あんなことが起きるなんて、誰も想像できなかったに違いない。






突然の乾いた音が空気を切り裂いた。

その後の景色はスローモーション。一分一秒が永遠のように思えた。

真っ赤に染まる視界は、現実なのか心象風景なのか区別がつかない。

乾いた笑い声が、日常と平穏の崩れ去るときの効果音にしか聞こえなかった。

きっとその日、僕は死んでしまったんだ。


























No.5 Opus 67 in C minor



























校門を出ると、目の前に黒塗りの車が止まった。
見慣れた態のそれの窓が開き、運転手が顔を出した。
「お疲れ、シゲさん」
迎えに来たよ、と精悍な顔付きの青年がにっこりと微笑む。
突然行く手を阻んだ車に対して顔をしかめていた彼は、その笑顔に苦笑を返す。
そして反対側に回り助手席の扉を開けて乗り込んだ。
彼がシートベルトを締めたことを確認すると、青年は窓を閉め、静かに車を発進させた。
「ありがとう、と言いたいんやけど、何で黒塗りで来るん?」
「だって周りに他の車来ないから走りやすいじゃん」
「僕が怪しまれんねんで?」
青年の楽しそうな声に、もうすでに諦めているのか、窘めるような色も滲ませることなく彼は呟く。
「こんなのちょっとしたチンピラの車だよ」
「弁護士目指してるヤツがそんな車乗るかい」
「でもそんなに気にしてないんでしょ、どうせ。そうじゃなかったら乗らないじゃん」
「・・・・・・否定せんでおくわ」
苦笑を浮かべながら彼は答えた。そして小さく欠伸をして、シートを少しだけ倒す。
「何?寝る?」
「・・・・・・・昨日完徹してん・・・・・・・・・・・・・・」
「お疲れ様」
ダルそうに呟く彼に、今度は青年が苦笑を浮かべた。チラッと彼の方を確認してラジオの音量を小さくする。
「家に着いたら起こしたげる」
「ありがとぉ」
「・・・・・・・・・・・・・あ、酒屋寄っていい?」
「・・・・・・・・・・・お前、弁護士目指し取るヤツの前で法律違反するつもりか?まだ未成年やろ」
彼が不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、身体を起こして睨むと、青年は冗談と笑ってみせた。
「でも未来のボスなら小さな違法行為ぐらい当然じゃね?」
「まだ若頭にもなってへんくせによぉ言うわ。それに、ケジメもつけれんヤツがボスって将来不安やな」
吐き捨てるような彼の言葉に青年は驚いて目を見開く。そしてちょうど信号で停止したので、彼の方を見た。
「・・・・・・・・・どうしたの?ご機嫌ナナメじゃない」
そう言われて、彼は小さく溜息をついて腕で顔を覆い隠した。
「スマン、言いすぎた・・・・・・・・・」
「完徹、昨日だけじゃないでしょ」
「・・・・・・・・・・・・・・や、最近あんま寝られへんねん・・・・・・・・・・変な夢見て・・・・・・・」
「じゃあなるべく静かに運転するわ」
信号が青に変わった。青年はできるだけ静かにギアを入れ替える。
アクセルを吹かさないように気をつけながら、ゆっくりと発進した。
「頼むわー・・・・・・・・」
力ない声を最後に言葉が消える。そう時間がかからない内に微かな寝息が聞こえてきた。
「・・・・・・・・・・めっずらし」
普段人前で寝ることは滅多にない彼の寝息に、青年は小さく声を上げる。
「お疲れだね」
そう呟くと、静かに角を左に曲がった。















「タツヤ」
久々に顔を合わせた青年の父親は賑やかな食事の最中、彼の名前を呼んだ。
「何?」
その言葉尻に滲む張り詰めたような何かをものともせず、普段通りに青年は父親を見た。
周りの席に座る上層部の人間が口を閉じ息を呑む。それほどの重圧がその場に舞い降りた。
「親父がお前を若頭にしたいと言っている。俺も賛成だ。お前はどうだ」
「どうだ、って、どういう意味?」
「そのままの意味さ。こっちに来るか、堅気で生きていくか。
 俺たちはお前にしたいと思ってるが、お前が嫌なら無理強いはしない。嫌々やるものでもないからな」
メインディッシュにナイフを入れながら、父親は軽く肩を竦める。
「そうだね」
「今すぐでなくても良い。急ぐものでもない。決めたら教えてくれ」
「分かった」
「それと、一つだけ聞いておきたいんだが」
「何でも」
「もし引き受けるなら、相談役は誰にしたい?」
その問いかけに、初めて青年は食事の手を止めた。そして顎に手を当てて少しだけ考え込む。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・シゲ、だね」
「やっぱりな。良いか、タツヤ。意味が分からなくても良いが、これだけは忘れるなよ」
「?」
「シゲルに一線を越えさせるな」
父親に似つかわしくない、抽象的な言葉に青年はあからさまに顔をしかめる。
「意味が分からない」
「今は分からなくて良い。だが覚えとけ」
「・・・・・・・・・・・・りょーかい」
腑に落ちたわけではなかったが、これ以上追求しても答えが得られそうな気配もなかったので、
青年は諦めて肯定の意を示した。
と同時に、それまでの重苦しい空気が少しだけ穏やかになる。
カチャカチャと食器の擦れる音と共に、次第に雑談が再開されていった。















カリカリと鉛筆が一定のリズムを刻む。
机に向かう後姿を眺めながら、青年は机に向かう彼のベッドの上に転がった。
「ねぇ」
「んー?」
「いつ終わる?」
青年のその問いかけに彼は手を止めて、胡乱気に振り返る。その顔には呆れが張り付いていた。
「今始めたばっかやないかい」
「俺がいる時に課題しないでよ」
「また完徹させたいんか」
「そういうわけじゃないよ」
彼は青年の表情を見て溜息をつく。そして鉛筆を置いて、椅子ごとくるりと彼に向き直った。
「何なん?」
彼の対応に、青年は嬉しそうに身体を起こしてベッドの上に胡坐をかいた。
「若頭にならないかって言われた」
「・・・・・・・・・・・・・おめでとお?」
「いやいやいや」
困ったような顔で首を傾げる彼に、青年は苦笑しながら手を振る。
「どうしようかなと思って」
「何で?」
「うーん、まぁ、いろいろと」
「?」
「・・・・・・・・・・いや、だからさ・・・・・・・・・・・・・・・・・今、俺、工務店でバイトしてんじゃん?
 実は、正社員にならないかって話があってさ。そこで働いて真面目に生きていくのも手かなぁと」
「・・・・・・・・・・まー現実的に考えればそれが一番平穏で幸せかもしれんなぁ」
「親父もジジィも、強制はしないって言ってるし、アナタも普通に弁護士になるんだったら、
 そっちの方がいいなぁって思うんだけど、多少の期待はされてるみたいだから迷うんだよね・・・・・・・・・・」
壁にもたれる青年の動きを目で追いかけながら、彼は手持ち無沙汰にペンを回す。そして小さく唸った。
「・・・・・・・・別に僕が弁護士になろうがなるまいが、お前との交流がなくなるわけでもないやん」
「立場的に不味いでしょ。マフィアと交流のある弁護士だなんて」
「僕の親父は、それでも有名な弁護士やったで?」
「そうだけどさ・・・・・・・・・・・」
「まぁ、返事を待ってくれるならいろいろとシュミレーションしてみるのがええんちゃう?
 今すぐ決めなあかんわけでもないんやろ?」
「まぁね」
そう相槌を打つと、青年は再びベッドに倒れこんだ。
「シゲル君は何で弁護士?亡くなった親父さん?」
「んー。大まかに言うとそうやけどなぁ」
「詳しく言うと?」
「・・・・・・・・・・・・・・僕の人格疑うような答えかもしれへんけども、聞く?」
「聞く」
青年は起き上がってきちっと座り直す。居住まいを正した後で、どうぞと促した。
「親父とオカンを殺した奴を、合法的に死刑にするため」
「・・・・・・・・・・・・・・・・殺されたの?」
彼の目が一瞬冷えたことに青年は息を呑む。そして初めて知った事実を確認した。
「あんまよく分からんねんけど、そうやねん。親父さん曰く、僕はその場におったはずなんやけど・・・・」
「覚えてないの?」
「幸いにも」
そして彼は溜息をついて、椅子にもたれかかる。金属製の椅子はギシリと音を立てた。
「・・・・・・・・・・おかしいのかもしれんな、僕」
「何で。覚えてないってのはおかしくないんじゃねーの?テレビでやってんじゃん。PTなんちゃらってやつ」
「そういうことやなくてな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何で腹立たへんねやろなぁ」
「?」
「・・・・・・・・何か義務感みたいな願望みたいや。敵討ちをしなければいけないっていう」
「義務、ねぇ」
「でも最近見る夢は、多分そん時のことなんやと思うけど、起きたら覚えてへんし」
よぉ分からん、と話を終わらせて、彼は再び机に向かう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悩ましいことばっかだな」
青年は小さく呟いて、ベッドに突っ伏した。















ザワザワする店内から抜け出して、少年は溜息をついた。
彼についてきた年下の友人二人はまだ玩具屋の店内で夢中になっている。
「ひと、ひと、ひと、ひと。いったいどっからこんなに集まってきてんだよ・・・・・・」
鬱陶しそうに呟いて、店先でしゃがみ込んだ。
そして持っていた紙袋の中から、先ほど買った漫画を取り出して読み始める。
と同時に視界が翳った。
少年は不機嫌に顔を上げると、意外そうな顔をして自分の横に立った人物を見た。
「あれ、どうしたの?」
「ちょっとね」
その人はそう言うと、少年の手を掴んで、こっちに来てと引っ張った。
「え、待って。マツオカとナガセがまだ店にいるんだけど・・・・・・」
「ちゃんと二人だけで帰れるよ」
振り返った笑顔に違和感を感じる。その瞬間、首に痛みが走った。















ただいまと声をかけると、庭先の掃除をしていた若者がおかえりと微笑んだ。
何でこんな普通の兄ちゃんがマフィアなんだろうかと思いながら通り過ぎようとすると、
突然思い出したように声をかけられた。
「そうだ、シゲル。お前宛に手紙がきてたぜ」
「? ありがとうございます」
差し出された一通の封筒を受け取って、彼は小さく頭を下げる。
それを開きながら玄関に向かい、その少し手前で足を止めた。
どさっと音がして、若者は音の方向を見る。
少し前に屋敷に向かったはずの彼が玄関先で立ち止まり、足元には持っていた鞄が転がっていた。
「おい、シゲルー?どうしたー?」
若者は大声で呼びかけて彼に歩み寄る。そして肩を叩いた瞬間、彼はものすごい勢いで手紙を握り潰した。
「あっ、良いのかよ」
「いいんです。すみません。何でもないですから」
鞄を拾い上げ、手紙を中に突っ込みながら彼は笑顔を見せた。
若者はいぶかしむような表情を浮かべたが、若者が追及する前に彼は屋敷の中に走り去っていった。





予定より少し早めにバイトが終わったので、青年はのんびりとバイクを走らせて屋敷に向かっていた。
普段は混んでいるので使わない繁華街沿いの道路に差し掛かり、信号待ちで止まる。
ぼんやりと歩道を眺めていると、ふと目に止まった姿があった。
「あの人シゲに似てんなぁ」
恐らく旅行者だろう。大きな鞄を持ったロングコートの男が、青年の横を通り過ぎてすぐ傍の横道に入っていく。
世の中には自分にそっくりな人物が三人はいるという話を思い出して、一人納得した。





屋敷の扉を開けると、珍しく父親と祖父が玄関ホールで立ち話をしていた。
「ただいま。珍しいね」
「タツヤ。タイチとシゲルを知らないか?」
「は?しらねーけど、何かあったの?」
首を傾げる青年に、祖父が黙って一枚の紙切れを手渡す。それはくちゃくちゃに丸められた跡がついていた。
「何これ・・・・・・・・・・・・『覚えてる? 今度は誰にしようか?』・・・・・・・意味がわかんねぇ」
「シゲルがどこか行った。部屋の中にはそれが置いてあった。
 そして遊びに行ってたタイチが、マサヒロとトモヤを置いて行方不明だ。探させてるが見つからん」
「心当たりはないか?」
「無いよ。それに、シゲル君とタイチが、ふらっとどっか行くのはいつものことだろ?」
意味が分からないと言う青年に、父親と祖父が顔を見合わせる。そして、祖父が口を開いた。
「武器庫から拳銃一丁とマガジンが三つなくなってな。シゲルの部屋にそれに細工した形跡が残っておる。
 それと、どっかのアホが雇った暗殺者が街に入ってきたという情報も入った。
 関係があるとしたら、どうやっても最悪の状況しか想像できない」
青年の頭の中にその状況が再生される。
瞬間、青年は踵を返して屋敷を出た。背後からの声を無視して、先ほどまで乗っていたバイクを呼び起こす。
そして心当たりがないまま走り出した。















カツカツと靴音が響く。
埃っぽい廃倉庫の中は薄暗く、放置された機材やら何やらで見通しが悪い。
彼は張り詰めた表情を浮かべて奥に進んでいく。
「早かったね」
少し開けたところに出ると、左側から声がかけられた。
「もっと時間かかるかと思ってた」
「・・・・・・・・・・・・タイチはどこや」
「さぁね。まだ良いでしょ?せっかく時間ができたんだから、少しだけ昔話しようよ」
ダンボールの山の陰から出てきた男は、楽しそうにそう笑った。
その男の姿を見て、彼は顔をしかめる。男の顔は彼に瓜二つだった。
「・・・・・・・・・・・死んだはずやろ、お前・・・・・・・・・・・・・・」
「シゲルが、俺が死んだって教えられてただけやろー?」
「じゃああの葬式は何やってん」
「知らなーい。誰か別の死体やったんちゃう?やって、俺はほら、ちゃんと生きとるもん」
男はロングコートの裾を捲って足を見せる。
「なぁ、今まで忘れ取った十年前のこと、思い出してどう?俺上手かったやろ?
 あんとき必死に練習してんねんで。お前に忘れさそう思って、暗示のかけ方教えてもろて」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「帰ってきたときのお前の顔、すごく良かったで。あんな顔するなんておもわへんかった」
彼は顔を背け、男から見えないように腕で顔を隠した。
「あの弁護士さんたち、どうやって死んだか教えたろか?」
「き・・・・・聞きたないわっ!!タイチはどこやねん!!僕が来たら返してくれるんちゃうんか!!」
「これなーんだ?」
声を荒げた彼に、男は掌サイズの箱を放り投げた。
「っ!!?」
彼は咄嗟に避け、箱は足元に転がる。
「爆弾やないよ。開けてごらんよ」
ケラケラ笑う声の主を睨みつけ、彼は箱を拾いあげる。そして恐る恐る蓋を開けた。
「・・・・・・ひっ!!!」
小さな悲鳴と共に箱を投げ飛ばす。その中から人の耳のようなものが出てきた。
「あはは!!レプリカだよレプリカ!!驚きすぎやってシゲル!!!
 ふふっ・・・・・まだ殺してないよ?シゲルの目の前で殺してあげようと思っ」
「やっぱりそうなんや」
男の言葉を遮って、彼が顔を上げる。
同時に空気の抜けるような、ぱすっという音がした。
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
男の横腹から赤が滲む。何があったのか分からないという顔をした男を見て、今度は彼が笑い声を上げた。
「思った通りや。絶対にお前は僕の目の前で殺そうとするんやろなと思っとった」
「・・・・っ!」
逃げようとする男の太腿を狙って、彼はもう一発拳銃を鳴らした。
「!」
さらに一発。脹脛の辺りに赤い点ができて、男は勢いよく転んだ。
「アホな奴。忘れさせたまんまやったら、思い通りに進んだんになぁ。
 僕も幸せに暮らしていけたんに、残念やわ。親父とオカンの分も苦しんで死んでいけや」
そう言いながら彼は付けていたサイレンサーを外す。
引き金を引くたびに男の悲鳴が響いたが、火薬の破裂音で掻き消された。
どの弾も腕や足といった致命傷にはならない箇所に当たる。
男が拳銃を取り出そうとしたが、その手を打ち抜き、続いて拳銃も遠くに弾き飛ばした。
「おま・・・・・・・・・いつの間に・・・・・・・・・」
「さぁ?今日初めて使ってんけどな。不思議やわ」
彼が一歩踏み出すと、放置された間に溜まった土埃がじゃりっと音を立てた。
「僕の記憶によるとな、親父のここに赤い点があってん」
無表情のまま男の傍にしゃがみ込み、右胸を指差した。
「肺やんな。肺に穴が開いたら、メッチャ苦しいらしいやん?」
彼は空っぽになったマガジンを取り外し、後ろに向かって投げ捨てる。背後で甲高い音を立てた。
そして新しいものを取り出して、勢いよくセットする。
「ばいばーい」
ガチャンと拳銃が音を立て、男が顔を引き攣らせた瞬間。
「シゲ」
「!!!?」
耳元で声がして、驚いて振り返ると同時に勢いよく吹っ飛んだ。
ダンボールの山に背中から突っ込む。一拍置いて頬がジンジンと痛くなってきた。
「こんなところで何してるの、シゲさん」
「・・・・・・・・・・・・タ・・・・・・・・・」
声のした方を向いて、彼は目を見開く。
そこには男の持っていた拳銃を手にし、彼が落としたものを拾い上げる青年の姿があった。
「殺したいの?」
拳銃の中の弾の状態を確認しながら、青年は彼に訊いた。
訊きながら、もう一つの銃で、逃げようとしていた男の足に弾を撃ち込む。
「ダメだよ、シゲル君。弁護士になりたいって言ってる人が、殺人を犯すのは不味くない?」
弾数を確認してマガジンを元に戻すと、青年は唇の端を吊り上げて笑った。
「でも未来のボスなら、殺人くらい厭わないでしょ?」
ガチャリと、銃が重たい音を立てる。
「・・・・・っあかん!!!タツヤ!!やめ・・・・・・・・・・」
瞬間。三発の銃声が響いた。















目の前に座る青年の父親はデスクの椅子に座り、彼の方に身を乗り出した。
前方に体重がかかり、金属製のそれはギシリと音を立てる。
「シゲル、あれは誰なんだ?お前と瓜二つだったじゃないか」
彼はベッドに腰掛けて、その問いかけにも反応せず黙ってカーペットを見つめていた。
「・・・・・・・・・別に警察に届けるつもりはない。お前のことも、タツヤのことも。
 あの男がタイチを攫って殺そうとしていたのは明らかだ。マフィア同士の抗争としか警察も思わないだろう。
 ただ、お前とあの男の関係を知っておきたいんだが・・・・・・・・・」
呼びかけても返事がなく、父親は小さく溜息をついた。
「今すぐに教えてくれなくても良い。心の整理がついたら話してくれ」
それだけ言って椅子から立ち上がり、部屋から出て行く。
入れ違いに青年が入ってきた。
「シゲさん」
彼は呼びかけに顔を上げる。青年はチラリと目を合わせてから椅子に腰を下ろした。
「タイチは大丈夫だよ。気絶してただけでクスリとかも使われてなかったみたいだし。
 とりあえず今は大事をとって病院にいるよ。元々丈夫じゃないから。
 ちなみに死体はこっそり燃やして海に流したって。これで証拠隠滅完了。さすがだよね」
青年のその言葉に、彼は小さく息をつく。足に肘をつき、組んだ手に額を乗せて俯いた。
「・・・・・・・・・・・・・あれ、誰?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「俺には教えといてほしいな。人生初だし」
「・・・・・・・・・・・・・双子の兄弟、らしい。詳しいことは分からん」
「兄弟いたんだ。・・・・で、何者? 死んだはず、とか言ってなかった?」
「孤児院にいた頃、突然いなくなった。周りの大人は死んだって言うたし、葬式もやった。
 だから死んだはずやったんに、生きてた。僕を引き取ってくれた親父とオカンを殺したのもアイツやった」
「忘れさせられてたって事?」
「・・・・・・・・・・・催眠術とか何とかって・・・・・・・・・・・・」
「ふぅん・・・・・・・・ま、そんなことどうでも良いや」
青年の跳ねるような動きに椅子が悲鳴を上げる。
目の前に立たれ、影ができたと思った瞬間、彼は天井を見ていた。
「・・・・・・・・・・・え」
「ねぇ、シゲル君。おれ、今回のことで分かったことがあるんだ」
左肩を押さえられ、押し倒された状態で動けない。青年は彼の上に馬乗りになっていた。
「・・・・・タツ、ヤ・・・・・・・?」
「何だろう。アイツ殺した後、自殺しようと思ってたでしょ、アナタ」
「・・・・・・・・・・・・」
「当たってるかどうか別に興味ないけど、自殺しなくても、この家からいなくなるつもりだったよね?
 ・・・・・・・それは困るんだよ。アナタがどうなるかは、俺にとっての最も重要なことなんだからさ。
 だから俺が殺したんだ。アナタには絶対やらせない」
「・・・・・・っ何でや!!これは僕のことであって、お前には関係ないやろ!!何でお前が手を汚す必よ・・・・・・」
「勘違いしないでね」
「・・・・・・・いっ!」
見下ろしてくる視線に、彼は息を呑む。突き刺さるような冷たいその目に恐怖を覚えた。
「俺は俺のために、殺したんだよ。アナタのためじゃない。自分のためだ」
青年は勢いよく彼の右手を掴んだ。そして自分の目の高さまで持ってくる。
「もう二度とこの手で武器を持つな。銃もナイフも許さない。
 その代わりアナタは俺が守るし、今回みたいに憎いヤツや腹が立った奴は俺が殺してあげるよ。
 でも、次にアンタが人を殺そうとしたら、その前に俺がアナタを殺す」
「・・・・・・・・・・っ」
「俺はアナタを手放したくないから、アナタの罪を被ってあげたんだよ」
右手を拘束する力が緩む。青年が手を離して、腕はそのままシーツの上に落ちた。
「そうじゃなかったら、こんなこと普通はしないって。これは優しさでも命令でも何でもないよ」
青年の口が三日月を描く。
「これは、脅迫。
 俺が優しい人間じゃないって、シゲが一番知ってるでしょ?」
不自然なくらいの穏やかな笑みに、彼は目に見えない鎖の音を聞いた。
身体の力を抜いてベッドに預け、目を閉じる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕はどうしたらええの?」
「そうだね。このまま弁護士になってよ。マフィアと繋がりがあるエセ弁護士って名前が付くだろうから、
 それも弾き飛ばすぐらいのやり手の弁護士になってもらわないと、元は取れないなぁ」
声に滲んだ喜色を感じ、彼は目を開けた。
「ぼったくりやな」
「言っとくけど」
「『拒否権はない』・・・・・・・んやろ?」
「ついでに、ファミリーのことにも首は突っ込まないでね?」
「・・・・・・・仰せのままに」
彼の返答に、青年は満足そうに微笑んだ。





キリリク『未完成のフューネラルマーチ』設定の、リセッタ話でした〜。
本当はもっと違う話だったはずなんですが、最後のシーンが突如降ってきたので、こうなりました。
久しぶりにリセッタを書いたのですが、下手すると裏行きになるような雰囲気の作品に(苦笑)

未完成の〜で、無意識に2人の強弱関係を、ぐさま>シゲさん、にしてたんですが、
何でだろうなぁとふと考えたらこんな感じになりました。
シゲさんが大学生で成人、ぐさまがフリーターで未成年、下3人は未成年で学生です。
いろいろ弁解したいこと(敵のこととか)はあるんですが、悲しくなるのでやめておきます。


ではでは、大変お待たせいたしました!!
いかがでしょうか、梨亜さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!



2009/10/06




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