前の血の遺伝子を見てみたんだけどな。解りやすく言うと、そうだな。
普通の人は、ヘモグロビンを作る設計図とヘモシアニンを作る設計図の、どっちかしか持ってない。
でもお前の場合、その2つの設計図のどっちも持ってる。
メインで働いてるのはヘモシアニンの方なんだけど、何十回に1度、もう1つが働いてるみたいで。
だから量は少ないけどヘモグロビンも存在してる。そのせいで紫色になってるんじゃないか、というのが俺とシゲの結論」
「・・・・・・・・これはどう思えばいいわけ?ヤバイの?」
「別にヤバくはねーよ。珍しいだけ。ま、ちゃんと調べたわけじゃねぇからはっきりとは言えないけどな」
そして俺の血圧を測り始める。
「ま、お前の場合、ブルーローズじゃなくて、パープルローズになるのかな」
兄ぃはそう笑った。
「いてっ」
太一君と散歩をしていた時、太一君が手を枝に引っ掛けた。
「大丈夫?」
「うー。血が出た」
眉間にシワを寄せて切ったところを押さえる太一君。
その指の隙間から流れてきていたのは真っ赤な血。
「血、止まりそう?・・・・・・・・・って、太一君・・・・・赤・・・?」
「ちょっとやばいかも」
俺の疑問はそのままスルーされて、太一君は家に戻る。俺もその後を追った。
「あ〜あ〜。もー、松岡もお前も何しとんねん、ったく・・・・・」
ブチブチ文句を言いながら、リーダーは手際よく太一君の傷を治療していく。
「松岡も何かしたの?」
傍でそれを見ていた俺に、太一君が首を傾げた。
「切られてん。原因は僕やけども」
「は?何で切られんのさ?・・・・・・・・もしかして、また来たの?」
太一君の眉間にシワが寄る。
「何ともなかったよ!俺がうっかりしてて、怪我しちゃっただけで!」
「・・・・・・・・・・ムカつくなぁ・・・・・・・・・」
太一君がそう呟いた途端、傍にあった空のコップにヒビが入った。
「太一」
「あ、ごめん。つい・・・・・」
リーダーがため息混じりに太一君の頭を軽く叩く。
「気ぃ付けや」
そう言って、ヒビの入ったコップを持って出て行った。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
何となく、変な沈黙が降りる。
「「・・・・・・・あのさ・・・・・・」」
口を開くと、俺も太一君も、同時に同じことを言った。
「「・・・・・・・・・・・・・」」
また変な沈黙が降りてきた。
「・・・・・・・・・・俺の血、見たでしょ?」
今度は太一君だけが言った。
「うん。赤・・・・・だったよ、ね?」
「俺ね、ここに来る前実験体だったんだ。・・・・・・・お前みたいに」
それで解った。太一君が前、「同じ」と言った理由が。
「智也は違うけどね。あいつはここの傍の村にいたんだ。それをリーダーと山口君が連れてきた。
・・・・・・・・・俺で実験してたのがリーダーと山口君なんだよ。2人とも、前は国立研究所の研究員だったんだ」
「・・・・・・・・・・・・・そうなんだ・・・・・・・・・」
「2人が研究してたのはBBSの治療方法。特に薬なんだけど、俺はその薬を飲んだり、注射されたりしてた。
で、間は省くけど、結論として、治療薬ができたんだ。だから、俺の血は赤いんだよ」
前は青かったんだ。
そう言った太一君は微妙な顔をしていた。
「・・・・・・・・・・何で研究所から出てきたの?」
「知らない。いきなり連れてこられて、ここに住むようになって、智也を拾ってきて、松岡が来て」
「それで、今?」
「そう」
変な気分だった。
太一君の血は赤くて、リーダーと兄ぃは俺が大っ嫌いだった研究所の研究員で、人体実験もしてて、それは太一君で。
何となく、裏切られたような気がした。
その夜。
焦げ臭いニオイとパチパチという音で目を覚ました。
「・・・・・・・・燃えてる・・・・・・・・?」
部屋の天井の方には煙が充満していて、窓の外を見ると真っ黒な空にある雲が赤く見えた。
「松岡!!」
勢いよく扉が開いて、太一君が入ってきた。
「何してんだ!!早く逃げるぞ!!」
「何なのこれ!!?」
「村の奴らがここに火をつけたんだ!!俺達を追い出すために!!」
怒りながら太一君は裏口を目指す。途中智也を叩き起こして、外に出た。
森の中に隠れて、外の様子を見る。
玄関の辺りには、松明を持った何人もの人が立っていた。
「太一君!!家が燃えてるよ!!」
「んなん解ってるよ!!リーダーと山口君、どこにいるか探せ!!」
半泣きで声を上げた智也を怒鳴りつけて太一君は歯をギリギリ言わせた。
「・・・・・・・・・・あいつら・・・・・・・・・・・!!」
その瞬間、松明の1つが弾ける。
勢いよく炎が爆発して、その人たちは驚き慌てて走って去っていった。
「いた!!山口君、研究室にいるよ!!」
智也が叫ぶ。
その内容に太一君が眉間にシワを寄せた。
「っ何でそんな所にいるんだよ!!一番出口から遠いのに・・・!!」
俺は、次の瞬間、走りだしていた。
「松岡!!?」
「連れてくる!!」
呼び止める太一君に俺はそう返して、裏口から燃え盛る家の中に入った。
さっきとは違って、ごうごうと空気が鳴っていた。
火の粉が飛んできて、チクチクした。きっと火傷してるんだ。
熱気で上手く息ができない。
肺が焼けるような気がして、その辺にあった無傷のタオルを口に当てて、奥に進んだ。
この光景を、見たことがあるような気がする。
デジャヴというのか。
どこで見たんだろう。
どこかで何かが崩れたんだろう。
ガラガラという音がする。
もうここは危険なのかもしれない。
何で俺はこうやって飛び込んできてしまったんだろうか。
今もまだ、死にたくないのに。
でも、2人にも死んでほしくなかった。
あまりの熱気でぼうっとしていたのかもしれない。
気が付くと、目の前に柱が迫ってきていた。
「っ!!!!」
避けきれない。
そう思った瞬間、それはぼっきりと折れて、横手に吹っ飛んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・え?・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・これ、もしかして」
これが俺のESPなのかもしれない。
あぁ、そうか。
あの時もこうやって、俺は生き延びたんだ。
でも、感傷に浸ってる暇はなかった。
「兄ぃ!!」
家の一番奥の研究室の戸を勢いよく開ける。
その奥。小さな机に兄ぃが座っているのが見えた。
「何してんのアンタ!!早く逃げないと!!」
「よぉ。・・・・・・・・お前が来ると思ってたよ」
何故か、俺の言葉に、兄ぃは穏やかに微笑んだ。
「そんなこと言ってないで、早く!!」
俺が兄ぃの手を掴むと、兄ぃは俺の顔をじっと見た。
「松岡。お前に渡したいものがある」
「は?・・・・・・・・何言って」
「これ」
そう言って兄ぃが俺に差し出したのは、15センチ四方ぐらいの小さな箱。
「・・・・・・何・・・・・・・・・・これ・・・・・・・・・」
「太一から話は聞いただろう。俺はBBSの治療薬を研究してた。シゲもだ。
確かに、俺達は、太一で人体実験をしてた。太一だけじゃない。何人死なせたか判らない」
その箱を開けると、アンプルが2本出てきた。
「・・・・・・・・・これがその成果だ。これを脊髄に直接注射することで血が青いという症状だけは改善される」
「・・・・・・・・何・・・・・・・・・・」
「お前が、死んでもいいって思い続けてたら、作るつもりはなかったよ。でも生きたいって思い始めた。
だから作ったんだ。智也の分もある。使う使わないはお前らの自由だ。好きなようにしろ」
もう一度フタを閉めて、兄ぃはそれを俺に押し付けた。
「それと、これはシゲから」
取り出したのは小さな10センチほどの紙袋。
「青いのはできなかったけど、お前と同じ色のはできたからって」
「・・・・・・・・・・・・同じ・・・・・・・・?」
「紫色のバラの種。自分の代わりに育ててやってほしいそうだ」
俺は、あまりにいきなりで、あまりに唐突だったから、言葉を失っていた。
「・・・・・・・・シゲが何であんなに青いバラに拘ってたかは俺には解らん。
でも、それはお前のために作ったんだろう。大事に育ててやってな」
兄ぃは本当に穏やかに、笑った。
「・・・・・・・・・・・さぁ。早く行け。もうここも崩れる。お前まで死ぬ必要はないから」
「・・・・・・・・・・・・・・どういう、こと・・・・・・・・・・・・・・?」
「この家にブルーローズは2人しかいない。・・・・・・・・・・・死体は2つで十分だろ?」
兄ぃのその笑顔に、俺は兄ぃとリーダーが何をしようとしているのか、ようやく解った。
「・・・・・そ・・・・・・・・そんな!!何でそんな事しようとするんだよ!!一緒に逃げようよ!!」
「いいんだ。もうずっと前から決めてたことだから」
「何だよそれ!!俺に死ぬなって言っておきながら、自分は死ぬのかよ!!」
俺は思わず声を荒らげた。
「ふざけんな!!俺リーダーに・・・・・アンタにまだ何にも言ってない!!太一君で人体実験してたこと聞いて
裏切られた気分になったこととか、俺を・・・・俺を助けてくれたことへの感謝とか!!俺何にも言ってない!!」
俺が半泣きでそう言うと、兄ぃは悲しそうに顔を歪めた。
「俺に言ったのは嘘だったのかよ!!俺は、俺はこれから先ずっと一緒に暮らしていけるんだと思ってたのに!!嘘つき!!」
「・・・・・・・・・・・ゴメンな」
俯く俺の頭を兄ぃはそっと撫でた。
泣きたくなった。本当に、泣きそうになった。
「・・・・・・・・・・こんなんで罪滅ぼしになるなんて思ってない。でも、お前らにできることは、これ以上、ないんだ」
「・・・・・・・・・・あるよ・・・・・・・・。俺達のために・・・・・・死なないでよ・・・・・・・・・・・・」
もう、何を言っても兄ぃたちは気持ちを変えないことは、何となく解っていた。
でも、諦め切れなかった。
「・・・・・・智也が泣くよ・・・・・・・・・太一君だって、顔真っ赤にして怒り狂うんだから・・・・・・・。
・・・・・・・・そうなったら俺何ともできないよ・・・・・・・兄ぃとリーダーがいなきゃ・・・・・・・・」
子どもみたいに俺は涙を流して、兄ぃに縋りついたけど、兄ぃは悲しそうに微笑むだけだった。
「・・・・・・・・・松岡、行くんだ。もう崩れるから・・・・・・・・」
「・・・・嫌だぁ・・・・・」
「・・・・・・・・ありがとな。シゲも、俺も、楽しかったよ」
その言葉に俺は頭を上げた。
瞬間、周りの景色が変わる。
そこはもう森の中で、太一君と智也が驚いていた。
最後に見たのは、兄ぃの笑顔だった。
あれから何年経ったんだろう。
今でもあの家の焼け跡はそっくりそのまま残ってる。
結局、リーダーと兄ぃはどうなったのか判らない。
焼け跡からは、何にも見付からなかった。つまり、誰か2人分の死体も、何も。
だから、きっとどこかで生きてるんだろう。
でも、ずっと探してるのに、見付からないまま、何年も経ってるのも事実だ。
後から2人の行方を捜している時に判ったことだけれど、どうやら兄ぃもBBS患者だったらしい。
詳しいことはよく判らなかったけれど、ESPはテレポーテーションということだけは判明した。
だからあの時、俺は森の中に飛ばされたんだ。
俺達はいま、あそこから遠く離れた小さな村で細々と暮らしてる。
兄ぃのくれた薬は使ってない。
俺も智也もまだ青いままだ。
でも、それも気にならなくなった。
俺達は今生きてる。
それだけで充分だから。
「今年もきれいに咲いたね」
智也が嬉しそうに花を手にした。
リーダーが作った紫のバラは今でも枯れることなく、毎年見事に花を咲かせている。
普通のバラと違って棘はないけれど、それでも地に根を張って、生きてる。
きっとリーダーは、このことを言いたかったんだろう。
「たぶんね」
俺の想いが判ったのか、横にいた太一君がそう笑った。
Fin
やっと完成・・・・・・・・!!・・・・・・・・・それなのに寸詰まりな終わり・・・・(汗)
リクエストしていただいたはるのさま、お待たせしました!!
お気に召していただけましたでしょうか?返品可ですので、遠慮せず言ってくださいね。
気付いたらリーダーとぐっさんがあんなことになってしまっていました・・・・。
ていうかリーダーと長瀬が味噌っかすですね;;
T2と見直し隊に気を取られていたら、長瀬なんてホント脇役になってしまいました。
あと、BBSなんて、こんな病気実際にはないですよ;;
ヘモシアニンは実際にありますけどね。ヘモシアニンのくだりは事実です。
でもヘモグロビンとヘモシアニンが同時に存在して大丈夫なのか、とか、
ていうかヘモシアニンを作る遺伝子ができるかなんて解りませんから!
捏造の捏造です。
もしかしたらまた設定メモを載せた方が解りやすいかもですが、今回はやめておきます。
あ、でも、もし見たいという方がいらっしゃいましたら、言ってくだされば載せますんで。
一応ここではこれで言い訳は終了ということで・・・。
改めまして、はるのさま、リクエストありがとうございました!!
そして、12321打、ありがとうございました!!
2006/07/17
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