「ごめんね。ごめんね、昌宏」
目に涙を溜めて、線の細い母は、俺にそう言った。
「守ってあげられなくてごめんね」
俺はまだガキだったから、意味なんて判らなかった。
「ごめんね。でもこれだけは忘れないで」
そして母は、俺を抱きしめて泣いた。
「貴方を誰よりも愛してるわ」
それが記憶に残る、最後の母の姿と言葉だった。
N o t h i n g v e n t u r e d, n o t h i n g g a i n e d
「仲良くしたってくださいね」
そうやって紹介された彼の第一印象は、薄い目の色だ、というものだった。
「俺まだ会ってないけど、どんな奴なの?何でウチ来たのさ」
「山犬の玄孫やて」
「やしゃご?」
「孫の孫だよ」
城島の言葉にまだ幼い少年が首を傾げた。
太一は説明しながらその子が完成させたプラモデルを持ち上げてみる。
「松岡の家系は特殊でなぁ。曾々祖父さんが山犬やったんやて。
でもその娘や孫にはぜんぜん受け継がれんかったらしい。でも玄孫のあの子に色濃く現れてもうた、と」
「いぬなの?」
「ちゃうよー、智。ちゃんと人間やで。でも犬に変身できるんやって」
「へんしん?すごーい」
城島の説明に智は目をきらきら輝かせた。
「また後で光ちゃんが連れてくると思うわ」
「智良かったな。またお兄ちゃんができるってさ」
「しょーくんにも?」
「おう。翔にも」
「しょーくんにいってくるー」
そして智はぱたぱたと小走りで部屋を出ていった。
「・・・・・・・・アイツ器用だなぁ」
「え?もう完成させたん?結構細かかったんに」
太一の呟きに、城島が手元を覗き込む。
「しかも切り口とかキレイだし」
「もうはめ込み式のプラモデルじゃあかんな」
苦笑混じりに城島は、智の完成させたロボットの人形を眺めた。
「翔は作れないのにね」
「ホンマやわ」
苦笑いを浮かべながら、2人はもう1人の少年のことを考えた。
その報告を聞いて、少年は顔を輝かせた。
「さとしくん、ホント!?」
「うん。しげるくんとたーちくんがいってた」
「へんしんすげー!かっこいい!」
「うん」
わくわくした表情で声を上げる少年に、智もつられて目を輝かせる。
2人で廊下に出て、襖を閉めようとした時、庭からガサガサと低木が揺れる音がした。
突然のそれに、2人は一瞬で表情を強ばらせて音のした方を見る。
「・・・・・・・・しょーくん・・・・・・・・」
「おばけかな・・・・・・・・」
音は段々と大きくなって、近付いてきているようだった。
どちらからともなく寄り添い合い、表情を強ばらせたまま植木を見つめた。
2人が息を飲んだ瞬間、植木の影から白い三角が2つ覗く。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
そして顔を出したのは、白い大きな犬だった。
「・・・・・・・・いぬ?」
翔が呟く。
同時に犬は歯を剥いてぐるぐると唸り始めた。
「「きゃあああ!!」」
咬まれると思った2人は悲鳴を上げてくるりと背を向ける。
そして屋敷内に向かって走り出す。
しかし走り出す前に、智が盛大に転んだ。
「さとしくんっ」
怖くて半泣きになりながらも、翔が戻ってくる。
背後でガサガサと音がして、犬がこっちに来ているようだった。
「・・・・・・・・いたい・・・・・・・・」
体勢を直したが、その場に座り込んでしまった智が、血の滲んだ膝を眺めながらしくしくと泣き出す。
どうすればいいのか判らずに目を潤ませたまま、翔が智の横に座り込んだ。
そして突然視界が陰る。
「「?」」
2人で顔を上げて、そのまま固まった。
目の前に、大型犬よりも一回りも大きいあの白い犬がいた。
恐怖で声も出ない。
年齢にしては小柄な方の2人には熊みたいに見えた。
しかし次の瞬間。
「・・・・・・・・ぅ・・・・・・・・」
その犬が智の頬を舐めた。
「・・・・・・・・」
意味が分からなくて固まっていると、犬が膝の匂いを嗅いで、ぴすぴすと鼻を鳴らす。
2本ある尾を垂れ下げて、その場をうろうろし智と翔の間に伏せってしまった。
「・・・・・・・・しんぱいしてる・・・・・・・・?」
智が小さい声でそう呟くと、犬は智の腕に顔を寄せる。
横でやりとりを見ていた翔がドキドキしながら犬の頭に手を伸ばした。
そしてその頭をそっと撫でると、犬は翔の方を振り返って手を舐める。
2人は目をキラキラさせて顔を見合わせた。
「あれー?大野と櫻井はおらんのですかー?」
突然開いた襖の向こうに現れた青年の様子を確認して、茂と太一は声にならない悲鳴を上げた。
「光ちゃん手ー!!!!」
「血が出てんじゃん!!!!」
「あはは、大丈夫ですよ、こんくらい」
「明らかに大丈夫じゃない出血だろー!!!!」
光一ののんびりとした反応に、太一が怒声を上げる。
茂が慌ててタオルを出してきて、血の流れる光一の腕を拭いた。
「ありがとうございます、茂君。大丈夫ですよ。後で剛に治してもらいますんで」
「何でこんな怪我してん」
「それなんですけど、頼まれごとしてもらえませんか?」
もらったタオルで手を押さえながら光一は2人の顔を見る。
「?」
「何」
「松岡君、逃げちゃったんで捕まえてください」
えへ、と笑った光一に、茂は顔を青くし、太一は目を吊り上げた。
「いや、ちょっと目を離した隙にガブーとやられまして。
結界張ったから敷地外には出れませんけど、多分俺嫌われちゃったんやないかなー」
「かなーじゃねぇよ!!」
「とりあえず、俺は治してもらってきますんで、あとお願いしますねー」
そう言って、2人の返事も待たず部屋を出ていく。
「え、光ちゃ・・・・・・・・・・」
茂が手を伸ばすが追いつかず、襖が閉まった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・茂君、松岡君の顔は覚えてる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・覚えとるけど、人の姿なん?」
「は?」
「光ちゃん咬まれたんやろ?あの穴は人間の歯やないで」
「・・・・・・・・あー、犬ってこと?」
「多分」
2人は顔を見合わせて黙り込む。
「・・・・・・・・・・サイズはどれっくらい?」
「大人の山犬で馬サイズ」
「・・・・・・・・・・松岡君って幾つ?」
「僕と7つちゃうから、10くらい」
「大型犬サイズか・・・・・・・・・。捕まえられる?」
「無理」
そして再度沈黙した。
その時。
「ただいまーって、お?何してんだ、2人して」
鼻唄を歌いながら部屋に入ってきた山口が、重い雰囲気に首を傾げる。
「山口君」
太一が声をかけると、茂がじっと山口を見た。
「何?」
「・・・・・・・・達也っ!」
そして突然山口に泣きついた。
「ぅお!?どうした!!?」
「・・・・・・・・・白いでっかい犬が庭におるん・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・捕まえればいいのか?」
山口はしゃがみ込んで、茂と視線を合わせる。
そう訊くと、茂は小さく頷いた。
「じゃあ捕まえてきてやるよ」
「ホンマ!?」
「ああ、そういう仕事は式神の役目だろ?」
茂の言葉に、山口は自信満々に微笑む。
「・・・・・ありがとう達也!大好き!!」
そう言って、茂は山口に抱きついた。
「任せとけ」
抱きついてきた小柄な身体を抱きしめ返して、山口は立ち上がる。
「あ、でも可哀想やから、怪我させんでな!捕まえて、連れてきて!」
「分かってるよ」
茂の言葉にそう返して、山口は部屋を出て行った。
その背中を2人で見送る。
足音が聞こえなくなってから、くるりと茂が太一を振り返った。
「成功」
にこやかに笑って太一にピースサインを見せる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「やー、やらせるのとやってもらうのと、結構ニュアンスちゃうもんなぁー。
やっぱ自主的にやってもらった方が気分的にええやん?」
さっきまでのしおらしい態度とは打って変わったその様子に、太一は眉を寄せた。
「・・・・・・・・・・・・・・・(・・・・・・・・・・・・・・光一に似てきてるなぁ・・・・・・・・・・・・・)」
内心そんな事を思いながら、小さくため息をついた。
意気揚々と出てきたものの、大きな犬としか情報がない。
「・・・・・・・・・・犬、ねぇ」
仕方がないので庭に出る。
力を封じられている今は、ほとんど人間と変わらない。
臭いで探すのも難しい。
「勘でいくか」
そう呟いて植木の中に突っ込んでいった。
「ありがとー」
智が犬の首に抱きついてそう言った。
犬が智を背負って水道のあるところまで連れてきてくれたのだった。
翔が蛇口を捻って水を出す。
怪我をした足を引きずりながらそちらに行き、血を洗い流す。
【ハンカチある?】
洗い終わった時、そんな声が後ろから聞こえた。
「はんかちあるよー」
翔がポケットからハンカチを出して振り返り、首を傾げた。
「あれ?」
その声に智も振り返る。
そこにいたのは白い犬だけ。
「?」
【貸して】
声とともに犬の身体が白く光る。
2人が眩しくて目を閉じ、開いた時には自分達よりも頭一つ分くらい背の高い少年が立っていた。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
口を開けて呆然と見つめる2人をよそに、彼は翔からハンカチを取って智の膝に巻いて縛る。
「ごめんな、おどろかせちゃって」
そのまましゃがみ込んで小さく呟いた少年に、智もしゃがんで顔を覗き込んだ。
「まつ・・・・・・・・・・にぃ?」
「・・・・・・・・・・へ・・・・・・・・・・?」
「たーちくんがねー、にぃちゃんできるんだよー。にぃちゃんへんしんできるんだよーって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う、ん。たぶんそれオレだと思うけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少年の答えを受けて、智と翔の顔が輝く。
「まつにぃありがとー」
「まつにぃすごいね!」
2人の態度に、今度は彼が面食らった。
「・・・・・・・・・・怖くねぇの?」
「こわくないよ。だってまつにぃやさしーもん」
ねーと智が翔を見て首を傾げる。
翔もぶんぶんと首を縦に振った。
「・・・・・・・・・・まつにぃって何・・・・・・・・・・」
「まつにぃはね、ぼくとさとしくんのおにぃちゃんなのー。だからまつにぃなの」
幼児2人の返答は彼にはいまいち理解できなかったが、好意を持ってくれていることは理解できた。
「・・・・・・・・・・名前何?」
「さくらいしょうです!」
「おーのさとしです」
ニコニコ笑う2人につられて彼も笑う。
「ごめんな、転ばせちゃって」
「いいのー」
「まつにぃまつにぃ!まつにぃはへんしんできるんでしょー?」
突然絡んできた2人に驚きながらも、彼はその相手をし始める。
その時、ガサガサと植木が音を立て、そして山口が顔を出した。
「お?大野と櫻井じゃねーか。何してんだ?」
「あ、ぐっさんだー」
「ぐっさーん」
山口の姿を確認し、2人が走っていって飛びつく。
「ぐっさんて何だよ」
「こーいちくんがいってたー」
2人を抱き抱えながら、苦笑しつつ山口は2人の話を聞いていた。
そして少年に気付いた。
「お?誰だお前」
瞬間、少年が表情を強ばらせる。
そして一瞬で犬の姿になって反対方向に走り出した。
「あ!お前か、白い犬!!」
山口は慌てて2人を地面に降ろし、それを追って走り出した。
風を切る音が耳を過ぎていく。
ようやく見えてきた塀に向かって一目散に走り抜ける。
「待てっつってんだろ!!」
そんな声とともに尻尾の片方が掴まれた。
ガウッ
あまりの痛みに振り返って咬みつく。
「いってぇな、このクソガキ!!」
力一杯咬みついた腕を振られて、勢いよく飛ばされた。
しかしその勢いを利用して、彼は塀を飛び越えようとする。
「しまっ・・・・・・・・・・!!」
瞬間、バチンと耳障りな音がして、犬は塀の傍から吹っ飛んだ。
「お、結界張ってあんのか」
ニヤリ笑って山口は、目を回している犬に向かう。
その時、犬の身体が光って、少年の姿に戻った。
頭を振って山口を見、そのまま山口の方に走り出した。
「!?」
山口は一瞬足を止める。
少年は突然自分の前の空を掴む。
そして足を止めて、綱引きのように引っ張るような仕草をした。
その瞬間。
「何や・・・・・・・・・・っうおぁ!!!?」
足を何かに引っ張られて、山口はバランスを崩した。
倒れはしなかったものの、その一瞬の隙に少年は犬の姿に戻って走り出す。
しかし。
【!!!】
突然動きを止め、その場に倒れ込んだ。
「?」
山口が走って近付くと、人間の姿に戻っていた。
「おい?どうした?」
しかし、胸を押さえて丸くなり、肩で荒く息をしている。
「おい!大丈夫かっ!?」
抱え上げて揺するが反応がない。
真っ青な顔色に、山口は舌打ちをした。
「・・・・・・・・・・ったく何なんだよコイツ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」
悪態を吐きながら背負い、ふと微かに漂う臭いに振り返る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山犬の混血か。なるほどね」
そう呟いて、山口は元来た道を戻った。
『人間じゃないな』
『山犬でもないのか』
蘇ってくる、投げつけられた言葉達。
『中途半端だな』
うるせぇよ
何で見ず知らずのアンタ等にそんなこと言われなきゃなんないんだ
オレはオレだ
『ごめんね。ごめんね、昌宏』
──── 母さん
『守ってあげられなくてごめんね』
何言ってんの
オレがいないと泣いちゃうのは母さんの方でしょ
こんなとこにいちゃダメだ
母さんが泣いちゃう
早く
早く帰らなきゃ
「あ。起きた」
瞼を開くと同時に合った視線は、すぐに逸らされる。
「起きたよ」
太一は少年が起きたことを確認して振り返った。
「ホンマ〜?」
彼は恐る恐る身体を起こすと、部屋の様子を見渡し、寝かされていた布団から飛び起きた。
「あっ!あかんて!!まだ寝とらな!!」
少年の様子に慌てて茂は声をかける。
その一瞬少年の動きが止まり、今度はその顔が真っ青になった。
そして部屋から出ようと襖に触れて、走った電流に小さく声を上げた。
「出れへんよ。結界張ってあるから」
「・・・・・・・・・・変われない・・・・・・・・・・なんでっ・・・・・・・・・・」
少年は茂の言葉も聞かず、狼狽えた様子で自分の身体中を撫で回す。
「悪いけど、力も封印させてもろたで」
「!?」
「変身はかなり身体に負担かかっとるから。君がさっき倒れたのもそのせいや」
「うるせぇ!!どいつもこいつもオレにへんなこと言いやがって!!
出せよ!!こっから出してよ!!早く、早く母さんのとこ行かなきゃいけないんだ!!!!」
茂の言葉を受けて少年は大声を上げた。
その内容に茂は表情を曇らせた。
「・・・・・・・・・・松岡君」
「出せよっ!!なんで戸がバチバチするんだよ!!」
「・・・・・・・・・・君のお母さん、亡くなられたんよ」
「はや・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・?」
少年は動きを止めて茂を見つめる。
「君のお母さん、病気やったんやて。お父さんも亡くなられたばっかやろ?
君のお母さん、君のこと心配して、ウチに預け」
「ウソだ!!!!」
茂の言葉を遮って、少年はそう叫んだ。
「ウソだウソだウソだ!!そんなこと言ってオレをだまそうとしてるんだろ!!
オレがへんだから母さんのとこにいさせてくれないんだ!!」
少し目を潤ませながら少年は続けた。
「と・・・・・・・・・・父さんとやくそくしたんだ!!母さんを守らなきゃ!!
だって母さん、すぐ泣いちゃうから・・・・・・・・・・オレが守らなきゃいけないんだ!
だって・・・・・・・・・・だっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何も言わない茂に、ようやく事態を理解したのか、少年は怯えた表情で部屋の角に身を寄せた。
「・・・・・・・・・・ウソだ・・・・・・・・・・だって2人でがんばろうって・・・・・・・・・・母さん言ったもん・・・・・・・・・・」
頭を抱えてうずくまる少年の傍に、そっと茂が近付く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っくんなよ!!こっちにくんな!!さわんな!!」
茂の手を振り払い、結界の張られた襖を叩き始めた。
「出せよ!!出して!!母さんが死ぬもんか!!会わせてよ!!」
「松岡君っ!!」
焼けるような臭いがした。
茂が慌てて少年を襖から引き離す。
「・・・・・・・・・・っさわんな!!」
少年は暴れるが、茂は手を離さない。
「イヤだ!!はなせっ!!」
離そうとしない茂の腕に、少年はおもいっきり噛みついた。
「いっ・・・・・・・・・・!!」
「シゲっ!!」
「茂君っ!?」
悲鳴を上げたその後ろで、控えていた山口と太一が立ち上がる。
「ええからっ!!」
飛び出してこようとする2人に、手を出すなと指示を出した。
その指示に、山口は表情を歪めて、太一は心配そうにしながらもその場に腰を下ろす。
「・・・・・・・・・・痛ない痛ない・・・・・・・・・・」
痛みで涙目になりながら、茂はそう呟いた。
「・・・・・・・・・・君の痛みに比べたら、こんなん屁でもないわ」
そして少年の頭に、噛まれているのとは逆の手を乗せる。
「守りたいモノ守れんのは悔しいよな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕も、守れんかってん。父さんも母さんも・・・・・・・・・・」
茂の言葉に少年の肩が揺れる。
「やから君の悔しい気持ちも辛い気持ちも解るつもりやで」
ウェーブのかかった黒髪を、その手が撫でた。
少年がゆっくりと口を離して茂を見上げる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悲しいな」
そう言った表情を見た瞬間、少年は大声を上げて泣き始めた。
茂はそのまま少年を自分の方に引き寄せて、抱き締める。
茂の服を握り締めて、声を押し殺しもせずに泣き続ける少年を、彼が泣き疲れて眠るまで、ずっとそのままでいた。
襖が静かに開いた。
「落ち着きました?」
入ってきた男の言葉に、少年は窓の外に向いていた視線を向ける。
「すっきりしはったみたいですね。良かったです」
窓枠に腰掛けている少年の傍に寄り、その場に腰を降ろした。
「これからどうしますか?」
そして少年に問いかける。
「君のお祖父さんのお祖父さん・・・・・・・・・・白主殿はまだご存命ですから、そちらに行きま」
「ここがいい」
男の言葉を遮って、少年は答えた。
「あのへにゃっとした人のとこがいい。それがダメならオレは死ぬ」
男を真剣な目で見据え、そう言った。
「・・・・・・・・・・それで良いんですか?」
「いい」
絶対に譲らない、という意志の見える視線に、男は笑った。
「解りました」
山口が鼻唄を歌いながら部屋に入ると、本を読んでいる少年が顔を上げた。
「あ?・・・・・・・・・・・ここで何やってんだ、クソガキ」
「クソガキじゃねーもん。オレにはちゃんと松岡昌宏って名前があるんだから名前でよんでよね」
本を閉じて無愛想な表情で、不躾な態度でそう言う。
その言葉に、山口はニヤリと笑った。
「はぁ〜?おっ前幾つだよ」
「10歳」
「はんっ!まだまだガキもガキじゃねーか!俺の10分の1も生きてねーし」
「もうガキじゃねーよ!」
ゲラゲラ笑う山口に、少年は噛み付くように反論する。
「ムキになってる時点でガキなんだよ」
「ムカつく!おっさんのクセに!」
「何だと〜!!」
山口は少年の足を引っ張って自分の方に引き摺り寄せ、ヘッドロックをかける。
「うわぁ!!?」
「年上への口の利き方ってもんがあるだろ〜?」
「いたいいたいいたい!!おっさんのクセにおとなげねー!!」
「生意気なこと言うのはこの口か!!」
その時、襖が開いて茂と太一が入ってきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何しとん?」
「んー?ちょっと親睦を深めてみようかと」
「うひょふへ!ふひになっひぇんのはどっちだひょ!」
にっこり微笑む山口とは対照的に、両頬を摘まれた少年は涙目で講義するが言葉になっていない。
「程々にしてやってやー。これから一緒に暮らすんやから」
シゲルが苦笑交じりにそう言うと、山口はようやく手を離す。
少年は真っ赤になった頬を手で触れながら、ガキはどっちだよ、と小さく一人言ちた。
「あー?」
「・・・・・・・・・・・なんでもないです・・・・・・・・・」
「松岡君、これからよろしゅうな。改めまして、僕は城島茂です」
「松岡昌宏です。・・・・・・・・・きのうはかんでごめんなさい」
俯いて、視線を逸らして、少年は申し訳なさそうにそう言った。
「気にせんで。こっちも怖い思いさせてゴメンなー」
茂はそう言いながら少年の頭を撫でる。
少年は恥ずかしそうにさらに俯いた。
「ところで松岡君。訊きたいことあるんやけど、ええ?」
突然の言葉に、少年だけでなく山口と太一も一緒に首を傾げる。
「?」
「何で光ちゃん咬んだん?」
「・・・・・・・・・・・こうちゃん?・・・・・・・・・・・・・・光一ってヒト?」
その問いかけに茂が頷いた。
「かめって言われた」
「「「は?」」」
少し考えてから少年が答えると、3人が声を揃える。
「かんで、そのすきににげて、にげきったら好きなところ行っていいよって。
つかまったらあのヒトの言うところに行ってもらうっよって。
あと、とちゅうでキンパツのこわいヒトがおいかけてくるから、
もしそのヒトからにげれたら、言うこと1つ聞いてあげるって言われた」
そして3人の顔を見て、2人が妙な笑顔を浮かべていることに首を傾げた。
「?」
「そーなんやー。それホンマの話ー?」
「うん」
「・・・・・・・・・・・金髪の怖いヒト、ねぇ」
「ピアスしてるって言ってたからたぶんアンタのことだと思う」
ふぅんと見事なアルカイックスマイルで返事をし、山口は茂を見た。
「なぁ、シゲ。確かこれから用事があったよなー?」
「そうやねぇ、達也。ちょっと光ちゃんに会いにいかなあかんかったわー」
ウフフアハハと笑い合い、少年と太一を見る。
「ということで、僕らちょっと用事してくるから、2人ちょっと待っとってくれる?」
「?・・・・・・・・・うん。いいよ」
「・・・・・・・・・・いってらっしゃーい」
太一が手を振ると、2人で勢いよく部屋を出て行った。
「・・・・・・・なんなの?あれ」
「知らねーほうがいいよー」
首を傾げる少年に、太一がため息をつく。
「へんなの」
「ここにいるつもりなら覚悟しとけよー。ちなみに俺は国分太一ね」
そう言って少年の頭をポンポン叩いた。
「・・・・・・・コクブンタイチ、コクブンタイチ・・・・・・・・・」
少年は小さい声で憶えるように名前を繰り返す。
「そういえば山口君には勝ったの?」
「・・・・・んー、そーみたい。いっぺんつかまったけど、にげれたからかったことになるんだって」
「へー。じゃあ何お願いしたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ひみつ」
はにかんだように笑って、立てた人差し指を口元に持っていく。
その仕草を見て、10歳らしく笑えるじゃんと太一も小さく笑った。
「とりあえず智と翔に会いに行く?」
「いるの?」
「出会い頭に懐かれたんだって?松兄ぃ」
笑いながら少年の頭を再度ぽんぽんと叩く。
「なんでオレだけまつにぃなの?
さっきのヒトはしげるくんで、きんぱつはぐっさんで、国分さんはたーちくんなのに・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・俺が兄ちゃんって言ったからかな。あ、あと、太一でいいよ。俺は」
首を捻りながら太一は襖を開けた。
「行くぞー」
「あ、まって、こ・・・・・・・・・たいちくんっ」
あせった表情でパタパタ走って追いかけてくる少年を、足を止めて待ってやりながら太一は内心嬉しく思った。
(・・・・・・・・・ひよこみてぇ・・・・・・・・・)
クスクス笑っていると、後ろからついてくる少年が首を傾げた。
「おもしれーな、お前」
「なに、いきなり」
「べっつに〜」
そう言葉を濁す太一に、少年は少しだけ膨れっ面になる。
太一はその少年の髪を、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜた。
「・・・・・・・・・あの頃は可愛かったのになぁ、お前・・・・・・・・・」
「は!?いきなり何言ってんの太一君!!」
熱でもあるの、と心配そうに太一を長身が覗き込む。
「・・・・・・・・・こんなにでっかくなっちゃって・・・・・・・・・おにーさんはショックだよ・・・・・・・・・」
そう言ってテーブルに突っ伏す太一。
「夢の中に出会った頃の松岡が出てきたんやて」
「へぇ」
「へー。ちっちゃいマボ、見てみたかったなー」
3人の言葉をよそに、松岡は太一の周りを心配そうにウロウロする。
そんな出会いのお話。
祝☆一発目!
「松岡が城島家に預けられたときの話」ということで、こんなんできましたー。
ちっちゃい紫さんは難しかったです。
実はちっちゃい紫さんはぶん氏のひよこ状態だった&ぶん氏は躾係だった、という設定が。
まさに刷り込みです(笑)
ちなみにシゲさんには惚れてる(変な意味じゃなくて)ので、恥ずかしくて近付けないのです。
陰陽師シリーズも、ホントにリクエストだけで世界が広がってきてますね!
不思議な感覚です。でもそれが面白いです!
お待たせしました!!
いかがでしょうか、雪那さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!
2007/11/29