灯りを点けましょう
御花をあげましょう
さぁ、祝いましょう
今日は、楽しい楽しい祭りの日
s p a r e t h e r o d a n d s p o i l t h e c h i l d
「お若いんですね」
「よく言われます」
「陰陽師と聞いて、もっとお歳を召された方かと思っておりました」
「それもよく言われますね」
穏やかな空気の中、飛び交う言葉にはあからさまな棘が含まれている。
「お義母さん・・・・」
「当主・・・・」
城島に相対する女性の隣に座る娘が、松岡をチラリ見てから申し訳なさそうに声を上げた。
意図を読み取った松岡は、城島のスーツを少しだけ引っ張って窘める。
そして女性に向かって小さく頭を下げた。
これはこの何年かで兄代わりの国分から学んだ技だ。
こういった態度をとれば、多少は相手が自分に好印象を持ってくれる、らしい。
逆に城島が悪く見えるが、国分曰く、わざとやっているので気にしなくていいとのこと。
尊敬している城島が悪く見られるのは嫌な気分だが、
国分のすることは大抵間違ってないことが多いので松岡は素直に実践していた。
「とりあえず、お話聞かせていただけますか?」
胡散臭い笑みを浮かべて城島が話を切り出す。
女性は咳払いを1つして、胡散臭そうに話を始めた。
今日はこのままか、と松岡は小さくため息をついた。
去っていく女性の後ろ、娘が頭を下げてから走っていく。
終始笑顔だった城島は、2人の乗る車が走り去ってようやくグッタリした表情を浮かべた。
「あのオバサンしんどいわぁ」
「だからってあんな態度ダメでしょ!」
「キレんかっただけマシやと思ってぇな」
ため息をつきつつネクタイを緩める。そのまま元来た道を戻り出した。
「もー!ソンするのは茂君なんだからね!」
「あ〜あ、あんなに可愛かった松岡がいつの間にか太一みたいになってもうた・・・・」
小走りについてくる松岡の小言にさらにため息をつく。
その言葉を聞いて、松岡は頬をぷぅと膨らませた。
「俺は茂君が悪く言われたくないから言ってんのに!!」
「ん?僕のためなんか?」
「!!」
城島の問いかけに、松岡が驚いて固まる。
「それは嬉しいなぁ。ありがとな、松岡」
そうにっこり微笑むと、一瞬で松岡の顔が真っ赤に染まった。
「そ・・・・そんなんじゃないやい!!」
ばっちーん、と盛大な音が響く。
「〜〜〜!!」
勢いよく背中を叩かれた城島は、あまりの痛みにしゃがみこんだ。
「べー、だ!!」
叩いた本人の松岡はそう言って、依頼人と会ったファミレスに走っていく。
「・・・・無意識に山犬の力出しよって・・・・」
すぐには立ち上がれず、城島は駐車場のど真ん中でしばらく過ごしたのだった。
自動ドアが開くとともに、店員が出迎えた。
それに軽く会釈をし、松岡は店の奥に進む。
先に座っていた席を通り過ぎ、その2つ隣の席を覗き込んだ。
「兄ぃ」
「お、どうした。終わった?」
食事をしていた山口が振り返る。
そして松岡を見て笑顔を作った。
「うん」
先程とは打って変わってニコニコしながら山口の正面に座る。
テーブルの上の空になった皿の山を眺めながら頷いた。
「シゲは?」
「後から来るよ」
「ふぅん・・・・・・・・ん?お前力使った?臭うけど」
山口がスプーンを置いて鼻を鳴らす。その言葉に松岡は慌てて肩の辺りを鼻に押し付けた。
「あれっ?ホントだ」
「何か叩いたりしたか?」
「あ、今茂君たたいてきちゃった」
「それだな。気分で力加減バラけるのは後で困るぞ」
練習しとけ練習、と、山口はしょんぼりしていた松岡の頭を撫で回す。
「うわっ・・・・ガキ扱いしないでよ!」
「うるせぇクソガキ」
頬を赤く染めて噛みつく松岡に、山口は面白そうに笑った。
「おまたせ、達也〜」
その時ちょうど城島が現れた。
「おう、シゲ。クソガキに叩かれたらしいけど無事?」
「まぁ痛かったけど無事やで」
笑いながら城島は松岡の横に座る。
「せやけど、松岡〜!気分に任せて力使ったらアカン言うたやろ〜!無意識やったらもっとアカンで〜!」
城島はにこにこと笑ったまま、松岡の両頬をつねり、左右にびよんと伸ばした。
「ふわ、いひゃいいひゃい!ほめんなひゃい〜!」
涙目で謝る松岡に、城島はプッと吹き出して手を離す。
「何やったら智と翔みたいに、長野んとこに修行に行くかぁ?」
「絶対やだ!!」
「なら気ぃつけや」
そうして頭をポンポンと叩かれると、松岡は少し不貞腐れたように頬を膨らませた。
それに苦笑を浮かべながら城島は店員を呼ぶ。
コーヒー2つとオレンジジュースを1つ頼むと、背もたれに大きくもたれかかった。
「あ〜、疲れたぁ」
「何かまた変な臭いさせてたな、あの人等」
わざとらしく大きく溜め息をつく城島に、山口がそう笑った。
「確かになぁ。何か気付いたことあるか、松岡?」
出されたお冷やに口をつけていた松岡は、それを飲み込んでから首を傾げる。
「え?何かって何?」
「何でも。あの人達の話聞いてて思ったことでも、何か疑問に思ったことでもえぇよ」
「えー・・・・?」
松岡が悩んでいる間に注文の品が運ばれてきた。
店員が去っていってから、城島は自分の前のコーヒーと松岡の前のジュースを取り替える。
そしてストローを弄っていると、そういえばと声が上がった。
「ホコリっぽいニオイと防虫剤のニオイしたよね。あの服押し入れから出してきたのかなぁ?
あと、学校にある観察池みたいなニオイがした」
「臭いばっかじゃんお前。鼻だけに頼ってんなよ」
「だって気になったの!!あとは一瞬人形が視えた」
「人形?どんな?」
「?・・・・・・・・赤いやつ」
「こんなんやろ?」
テーブルに備え付けてあったアンケート用のペンと紙ナプキンを取り出して、城島は何かを書き付ける。
そこに書かれたのは二等辺三角形の頂点に丸が一つ。
「う〜ん、そんなんだったかな・・・・?」
「まぁ僕にも視えたからおんなじものやと思うけどな」
紙ナプキンをクシャッと握り潰しながら城島は言った。
「雛人形やね」
「どういう依頼?」
「夜な夜な怪奇現象が起こるんやと」
「夜中に金縛りにあって、そしたら髪の長い女の人が這ってきてたんだって、貞子みたいに」
「は?貞子?」
「あとで説明したるわ。その他にも近所に不幸が続いたり家族が体調崩したりしとるらしいわ。
あの娘さんも具合悪いみたいやったし」
「ふぅん。それは多分呪いだね」
つまらなさそうに山口が呟くと、松岡が驚いた顔をした。
「何で分かるの!?」
「え?勘」
「えぇ!?」
「ウソウソ」
声を上げた松岡に山口はゲラゲラと笑う。
「経験と知識に基づいた予想と言っておきましょうか」
「何それっ」
そのままじっと見るもそれ以上の返答をくれそうもない山口の態度に、松岡はムスッとして唇を尖らせる。
「じゃあちょっと準備してからお客さんちに行こか」
「準備?」
伝票を持って立ち上がった城島の提案に、松岡は尖らせていた唇を元に戻して首を傾げた。
* * * *
辺りは寝静まり、微かな虫の声だけが響く。
街灯も一時消される丑三つ時。
突然に、その部屋の中に生温い風が吹いた。
窓は開いてはいない。
寝苦しいのか、ベッドにある布団の膨らみがもそもそと動く。
その時、遠くの方から何かを引きずるような音が聞こえてきた。
ずるり。ずるり。
湿り気を持った何かが移動しているような音だった。
「ん・・・・・・」
寝返りをうった拍子に、長い髪が掛け布団の下から少し覗く。
どうやら眠っているのは女性のようだ。
ギシ。
部屋の外の階段が音を立てた。
ギシリ、ギシリと軋みを上げて、何かが昇ってきている。
同時に先程の水音も聞こえてきた。
一段一段、何かはゆっくりと昇ってくる。
そして階段を昇りきったらしいそれは、再び引きずるような音を立てた。
廊下を歩いているようだ。足音は次第に近づいてくる。
ベッドの主は目を覚ましたらしい。
寝返りもうたず、一定の姿勢でじっとしている。
そして、足音は部屋の前で止まった。
カチャリと音を立ててドアノブが回される。
ゆっくりと扉が開き、足音の主が部屋の中に這入ってきた。
全身に鳥肌が立つ。冷や汗で背中が冷たく感じた。
ズルズルと引きずる音がすぐ傍で聞こえたと思った瞬間、何かが足を掴んだ。
「・・・・・・ひっ!」
冷たく濡れた感触に引き攣った悲鳴を上げて足を引っ込めるが、掴む力は強くて離れない。
「・・・・・・さっ・・・・・触んな!気持ち悪ぃ!!!」
布団が勢いよく捲り上げられる。
ベッドで眠っていた人物は掴まれていない方の足でそれを勢いよく蹴っ飛ばした。
【ぎゃっ!】
まさか蹴られるとは思っていなかったのか、それは勢いよく吹っ飛んで壁にぶち当たる。
そして小さな悲鳴を上げて部屋から逃げていった。
「しまった!何にもしないでいなきゃいけなかったのに!!」
長い髪を揺らして、ピンクのレースの付いたパジャマを着た松岡が、顔を青褪めさせて部屋から飛び出る。
廊下を移動する黒い影を見つけて、全速力で追いかけた。
しかしワンピース型になっている服のせいで上手く走れず、思うように追いかけられない。
次の瞬間、服の端を自分で踏み付けて勢いよく転んだ。
「・・・・・・・もー!ヤダ!!この服めんどくせぇ!!!」
それでも脱がずに黒い影が逃げ込んでいった部屋に走っていき、扉を開く。
「お前何で蹴っちゃうかね〜」
その部屋の中では山口が黒い影を踏みつけながら、松岡を見て楽しそうに笑った。
「我慢しろって言っただろ」
「だ・・・・だって気持ち悪かったんだもん!」
「あかんなぁ〜。罰として写真撮っとこ」
顔を真っ赤にして反論した松岡の横から城島の声がして、驚いてそっちを見た瞬間に煌々とフラッシュが光った。
「あー!!!」
カメラだと気付いた瞬間に、物凄い瞬発力で城島の持つカメラに手を伸ばしたが、
それを上回る速さでカメラは片付けられてしまった。
「カメラ出してよ!」
「嫌や〜。まぁ、それは後にして、今はここ片付けよか」
むっと膨れる松岡を適当にあしらって、城島は部屋の隅を見る。
大きめのベッドの上、端の方に依頼主の娘が真っ青な顔で身を縮めて座っていた。
「え!?」
「さて。松岡はちょっと外出とってや〜」
「えぇ!!?何で!!?」
松岡の抗議は無視されて、部屋の外に追い出された。
「何で俺外なの!!?」
「・・・・・・・・何か出てきたら捕まえて、絶対に逃がしたらあかんで」
城島が文句を言う松岡の耳元でそう囁いて背中を軽く叩く。
「え?」
松岡が聞き返すと同時に部屋の扉が閉められた。
「ちょっ・・・・・・茂君!なに・・・・・って!!」
閉められた扉に触るとパチッと音がして、指先に痛みが走る。
「・・・・結界張ってあるし!もー!」
むっとして、けれども仕方ないので扉の正面、廊下の壁にもたれて座った。
そして両手をマジマジと見つめ、握ったり開いたりを数回繰り返す。
「・・・・・・・・・封印解けてる?」
指先に意識を集中すると、爪が鋭く伸びた。同時に背筋をピッと伸ばして扉を凝視する。
普段は封印されている山犬の力を解放されて部屋の外に待機させられているのは、
俺なら絶対に出てくる何かを捕まえられると信頼してくれているからだ!
今の自分の状況からその考えに至って、松岡は嬉しさと緊張で頬を少し紅潮させた。
「ぜったい失敗しねーし!」
そう勢い込んで、約1時間。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
待てど暮らせど何かが出てくる気配は針の先ほどもない。
いつでも飛び出れるように待機していたが、それも少し草臥れてきた。
封印を解いてもらったことを利用して聞き耳を立ててみたが、部屋の中の音は全く聞こえない。
その内に、またからかわれてるのかもしれないとだんだん不安になってきた。
落ち着かなくて扉の前をウロウロと歩き回る。
と、その時だった。
家が揺れるほどの振動と共に爆発のような音が響く。驚いて肩を縮めた瞬間、勢いよく扉が開いた。
「!!!」
扉の方を見たと同時に宙に手を伸ばす。
そして視界の隅に映った、物凄い速度で飛んでいこうとする黒い影を握り締めた。
掌に収まるサイズのそれを自分のほうに引き寄せる際、力を入れすぎたのか、潰れる感触がした。
「ぎゃっ!?」
握り締めた掌の中身を確認するかしないかで迷った瞬間、部屋の中から城島が顔を出した。
「捕まえたか松岡!?」
「こっ・・・これっ・・・・・・!!」
何となく分かる虫のようなものが潰れたような感触が気持ち悪くて真っ青になりながら、松岡は手を差し出す。
「あー。
2006/08/16