月齢13。満月前日。

ピリリリリ。

城島茂36歳独身売れっ子小説家の、滅多に鳴らない携帯電話がチカチカと光る。
リビングで寛いでいた居候4人と共に、本人まで目を丸くして、件の小さな最先端技術の塊を見た。








緊迫と内密のWaD











「お久しぶりです!!」
嬉しそうな城島の声に、4人は更に目を丸くして通話をするその人を見た。
律儀にも隣の和室に行って、リビングに背を向けるその後姿は、喜びのオーラが滲み出ている。
今だったらすごく食べ甲斐があるかもしれないと、4人は無意識に唾を飲み込んだ。


城島宅に居候しているこの4人、実は立派な大妖怪である。
ニンニク・日光耐性のある吸血鬼の山口と太一に、料理上手な吸精鬼の松岡、そしてモデルな狼男の長瀬。
妖の類を引き寄せる体質で、彼らにとっては垂涎の存在である城島を狙って集まった。
日々襲われる城島を守っているが、本当の目的は少しでも彼(の血だったり精気だったり)を食べることである。
ただ、城島は引き寄せ体質であると同時に退魔の力もそれなりに持っている上に、
普段から誰に対しても隙を見せないので、その目的は特定の日を除いて達成されてはいない。


「え?明日ですか?大丈夫です!・・・・・・・・はい、もちろんです!・・・・・・・・はい、はい。分かりました。
 明日の夜7時ですね。えっと、場所は・・・・・・・・・・・・はい。分かりました。よろしくお願いします。
 ・・・・・・・・・いえ、こちらこそ楽しみにしています!・・・・・・・・はい。失礼します!」
電話の向こうの相手に向かって頭を下げて、城島は電話を切る。
そしてずっと背中に受け続けていた4組の視線の方を振り返ると、いまだかつてないほどの笑顔を浮かべた。
「悪いな〜。明日、どうしても断れん用事ができたから、いつもの鬼ごっこは中止な〜」
「「「うそ!!!?」」」
「ホンマ」
嬉しくて嬉しくて仕方ないという空気を振り撒きながらリビングに戻ってくる城島。


居候4人の間では、とある協定が取り交わされている。(ただし城島がそれに同意した覚えはない)

『普段は手を出さず、他の妖魔にも手を出させない。他の奴が城島に手を出したら問答無用で叩き潰す。
 ただし妖魔の力が増し、城島の退魔の力が弱まる満月の夜にだけ、一番初めに城島を捕まえた奴が食べてもいい』

その協定の中で指定されている満月の夜。それはまさに明日だった。


「何で出かける約束しちゃうんですか!!」
「約束と違うじゃん!!」
「約束も何も、食べてえぇって言った覚えないねんけど」
飛び掛るような様子の太一、長瀬に、城島はしらっと言い切る。
「マボも何か言ってよ!!」
「いやー、別に俺、最悪リーダーと一緒にいれば腹は膨れるからそんなに切実じゃないし」
「マボのうらぎりものぉ!!!」
ケロッとした様子の松岡に、長瀬が泣きながらソファのクッションに突っ伏した。
「山口君はどうなんだよ!!」
一人険しい顔をしていた山口は、太一の問いかけに城島の方を見る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・今のって、あの人?」
「おん。一緒においでって。待ち合わせ場所をメールしてもろてんけど、高級フレンチやで?」
「・・・・・・・・・・そうですか・・・・・・・・・・・・・」
明らかにがっくりと肩を落として落ち込む山口に、城島含む4人は首を傾げた。
「・・・・・・・今回は諦めろ」
「そんな!!!」
山口の言葉に太一は叫んだものの、納得いかない顔で黙り込む。
「・・・・・・・ゴメンなぁ。お前らが満月の日を楽しみにしとるのはよく分かっとるよ。不本意ながら。
 でもどうしても断りたくなかってん。ちっちゃい頃からお世話になっとる人なんよ。断るのも失礼やんか」
打って変わって申し訳なさそうな城島の様子に、不満そうだった2人が困ったような顔をした。
「・・・・・・・ならしょうがない。我慢する」
「ゴメンな、太一」
「俺もガマンします」
「ありがとぉ、長瀬」
城島が、少しシュンとした様子で呟いた長瀬の頭を撫でる。すると嬉しそうにその顔が輝いた。
「でさ、その人ってどんな人なの?」
とりあえず落ち着いたところで松岡が口を開いた。
「遠い親戚なんやけどな、僕んとこ父親がおらんかったから、いろいろとお世話になってん。
 特に、引っ越してすぐの頃かなぁ。友達なかなかできひんかったから、一緒に遊んでもらったわぁ」
「そうなんだ」
「でもすぐにあの人も引っ越してもうてなぁ。悲しかったなぁ。でもそん時におまじないかけてもろたんよ」
懐かしそうに城島は目を細めた。
「おまじない?」
「おん。目ぇ閉じて言われてな、あの人、僕の額に触って・・・・・・、そうそう、変なこと訊かれたんよー。
 友達できるようにっていうおまじないやってんけど、『茂に似たような子でなくてもいいか?』て」
「ふぅん」
「それからしばらくして友達できてんけどな。あと、このクロスのペンダントくれたんもあの人や」
そう言って城島は首から提げていた銀のクロスを取り出した。
それを興味深げに覗き込む3人。低級な妖魔ならまだしも、4人にはこんな小さなペンダントでは効果はなかった。
「そうだ。明日ついていってもいい?」
「あ、俺も行きたい」
「あかん」
「即答!!?」
「邪魔しに来るやろ。絶対嫌や。あの人にお前らの正体知られんのも嫌や」
「ぐっさん行くじゃないですかー」
「山口はあの人の指名やから、しゃーないねん。前も会ったことあるし・・・・・・・・・」
なぁ、と城島が声をかけると、まぁ、と力ない声が返ってくる。
「邪魔しないから!興味あるんだよ、アンタがそんなに懐いてる人ってどんな人か」
「・・・・・・・・・僕のこと何だと思ってんねん」
「極度の人見知り」
「・・・・・・・・・・・・・・」
誰からも否定が出ず、微妙な空気がリビングに流れた。










大通りを一つ入って、歩くことしばし。
指定された店の看板が光っているのが目に入った。
城島と山口が店に入っていくのを見送って、10分程してから3人も入店する。
そして2人を観察できる席に案内してもらった。
城島を呼び出した人物は太一たちには背を向けて座っているため顔は見えないが、
話をしている城島が楽しそうにしているのは見えた。
「太一君、これ食べたい。頼んでいいですか?」
「うるさい」
「・・・・・・・・・・じゃあ頼んじゃおーっと」
長瀬がしょんぼりしながら店員を呼び注文をする横で、太一と松岡が耳をそばだてた。
「・・・・・・何かすごい男前な感じするね」
「でもさ、何で山口君のテンション、あんなに低いの?」
「さあ?」
城島の横に座る山口も笑ってはいるものの、その笑顔は引き攣っているように見える。
コース料理なのか、順番に出てくる料理を食べながら、楽しそうに話し込んでいた。
「・・・・・・・・・・・・何かムカつく」
注文したワインに口を付けながら太一が呟いた。
「何となく分かる気がするなぁ。あんな風に楽しそうな様子って滅多に見れないよねー」
「・・・・・・・・・まぁ、しょうがないとは思うけどさ」


「本の調子はどうだ?」
「そこそこ買ってもらえてます。担当をしてくれてる子が有能で、ホンマに助かってるんですよ」
少し照れながら城島が答える。正面に座る彼は満足そうに、そうかと微笑んだ。
「お前も元気そうだし、良かったよ」
「ありがとうございます。東山さんもお元気そうで良かったです」
「まぁ、好きなことしかしてないからな。何とかやってるよ。
 山口はどうだ?ちゃんと定職に就けたらしいじゃないか」
「はい。そろそろ落ち着かないといけないと思いまして」
「そうだな。お前なら何でもできるだろうけど」
「ははは」
キレイなアルカイックスマイルを浮かべて山口は笑う。
「そういえば同居人が増えたとか?」
「ええ、そうなんですよ。さっき言うた担当の子と、レストランのコックさんと、モデルの子と・・・・。
 今の家、大きいやないですか。空き部屋もいっぱいあるんで、ルームシェアしようかなぁと思いまして」
「それはいい考えだ。問題はないか?」
東山の問いかけに、城島は一瞬太一達のいるテーブルに焦点を合わせてから山口を見る。
「特にないですよ。お互いにプライベートには干渉しないことにしてますし、いい子ばかりなんで」
そしてそう言ってにっこり笑った。
「なら良かった。で、その子達はどういう子なんだ?」


「お前、どれだけ注文してんだよ!!」
テーブルに所狭しと並べられた皿の山を見て、太一が怒りに身体を震わせながら長瀬を殴る。
「ぎゃん!!だってお腹空いたんですもん!!」
「だからってこんなに頼むか普通!!加減ってもんがあるだろ!!」
「まぁまぁ、抑えて太一君」
怒る太一を松岡が慌てて宥める。
その横で凹みながらも食べる手を止めない長瀬に、太一はもう一度拳骨を落とした。
「痛い!」
「人の話聞いてないだろ」
「聞いてます!」
「良いじゃない、たまには・・・・・・・・・・・・・あ、リーダーが席立った」
城島が軽く頭を下げてから席を立ち、ウェイターに話しかけてから店の奥に消えていく。
そして山口が残るテーブルに目を向けると、山口が表情を強張らせてこっちを見ていた。
「?」
その視線と表情の意味が分からず、太一が首を傾げると、山口が小さく手招きをする。
声に出さず、俺?と訊くと、ジェスチャーで3人という返事が返ってきた。
「何って?」
やり取りをしている太一に松岡が訊く。太一は首を傾げながら答えた。
「よく分かんないけど、来いって」
「太一君?」
「ううん。お前と長瀬も」
「え?何で?」
「知らねーよ」
ボソボソと話し合っている内に、山口がテーブルの方にやってきた。
「何してんだ、早くしろよ!」
急かされて3人は慌てて席を立つ。
そして山口の後ろについてテーブルに向かい、そこに座る人物を見て、3人とも完全に動きを止めた。
「やあ、太一。元気そうだな。あとは・・・・・君はサキュバスで、そっちの君はワーウルフか」
爽やかに声をかけた東山に、3人は顔を強張らせた。


「ちょっと用事を頼んだから城島はしばらく戻ってこないよ」
東山を囲むように、山口始め4人は緊張した面持ちでテーブルについている。
ただ一人東山だけが楽しくて仕方ないといった様子で面々の表情を眺めていた。
「・・・・・・・・あの・・・・・・・・」
突然、太一が手を上げて口を開く。
「何だ?」
「・・・・・何で貴方みたいな方が・・・・・・・・・」
「城島と知り合いかって?それは当然だろう。アイツをああいう体質にしたのは俺なんだから」
「「「「!!!?」」」」
東山がサラッと言った台詞に4人は立ち上がる。
「何で山口まで驚くんだ。話しただろ」
「聞いてないですよ!!」
「そうだったか?」
眉間にシワを寄せて首を傾げる。山口は何かを言いたそうにしていたが、結局言葉を飲み込んだ。
(どういうことなの、山口君!!)
(俺も知らねーって!シゲの知り合いがこの人だってのは知ってたけど!!)
太一の囁きに、山口も小声で返す。松岡と長瀬は立ち上がったもののそのまま固まっていた。
「ああ、そういえば、太一とは顔見知りだけど、そっちの二人は初対面だったな。
 初めまして。みんなからは“夜の王”だとか呼ばれているが、好きなように呼んでくれ。
 一応城島には、『東山 紀之』と名乗ってるから、そう呼んでくれても構わないよ」
東山がそう言って、松岡と長瀬の方に手を差し出した。
「「夜の王!!!?」」
それを見つめていた2人は少し間を置いて、ハモって声を上げる。
「夜の王って・・・・・・・あの噂の!!!?」
「どの噂を言ってるか分からないが、多分それだな」
「!!!」
その答えに、松岡も長瀬も小さく悲鳴を上げた。


妖魔の世界で“夜の王”と言えば、知らないものはいないほどの有名人だ。
何故なら、あらゆる種の妖魔の始祖とも伝えられており、どれだけの年月を生きているのかも分からない。
どんな妖怪が束になろうが勝つことはできないほどの力を持つ、神に等しい存在と言われている。
それが“夜の王”だった。


追加の料理がテーブルの上に並ぶ。
気がつけば周囲に他の客はおらず、貸し切り状態になっていた。
「9時からは貸し切ってたんだ。ここは顔見知りの店だからね」
キョロキョロとしていた長瀬に、苦笑しながら東山が言う。
そうなんだ、とグルリもう一週見渡した後、長瀬は東山に向き直った。
「リーダーがあんな美味しそうな匂いがするのは東山さんが原因なんですか?」
「そうだよ。あれは城島が小学生の頃かな。隣に住んでてね。よく面倒を見てたんだ」
懐かしそうに東山が目を細める。どこかで聞いた話だなと太一は思った。
「ある時、ふと思い立って引っ越そうとしたら、友達がいなくなるって城島が泣いたんだよ。
 だから妖魔が見えるようにしたんだ。そうすれば友達候補が増えるだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「城島も、人間じゃなくてもいいって言ったからな。それからしばらくして、高校ぐらいだな。
 久しぶりに会ったら変なものに襲われて毎日怖すぎると言うから、退ける力もあげたんだよ。
 与えた力を無くすことはできないからね。俺の力の性質上、満月の日は危険だから、一緒に銀のクロスも。
 まぁ、気休め程度にしかならないがな。お前たちにはどうってこともないだろう、あのクロス」
はははと笑う目の前の人物に、4人とも少しの間、言葉が出てこない。
昨日、テンション高く城島が話してくれた内容とは、重要なところが異なっている。
絶対にこれは城島には話してはいけないと、こっそりと決心した。
「まぁ、満月の日にしてることに口出しはしないでおくが、守ってくれてるみたいで良かった」
常に気にはなっててね、と笑う東山の前半の言葉にドキリとしながら、4人はホッと息をつく。
「これからも頼むよ」










用を済ませて戻ってきた城島は、2人で飲みに行くからと東山に連れられて夜の街に消えていった。
帰り道、ボソリと太一が呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・まさかあんなバックが付いてたなんて・・・・・・・・・・」
「だから言っただろ。今日は諦めろって」
「何か、ビックリしすぎて今日が満月だったこと忘れてたよ」
松岡が空を見上げて呟く。真ん丸な月がぽっかりと浮かんでいた。
「せっかくの満月だったのに・・・・・・・今回も食べれなかった!」
「お前は食べまくっただろ!」
ゴンと鈍い音と共に長瀬の悲鳴が響いた。
「まさか毎月のアレ、バレてるとは思わなかった・・・・・・・・夜の王を舐めてたよ、俺・・・・・・・」
山口が真っ青になって溜息をつく。
「でも辞めろとも言ってませんでしたよね」
「ひとまずは良いってことなんじゃない?」
「まぁ、リーダーのも絶対愉快犯だから、楽しければいいのかもしれない・・・・・・・・」
太一の呟きに山口が大きく頷く。それを見て松岡が乾いた笑いを浮かべた。
「とりあえず、明日から頑張ろうね・・・・・・。リーダーに何かあったらタダじゃすまない気がする」
「同感」
松岡の言葉に、山口、太一、長瀬は力なく同意したのだった。




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久しぶりに書いたら、前回とテンポがまるっきり違ってしまってガッカリです。
そして御代も人物が違いますし、それぞれをあまり動かせなかった・・・・・。小説って難しい・・・・・・・・。

と、いうことで、前回企画17番「満月の夜のHaS」設定、シゲさんが妖怪に好かれる理由でした。
WaDは「wine and dine」でおもてなしという意味です。
HaSのときは理由まで考えてなかったんですが、生まれつきではないだろうという理由でこんな話です。
元凶は御大の優しい心ということで、シゲさん本人は知りません。
知らないほうが幸せだよね、という理由で以降もぐさま達は話さないと思います。
そして電話が来るたびにドキドキするんだろうなぁと、勝手に考えてニヤニヤしてました(怪しい)


お待たせしました!!
いかがでしょうか、てんさま。
お気に召しませんでしたら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めまして、リクエストありがとうございました!!



2009/11/1




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