俺には家族が2組いる。

血の繋がった家族は一緒に暮らさなくなって5年。でもいまだに定期的な連絡は欠かさない。

そしてもう一つは今暮らしている人たち。でもそうだと気付いたのは最近のこと。

この出会いは、単なる偶然だけでは終わらせたくないと、そう、思ってた。























この町で暮らし始めて、もう5年になるだろうか。
最南端の街、グレンツェで生まれ育った俺にとっては、北の土地で暮らすのは夢だった。
移住星だといってもやはり地域格差は大きい。
北の方は極付近には土地はなかったが、温帯から亜熱帯にかけて広大な土地が広がっていた。
北部のその一帯は肥沃な国土のために大きく発展したが、
極付近にしか土地がなく、凍りついて痩せこけた土地しかない南部はいまだに発展途上だ。
大抵の南方人は職を探して北上する。もしくは母星に渡る。
俺もその中の1人だった。

この星を出ようと思ったことはなかった。
母星には、小さい頃から憧れていた篝火(かがりび)という仕事は存在しなかったし、
昔テレビで見た北方の町の映像が忘れられなかったのもある。
篝火とは、人工的に気候を調整して人が住めるようにしているこの移民星で、
気温とともに太陽光発電を使って電力管理をしている仕事に着いている人の通称だ。
今では念願叶って、陽光管理局に勤めることもできて篝火の称号も貰い、憧れのアクアスに住民票も置いている。
自分も含め5人でルームシェアをしてはいるものの、ルームメイトは誰もいい奴ばかり。
結構恵まれた生活をしているのではないかと最近は思うことが多い。




「翔君はさぁ」
ソファの上、5人が余裕を持って座れるように用意されたそこを独占するように横になり、
携帯用ゲーム機をただひたすら操作していた同居人が、おもむろに名前を呼んだ。
「んー?」
「何でこの家に来たの」
「はぁ?」
突然の言葉に、俺は見ていた雑誌から目を離してニノを振り返る。
久しぶりに日曜と被った休日に、のんびりと過ごしていた昼下がりのことだ。
「何でって、智君に誘われたんだよ」
「それは聞いたけど、その時オーベル(専門高等学校)の実習中だったから、詳しいこと知らないもん」
「詳しいことっつってもなぁ」
携帯ゲーム機を投げ出してまで覗き込んでくるニノに、俺は頭を掻いた。
この家に来た理由。
そんなものはひどく単純すぎて、説明にも困るくらいだ。
「ほら、俺南部出身だからさ、こっちに来ることが決まって、家探しに来たんだよ」




そう。
それは5年前のこと。
未だに鮮明に覚えてる。
確かあの日は猛暑日だったんだ。
極寒地に住んでいたから、あまりの暑さにやられて、ぼんやりと町をうろうろしていた覚えがある。




部屋探しにと局が手配してくれたホテルから出た途端の直射日光にクラクラした。
地元では青空なんて滅多に見れない。言わずもがな太陽も。
太陽はこんなに暑かったんだと思いながら、局の人に教えてもらった不動産屋を目指して歩き回った。
ホテルを手配してくれるなら部屋も手配してくれればいいのに。
内心愚痴りながら、履くのは初めてに近いサンダルで石畳を踏み締める。
部屋探しと言っても、用意されているいくつかの部屋を自分の目で見て好きなところを選ぶだけだ。
遠方からの赴任者に対して行っているシステムらしい。
慣れない場所で生活するのだから、好きな部屋を選んでもらおうという粋な計らいらしいが、正直面倒くさい。
個人的にはそうは思っていたけれど、観光ついでに一度おいでと言われて、断りきれなかったのだ。
それに、旅費は全額負担してくれるだなんて、滅多にない。
そんなわけで出てきたのだけど。

アクアスにやってきた次の日。
散歩がてら部屋探しに出かけたものの、一番近い不動産屋に辿り着いた時点で、俺はへたばってしまった。
身体の中に籠るような暑さに、普段から汗をかくことの少ない身体は耐えられなかったらしい。
不動産屋のガラスに貼ってある物件情報を見る振りをして、庇の影に入った。
頭がぼんやりして息が上手くできなくて、全く違うからどうすればいいのかも解らずにしゃがみ込んだ。
その時だった。
「・・・・・・・・・・大丈夫ですか?」
そんな声と共に、誰かが自分の横に座ったのを感じて視線を上げる。
くすんだ金髪が覗き込んできて、あまり見たことのない髪色に、一瞬目を奪われた。
「顔色悪いじゃないですか!」
俺の顔を見るや否や、その人は立ち上がって同時に激しく慌て始めた。
「どうすればいい!? ─── くん」
俺に訊いたのかと思って頭を上げるが、その人は別の方向を見ていた。
「え?ちょっと待って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すみません、ちょっと失礼します・・・・・・・・・・」
その人は俺の額に手を当てる。
ひんやりした手が気持ちよかった。
「・・・・・・・・・・熱いよ・・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・・分かりました・・・・・・・・・・」
周りに誰もいないのに、その人は誰かと会話するように独り言を言っていた。
「立てますか?」
そう言って、その人は俺に腕を回して立ち上げてくれた。
「俺の住んでるところ、すぐそこだから、ちょっと移動しましょう」
俺の返事も待たず歩き出して、その言葉の通り、5分もしない内にその人はとある門の中に入った。
入ってすぐに広い庭があって、奥の方に少しくすんだ白い建物が見える。
「ただいまっ」
その人の言葉とともに、庭で水撒きをしていた人がこちらを見て微笑んだ。




「で、持ってたホースで思いっきり水をぶっ掛けられた」
「すごい出会いじゃないですか!」
俺の言葉にニノが驚きの声を上げる。
「でも的確な応急処置だったらしいよ。驚きと体力的な限界で気を失ったけど」
「へぇ〜」
「ちなみにそれ茂君です」
「・・・・・・・・・さすが・・・・・・・・・・」
口にした人物の名前に、ニノは納得したような表情を浮かべて唸る。
「でもよく考えたらさ、2人ともテレパスだから会話みたいな独り言も説明つくんだよね」
「あぁ、そっか。送信だけできるんだっけ?お互いにできれば会話はできるもんな」
今こうやってニノに言われて初めて、今まで謎に思っていたことに納得がいった。

この星の人間は、大抵、いわゆる超能力を持っている。
物を動かすだとか、火を起こしたりとか、テレパシーとか。
時々大それた力を持っている人もいるけれど、ほとんどの人が大した力ではない。
そう言う俺ができるのは、火の動きを少しだけ動かすことができる、というものだ。
これは、火を起こす、というのとは違って、火種がないと何もできない。
何ができるって、例えば火の大きさを変えてみたり、蝋燭の火の形を星型にしてみたりとか、それくらいだ。
それほど役に立つこともない。強いて言えば星祭の時に遊んだぐらいだろうか。
「それにしても、ホント役立たねーよなぁ」
「役立ててるのって、相葉ちゃんだけでしょ」
「あー、そーだなー」
「まぁ、あのヒトは特殊ですしねー」
そう言いながらニノは勢いよくソファから立ち上がった。
「で、何でこの家に来たんですか?」
「え?だから、それで目覚ましてから色々しゃべってる内にルームシェアしようかって話になったんだよ」
「あぁ。そういうことね」
自分から聞いたのに、あまり興味なさそうにニノはそう言うと、グッと伸びをして俺を振り返った。
「そろそろ夕飯の買い物行ってこようかな」
今週は俺の番でしょう。笑いながらニノは時計を見た。
「もしかしたら智君が魚釣ってくるかもよ」
「あぁ、そうですねー。連絡くんないかな、キャプテン」
ニノがそう言った瞬間、テーブルの上に置いてあった携帯電話が小さく音を立てた。
「お、噂をすれば」
嬉々とした表情でニノが携帯に出る。
「あ、キャプテン?うん、うん、あれ?そうでしたっけ?あはは!もうどっちでもいいじゃないですか〜。
 うん、うん。人数分ある?うん。もちろん捌いてくれるんでしょ?」
楽しそうに笑いながら、ニノはもう一度ソファに勢いよく腰掛けた。
「えー。嫌ですよ。うん。じゃあ一緒に買い物してきてくださいね。えー?荷物持ちー?」
そう言って、ニノが俺を見る。
「じゃあ翔君が行きますから」
「え!!?俺!!!?」
「うん。船着場のところですね。は〜い。じゃ〜ね〜。
 ・・・・・・と、いうことなんで、荷物持ちに行ってきてください、翔君」
ニノは通話を終えると携帯をソファに放り投げ、素晴らしく綺麗な笑顔を浮かべてそう言った。
「何で俺!?」
「だってワタクシ、ゲーム進めなきゃならないですから」
さも当然のように言い切ったニノに俺は二の句が告げなくて、散歩がてら家を出た。




「しょーくーん」
アパートから港までそう遠くない。
傾きかけてその色に赤を混ぜ始めた太陽を横目に船着場に向かうと、名前を呼ぶ声が聞こえた。
その先に視線を移す。先端に腰掛けて大きく手を振る金髪が見えた。
「お待たせ、智君」
「今日の収獲」
近くまで行くと智君は立ち上がって傍にやってきて、バケツの中身を見せてくれる。
少し大きめのプラスチックのバケツの中には鈍色に光る15cmほどの魚が10匹ほど漂っていた。
「結構釣れたね」
「当たり日だったかな」
俺の言葉に、智君ははにかんで答えた。
「夕飯のメニューどうしようか?」
歩き出すとともに横を歩く智君に尋ねる。
「う〜ん・・・・・・・焼く?」
「塩焼き?」
「つまんねーかな」
「食事におもしろさはいらないと思いますが」
真剣に困った顔をして悩み始める彼に、俺は思わず笑ってしまった。
智君が気にするところは、いつもどこかずれている。
「夕市が始まる時間だからさ、魚屋のおばちゃんに訊いてみようよ」
「そだね。あ、ねぇ、翔君」
「ん?」
「翔君って、SP(南極)地区出身だよね?どこ出身だっけ?グレンツェ?」
「うん。グレンツェだけど、それがどうかした?」
突然の質問に首を傾げると、智君は少し考え込むような表情を浮かべた。
「・・・・・・・・・・・・・・実はオイラさぁ」
そして少し間を置いて、そう切り出した。
「うん」
「公務員なの」
「へ!?そ、そうなの?」
いきなりの関係ない告白に、思わず声が裏返る。
公務員だったんだ、智君。
「うん。結構上の方なんだって」
「へぇ・・・・・・・」
その割には曖昧な認識レベルに、俺も思わず曖昧に相槌を打ってしまった。
「でね、南の方担当なんだけどさぁ」
「え?ここにいるのに?」
「うん。オイラが今いる場所はかんけーねーの。そのグレンツェというか、SP地区に関してなんだけどね」
「うん」
俺が相槌を打つと、智君はのんびりと歩きながら口を開いた。
「グレンツェに陽光管理局の支部を設置して、今こっちに赴任してきてるSP地区出身者を担当にしようかって」
「え?マジで!?そんな話聞いてないよ!?」
「うん。だって今日の会議に出た話だもん。明日くらいに連絡あるんじゃね?」
アハハと笑いながら、智君は突然ぐるぐるとバケツを回し始める。遠心力のアレだ。
中の魚がかわいそうとは一瞬思ったが、何となく楽しいのは分かるから放っておいた。
「帰りたくない人もいるだろうし、本人の希望を聞くって言ってたけどね」
「・・・・・・・・・・・・・・そっかぁ」
「翔君はどうしたい?もし選ばれたら」
「えー?」
智君の質問に俺はパッと答えられなかった。
「・・・・・・・どうだろう・・・・・・・」
「あれっ?」
少し真剣考え始めると、智君が驚いた声を上げた。
「そんな真剣に悩まなくていいよ?
 これは案だから、翔君たちが反対しても、SP地区の人が反対しても消える話なんだから」
「へっ!?まだそんな初期の案なの!?」
「うん。そうしたら良いかもね、っていう話。実現するのは早くても5年後だよ」
「なんだ〜。ビックリしたぁ〜」
大きく息をつくと、智君はゴメンゴメンと笑った。
「でもいつかは考えなきゃいけないのかなぁ」
「その時は行く?」
「どうだろう。想像できないですよ」
俺は苦笑して、覗き込んできていた智君を見る。
「翔君いなくなったら淋しいなぁ」
智君はチラリと空を見上げて呟いた。
ぽっかり浮かぶ雲が夕日を受けて金色に輝いている。
何となく淋しい気持ちになった時、智君が手を握ってきた。
「手ぇ繋ごう」
「何ですか、いきなり。俺ニノじゃないよ?」
「翔君だから繋ぎたいの。今ちょっと淋しい気分だから」
そう言って智君は楽しげに笑う。
全然淋しそうじゃないよ。
思ったけど、良いよと笑って智君の手を握り返した。
そのまま野郎2人で手を繋いで夕市まで歩いた。

夕飯の買い物で賑わう市場で、智君は魚屋のおばちゃんに調理法を訊いていた。
その間、俺は色とりどりの魚を見て回る。
明らかに食べられないように見えた青緑に光る鱗を持つ魚は、訊いてみると高級魚だった。
人もそうだけど、魚も見た目に依らないらしい。
そんなこんなしている内に智君が戻ってきた。
「テンプラにして食べると美味しいって」
「何、テンプラって」
「母星のどっかの料理だって。作り方は聞いた」
ふとバケツの中を見る。イカが1杯とエビが何匹も追加されていた。
「増えてますよ?」
「これもテンプラにしたら美味いんだって。イカだけ買ったんだけど、海老もおまけしてくれた」
「一緒にしたらマズいんじゃね?」
「マジで?やっぱり袋に入れてもらってくる」
パタパタと走って戻っていく智君を見送る。
智君は先ほどまでしゃべっていたおばちゃんと2個と3個と言葉を交わし、袋に入れてもらっていた。
「ほらみなさい!って言われちゃった」
そして照れ笑いをしながら戻ってきた。
「あと何買う?」
「カボチャとか玉ネギとかも美味しいって」
「じゃあ買って帰ろっか」
それからいろいろと買い物をして、薄暗くなってから帰った。




部屋に帰ると松潤が帰ってきていた。
夕飯係のニノと作り方を聞いてきた智君がキッチンでわぁわぁ言っているのを聞きながら、買ったものを冷蔵庫に詰め込む。
その内に、同じアパートに住んでいる松岡君に魚を捌いてもらうために、2人揃って出かけていった。
俺はそれを見送ってから冷蔵庫の缶ビールを2本取ってリビングに向かう。
リビングでは松潤がソファで新聞を眺めていた。
「お疲れさん」
「ありがとう、翔君」
缶を手渡すと松潤は笑った。
俺はプルタブを開けながら、空いているソファに腰を下ろす。
「今日休みだったんだ」
「うん。久しぶりの日曜日ですよ」
「確かに」
篝火である俺も、海守である松潤も、休みを日曜日にとれるとは限らない。
それは風民である相葉ちゃんも同じだ。
俺は明日休み、と松潤は笑った。
「そういえば相葉ちゃんいないね」
「職場の人との飲み会で遅くなるって」
「そうなんだ」
いたらいたで騒がしいけど、いないと静かすぎる気がする。
「静かだよね」
松潤がそう呟いた。
顔を見ると苦笑を浮かべている。
「・・・・・俺、そんなに分かりやすい?」
「顔には出ないけど、雰囲気っつーの?分かりやすいよ」
「そんな淋しそうにしてた?」
苦笑いを浮かべながら問いかける。
松潤はクスクス笑いながら頷いた。
「でも俺も淋しいなって思ったからおあいこ」
「そっか」
小さく笑ってビールに口をつける。
口の中で炭酸が弾けて、舌が少しピリピリした。
そのまま、扉が全開のベランダに目をやる。
早く昇りすぎた月が糸のように細く光っていた。
もう外は真っ暗だ。
「翔君、どっか行くの?」
「へぇ!?」
突然の問いかけに、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「いや、スーツケース持ってる姿が視えたから、どっか旅行行くのかなぁって」
「いや、その予定はないけど・・・・・」
俺が首を振ると、松潤はふぅんと唸った。
「まぁ、将来の可能性の1つが視えてるだけだから、いつか旅行行くのかもね」
良いなぁ、俺もどっか行きたい。
松潤はそう言いながら大きく伸びをした。

松潤は、その人の可能性の1つを視ることができるという能力を持っている。
予知夢みたいに必ず当たるわけではなくて、
そういうこともあるかもしれない、というくらいの精度らしいけれど。

でも、普段は見えたものを口に出すことは滅多にないのに。
「珍しいな」
「何が?」
「普段は滅多に言わないっしょ」
「あぁ、あんまり重大なことでもなさそうだったし」
「そうですか」
「なに?もしかして重要なことだった?」
俺の反応に慌てて座り直して真剣な顔をする。
別に気に病ませるほどのことでもないから、俺は笑った。
「いや。もしかして旅行に連れてけという催促かなと思っただけ」
「そんな遠回しに言わねぇよ!」
少し皮肉ってやると、すぐにムキになって噛みついてきた。
普段はスカしていても、不意にからかうと素が出る。
噛みつき方が激しいから、今日は珍しく酔ってるのかもしれない。
もしかしたらビールの前にワインでも飲んでたかな。
でも話を聞いているのは嫌ではなかった。
「ところで、もしもの話だけど、松潤は俺がいなくなっても平気?」
「えっ!?いなくなるの!?」
「いやいや、例えばの話」
「・・・・・う〜ん」
松潤は真剣な顔をして悩み始める。
よく見れば顔は少し赤かった。
「・・・・・その時になってみないと分かんないけど、淋しいとは思う」
「そう」
「でも翔君が決めたんだったら別に反対はしないよ。今の世の中、会おうと思えばいつでも会えるし」
「そっか。そうだなぁ」
松潤の言葉は、そのまま心に入ってきたような気がする。
「いつでも会える、ね」
その時、智君とニノが騒がしく帰ってきた。

夕飯は、智君とニノが松岡君からレシピを直々に聞いたという天丼だった。
やはり先にワインを1瓶空けていた松潤も含めて、4人でもう一度ビールを飲みながら味わった。




ふと思いたって調べ物をしていたら、気がついたら日付が変わっていた。
そろそろ寝ようかと思っていると、部屋の外で物音。
扉を開けて確認すると、玄関で相葉ちゃんが靴を脱いでいた。
「何だ、相葉ちゃんか。おかえり」
「おぉ!翔ちゃん、起きてたんだ!たっだいま〜」
普段よりも三割増しのテンションの高さで相葉ちゃんはそう笑った。

「何か飲む?」
「しょーちゃんやさしー。水飲みたい。ちょっと呑み過ぎちゃった〜・・・・・」
そう言いながら相葉ちゃんはソファに沈み込んだ。
松潤がキープしているミネラルウォーターを拝借してコップに注ぎ手渡す。
相葉ちゃんは珍しく着ていたスーツのネクタイを緩めながら、ありがとうと言って受け取った。
「スーツ着てるのって超違和感」
「俺も同感〜。上司が来てたから仕方ないんだけどね。でも俺スーツ嫌い。いつもの制服が好き」
「相葉ちゃん仕事人間だね〜。そんなに仕事好き?」
「好きだよ〜。俺が役に立てるところだもん。でもこの家も好き。だから毎日帰って来るんだよ〜」
えへへと笑って相葉ちゃんはコップの水を飲み干した。
「翔ちゃん何か悩んでる?」
「・・・・・そう見える?」
「うん。それにおーのくんからメールもらった。余計なこと言っちゃったかもって」
あの智君にも心配をかけてしまっていたとは、なんと自分は分かり易いのだろうか・・・・・。
自分に少し呆れてしまって、俺は苦笑混じりの溜息をついた。
「智君は悪くないよ。でも智君の言葉をきっかけに悩んでるのはそうかも」
「何悩んでんの?」
「将来のこと、かな」
「もしかして、いつかみんなバラバラになっちゃうってこと?」
「・・・・・・・・・・相葉さんはテレパスか何かですか?」
こういう時に相葉ちゃんは妙に鋭い。
俺はそういう風にしか言えなくて、じっと見てくる相葉ちゃんから少し目を逸らした。
「違うよ。でもそうかなって思った。だって俺もそれは不安だもん」
相葉ちゃんは立ち上がってキッチンに行き、コップに水道水を勢いよく入れる。
「今は楽しいけどさ、誰かが転勤したり所帯持っちゃったりしたら解散でしょ?ときどき不安になるよ」
「相葉ちゃんも不安感じるんだ」
「失礼な!俺だってたまには落ち込みますよ」
そう声を上げて、冷蔵庫から何を取り出してから戻ってきた。
そして手に持っていたスポーツ飲料のボトルを差し出す。
「酒飲みは飲めないからあげる」
「ありがとう」
「話の続きだけどね、翔ちゃん」
「おう」
「でも俺はそれでもいいかなって思うんですよ」
相葉ちゃんは俺の横に腰を下ろす。
「淋しいけど、今の生活は偶然始まったものじゃないと思うんだよね。
 俺らって会うべくして会ったんだよ。だから今こうやって暮らしてる」
その言葉に、俺は内心、ホッとしていた。
「そうじゃなかったら、こんな暮らしは続かないでしょ?」
「・・・・・・・・・・そうかな」
「そうだよ。で、松潤に話したなら言われてると思うけどさ」
そう言いながら立ち上がる。
「俺は翔ちゃんが決めたことならどんなことでも賛成するし応援するよ」
そして相葉ちゃんはもう一度コップの水を飲み干した。
キッチンに向かうその後ろ姿を俺は目で追った。
視線の先で、コップが流しに当たってゴツンと音を立てる。
おやすみ、と、相葉ちゃんは笑って階段を上がっていく。
ギシギシという軋みと足音がしなくなってから、パタンと扉が閉まった。
シンと静まり返ったリビングで、俺はボトルの蓋を開ける。
プラスチックの留め具が切れる音が意外と大きく響いた。


確かに、偶然会っただけの仲で、こんな暮らしは続かないかもしれない。
でも会うべくして会ったんだと相葉ちゃんは言ったけれど、それは本当だろうか。
離れてしまったら終わりになってしまうんじゃないだろうか。

それが、恐いのかもしれない。




寝たのは遅い時間だったのに、いつもと同じ時間に目が覚めた。
このまま寝ていても一日を無駄にするだけな気がして起き出した。

リビングに行くと、ニノが朝ごはんを準備していた。
「おはようございます。今日休みなのに早いね、翔君」
「おはよ。何か目が覚めちゃってさ」
ソファに腰掛けると、ニノはテーブルに置いてあったおにぎりを包み始める。
今日は月曜日だからニノは出勤日だ。
「寝れなかったんですか?」
「そうでもないけど・・・・」
「深く考えなきゃいいんですよ。変化は仕方ないから。だから今を悩んで無駄にするのは勿体無いよ」
「智君から聞いた?」
「潤君が管巻いてたからね。珍しく悪酔いしてたから話聞いたんですよ。
 その時になって考えりゃいいんです。今とその時と、考え方は違ってくるもんですよ。
 それでも悩みたいんだったら、満足するまで悩んでください。でも結局疲れるだけの結果に終わりますよ」
意地悪く、ニノはそう笑った。
「翔君がどうしようが、それは翔君の自由。俺らのことを気遣う必要はないんだよ。
 翔君がやりたいことをやればいいんです。だって翔君の人生は翔君だけのもんだからね。
 でもだからって俺たちが翔君を忘れたりとか、そんなことはないんですよ」
ニノは包んだ弁当を鞄の中にしまうと、俺の方を見る。
「それが家族ってもんでしょう?」
ああ、そうか。
ニノのその言葉で、すっと心の中が晴れた気がした。
「・・・・・そっか。家族か」
「そうですよ。何だと思ってるんですか」
そう文句を言いながら台所に戻っていく。
「翔君、食べるー?」
「うん。食べる」
俺は立ち上がると、手伝うために台所に入った。




もしかしたら、俺たちが出会って一緒に暮らし始めたのは、本当に偶然なだけだったのかもしれない。

偶然で始まったものは、ちょっとしたことがきっかけであっさり終わってしまうような気がして、そう思うのは嫌だった。

だから智君に教えられて不安になったり、相葉ちゃんの言葉にホッとしたりしたんだろう。

でも始まりは偶然でも、今のような生活ができているなら、それはそれで良いように思えた。




「家族ね」
「あんまりその言葉繰り返してるとキモチワルイですよ、櫻井さん」
「・・・・・・ちょっとそれひどくね?」
「事実です」


俺のもう一つの『家族』の1人はかなりの毒舌だった。
それもそれで良いような気もするけど、微妙な気分なのです。




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と、いうことで、2007年の誕生日記念で書いた話と同一設定の気象さん話でした。
明るい感じを目指していたはずが、いつの間にか薄暗い話になってしまいました・・・・。

初めて櫻井さんを主役っぽくして書きましたが、意外と櫻井さんの口調が難しいのです。
というよりも、気象さんが全体的に難しい。年齢差があまりないので、書き分けが難しいんですよね。

お待たせしました!!
いかがでしょうか、柚夏さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!



2009/03/15




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