「強くなりたいんだけど」
新聞を読む背中にそう言うと、胡乱気な表情が振り返った。
「あ?」
「強くなりたい。坂本君強いんでしょ?教えてください」
新聞を畳むその正面に正座して、目を見据えてお願いする。
「・・・・・・・・何で?」
「?」
「何で強くなりたい?」
「・・・・・・・・」
その問いかけに、太一は黙り込んだ。
「・・・・・・・・じゃあ一つだけ教えてくれ。答えによっちゃ教えてやっても良いよ」
坂本がそう言うと、太一は目を輝かせたが、同時に息を飲んだ。
「・・・・・・・・何、訊きたいことって?」
「・・・・・・・・お前が」

















O n e p i c t u r e i s w o r t h a t h o u s a n d w o r d s

















「ねぇ、太一」
突然名前を呼ばれ、太一はボールを手で受けてリフティングを止めた。
そして縁側に立つ影を見遣る。
「何、長野くん」
怪訝な表情を浮かべた太一に、長野はきれいな笑みを見せた。
「そろそろ鬼退治してみる?」
その言葉に、太一は思わずボールを落とす。
「・・・・・・・・長野。まだ早い」
「坂本君には訊いてないよ」
部屋の中から投げかけられた非難の声を一蹴して、長野は縁側に腰掛けた。
「ちなみに茂君は、山口君と一緒ではあったけど、今の太一の年齢で鬼とやり合って」
「長野」
遮るように声が入る。
長野が振り返ると、怒りを滲ませた表情で坂本が立っていた。
「まだ駄目だ。今の太一には出来ない」
「・・・・・・・・っ出来る!!」
太一は必死な顔をして2人の傍に走ってくる。
「出来るよ!!やりたい!!お願いだからやらせて!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・だから何でお前はそんな焦るんだよ。無理だ。死にたいのか」
「死にたいわけないでしょ!!でも早く・・・・・・・・早くしなきゃ・・・・・・・・!!」
一瞬泣きそうな顔を浮かべた太一に、坂本は長野に明らかな怒りの視線を向ける。
「長野、お前何喋った」
「別に。真実をいくつか」
肌がチリチリ焼けるように空気が変わった。
2人の力の大きさに恐怖を感じながらも、太一も視線は外さない。
「全てを知るにはまだ早いだろ」
「じゃあ何時知るんだよ」
「・・・・・・・・」
「アンタみたいに堕ちてから知ればいい?それこそ後悔を作り出す結果に終わるんじゃないの?」
「俺のことは関係ない」
「じゃあ太一がどうなっても構わないってこと?」
「そうは言ってない」
「そりゃ茂君は早過ぎたかもしれないけど、太一はもう15だよ。
 自分の周りの状況を知っても構わない年齢だ」
「知っても何も変わらない」
「少なくとも俺が知ってる未来とは違ってくるね」
じっと見据えてくる視線に坂本は黙り込む。
「・・・・・・・・好きにしろ」
そして小さく舌打ちし、突っ慳貪にそう言って、部屋の奥に引っ込んでいった。
「・・・・・・・・まったく。過保護すぎだっていうことに気付いてないんだから・・・・・・・・」
そう呟きながら長野は太一の方に向き直り、固まっていた太一に笑顔を向けた。
「ゴメンね。半分本気で喧嘩しちゃった」
元通りの空気に戻ったことを感じ取って、太一は小さく息をつく。
「・・・・・・・・もしかして坂本君もあれで半分?」
「多分ね」
「・・・・・・・・」
答えに黙り込んだ太一を見て、長野は目を細める。
「駄目だよ、太一」
そして一言そう声をかけた。
「え」
驚いた表情で顔を上げる。
長野はにっこり微笑んだ。
「絶対に坂本君の領域に足を踏み入れちゃいけない。
 確かに簡単に力は手に入るし、太一なら坂本君を超えられるかもしれない」
その言葉に太一の目に期待が灯ったのを長野は確認した。
「でもね、簡単な方法にはそれなりのリスクが伴う事は、太一なら解るよねぇ?
 それとも、何?輪廻の輪から外れて未来永劫死ねない存在になりたいなら別だけど」
「・・・・・・・・は・・・・・・・・」
「坂本君が天狗だっていうのはもちろん知ってるよね?」
その問いかけに太一は黙って首を縦に振る。
「あの人が天狗になった経緯はちょっと調べれば出てくるから探してみればいいよ。
 とにかく、俺は前、太一に可能性の高い未来を教えたよね。あれは真実。でも全てじゃない」
そして長野は太一の胸に指を突きつけた。
「俺はまだお前には教えてない事実も知ってる。それは太一が知るには早過ぎるからまだ教えない。
 だからこそ、可能性はまだ無限に存在するんだ。確かに、その中に太一が天狗道に堕ちる可能性も含まれてる。
 でもね、忘れちゃいけないよ」
じっと見据えてくる瞳に淡く銀が混じる。
少しだけ漏れ始めた神気に太一は圧倒されて半歩下がった。
「それはお前にとって最悪の未来をもたらすよ」
「・・・・・・・・はい・・・・・・・・」
太一が小さく頷くと、長野は満足そうに笑みを浮かべる。
同時に目の色が元に戻った。
「解ったところで、話を戻そうか。鬼退治、やる?やらない?」
「やる。やりたい」
未だ激しく鐘を打つ心臓を落ち着かせるように大きく深呼吸してから、太一ははっきりとそう答えた。
「いい返事だ。じゃあ、そうだね・・・・・・・・鬼退治は明後日の夜ってとこだから、本家に戻って鬼のこと調べておいで」
「え?長野君が教えてくれるんじゃないの?」
驚いてそう問いかけると、長野はにっこり微笑んだ。
「自分から勉強しようという意欲がないと身に付かないよー?学校の勉強もコレも一緒だからね」
そう言って、太一の肩をぽんぽんと叩く。
「じゃあ、詳しいことはその時に教えるから」
頑張って、と手をヒラヒラさせて長野は廊下の向こうに行ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんの古狐!!」
1人残された太一は、小さく悪態を吐いてサッカーボールを蹴り飛ばした。







突然襖が開いて、人懐っこい笑顔が覗き込んできた。
「よっ、太一君」
「あれ、イノッチ」
荷物を鞄に片付けていた太一は手を止めてそちらを見る。
覗き込んできた彼はにこにこと笑いながら部屋に入ってきた。
「久しぶり〜。来てたんだ」
「久しぶり〜。イノッチも変わんないねぇ」
「でしょ。永遠の二十歳だから」
そう笑う井ノ原につられて太一も笑った。
「イノッチ今日はどうしたの?」
「いやね、茂君ちに遠い遠い親戚がいるって聞いたから会いに行こうと思って。
 でもほら、いきなり行ったら失礼でしょ?だから電話借りに寄ったのよ」
うち電話無いから、と太一の質問に笑いながら井ノ原は答える。
「あぁ、松岡ね」
「どんな子?」
「説明するより会った方が早いよ。こんな事言ったらアイツは怒るけど、可愛いやつ」
「何だ、男の子か〜」
妹が出来ると思ったのに。
残念そうに井ノ原はため息をついた。
「そうだ。イノッチ本家行くんだよね?」
「うん。これから走るよ」
「俺も乗せてって」
太一の言葉に、井ノ原が驚きの表情を浮かべる。
「え?いいけど、危なくない?こっから本家まで10分しかかからないよ?」
「大丈夫。しっかり掴まってるから。だって電車で帰ったら1時間かかっちゃうもん」
「坂本君基本飛ばないもんね」
本人に了承を得た太一は急いで荷物を片付けて、井ノ原について部屋を飛び出した。






「何だ。車出そうと思ってたんだけど。本当に大丈夫か?」
「うん。いっぺん乗ってみたかったんだよね」
心配そうな表情を浮かべた坂本に対して、太一はにっこりと答えた。
「坂本君、縄貸してよ。絶対に切れないやつ」
「縄ぁ?ちょっと待てよ・・・・・・」
井ノ原の要請に、坂本が自室の中をひっくり返し始める。
少しして結構な長さのロープを持って戻ってきた。
それを井ノ原に渡す前に口の中で何かを小さく呟く。縄が淡く紫色に光った。
「これで多分切れない」
「何したの?」
「言霊かけといた。何すんの?縄で」
「やー、手綱の代わり。太一君落ちたらマズいっしょ」
そう言いながら縄の両端を結び、自分の首にかけた。
そして裸足のまま庭に出る。同時に井ノ原の身体が白く光を発した。
光はだんだんと大きくなり、光が消えると馬ほどの大きさの白狼が現れた。
【しっかり掴まっててよ】
「うん」
地面に伏せた狼の言葉に太一は頷く。
玄関から持ってきていた靴に履き変えて、その背中に登ろうと縄を掴んだ。
「太一、頼まれて」
草履を引っかけながら坂本が庭に出て、太一に封書を差し出した。
「何?」
「光一に。茂君には見せんなよ」
「プリンね」
「気が向いたらな」
「頼まれましたー」
そう笑って太一は鞄に封書を仕舞い込む。
「じゃあまた来るね」
【帰りに寄るよ】
「おう。気を付けてな」
坂本が手を振ると同時に井ノ原は地を蹴った。
その大きさに似合わず軽々と塀を飛び越え、木々を縫って走り出す。

(ジェットコースターみたい)

結構楽しいじゃん。
そう思ったことを、太一は5分後に後悔した。
















「山犬に乗るって自殺行為やでー、太一」
ぐったりと座り込む太一に向けて、城島が苦笑交じりにそう告げる。
「・・・・・・・・・・・・・・うっさい・・・・・・・・・・・・・」
【やー、俺がしっかり言わなかったのと、全力疾走しちゃったのが悪いのよ】
山犬の姿のままの井ノ原が、尾を垂れ下げて太一に顔を寄せる。
「確かに速いけどなぁ」
城島がしゃがんで太一を覗き込んだ。

太一が楽しいと思ったのはほんの数分の話だった。
言葉通り井ノ原が全力で走り始めてからは、振り落とされないように縄に必死にしがみつき、
周りを見る余裕すらない。しかも速すぎて息ができず、死ぬと思った瞬間に突然止まったので、
反動で井ノ原の前方に吹っ飛ばされたのだった。

【ごめんね、太一君】
「大丈夫か?」
「・・・・・・・・大丈夫だからほっといて」
城島が伸ばした手を振り払って太一は立ち上がる。
「光一いる?」
「・・・・・・・・おるよ。書庫やない?」
「イノッチありがと」
太一は城島の答えに返事もせず、井ノ原にそうお礼だけを述べて玄関に走っていった。
「・・・・・・・・冷たい・・・・・・・・」
【・・・・・・・・反抗期?】
「・・・・・・・・去年辺りからやわ・・・・・・・・何かしたかなぁ僕・・・・・・・・」
【心当たりは?】
「有りすぎて判らん・・・・・・・・」
【・・・・・・・・そのせいじゃない?】
こそっと井ノ原が呟いた横で城島が、あれかな、これかも、と首を捻っていた。






書庫と呼ばれている蔵の入り口はちょうど全開になっていて、中に誰かがいることがはっきりと示されていた。
「こーいちー」
中にいるだろう人物の名を呼びながら足を踏み入れる。
年代物の床がギシギシ音を立てた。
「光一!」
「何ですか?」
「ぎゃあ!」
声を少し大きくして呼ぶと真後ろから声がして、太一は思わず悲鳴を上げる。
振り返った先にいた光一は、不服そうに片方の眉を跳ね上げた。
「俺でも傷つくことはあるんですよ、太一君」
「お前が気配隠してくるのが悪い」
むすっとした表情でそう言って、太一は光一に封書を渡した。
「坂本君から」
「ありがとうございます」
「ちょっと調べ物したいんだけど」
「良いですよ。後で返してくださいね」
光一は太一に鍵を渡し、母屋の方に戻っていく。
それを見送って、太一は周囲を見渡す。
年代物の書籍から、文化財に指定されそうな巻物まで、様々な紙媒体が埃を被っていた。
「・・・・・・・・どこから探せばいいのか分かんねぇ・・・・・・・・」
埃っぽい空気を吸い込んで、太一はため息をつく。
その時、天井がギシギシ鳴って、ボールくらいの塊が落ちてきた。
【どうした、国分けの若旦那】
それは落ちてくる時に広がって太一の足下に着地する。
大きな顔に短い手足を持っち、その生え上がった額に短い角が2本くっついた猿のような生き物だった。
「あれ、お前ここにいたの?」
その姿と声を確認して、太一は笑顔でしゃがみこむ。
【うむ。ここは埃っぽくて良い。国分けの若旦那は何をしておられるか】

異様に大きい目をこれでもかと開いて、その妖は太一を覗き込んだ。
「ちょっと捜し物。・・・・・・・・・・・・・・・・ねぇ、門二」
太一は物怖じすることなく、慣れた様子で猿に似た雑鬼に話しかける。
【何用か?】
「もしかして一目と又三郎もいる?」
【ここに】
太一が名前を口にすると、本棚の陰から同じく小さい雑鬼が姿を現した。
大きな目が一つしかない蛇と、尾が3本ある狸のような生き物がちょこちょこと太一の前に歩み出る。
【国分けの若旦那、ご無沙汰していることをお許しを】
「気にしてないから」
【ご息災のようで何より】
「お前らも元気そうで良かった」
深々と頭を下げる2匹に太一は苦笑を浮かべた。
すると3匹は同時にバラバラのことを話し始める。
【城島の御曹司はよくいらっしゃる】
【鳶の院の処に居られたのか】
【永原殿は】
「わああ!判ったから一斉にしゃべんな!!」
太一が声を上げると、一斉に黙り込んだ。
「あのさ、後で饅頭もらってきてあげるから、一緒に捜し物してくれない?」
【おぉ。国分けの若旦那の頼みなら喜んで】
【ここに適任が居りまする】
そう言いながら三尾の狸が連れてきたのは、頭の異様に大きい50cmほどの老人だった。
「誰?」
【この蔵の管理を仕ってございます】
太一が首を傾げると、老人は深々と頭を下げた。
つられて太一も頭を下げる。
【国分の御仁は何をお探しで?】
「鬼について書いてある本が見たい」
【もしや禁呪をご所望でございましょうか】
「禁呪?ううん。そんなんじゃなくて、鬼は何たるかってのが解ればいいんだけど」
【それでしたら、以前御当主殿が書の整理をなされた故、この棚に集めてありましょう】
老人はそう言って、壁際の棚を杖で指した。
「ありがとう」
【御仁は何故鬼に関わろうとなさる?】
感謝を述べて本棚に向かった太一に、そう声がかかる。
【御仁ならば咎人にも関わらずに済むのではございませんか】
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。秘密」
その問いかけに、太一は困ったように笑った。
【・・・・・・・・ならば問わぬのが道理。何か決め事がお有りなのでしょう】
御武運を、と言葉を締めて老人は消えた。
同時に太一は本に手を伸ばす。
手に取った本を開いてすぐに閉じ、別の本を手に取っては同様に閉じた。
「何で全部漢字かな!!」
腹立つなぁ、と呟きながら太一は次々と本を広げては閉じていく。
「・・・・・・・・こんなことなら漢文しっかり勉強しときゃ良かった・・・・・・・・」
頭上できゃあきゃあ騒ぐ雑鬼の声にイライラしながら、比較的仮名が使われている書物を指でなぞって解読しようと努めた。
が、さっぱり理解ができない。
「・・・・・・・・長野君のバカ野郎・・・・・・・・」
ため息をついて床に腰を下ろした瞬間、視界が陰る。
「え?」
頭を上げて目に入ったのは、斜めに傾く本棚。
それは太一めがけて勢いよく倒れてきた。
「どわあああああ!!!?」

ガッ

本棚は加速して倒れたが、壁が支えになって太一を潰すことはなかった。
しかしとっさに身を縮めたものの降ってくる書物を避けることはできず、背中や頭にバサバサと衝撃が加わる。
棚の中の全ての本が落ちてきて、静かになった。
「だー!!!この野郎!!」
書物の山に埋もれていた太一が大声で怒鳴りながら山から出てくる。
「お前らぁ!!!死ぬところだっただろぉ!!!ふざけんなよ!!!」
目を怒らせて、太一を覗き込んでいた雑鬼たちに向かって怒声を投げかけると、きゃあきゃあ悲鳴を上げながら散っていった。
雑鬼たちが本棚の上で騒ぎ回り、結果バランスを崩して本棚が倒れてしまったのだった。
「クソー・・・・・・・・・。おい!お前ら片付けとけよ!」
蔵の奥の方に声をかけると、少しして雑鬼たちがわらわらと戻ってくる。そして本を片付け始めた。
「・・・・・・・・・・・・・・ん?」
太一も手伝っていたが、ふと、足元に転がった巻物が目に付いた。
「何これ・・・・・・・・・・・家系図?」
少し広がったそれに目をやると、自分の名前が記入してあった。
同じくらいの位置に城島の名前が入っている。
「ふ〜ん・・・・・・・・・・・」
何となく興味を持って、そのまま広げていく。雑鬼たちがそれに興味を持って、覗き込んできた。
雑鬼たちに巻物の先を引っ張らせ、巻物の一番初めを開く。
そこには漢文で何か文章が書かれていて、その後に系図が始まっていた。
「・・・・・・・・・これが初代か」
掠れた墨で書かれた名前が、一番初めに書かれている。
それを順に辿っていくと、見たことのある苗字が出てきた。
「お、すげー。ここから国分がある」
上から十代も数えない内に、自分の苗字を発見した。少し下に大野の名も見つける。
「・・・・・・・・・・・・・あれ?」
さらに二代ほど後に聞いたことのない分家が出てきた。
「・・・・・・・・・・・・『山口』?」
そんな親戚いたっけ、と首を捻りながらその系図を辿っていく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だ、これ」
太一が眉を寄せた箇所で、山口家の系図は終わっていた。
しかも同じ代の城島の系図には、名前を墨で潰された人物がいる。
その人物の姉妹は山口家の最後の人物に繋げてあり、どちらも墨でバツが打ってあった。
【これは三十代前の当主殿が書物をまとめて書き上げた物ではなかったか?】
雑鬼の中の誰かがそんな呟きを漏らした。
「・・・・・・・・・山口・・・・・・・・・・ダメだ・・・・・・・・読めねぇ・・・・・・・・・・・」
それを解読したいと思ったものの、達筆すぎて太一には解読できなかった。
「之繞があるのは解るんだけどなぁ」
太一が小さくため息をついた時、入口の方から呼ぶ声がした。
「はーい!」
太一は返事をして入口の方に走っていく。
(・・・・・・・あれが達也って書いてあったら面白いのになぁ・・・・・・・・・)
そんな事を思いながら蔵を出ると、そこには山口がいた。
「何してたんだ?こんなところで」
「ちょっと調べ物。何だった?」
「あぁ、坂本が来たんだけど、お前に用があるってよ。今光一と喋ってる」
そう言って山口は母屋の方に歩き出す。
(もしそうだったとしたら、山口君何者だって話だよね。ありえねー)
太一はその背中を見て自分にそうツッコんで、山口を追いかけた。


















いつの間にか日は暮れかけていた。
「・・・・・・・・・・・明後日だったんじゃないの?」
「長野の先視も外れるってこった」
2人で人気のない道を歩きながら、坂本はため息をついた。
「しかもアイツ、俺に全部押し付けやがって・・・・・・・・・・・・・」
「俺鬼について何にも調べてないんですけど」
坂本に急かされるように出てきた太一は、本当に手ぶらだった。
これでどうやって鬼退治をするというのか。
首を捻る太一を見て、坂本は口を開いた。
「鬼退治って言っても、今日は鬼を見るだけだよ。お前はまだ勝てない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「鬼の種類、知ってるか?」
太一が首を振ると、坂本は指を2本立てる。
「特殊な例を除いて、鬼は2種類だ。生まれながらの鬼と、途中で鬼になった鬼の2種類。
 普通鬼と言ったら生まれつきの奴を指す。人間と違って寿命が長いとか、角があるとか、怪力だとか?
 基本的には人間を襲うことはない奴らだ。ま、攻撃されりゃ別だろうがな」
「・・・・・・・・・・・・でも、鬼は人を襲うんでしょ?茂君の・・・・・・・・・・・・・」
「ああ、そうだ。そいつらは人喰いと呼ばれてる。それが退治すべき鬼だよ」
住宅街から少し離れた路地裏。
街灯も少なく、人気なんてほとんどない。
陽はさらに暮れて、空は赤黒く染まっていた。
「今日は、人喰いがどういうものか、それだけ知って帰れ」
坂本がそう言った瞬間、突然吹いてきた生暖かい風に、太一は鳥肌を立たせる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・な、何・・・・・・・・・・・これ・・・・・・・・・・・・・・・」
目の前にあったのは古いアパートだった。
木造の2階建て。近々取り壊されるらしい。看板が立てられていて、夕飯時なのに明かり一つついていない。
「少し前にここで殺人事件が起きた。殺されたのは父親と娘。母親は命だけは無事だった」
坂本は太一の手を引いて、躊躇うこと無くアパートの中に入っていく。
「・・・・・・・・さ、坂本君・・・・・・・・・・」
「犯人は自殺。精神科に通っていたらしい。散弾銃を持って押し入り2人を殺して自分も頭を吹っ飛ばした」
古いアパートには廊下があって、木造のそれは足を踏み出すたびに悲鳴を上げる。
「坂本くんっ」
「母親の目の前でな」
太一は顔を真っ青に染めて坂本を呼ぶが、坂本は淡々と話し続ける。
一歩一歩、奥に進むにつれて空気が澱んでいくのを、太一は感じ取っていた。
頭のどこかが激しく警鐘を鳴らしていた。

これ以上進むな。引き返せ。

だんだんと、空気に黒い霞が混ざってきているように思えた。
息苦しくて仕方ない。そして何かが腐ったような臭いが鼻に突く。
胸焼けがして、今にも胃の中のものが戻ってきそうな気がした。
「母親は、・・・・・・・そうだな。想像してみろよ。目の前で最愛の夫と娘の頭を吹っ飛ばされたんだぜ?
 しかも散弾銃。至近距離で撃たれたらどうなるか。言わなくても解るだろう?」
黒い霞の中に坂本は突っ込んで行く。手を引かれた太一も否応なく霞の中に潜り込んだ。
臭いも澱みも一層強まる。背中を冷たい汗が走り抜けた。
これ以上進むのが嫌で嫌で仕方ない。
太一は足を止めた。
「・・・・・・・・・坂本、君・・・・・・・・・・」
「案の定、母親は壊れた」
坂本は太一に合わせて足を止める。
「普通の人間だったらそれで終わりだったんだけどな。可哀想な事に、多少の霊力を持ってたんだ」
「・・・・・・・・・・・坂本く・・・・・・・・・気持ち悪・・・・・・・・・・・・・・・」
「で、ここは鬼門に相当する位置。さて、太一。母親はどうなったと思う?」
しゃがみ込んだ太一に、坂本は無理矢理手を引っ張って立ち上がらせる。
「さぁ。お前が望んだことだろ?見ろよ。これが人間の成れの果てだ」
そして坂本は太一を無理矢理立たせたまま、目の前にあった扉を開けた。


激しい吐き気に涙目になったまま、太一は目を開けて、部屋の中を見た。
生活感も何もない。
誰かが住んでいたけれど、そのまま放置されたような、空気が死んだ部屋の中。
開けっ放しの扉の奥の方に、卓袱台の端と、そこに座る影が見える。
低く低く、扉が開かれた瞬間から音が聞こえていた。
一定のリズムを持った、小さな、声。
カーテンも引かれない、手垢と埃で汚れた窓ガラスから、微かな夕日が入ってくる。

黄昏時。
闇が、動き出す。


・・・・・・・・・・・ああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・・・・


声が、言葉の意味を無くした音に変わる。
太一は、固まったまま、目を逸らせなかった。

影が一回り大きくなる。
皮膚の裂ける音と、骨格が歪む音が耳に届いた。

臭いがさらに強くなる。
瞬間、空気が震えた。


ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


窓を覆い隠すまでに膨れ上がった影は、空気を震わすほどの雄叫びを上げた。

ズン・・・・・・・・

動き出したそれが一歩踏み出すと、アパート全体が揺れる。
「あれが、人喰い鬼だよ、太一」
瞬間、目の前にあった壁が吹っ飛んだ。






「・・・・・・っあ・・・・・・・・・・・・・」
意識が飛んでいたらしい。
いつの間にか見えるようになっていた空の色から判断して、それほど時間は経っていないようだ。
黒に染まりやすい空は、今だ赤を残していた。
「・・・・・坂も・・・・・・・・・・」
悲鳴を上げる身体を起こしたと同時に視界が陰る。
鼻を突く異臭に顔を上げると、目の前には化物の姿があった。
「・・・・・・・・ひっ!」
振り翳された腕が降ろされる前に、太一は飛び起きてその場から移動する。
しかし鋭い爪がいくつか肩を掠めた。
「いっ・・・・・・・・」
その衝撃に、瓦礫だらけの床に倒れて転がる。
爪が引っ掛かった箇所から鮮血が溢れ出していて、一拍間を置いてじわりじわりと痛みが広がってきた。
目の前の化物は爪に残る血を舐め上げて、再度咆哮を上げる。
そして太一目掛けて手を伸ばした。
「・・・・・・・うああああああ!!!」
太一は顔を引き攣らせて背を向けた。
瓦礫を避けながら走るが、それほど距離も行かない内に背中に痛みが走る。
そしてそのまま瓦礫の山に突っ込んだ。
「・・・・・・・・ぅあ・・・・・・・・・・」
勢いよく叩きつけられて、一瞬息が詰まる。
しかし無我夢中で瓦礫の山から這い出して、アパートだった場所から走って逃げた。
元々民家も少ない場所だったからか、人とほとんど擦れ違わない。
追いかけてくる足音を聞きながら、頭のどこかが妙に冴えてきた。


人がいないところに行かなきゃいけない。

出来るだけ、住宅地から遠く離れたところに。

そして、どうやって倒せば良い?


チラリと振り返る。
人間の3倍はあるような巨体が、その外見に反したスピードで追いかけてくる。


──── まさかあれが人間だったなんて


何となく胃の中がひっくり返るような感覚がした。
気持ち悪い。
その時、目の前に、同じ進行方向に歩く人が1人見えた。
「・・・・・・・っ逃げろぉ!!!!」
姿を確認した瞬間太一は足を速めて声を上げる。
太一の声にその人は振り返って、腰から上が消えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
足を止められないまま通り過ぎて、次第に速度を緩めながら振り返る。
「・・・・・・・・・・・・・・・っう゛えっ」
我慢出来ずに、迫り上がってきたものをその場に吐き出した。
バリバリと何かが砕けるような音が響く。
生臭い金属臭が辺り一面に漂っていて、吐き気をどうすることも出来ない。
生理的な涙で目を潤ませながら視線を上げると、棒の様な物が1本落ちた。
街灯だけがぼんやりとその場を照らしていて、夜で良かったという考えが頭を掠める。
人間だったものの真っ赤に輝く目が、太一を見た。
その威圧感に圧倒されて、太一は一歩足を下げる。
よろめいた身体が、ふわりと誰かに抱きかかえられる。
「太一」
耳元で囁かれた聞き慣れた声に、身体が軽くなった感じがした。
「・・・・・・・長野く・・・・・・・」
「太一、俺の声をよく聞いて」
足に柔らかいものが触れた。
視界の隅に、微かに黄色がかった見事な毛並が見える。
「死にたくない?」
「・・・・・・・・死にたく、ない・・・・・・・・」
「目を閉じて、自分の力をしっかりと感じるんだ」
そして、温かい手が太一の瞼を覆う。
「・・・・・・・聞こえるだろう?」
穏やかな声が耳に響いて、心が落ち着いていく。
「今まで聞こえなかった声が聞こえないか?今まで使ってきたのとは違う、鋭い、」

耳鳴りが、した。

金属が摩り合わされる様な、甲高い音。

次第にそれは荒々しい怒りに変わる。


──── 誰だ


頭の中に声が響く。


──── 我の眠りを妨げる者は・・・・・・・!!


「掴め。それを」
その言葉に従って、太一は前方に手を伸ばし、虚空を掴む。
「・・・・・・・・・!?」
何も無いはずなのに、手には感触があった。
「さぁ、太一。目を開けてごらん」
恐る恐る目を開く。
硬くて重たいものを掴んでいるような感触の左手には、銅のような素材の棒が握られていた。
それは途中から平たい板になり、太一の胸から生えているように見える。
「・・・・なっ・・・・・・・何これ・・・・・・・・・・」
「うん。とりあえずちゃんと取り出しちゃおうか」
アハハと笑う長野の声に、太一は慌ててそれを自分の胸から引っこ抜く。
「・・・・・・・・・剣・・・・・・・・・・・?」
歴史の教科書で見たことある、と呟くと、正解という言葉が返ってきた。
太一が逆手に握っていたのは、黄金色の古代の刀剣のようなものの柄だった。
その刀身は1メートルほどあり、光もないのに鈍く輝いている。
「説明の前にやっつけてしまおうか」
太一の握り方を正し、長野は背後から太一の手に手を添えた。
「さぁ、八重垣よ。眠りを妨げたのは目の前の咎人だ。力を貸してはくれまいか」
長野の声に応えるように刀身が輝きを増す。
太一はその剣が脈動したのを感じた。
瞬間、剣が激しく光を発し始める。
そして長野に支えられて剣で薙ぎ払うと、雷のように光が伸びて、鬼を切り裂いた。





















「太一はさぁ、自分の名前の意味を知ってる?」
意味が解らないと問い詰めた太一に、長野はそう言って笑った。
坂本は部屋の柱の一つにもたれかかって、煙草を蒸かしている。
袖の裾から白い包帯が見え隠れしていたが、太一は動かすことで走る痛みを無視して、長野に突っかかった。
「名前の意味?」
「名字の意味。知らないなら仕方ないかなぁ。
 国分家はね、八重垣の剣っていう神剣の護人なんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・もっとちゃんと説明してやれよ・・・・・・・・・・」
さらに意味が解らないという顔をした太一に、坂本はため息をついて助け舟を出す。
「じゃあ坂本君説明してよ」
「ヤダよ。めんどくせぇ」
「じゃあ文句言わないでよ。好奇心を駆り立てておくのも大事なことでしょ」
口論が始まってしまい、太一は少し苛立った表情を浮かべた。
「・・・・・・・ちょっと」
「・・・・・・・・・まぁ、太一も、訊くだけじゃなくて自分で調べるっていうことも身につけた方がいいのは確かだけど」
坂本が肯定の意を示すと、長野は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「でしょー。じゃあ修行の一環として、調べてごらん」
「は!!!?何それ!!!何でいきなりそうなるわけ!!!?」
太一が立ち上がって声を上げるが、長野は楽しそうにニコニコ笑うだけだ。
「情報収集能力も強さの内だよ、太一。ヒントだけはあげたから」
「何かそれ酷くない!!?何か蔑ろにされてる俺!!」
「してないしてない」
太一の肩を叩きながら、長野はアハハと笑った。
「ただし、一つだけ言っておくよ、太一。まぁ、これは繰り返しになるけどね」
突然の口調の変化に、太一は開きかけていた口を閉じる。
「今回使ったのは、確かにお前自身の力だよ。あれを使えば鬼退治も楽に出来るだろうね。
 でもね、これだけは覚えておきなさい。
 これから先、あの力をお前が使う度に、お前の寿命は1年ずつ短くなっていくよ」
「え・・・・・・・・・・・・・・」
「あの力は人間の手に負えるものじゃない。
 あの力を封印するために存在してるお前が封印を解くということは、命を削ることに等しい。
 ・・・・・・・・・・・・・・それでも良かったら、制御する方法を編み出すのも手かもしれないね」
そして、長野は部屋から出て行った。
太一はそのままの状態で固まっていて、坂本はため息をつく。
「・・・・・・・・・・三種の神器について調べてみな。
 それと、長野は言い過ぎでも何でもないから、ちょっと考えてみるといいよ」
坂本はそれだけ言って、2本目の煙草に火をつけて新聞を読み始めた。
腑に落ちないことが多すぎて、訳が解らないままの太一は、ドスドスと音を立てながら部屋を出て行った。

(いつか絶対ギャフンと言わせてやる)

そんな事を心に誓いながら。






「お前外蓮味強すぎ」
「ハッタリじゃないよー。真実だもーん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・上手くいってよかったデスネ」
呆れ返りながらそう言った坂本に、長野はここ最近で一番の笑顔を向けたのだった。











余計な部分を詰め込んだら長くなりました・・・・・・。
ダラダラ続きそうだったので、核心部分をぶった切りです(ぇ)

と、いうことで、陰陽師設定でぶん氏と勝利ツートップでございました。
長野様を腹黒策士にしたら、一つ屋根の下とのギャップが酷すぎて困ります。
実は、ですが、グロいと思われる表現を使いましたので、その部分は一応反転してあります。
大したものではないかもしれませんが、一応、念のため。ちょっと違和感のある空間部分がそうですので。

長野様がぶん氏に調べなさいと言った項目2つの内、1つは調べると出てきます。
あまり深く掘り下げて再現することはしませんが、坂本さんの役どころは実在の御方がモデルですので。

あまり言及するとボロが出るので、これで止めておきましょう(汗)

お待たせしました!!
いかがでしょうか、匿名希望さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!



2008/01/03




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