あれが欲しい
不意に小さく声が響いた。
これも欲しい
耳を押さえて音を塞いでみるが、相変わらずその声が叫び続ける。
あらゆるものを手に入れたい
「・・・・・・・・・・・・うるせぇ・・・・・・・・・・・・・・」
でも壊れていくのは嫌だ
小さく呻いてベッドの上に倒れ込む。
次第に声は大きくなっていく。
朽ちていくのは許せない
「・・・・・・・・・っ!」
飛びそうになる意識を何とか保ち、勢いよく起き上がって部屋の扉を開ける。
その先の部屋では、ソファに座った部下が驚いてこちらを見ていた。
だから
「これから7曜の間、絶対にこの部屋に誰も通すんじゃねぇぞ!!つーか城から出て帰ってくんな!!」
そう怒鳴り声を上げて扉を閉めた。
いつもの道を通って、いつものようにいつもの部屋に行こうとしたら、境界線の様子がいつもと違った。
「・・・・・・・・・・・・どうしたの?そんないっぱい服着て・・・・・・・・・・・・」
長野が不思議そうに首を傾げると、境界線を守る坂本の部下達が、苦笑を浮かべながら会釈した。
「しばらくは仕方ないんです。普段よりぐっと温度が下がってるもんで」
「長野さんも上着着てった方がいいですよ」
彼らの内の1人が説明し、別の1人が長野に厚手のコートを差し出す。
「いいの?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう」
感謝を述べながら長野が笑うと、彼ら全員が笑みを浮かべた。
「でも、もしかしたら今日はまだ王には会えないかもしれないですよ」
「え?」
「気をつけて下さいね。もう何人もやられてますから」
「?・・・・・・うん、気をつけるよ。ありがとう」
心配そうに声をかけてきた彼らに、またねと手を振ってその場を後にした。
「会えないかもしれなくて、気を付けなきゃいけない?・・・・・・・・意味解んないや」
首を傾げながら奥に進む。そして、進むに連れて、段々寒くなってくることに気付いた。
「寒っ!!・・・・・・・・・・・・コート借りといてよかったぁ」
肩を抱えてそう呟き、さらに足を進める。
次の瞬間、鼻先を何かが通り過ぎていった。そして一瞬遅れて何かが割れる音。
「!?」
驚いて下を見ると、氷の破片が散らばっていた。
「・・・・・・・・・・・・氷柱?」
落下物の経路を逆に追った先には、先端のないものを含む氷柱が密集している。
先端のないものの太さは太股ぐらいだろうか。
「・・・・・・・・・・・・歩くの速かったら頭直撃じゃん・・・・・・・・・・・・」
真っ青になりながらそう呟いて、急ぎ足でその場を後にする。
そしてようやく辿り着いた目的の部屋の扉は、完全に凍り付いていた。
「えー・・・・・・・・・・・・何でだよ・・・・・・・・・・・・これ・・・・・・・・・・・・」
長野は呆れ返りながらそう呟く。
全く溶ける気配の見えないその状態に、次第に怒りが沸き起こってきた。
「・・・・・・・・・・・・何でこんな寒い思いして来たのに、締め出されなきゃなんないんだよ・・・・・・・・・・・・」
呟きとともに、長野の周囲に風が巻き上がり始める。
そして。
「坂本君のバカー!!」
絶叫と同時に凍り付けの扉に風が吹き付けた。
高速で打ち付けられた風は鎌鼬を発生させて、氷ごと扉を切り刻む。
がらがらと大きな音を立てて崩れた扉の向こうには、何枚も重ね着してもこもこになった見知った顔が、火に当たっていた。
「あ、長野君」
「いらっしゃ〜い」
「・・・・・・・・・・・・・何してんの」
「寒いから火に当たってんの。こっちおいでよ。寒いっしょ、そこ」
アハアハと笑いながら井ノ原が手招きをする。
納得いかない顔をしつつ、長野はそれに従って4人の傍に歩み寄った。
「あ、温かい」
「はい。ここ座って」
健が座っていたソファの場所を空けてくれる。
そこに腰掛けて、火で手を温めながら周囲を見回した。
「・・・・・・・・・・・・これどうしたの?」
「うん、ちょっとね。長野君こそどうしたの?坂本君だったら今は多分無理だよ?」
「剛が帰ってこないから様子見に来たんだけど・・・・・・・・・・・・何で無理?」
入り口でも言われた、と長野が首を傾げると、井ノ原と健が顔を見合わせる。
「俺にもさっきから教えてくんねぇの、こいつら」
ぶすっとした様子で剛が呟いた。
「ねぇ、何なの?」
「う〜ん・・・・・・・・・・・・。説明が難しいんだよねぇ・・・・・・・・・・・・」
苦笑いを浮かべながら井ノ原が腕を組む。
「じゃあさぁ、七王のこと、どれくらい知ってる?」
長野と剛を見て、健がそう問いかけた。
「どれくらいって例えば?」
「祝福は判るでしょ?」
「火水風土と氷、雷、木、だろ?」
「七王がそれぞれ対応してるのも知ってるよね?」
「うん。まぁ」
「じゃあそれ以外に対応するものがあるって事は知ってる?」
その問いかけに、それまで答えていた剛は口を閉じた。
「・・・・・・・・・・・・もしかして大罪のこと?」
「お、長野くん正解♪」
「何だそれ」
井ノ原が楽しそうに言ったのと対照的に、剛は眉間にシワを寄せる。
「ま、普通なら天使は知らない事だから、知らなくて当然だって」
そう言って剛の肩に手を置いた。
「七王はね、それぞれが生き物の汚い感情を司ってんのよ」
「汚い感情?」
「例えば、羨ましいとか、サボりたいとか、腹が立つとか、何でも欲しいっていう気持ち」
「・・・・・・・・・・・・・・・それって汚い?」
誰でも持ってる感情じゃん、と剛は首を傾げた。
「めんどくさいって言いながら何もしない姿とか、怒り狂った顔とか、何でも欲しがる様子とかってさ、醜いじゃん」
軽い口調で言った井ノ原に、剛が息を飲む。
「でもそういう気持ちほど強いエネルギー持ってるんだよ。だから七王は強いんだけどね」
「それとこの寒いのとどう関係があるの?」
「制御できなくなる時期があるんだって」
長野の問いかけに健が答えた。
「何を」
「その気持ちも力も」
「・・・・・・もしかして、今がその暴走する時期で、坂本君の暴走のせいでこんなに寒いってワケ?」
「剛せいか〜い!!」
「でも閉じこもってる意味が判んねぇ」
嬉しそうに剛の首に手を回した健が、その言葉に少し膨れっ面になった。
「もー!何で解んないかな!」
「健ちゃん健ちゃん、説明まだ足りてないからさ」
金切り声を上げた健を、井ノ原がまぁまぁと宥める。
「何でその暴走と司ってる大罪が関係するの?」
長野がそう訊くと、健は剛から手を離した。
「ほら、坂本君って俺たちのこと、『俺のモノ』って言うでしょ?気に入ったモノは全部手に入れたいって言うじゃん。
凍土王は“強欲”だから、坂本君もそうなっちゃったんだよね」
昔は違ったよ、と健は肩を竦める。
「司ってる感情と持ってる力は繋がってるんだって。だから力が抑えらんない今はその感情も抑えらんない時期でもあるの。
例えばー、悠緑王は怠惰だから大野はどんなに大事な仕事って解ってても寝てるし、
煉獄王は憤怒だから、多分茂君は今頃ちょっとしたことで怒り狂っちゃったりしてるかもね」
「坂本君は強欲だっけ?欲しいって思うだけなんじゃないの?」
「そうじゃないから質が悪いのよー」
苦笑しながら井ノ原が口を開いた。
「これは初代の凍土王の嗜好だったらしいけど・・・・・・・・・。
“強欲”はね、あらゆるモノをそのままの姿で永遠に自分のモノにしておきたい、っていう意味なんだって」
意味が解らないでいる2人に、健が言った。
「つまりね、今の坂本君に近付くと、氷漬けにされて飾られちゃうよってこと」
「はぁ!!!?」
「長野君は見てないと思うけどさー、廊下のいたるところに氷像があったでしょ?あれみんなウチのヒトたち」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
事も無げに言った井ノ原の言葉に、剛が沈黙した。
「・・・・・・・・・・・・・・・じゃあ、何人もやられてるっていうのは・・・・・・・・・・・・・・・」
「氷漬けにされてるよってこと」
そして長野も沈黙する。
「今は頑張って抑え込んでくれてるけど、いつ抑えらんなくなるか解んないんだよねー。
だから俺と健が待機してるわけ。いざとなったら全員が退避するまで足止めしなきゃだし」
あはあはと笑いながら井ノ原がそう言った。
だんだんと剛の顔が青くなり、そして勢いよく立ち上がる。
「早く言えよ!!」
「だって言ったら剛帰っちゃうでしょー?」
「そりゃ帰るっつーの!!」
「寂しいし、つまんないし、それに、火使えるヒトいないと困るもん」
健の口調に、剛が言葉に詰まって困った顔をした。
「だけど・・・・・・・・・」
その時、4人の後ろで音がした。
一瞬で口を噤み、振り返って、4人とも表情を強張らせた。
「・・・・・・・・・・・・・・・今かよ!!!!」
焦った様子で井ノ原がソファを飛び越える。
「早く逃げろ!!!総員退避ー!!!!」
そう叫んで、音のした方、少し開いた扉の向こうに向かって、井ノ原が構えた。
瞬間。
じゅわ!!
井ノ原が放った炎が、耳障りな音を立てて消滅する。
その影響で広がった水蒸気のせいで視界が霞む。
「しまっ・・・・・・」
「不躾過ぎるだろ」
耳元で声がした。
背中を走り抜けた寒気に身体を捻る。
少し遅れた左腕全体に、針で刺すような痛みが走った。
「いっ・・・・・・・・・!!」
慌てて腕を引くと、部分的に凍り付いている。
同時に視界が翳った。
視線を上げた先には、普段と変わりない様子の坂本がいた。
「井ノ原ぁ。幾らなんでも上司に対してこれはどうなんだ」
「・・・・・・・・・っご、ごめんなさ・・・・・・・・・・・・」
いつもと変わらないのに、どこか違う気がする。
けれどその威圧感に圧倒されてしまって逃げられない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前さぁ」
そして、ガシっと腕を掴まれた。
「やっぱ、あの時に眠らせときゃよかったなぁ」
「は・・・・・・・・」
「こんな傷だらけになるなんて思わなかった」
そう言いながら頬に触れてくる坂本に、井ノ原は危険信号を感じながらも動けない。
瞬間、急激に体温が下がり始める。
「これ以上ボロボロになるのはいただけないな」
遠くに健の声が聞こえたが、答えられなかった。
健の呼びかけも空しく、目の前で氷の彫像が完成してしまう。
それを愛おしそうに撫でる虚ろな視線に、3人は背筋に冷たいものを感じた。
そして、その視線が3人を向く。
「・・・・・・・っ逃げろぉ!!!!」
悲鳴を上げながら剛と健が踵を返した。
そして先ほど長野が壊した扉から部屋を出て行った。
「え、ちょっ・・・・・・!!?」
走って去っていく2人を振り返ろうとした瞬間、殺気を感じてそのまま後ろに跳び退る。
「ああ、長野。ちょうどいいところに・・・・・・・・・」
「さ、坂本君・・・・・・・」
「ん?」
「何か殺気立ってない・・・・・・・?」
引き攣っているのは判っていたが、刺激しないように笑顔を浮かべながらゆっくりと後ろに下がる。
「いや、気のせいだろ」
「じゃ・・・・・・じゃあ何で井ノ原・・・・・・・・・・・・」
「前からああするつもりだった」
ジリジリと近寄ってくるその目に冗談など欠片も含まれていなくて、息を呑んだ。
怖い
初めてそう思った。
「あと健と剛と、お前も・・・・・」
「そんなのごめんだよ!!!」
恐怖を振り払うように大声を上げ、それと同時に鎌鼬を大量に発生させてぶつける。
周囲の氷が削られその細かい粉が宙を舞った。
視界が霞んだ隙に、長野は全力でその場から走り去った。
恐い
恐い
恐い!
あんなの坂本君じゃない!!
走り続けることしばし。
角を曲がったところで坂本の部下たちが屯しているところに出た。
「わっ!!」
「あれ?長野さん」
「どうされました?」
慌てた様子の長野に、彼らは首を傾げながら声をかける。
長野は振り返って周囲を見渡した後、肩で息をしながら彼らに説明した。
「げ!それは本当ですか!!?」
「井ノ原さんまでやられちゃったんですか!?」
「ちょっと隣の領地に避難しましょう!」
わあわあ言いながら彼らはその場から離れていく。
「長野さんも行きましょう。多分今日を越えれば終わりますから」
彼等の内の1人が長野に呼びかけた。
「え、今日で終わるの?」
「ええ。今日で七曜目ですから。毎回これくらいで落ち着いています」
「そうなんだ・・・・」
そう言いながら歩き出した彼の後ろについて、長野も歩き出す。
「剛と健は大丈夫かな・・・・・」
「三宅さんは何だかんだ言って毎回難を逃れてますし、大丈夫だと思いますよ。
まぁ、落ち着いた後でちゃんと救出してもらえますから凍らされても問題はないんですけど」
苦笑いを浮かべる彼を見て、長野はそんなものかと小さく首を傾げる。
「でも恐いですよね。坂本さんが王に就任してからずっと見てますけど、あのヒトが歴代の王の中で一番恐いですよ」
「・・・・・・・・・・」
「王自身も嫌ってますしね。だからこの期間は部屋から出てこないんです」
「・・・・・・・そうなんだ・・・・・・・」
少しトーンの落ちた長野の声に、彼が振り返った。
「・・・長野さん?」
「・・・・・そんな話初めて聞いたなぁ。こうやっておかしくなるってのも今日初めて知ったし・・・・・」
「悪魔でも知ってる者は多くないですよ。凍土王は周囲に影響があるので全員が知っていますけど・・・・」
「坂本君にも知られたくないことがあったんだね・・・・・・・・・・・」
俺にも知られたくないことがあるように、坂本君もコレを知られたくなかったのかもしれない。
今みたいに何でも凍らせてしまうことを嫌ってるなら、どうしようもできない今は辛いんじゃないだろうか。
そう思ったら居ても立ってもいられなくなった。
「先に逃げてて!俺ちょっと用事思い出したから!」
長野はそう叫んで踵を返す。
「え!?長野さん!!?」
上がった驚きの声を遠くに聞きながら、元来た道を走り戻る。
井ノ原が止めれないなら、今をブレーキをかけられるのは自分だけだ。
本当に今日で終わるんだったら、あと少しだけ止めておけば坂本君が味わう辛い思いも少なくて済むかもしれない。
そう思いながら走った。
凍りついた廊下を進み、突き当りを右に、さらに突き当たりを左に折れる。
何となく感じる気配を追って走る内に開けたところに出た。
そこに、いた。
「坂本君」
氷の彫像の前に立っていた人影はゆっくりと振り返る。
「・・・・・長野・・・・・・・・どこ行ってたんだよ」
「止めるために戻ってきた」
「何を?」
「坂本君」
その言葉と同時に長野の周囲に風が巻き起こる。
強く巻き上がる風は周囲の氷を少しずつ削り、細かい欠片を巻き込んで白く渦を巻いた。
「ははっ!俺を止める!?俺の何を止めるんだよ!!」
「そうやって何でもかんでも氷漬けにしてることだよ」
そう言いながらいくつも立ち上がった竜巻を坂本の方に向けて解き放つ。
竜巻は大きな音を立てて周囲の氷を抉り、透明だった氷像を白く曇らせたが、突如生えてきた氷の柱に相殺されて消えた。
「俺のものに何しやがる!!!」
「目の前の邪魔な氷を削っただけだけど」
恐ろしいほどの剣幕で怒りを表す坂本に、長野はしれっと言い返した。
「・・・・・・・・・・っ貴様ぁ!!」
その瞬間、胸部に衝撃を受けて、一瞬息が詰まる。
勢いに勝てずに背後の壁に、背中から勢いよくぶつかった。
「ぐっ!!」
床にすべる落ちる前に咽喉元を押さえられたために壁に押し付けられる形になる。
「これは俺の・・・・私のコレクションだ!!!何人たりとも傷つけることは許さん!!!」
「っ!!?」
「貴様・・・・・貴様もコレクションに入れてやろうと思っていたがやめた!ここで殺してくれるわ!!!」
突如変わった口調に長野は恐怖を感じた。
そして咽喉元を締め付ける力が強くなっていくのを感じて、無意識に押さえつけている手首を握り締めた。
恐い
恐い、けど
これは誰だ?
目の前のこの見慣れた顔は、確かに大切なヒトのモノではあるけれど、こんなのは坂本君じゃない!!
長野は腕に力を入れた。
ギリギリと音を立てて締め付ける手の圧迫が消えていく。
「くっ・・・・!!?」
「・・・・おまえっ・・・・お前は誰だ!!!!」
坂本の両腕を振り払うと同時に強風をぶち当てて吹き飛ばす。
バランスを崩して、坂本は仰向けに倒れた。その上に馬乗りになって顔を一発殴りつけた。
「誰だよ!!俺の知ってる坂本君はそんなこと言わない!!!
お前は坂本君じゃない!!その身体から出て行けよ!!!坂本君を返せ!!!!」
抵抗を続けていた坂本が急に大人しくなる。
呆然とした表情を浮かべて長野の顔をマジマジと見ていた。
その目はしっかりと像を結んでいる。
そして。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何やってんだ、お前・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・坂本君・・・・・・・?」
「何でお前ここにいるんだよ・・・・・・・・・・・・だって俺、今は・・・・・・・・・・」
意味が解らないという顔をして坂本は頭を抱えた。
その様子に、長野は半泣きで嬉しそうに顔を歪める。
「元に戻った・・・・・・・・!!!」
「は?・・・・・お前、コレ、首どうしたんだよ・・・・・・・・・」
「坂本君にやられたんだよ!!俺今殺されかけたんだから!!!」
長野の言葉を小さく反芻して、坂本の顔が一瞬で青くなる。
「責任取ってよね!!首にこんな跡つけてあっちに戻れるかよ!!!」
「うわ!マジで!!?スマン!!」
坂本の胸に顔を埋めて泣き出す長野に、坂本は青い顔のまま慌てだした。
「ちょ・・・おまっ・・・・・もー、泣くなよ・・・・悪かったって・・・・」
「すっごい恐かったんだからね!!」
長野が顔も上げずに叫ぶ。
赤い死神って呼ばれてた奴が何言ってるんだ・・・と思いながらもその背中をポンポンと叩いた。
「ゴメン。前もってちゃんと話しときゃよかったな・・・・。お詫びに好きなもの、何でも作ってやるから」
「ホント!?」
坂本の言葉と同時に、嬉しそうに長野が顔を上げた。
その顔には泣いていた様子なんて欠片も見えない。
「おっ前!!嘘泣きか!!!」
「やった!!ありがとう坂本君!!俺食べたいなぁと思ってたものがあるんだよね!!」
勢いよく坂本の上から飛び退くと、普段使っている部屋の方に走っていく。
そんな長野の後姿を視線だけで見送って、坂本は溜息をついた。
「・・・・・・・やられた・・・・・・・・・」
髪をかき上げながら、その場に胡坐をかいた。
『坂本君を返せ!!!!』
飛んでいる記憶の最後に聴こえたような気がした言葉が頭の中を過ぎる。
「・・・・・・・・・・・・まさか殴られるとは・・・・・・・・・・」
何となく痛い頬を撫でると、坂本は小さく笑った。
「しょうがない。ご希望の品を作ってやるか」
そう言って立ち上がるとともに周囲の氷が一瞬で消える。
「その前に、全員に謝るか」
めんどくせ、と呟きながら、長野を追いかけた。
坂本から見えない位置にまで来てから、長野はゆっくりと足を止めて元来た方をチラリ振り返った。
先ほどまであった氷が少し前に全て融けて消えていて、見慣れた廊下が広がっていた。
「・・・・・・・チャカしちゃったけど、大丈夫だよね・・・・・」
そう呟いて、歩いて目的地を目指す。
『何でお前ここにいるんだよ』
正気に戻った坂本がすごくショックを受けているように思えて、咄嗟にふざけた対応をとってしまった。
それでも最後に見た表情は普段するような顔だったから、少しはホッとしたけれど。
「余計なことだったかなぁ」
坂本の顔をぶん殴った右手をマジマジと見ながら小さく呟く。
「長野!」
その時、背後から呼ぶ声。
咄嗟に振り返ると坂本が小走りにやってきていた。
「お前、置いてくなよ」
呆れた口調でそう言って横に並ぶ。何となく気まずくて、長野は視線を逸らした。
「ありがとな、長野」
けれど掛けられた声に坂本の顔を見る。
「迷惑かけた。お前が止めてくんなかったら全部氷漬けにしちまってたよ。助かった」
そして長野を見て、坂本は笑った。
「・・・・・どういたしまして」
照れくさくなって長野は俯いた。
「ちゃんと作ってやるよ、お詫びに」
「当然だろ。俺だけじゃなくてみんなにも作らないとダメだよ」
「分かってますー」
ぶっきらぼうに長野が答えると、わざとらしく不貞腐れた口調で坂本が返す。
そして2人同時に吹き出した。
「じゃあ戻ろうか」
「うん」
ケラケラ笑う坂本の横を長野も笑いながらついていく。
きっと戻ったら井ノ原や剛、健をはじめ、部下全員から文句を言われるだろう。
どんなことを言われるだろうかと想像し合いながら、2人は歩いていった。
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書いている途中で、コレどこの夫婦喧嘩だろうかと思ってしまったのですが(汗)、完成です!
一つ屋根の下、勝利ツートップのお話でした。
リクエストいただいた時に、『ランチタイム』に出てきた“声”を、とのことでしたので、
いつか出そうと思っていた暴走期の設定を出そうと相成りました。
前半が説明口調になってしまったのが気になりますが、久々のこの設定を書くのはおもしろかったです。
一応、他の王様方も同時期に暴走期がありますが、それほど他への影響はありません。
三宅さんが前半で言ってますが、ほとんどは自分の中で昇華できるようなものなので。
(1週間ずっと寝まくってたり、1週間ずっと食べ続けてたり)
ちなみにシゲさんは紫さんが傍にいるので暴走期でも何ともなかったりしてます。
いつか書きたいと思ってたエピソードなので、書けてよかったv
お待たせしました!!
いかがでしょうか、キリハさま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!
2009/02/22
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