「いってらっしゃい」
そう言って3つの小さな背中を見送ったのは3ヶ月前のこと。






Buon Natale!






「早いなぁ、3ヶ月って」
ぽつり漏れた呟きに、ヤマグチは頭を上げた。
「そうだね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でもその台詞、親父臭いよ」
同意を示しながらもからかうと、睨みを利かせた視線が返ってくる。
「どれだけ大きくなってると思う?」
冗談だよと笑い、窓を拭きながらヤマグチは問いかけた。
「せやなぁ・・・・・・・・・・。今の時期の3ヶ月って大きいからなぁ」
ジョウシマがランプの埃をふき取りつつ首を傾げる。
「賭ける?誰が一番でっかくなってるか」
指紋が消え去ったガラスを眺めて満足そうな笑みを浮かべ、そのままヤマグチはジョウシマを振り返った。
「賭けにならへんよ。どうせマサヒロに賭けるやろ?」
「や、俺はトモヤに賭けるよ」
ヤマグチの言葉に、ジョウシマは一瞬呆けた表情を浮かべた。
「そうなん?やったら何賭ける?」
そしてニヤリ笑みを浮かべて、早速賭の内容に触れ始める。
「じゃあもし俺が勝ったら、アナタの秘蔵の酒を一瓶もらおうかな」
「えぇよぉ。やったら僕はどないしょうかなぁ」
鼻唄を歌いながらヤマグチから雑巾を受け取り、ジョウシマは流しに歩いていく。
どことなくガニ股に、左足を引き擦ってヒョコヒョコ歩く後ろ姿を苦笑混じりに眺め、ヤマグチは本棚の整理を始めた。






内戦が終わりを告げて3年あまり。
復興したと言っても、未だ親亡し子は数え切れない。
路上には、帰る家を無くした子供たちが集団を作り、走り回っていた。
一方で、親を亡くした子が多いのと同様に、子を亡くした親も多い。
彼らは目をストリートチルドレンに向けた。
一時に比べて孤児の数が激減したのは、これが要因だったと言える。

ジョウシマとヤマグチもその中の一人だった。
内戦中に子供を亡くしたわけではなかったが、兵役から降りた後、彼らは3人の孤児を引き取った。

この国では11歳になる年から、子供たちは全寮制の学校に通うことになっている。
2人が引き取った子供たちも例外無く、一番下の子は今年から同じ学校に入学した。

今日はクリスマスイブ。
3人の子供たちは、冬休みの始まりの日である今日の午後、家に帰ってくることになっていた。






「バスが着くの何時だっけ」
掃除を終え、時計を見ながらヤマグチが訊いた。
「広場に3時やろ」
「今11時か。プレゼントどうする?」
「あー、どないしよう?僕の部屋に隠しとけばバレんと思うけど」
「アナタの部屋絶対覗かないもんね、アイツら。何がいいかな?今から見に行こうよ」
「ええねぇ」
一服してしまう前に、2人とも立ち上がる。
簡単に確認だけ済ませ、防寒具を身に着けて外に出た。
「ぅおー、寒いわぁ」
「雪ちらついてるよ」
家から出た途端に悲鳴を上げたジョウシマに、ヤマグチが苦笑を浮かべる。
空を見上げると、灰色の雲が一面を覆っていた。
今年も多く降るだろう。
「ねぇ。イルミネーション見てかない?俺今年ちゃんと見てないし」
「ええよ。ついでにお昼もどっかで食べよか?」
「いいね」
玄関に鍵をかけて、のんびり歩き出すジョウシマを少し大股に追いかける。
出兵中の怪我のせいで早く歩けない彼に歩調を合わせて、ヤマグチは周囲に目を向けた。
ようやく生活必需品が満ち足りてきた街は、未だに空爆によって壊れた建物の修理が間に合っていない部分がある。
それでもクリスマスに向けて賑わう人々の顔には内戦の影は見当たらなかった。
「あ、シゲ、ほら。あの飾りスゴくね?」
「おぉ、今年はまたスゴいの作ったなぁ」
去年もデカかったけど、と言いながら、屋敷の玄関先に飾られた色とりどりのリースを眺める。
街一番の屋敷だけではなく、どの家も出来る限りのクリスマスの飾り付けを楽しんでいる。
横を走り抜けていく子供たちの歓声を聞きながら、ヤマグチは小さく笑った。
「俺この賑やかさ、好きだな。何か楽しくない?幸せしかない」
「同感。僕は人混みはあんまり好きやないけどね」
「生きてるって実感するよ。生きてて良かった」
「ぐっさんは最前線にいたもんなぁ」
「シゲも災難だったね、それ」
「しゃーない。これだけでタイチが死なずに済んだんだから、万々歳やろ」
にっこり笑ったジョウシマに、同意を示しながらも微妙な笑顔を浮かべた。
「あ、プレゼント、ここで見ぃへん?」
途中見つけた雑貨屋に、ジョウシマは楽しそうに入っていく。
それについて、ヤマグチも店のドアベルを鳴らした。

「あ、これタイチ好きそう」
「これとかトモヤ喜ぶんじゃね?」
「あー。それっぽいかも。マサヒロは何がええかなぁ」
「アイツ前包丁欲しいとか言ってたぞ」
「子供らしないなぁ」
「妙なところでガキなんだよ、アイツらはさ。ガキ扱いはご法度でしょ?」
「ホンマやわー」
クスクス笑いながら店内を見て回る。
子供が喜びそうなものが所狭しと並んでいる棚の隙間を、子供連れの親子が通り過ぎていった。
まだ就学前なのだろう。
街中にも、就学前の小さい子供の姿しか見られなかった。
「ここで買ってまう?まだ見てみる?」
「でも、ここ以外つっても他に玩具屋なんてねーし。ここで見繕えばいいと思う」
「せやね。ちゃんと包んでもらおうなぁ」
楽しそうにジョウシマが店の奥に進んでいく。
クリスマスを一番楽しみにしているのはこの人かもしれない、とヤマグチは思った。

元々、ジョウシマ自体も戦災孤児だったらしい。
本人がはっきりとそう言ったわけではなかったが、ヤマグチはそうなんだろうと結論付けていた。
出兵中にたまたま知り合って仲良くなって、その内にポツリポツリと話を聞いた。
クリスマスをちゃんと祝ったことがなかった、と、いつだったか呟いたのを聞いたこともあった。
そして、家族とクリスマスを楽しむのが夢だとも、2人で酒を呷っていた時に言っていた記憶があった。


「あそこでお昼食べよっか」
そう言って荷物片手に行ってしまうヤマグチを、ジョウシマはのんびり追いかける。
行きつけの小さなカフェも電飾で飾り付けをして、クリスマス一色だった。
「いらっしゃい」
カウンターの中の男が2人に声をかける。
「繁盛してんじゃん」
店内にはテーブル席が2つしかなかったが、どちらも先客が座っていた。
「まぁね」
カウンターの隅に腰掛けると水を出してくれる。
「プレゼント?」
「おう。うちのガキどもに」
「サカモトはこうたん?今日よっちゃんも帰ってくるやんか」
「ナガノが見に行ってるよ」
笑いながらサカモトが答えた。
「何にする?一応ランチもやってるよ」
「じゃあそれで」
「俺もそれでいいや。大盛りにしてー」
「はいはい」
ヤマグチの注文に苦笑を浮かべながらサカモトは奥に引っ込んだ。
「客を残してくのかよ。商売っ気ねぇなぁ」
タンブラーの水を一口飲みながら、ヤマグチはそう笑う。
「あの2組常連さんやない?もうお勘定終わってるんやと思うで」
「あぁ、そういうことね」
そしてヤマグチは椅子を回して外を見た。
「雪、本格的に降ってきたね」
「ホンマやなぁ。灯油と薪と買い足しとかなあかんわ」
ヤマグチの言葉にジョウシマも振り返る。
「あとどれくらい?」
「明日か明後日でなくなるかな。あ、マサヒロとトモヤの部屋の暖炉掃除してへんわ」
「明日アイツらにやらせればいいよ。今日は居間で寝ればいいんじゃね?」
「そうやね」
後ろでカタリと音がした。
「来てたんだ。いらっしゃい」
向きを戻すと、色白の男がマフラーを外しているところだった。
「よぉ、ナガノ」
「ご飯食べにきたんよー」
「プレゼントは準備したの?」
「もちろん」
エプロンを身につけてカウンターに乗り出すナガノに、ヤマグチは自分の隣の椅子に鎮座する箱を軽く叩いた。
「ナガノも買ってきたんやろ?よっちゃんに」
「たった今ね。アイツ最近ませてきてるからねー。かなり悩んじゃった」
「うちもいっしょやでー。タイチなんて反抗期やからなぁ。最近マサヒロもそうみたいやし」
「いいじゃない。まだトモヤは素直なんでしょ?」
「アイツはまだまだガキだからさ。タイチは最近素直になってきてるよ」
「えー。僕まだビシバシ言われんねんけど・・・・・・・・・・・・」
「シゲル君、何かした?」
「何もしてへんってー」
落ち込んだ様子のジョウシマを2人が笑う。
その時、奥からいい匂いをさせてサカモトが出てきた。
「お待たせ。今日は寒いからシーフードのグラタンだよ」
注文通り大盛りだから、と山口の前に出された皿は、ジョウシマの一回り大きいものだった。
「うまそー。さっすが」
「いただきまーす」
ジョウシマは手を合わせて小さく呟き、ヤマグチは躊躇いもなく、こんがりと焼き色のついたチーズにフォークを突き立てた。


カップに残っていた冷めかけたコーヒーを一気に流し込んで、ジョウシマはヤマグチを見る。
「そろそろ帰ろか?プレゼント隠して、迎えにいかなあかんやろ?」
「そだね。もうすぐ2時だし」
そして2人は立ち上がる。
「ご馳走様」
ジョウシマが数枚の紙幣を取り出してナガノに渡した。
ありがとうございます、とナガノは笑顔でそれを受け取り、年代物のレジに金額を打ち込む。
それをぼんやりと見ていると、店の扉が勢いよく開いた。
設置されたドアベルが激しく客の来店を知らせる。
そしてその次には。
「リーダー、ぐっさん!!!」
2人がその言葉と声の主を把握する前に、ジョウシマの腰の辺りに衝撃が加わる。
思いがけずよろめいたジョウシマを、ヤマグチがさり気なく支えた。
「・・・・トモヤぁ?」
「おいトモヤ!自分の荷物ぐらい持てよ!!」
「てか何ドサクサに紛れて抱きついてんの!!!」
「何だよ、マツオカー。ヤキモチ〜?」
「うっせぇ糸目!!ちがわい!!!」
ギャンギャンと騒がしい声が店の中に溢れる。
ちょうどジョウシマとヤマグチ以外の客は帰ってしまった後だった。
「あれ〜?バスの到着3時やろ〜?」
「道が空いてたんだってさ。予定より早く着いちゃった」
目を丸くさせるジョウシマに、大きなトランクを置いて息をついたタイチが説明する。
そして肩に積もっていた雪を払い、コートを脱いだ。
マサヒロは少し不貞腐れた様子でトモヤを睨み、それをヨシヒコが苦笑交じりに宥めている。
「そーいうことかぁ」
「リーダーただいま!」
「おかえり、トモヤ〜」
ジョウシマを見上げてにっこりと笑ったトモヤに、ジョウシマも表情を崩す。
「タイチもマサヒロも、よっちゃんもおかえりぃ。マサヒロおっきなったなぁ」
マサヒロを見てジョウシマが微笑むと、嬉しそうにしながらも視線を逸らす。
前回会った時には5センチほど下にあった視線が、今は少しだけ上にしないと合わせられない。
「何かお前の成長具合がムカつくなぁ」
ヤマグチがマサヒロの横に立ち、顔を見上げてそう文句を言う。
「しかたないでしょ。伸びたくて伸びてんじゃないし」
「それがムカつくんだよ」
「いたたたったた!!いたいって!!兄ぃやめて!!」
ヤマグチがマサヒロの腕を軽く捻り上げると、大きな悲鳴が響き渡った。
「いつまで引っ付いてんだよ。リーダー動けねーだろ」
タイチがそう言ってトモヤを引っ張り、頭に積もる融けかけた雪をバシバシと払う。
「タイチくんいたい」
「うっせー。文句言うな」
トモヤの文句にムスッとタイチが返す。
それに苦笑を浮かべながら、ジョウシマはもう一度椅子に腰掛けた。
「何か食べる?腹減っとらん?」
「腹減った!!」
「お前うるさい。俺サンドイッチ食べたいんだけど、いい?」
「こら、叩いたらあかんがなタイチ。ええよ。飲み物も頼み」
口と同時に手が出たタイチにジョウシマは渋い顔をしたが、快く許可を出す。
「トモヤは何食べたいん?」
「なんでもいいの?」
「ええよぉ」
「オレもタイチくんと一緒のが食べたい」
トモヤの言葉を受けて、ジョウシマはカウンターの中に注文の声をかけた。
サカモトは苦笑を浮かべながら、はいよと返事をし、奥に消えていった。
「マサヒロはええのん?」
ようやく決着がついたらしい。
ぶつくさ文句を言いながらカウンターの椅子に腰掛けたマサヒロに、ジョウシマが声をかける。
「オレあんまりお腹空いてないから」
「何か飲めばいーじゃん。外寒かっただろ」
ヤマグチがその横に座りながらナガノにコーヒーを2杯注文した。
「飲めるだろ?」
「うん」
「タイチは?」
「俺もコーヒーでいいよ。トモヤはココアでいいんだろ?」
「うん!クリームのったやつ!」
はいはい、とカウンターの中から声が返ってくる。
「シゲル君もコーヒーで良いの?」
「おん。頼むわぁ」
ナガノはにっこり微笑むと、背後の棚から挽いた豆を入れた大きな茶筒を取り出す。
その蓋が開くと、香ばしい香りが周囲に広がった。
「俺この匂い好き」
様子をじっと見ていたタイチが嬉しそうに呟く。
「ええ匂いやんね。僕も好きやで」
同意を得られたためか、タイチはさらに笑みを深めた。
フィルターの上に豆を数杯載せて、シュンシュンと音を立てる薬缶から、小さなポットにお湯を移す。
少しだけ冷めたお湯を、ゆっくりと回しながら注いでいく。
微かに苦味を含む香りが鼻に届いた。
「お待たせ」
先に注文を聞いていたサカモトが、2枚の皿を手に戻ってくる。
「おいしそう!!」
トモヤが嬉しそうに声を上げた。
「はい。ココアどうぞ」
「ありがとう」
そして、いただきます、と呟いて、トモヤはサンドイッチに齧り付いた。
「美味い?」
「うん!」
「美味しいよ」
ジョウシマの問いかけに、トモヤとタイチがそう答える。
「何、お前、砂糖もミルクも入れねぇの?」
「だって入れない方がおいしいんだもん」
「生意気な奴ー」
ヤマグチがそう言いながらマサヒロの頭をかき回した。
「やめてよ、もー!」
文句を言いながらもマサヒロはそれ以上の抵抗はしない。
それを分かっているから、ヤマグチも止めなかった。



程なくして、3人がそれぞれ学校でのことを話しだす。
それを、ふんふんと頷きながら、ジョウシマとヤマグチは嬉しそうに黙って聞いていた。





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クリスマスにはほんのちょっと早いですが、リセッタメインでクリスマスでした。

会話中心で、と思ったらこんな形に。
いろいろ設定を出しておいて、あんまり拾ってないですね(汗)
賭けの勝敗はご想像にお任せしておきます。
途中からよっちゃんに触れてないですが、自分の部屋に戻りました。
よっちゃんの保護者はあの2人ですので。
あと、実はタイチくんは反抗期から脱しているので優しいのです(笑)

久しぶりにこんなのんびりした話を書きました。
何かちょっと癒しでした(笑)

お待たせしました!!
いかがでしょうか、匿名希望さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!



2006/12/16




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