どうするかは、お前の自由だ。








s t i l l w a t e r s r u n d e e p








風がざわざわ樹の枝を揺らす。
それを縁側でぼーっと眺めていると、右横に柔らかい感触がした。
視線をそちらに向けると、真っ白い毛色の狐が自分の真横にビシッと座っている。
その姿を確認すると、大野は再び樹に視線を戻した。
揺れる樹には、よく見れば蝶のような翅の生えた小さな人間がまとわりついている。
小さな頃から見ていたが、最近になってはっきり見えるようになってきたと思う。
楽しそうなその様子を見ていると、いつの間にか横には大野と同じくらいの年の少年が座っていた。
「何見てるの?」
「んー。風の精」
「あぁ、あの樹がお気に入りみたいですね」
「小学生の頃はこんなはっきり視えなかったけどなぁ」
「もう12歳過ぎたからじゃないですか?」
あまり興味無さそうな口調に、同じく興味無さそうに頷いた。
「そういえば、父上殿から何言われたんですか?」
少し間を置いて二宮が訊いた。
大野はそれに、うん、と言ったまま黙り込む。
「『うん』て何ですか」
「・・・・・・・・やぁ、めんどくせぇなぁと思って」
「何が?」
「いろいろ。もっと軽く生きていきたいなぁ」
「それは難しい願望ですね」
うぅんと唸り、今度は二宮が黙り込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・やれって言ってくれたら楽なのに」
大野はボソリと呟いて、そのまま仰向けに倒れた。
呟きは二宮には聞こえなかったらしい。
腹が出てますよと笑いながら、二宮は大野の腹部をポンと叩いた。



「何か険しい顔になっとるで、智」
「ぅお」
指摘されて思わず眉間を擦る。
気付かぬ間に顔をしかめていたらしい。
普段からあまり力を入れることのない眉間が少し疲れたような気がした。
「何か悩んどる?」
「・・・・・・・・う〜ん。これを悩むと言うのかどうか・・・・・・・・」
「聞こか?」
離れに造られた小さな武道場の板敷きの上に城島が座る。
大野も持っていた本を投げ出して腰を降ろした。
「茂君は自分から当主になるって決めたんだよね?」
「せやで」
「幾つぐらいで決めたの?」
「せやなぁ・・・・・・・・10歳になるかならないかぐらいやったかなぁ」
城島の言葉に、大野は眉間にシワを寄せた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・俺より早い」
「もしかしてサポートチームの件か?」
問いかけたが返事がない。
それは肯定の意味だと城島は受け取って、小さく苦笑した。
「嫌なん?」
「・・・・・・・・嫌じゃない、と思う」
「不安が残るならやめといた方が無難やで?」
「そうじゃなくて・・・・・・・・・・・・・・・・」
続けようとしたが、上手く言葉にできず口ごもる。
しかし大野が続けようとしているのを感じたのか、城島は静かに待った。
「・・・・・・・・不安、なんかな・・・・・・・・・何だろう・・・・・・・・。・・・・・・・・重たい・・・・・・」
「重たい?」
「・・・・・・・・責任、が・・・・・・・・俺なんかがリーダーっていうのが、良いのかって、思う。
 俺、茂君みたく強くないし、みんなをまとめる自信、ない、し・・・・・・ガッカリされると、この辺痛いし・・・・・」
ボソボソと言いながら、腹の辺りの服を掴む。
「・・・・・・・・時々、すっげぇ逃げ出したくなる・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・翔ちゃんとかニノが、ホントは俺に期待してるって分かる、から・・・・・・・・頑張りたい、けど・・・・・・・・」
「頑張ってガッカリされるくらいなら初めから頑張らない方が言い訳がつくって?」
「そ・・・・・・・・うかもしれない・・・・・・・・」
反論しようとしたがすぐに同意を示す。
シュンと落ち込んだ様子に、悩んどるなぁと城島は小さく笑い、口を開いた。
「まぁ、何言っても不安はなくならんやろうね。プレッシャーには強くないしな、お前は。でも大丈夫やろ」
城島はそう言いながら立ち上がり、先程投げ出された本を拾い上げる。
「僕はお前に期待はしとらんけど、希望はしとんねん」
「・・・・・・・・え、希望?」
「出来る限りのことはやってほしい、って希望」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ちなみに、ついさっきお前が看破したこの本。太一が看破したのは16歳の時でした」
その本は大野の鼻先に差し出される。
「自信はないのかもしれんけど、実力は僕のお墨付きや。
 もし言葉がほしいんやったら言ってもえぇけど、最終的に選ぶのは智やからな。それだけは覚えとってや」
それを大野は神妙な面持ちで受け取った。
「それと、全部を背負うのもありやけど、全部を背負わないのもありやと、僕は思うで」
本をじっと見つめる大野に、城島はニヤリと笑った。





伝えられた内容を聞いて、山口が嬉しそうに口角を上げた。
「ひっさしぶりの鬼退治か」
「その内容だと大量にいるみたいだけど」
ワクワクした様子の山口に反して、嫌そうに眉頭を寄せながら国分が城島を見る。
「ご名答。数は判らん。10はいる」
「10匹以上いるかもしれないってこと?」
不安そうに松岡が首を傾げると、城島は黙って頷く。
「散らばってるんですか?」
「いや、どうやら群れを作っとるらしいねん。1匹知能高いのがおるらしくてな」
「そいつが指揮をとってると」
「せや。まぁ賢いことに、迷い込んだ人間を囲い込んで追い詰めて襲っとるらしいねん」
「うっわぁ。何か小賢しくてウっザ」
「でも珍しいですよね?人喰いって共食いすることもあるのに」
「共食いって・・・・・・・・・・・・・・・・ヤなこと言うなよ長瀬」
「まぁまぁ。でな、今回の作戦はこれでいく」
そう言うと城島は、とある場所の地図を広げた。
そして赤ペンで書き込みながら説明を始める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・というわけなんやけど」
「いや、それはさすがに危ねぇだろ」
「でも相葉がいるなら何とかなりそうじゃない?」
「いざとなれば櫻井も使えると思う」
「松潤もあれはあれで動けますしね」
「まぁ二宮は長野んとこの変わり者だから大丈夫か・・・・・・・・」
「大野は?」
最後の城島の問いかけに、4人が黙り込む。
「大丈夫か、あいつ。この間何もないところで転んでたぞ?」
「少し前なんて鳩のフンをかけられて、気付いてませんでした」
「いつもぼーっとしてるし」
「眠たそうだしな」
やれ心配だと騒ぎ出す面々を見て、城島はこっそりと吹き出した。
「まぁまぁ、フォローは僕らでするとして、この作戦でえぇかな?」
「・・・・・・・・・・危なくなる前に助けに入れば大丈夫か」
山口のその呟きに、それならと残りもうんと頷く。
「なら、少し休憩してから打ち合わせしよか。実行するのは夕方からやから」
そうして一度散会になりバラバラと部屋を出て行った後、残ったのは城島と国分だった。
「途中笑ってたでしょ」
「いやぁ、みんな過保護やなぁと思て」
「心配じゃないの?従兄弟なのに」
「これでも心配しとんやで?いろんな方々を」
あははと笑う城島の言葉に、国分が眉を寄せる。
「“方々”?」
「うん。“方々”」
「白々しいよ、その言い方。大野たちを巻き込むのだってワザとなくせに」
「やっぱバレとったかー。うん、でも、まぁ、一種のショック療法ってことで」
「智への?」
「いろんな方々への」
「・・・・・・・・・」
沈黙した国分の顔を見て、城島は面白そうにその表情を崩した。
「まぁ、危険な目には遭わせへんけどな。大事な家族やから」
ふふと笑いながら城島も部屋を出た。
その背中を見送って、国分は肩を竦めながら、盛大に溜息をついたのだった。













山道の途中に門がある。
常に開きっぱなしのそれを越えて、少し行ったところにある庭に顔を出すと、櫻井と相葉が何かをしていた。
「あ、大野君、おかえりー」
「おかえり、智君」
「ただいまー」
大野に気付いた2人の出迎えに、大野はのんびりと返事をする。
「何してんの?」
「今日理科の授業でさ、先生が酸素がいっぱいあるとメッチャ燃えるって言ってたからやってみてんの」
「あー。酸素ね」
「俺は付き添いだけど。智君はどこ行ってたの?」
「んー、お絵描き教室」
「へぇ。一回作品見せてね」
「上手くできたらね」
櫻井の言葉にそう返して、大野は家の中に入る。
ちょうど奥から坂本が出てきたところだった。
「おー。おかえり」
「ただいま」
「どう?」
「うん」
「お、スゲェじゃん」
擦れ違いざま、坂本は笑顔を浮かべて大野の頭を撫で回した。
「そろそろ本気出してみれば?」
「んー・・・・・」
「しんどいか」
その言葉に大野が頷くと、坂本は苦笑を浮かべて、しょうがないなと呟いた。
「ま、いざという時困らないようにしとけよ」
大野の肩を軽く叩くと、坂本は草履を引っ掛けて庭に出て行く。
グチャグチャになった髪を直しながらそれを見送って、部屋に向かう途中、小さく呟いた。
「・・・・・・・・・・・今日何かあるんかな」


その呟きは間違ってはいなかった。


「はいは〜い。中学組はテスト終わったことだし、久しぶりに修行するよー」
居間で5人、ゴロゴロしていると、部屋に入ってきた長野がそう声をかけた。
「え、何するの?」
「後でちゃんと説明するから準備しといてね。10分以内に庭に出てきて」
松本の問いかけに答えず、時間だけを告げて長野は去っていく。
「・・・・・・・・今から?」
「もうすぐ日が沈むじゃないですか」
「また何か無理難題言うんじゃないのー?」
「げー。また真夜中目隠し鬼 in 山ん中だったらヤだなぁ」
「あれは翔君には超不利だったもんね」
何だかんだ文句を言いつつ5人は準備に取り掛かる。
慣れた様子で動きやすいジャージに着替え、急いで庭に出た。
庭ではめんどくさそうな様子で坂本が地面に何かを書きつけていた。
「何書いてるんですか、坂本君」
「長野に訊けっ、長野にっ。・・・・・・・ったく、何で俺が雑用しなきゃなんねーんだよっ」
相葉の問いかけに文句を言いながら坂本は返す。ちょうどその時長野が現れた。
「坂本君書けたー?」
「書けたけど!お前ちょっとは自分でやろうという気はねーのかよ!」
「あはは。だって他にやることがあったからさ」
坂本の文句をさらりとかわし、長野は5人の前に立つ。
「準備は良いかな?」
頷く面々を見て満足そうに笑うと、長野は坂本が書いた紋様の上に立つように指示を出した。
「何するんすか?」
「今回は簡単。何やっても何使っても構わないから、5人一緒に日の出までに下りてきてね。
 どこから下りてきてもちゃんと分かるようになってるからその辺は気にせずに」
そう言うと、長野は近くにいた櫻井に方位磁石を手渡した。
「?」
「じゃあいってらっしゃ〜い」
長野が笑顔で手を振ったその瞬間、視界が歪む。

そして5人は薄暗い森の中にいた。

「森!!?」
「どこここ!!」
櫻井と相葉が叫ぶ。大野と松本は驚きすぎて声が出ない様子だった。
「・・・・・・・・・あー。そういえばあの円陣見たことがありますね・・・・・・」
「坂本君が書いてたやつ?」
「昔、永原さんが頻繁に使ってた気がするんですけど、移動用の門だったと思います」
「なるほど・・・・・。んで飛ばされたのか」
二宮の言葉に松本が唸る。
櫻井は方位磁石で方角を測り、相葉は犬神に周囲の様子を見に行かせたようだった。
「森っていうか山じゃね?」
「氷焔もそう言ってるよ」
大野の言葉に相葉が同意を示す。
「っつーことは、この山を日の出前に5人揃って無事に下りることができればOKてことか」
櫻井がそうまとめると、4人は納得して頷いた。
「じゃあ行きますか」
松本が一番乗りに歩き出す。相葉がそれに続き、松本に方向を教えていた。
「行くよ、おじさん」
「お前の方が年上だろ」
「精神年齢は大野君の方が上ですよ」
「智君は妙に落ち着いてるから」
雑談しながら5人は獣道を下り始めた。

「そういえば大野君、山に行くの知ってたの?」
先頭を行く相葉が振り返る。
「?」
「行く前にジャージの上、着といた方が言ってたでしょ?」
「ああ、確かに。言われなかったら着てなかったもんね。今頃虫にやられてボロボロだよ」
「んー。長野君が来た時に山が視えたから」
「考えてることが視えるのって便利だよねー」
「滅多に視えねーよ。相手がめっちゃ気にしてることしか視えない」
「俺らのも視えるの?」
「だから視えないって。・・・・・・ああ、でも翔君が理科のテスト結果を気にしてるのは視える」
「ぎゃ!言わないでよ!」
「できなかったんですか?」
「理科難しかったんだよ!」
「えー。オレ来年から中学だけど、勉強難しいならやだなー」
「難しいの?」
「んー。どうだろ。分かんね」
「社会は面白いよ」
「人間って大変ですねー。俺学校なんて行ったことないや」
「ニノも通えばいいのに」
「ヤです。わざわざメンドクサイ」
「長野君に言われたら行くの?」
「命令だったら従いますけど」
「ニノもやる気ないなー・・・・・って、どうした松潤?」
櫻井が、突然後ろを振り返った松本に声をかける。
松本は櫻井を通り越してはるか頭上、山の頂上の方をじっと見ていた。
「・・・・・・・変な声がする」
「声?」
「・・・・・声はしないですけど、何か臭いません?」
「ホントだ。・・・・生臭い?」
全員足を止めて振り返る。そして、大野が小さく呟いた。
「足音しねぇ?」
その言葉をともに息を潜めた。すぐに走り出せるように体勢を低くして身体を緊張させる。
確かに、風のない今、遠くの方からガサガサと音がするのは何かがいる証拠だろう。
無意識に5人身を寄せて息を呑む。
「・・・・・・あのさ」
不意に櫻井が口を開いた。
「何?」
「俺今メッチャ鳥肌立ってるんだけど、前、同じ状況を一回だけ体験したことがあるんだよね」
「何ですか」
「長野君に特訓とか言われて俺だけ別メニューやった時なんだけどさ」
「だから何!?」
「鬼」
端的に言われたその言葉に、全員が櫻井を見る。
そして櫻井は引き攣った笑みを浮かべた。
「人食い鬼がいるんじゃね?ここ」
その言葉に応えるように、上方から腹の底に響くような雄叫びが聞こえてきた。
「「「「ぎゃー!!!!!」」」」
瞬間、5人一斉に麓に向かって走り出す。
ガサガサと激しい物音をさせて走っていると、背後から低い足音が近付いてくるのが聞こえた。
「来た!!!」
「てか嫌な声がいっぱい聞こえるんですけど!!」
半分泣きそうになりながら松本が叫ぶ。
「何言ってんの!!?」
「く・・・・・『喰ってやる』って!!!!」
「ぎゃああああ!!!!聞かせんなそんなことぉ!!!」
「訊いたのそっちだろ!!!」
「松潤!いっぱいってことはもしかして・・・!!?」
「何匹もいるってことだよ!!!多分だけど!!!!」
その言葉に全員の走る速度がさらに上がる。
しかし次の瞬間。
「うわっ!!?」
「智君!!!」
櫻井が咄嗟に手を伸ばすが届かない。
大野は足を滑らせて、そこにあった崖の下に消えた。
「オレが探しに行くからみんなは先に行って!!」
崖の向こうに、誰よりも先に相葉が飛び込んだ。
「相葉ちゃん!!」
「翔君!馬鹿力の相葉ちゃんが行った方が体力的に適任ですよ!
 それより潤君を早くここから遠ざけないとマズイです!まず狙われるのは潤君だし!!」
飛び出していこうとする櫻井を二宮が止める。
その言葉に櫻井が慌てて振り返ると松本は青い顔をしていた。
「松潤大丈夫!?」
「・・・・・大丈夫、だけど止まるとやばいかも・・・・・」
辛そうな様子を見て、ようやく松本が霊障を受けやすかったことを思い出す。
逡巡してすぐ、櫻井は伸ばした手を引っ込めて松本の手を掴むと、進路を戻して走り出した。
「とりあえず下山したら長野君がいるはずだから、助けてもらおう!」
先ほどよりもさらに早くなった足取りのその後ろを二宮は黙ってついていった。










咄嗟に出て行こうとしたのが分かっているかのように、無線の向こうから待機指示が出る。
「何で!!?」
思わず上げてしまった声に、松岡は慌てて口を塞いだ。
そのまま横を見ると、同じ場所で待機していた山口が不服そうに顔を顰めている。
「何でだシゲ」
『まだ出んでもえぇ。指示するまで出るな』
「智が崖から落ちたんだぞ。相葉が後を追ったけど、怪我してたら逃げ切れないだろ!」
『分かっとる。でも出るな。まだ早い』
「手遅れになったら・・・・!!」
『文句言うなら封身するで達也』
「!!!」
『指示するまで待機。これは命令。分かったな』
無線の向こうから抑揚のない声が冷たく響く。そのまま無線は切れた。
命令と言われてしまっては動けない。
ギリギリと山口は歯を鳴らした。
「・・・・・・・茂君にも何か考えがあるんだよ・・・・・・・・」
その様子に恐怖しながら松岡が小さく声をかける。
「・・・・・・分かってる!でもあのヒトの考えが解んねぇ・・・・・・・・・」
悔しそうに山口は呟いた。





無線を切って、城島は溜息をつく。
「・・・・・・・・・・・過保護もここまで来るとあかんな」
そして懐から札を取り出し歩き出した。
「何が目的でここに来とると思とんねん」





受身を取り損ねて、背中から思いっきり茂みに突っ込んだ。
一瞬息が詰まる。
「・・・・・いっ・・・・・・・・」
無意識の悲鳴とともに呼気を吐いて、それで落下が止まったことを確認した。
痛みに耐えかねてそのままの体勢から動けずにいると、少しして何かが着地した音がした。
「大野君!大丈夫!!?」
暗がりの中で覗き込んできた顔を確認する。
聞こえた声と照らし合わせて、それが相葉であると認識した。
「背中打ったのは、もう大丈夫。でも足挫いたかも」
「ええ!?どっちの足?」
「左っぽい」
大野の答えを聞いて相葉が左足首を掴んだ。瞬間痛みが走る。
声は上げなかったが身体を強張らせると、それに気付いた相葉は手を離した。
「あっ!ゴメン!」
「大丈夫」
「・・・・歩ける?」
「多分」
心配そうに相葉が手を伸ばす。それを取って、無事な右足を軸に立ち上がった。
「走れないけど歩ける」
軽く左足を動かしてそう告げた。
実際、痛くはあったが歩くことは可能だった。骨折はしていないだろう。
「じゃあ下りよう。翔ちゃんたちには先に行ってもらったから」
「ありがとう。それと、肩貸してもらっていい?」
「うん」
木に寄りかかっていた大野の肩に相葉が腕を回す。
それを支えに大野は歩き出した。
「できるだけ急ご。少し離れたけど気配はするし・・・・」
相葉が足を速める。それにあわせて、大野は合わせるように歩幅を広げた。
「・・・・・・・ゴメンね、相葉ちゃん。俺、本当に役立たずだわ」
「・・・・・・そんなことないよ・・・・・・」
情けなく思って謝ると、相葉は少し元気のない声でそう答える。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・俺、いない方が良いかもな」
そして思ったことを小さく口にする。
すると突然相葉の足が止まった。
「?」
「何で?」
「え・・・・・・・・?」
「何でそういうこと大野君が言うの!?」
声を荒げた相葉に驚いてその顔を見る。視線の先に泣きそうな顔があって、さらに驚いた。
「・・・・相葉ちゃん?」
「そんなこと言われたら・・・・・・・・!!!」
しかし相葉はそこで言葉を止めた。
大野から腕を離し距離を取って、背中を向ける。
「ゴメン。何でもない。ちょっと待って・・・・・・すぐ・・・・・・・」
そして鼻を啜る音が聞こえた。
「あい・・・・・・・・・・」
【何故最後まで言わないんだ、雅紀】
声をかけようと大野が口を開くと同時に、相葉の肩の辺りに青白い炎が灯る。
それは四足の獣の姿をとると、そう口を開いた。
「・・・・・・・・・・うるさい」
【言えばいいじゃないか。素直に。頼りに・・・・・・・】
「うるさい氷焔!!黙れ!!!」
犬神の言葉を遮って相葉が叫ぶ。
振り返ったその表情には怒りが浮かんでいた。
【何故だ雅紀。言わなければ伝わらない。このまま戻ると言うのか】
「黙れって言ってるだろ!」
【雅紀が言わないなら私が言おう。大野智】
犬神が大野の方に視線を向けた。
「言うな!黙れ!!!」
【我等はお前を頼る気になれない。我等に関わる事の出来ぬ櫻井翔の方が余程当てになる。お前は・・・・・・】
「消えろ!!!」
犬神は全てを言い切らぬ前に、相葉の叫びに消えた。
周辺が静かになる。相葉の荒れた息遣いだけが響いた。
「・・・・・・・・・・・・・・相葉ちゃん」
大野が静かにその名前を呼ぶと、相葉は肩を揺らす。しかし顔を上げようとはしなかった。
「言ってよ。全部。相葉ちゃんが思ってること全部教えて」
顔を上げない相葉をじっと見据えて、できるだけ落ち着いた声で大野は言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺は知りたい」
「・・・・・・・・・・・どうしたらいいか判んないんだよ、大野君・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「ねぇ、オレはどうしたらいい!?あの時の大野君の言葉を信じてここまで来たけど、
 オレは本当にここに来てよかったの!!?オレは本当にここにいてもいいの!!?」
俯いたままで相葉は声を上げた。
「・・・・・・本家が、もうすぐ代替わりをするんだって・・・・・・。本当なら、オレもそこにいたんだ・・・・・。
 みんなから嫌われてたけど、オレだってそこにいる資格はあるんだって、氷焔は言うんだ・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・でも、オレはここにいたい!あんなところになんて戻りたくない!!
 そう思うのは、ここに大野君がいるからなのに、何でいない方がいいなんて言うの!!?」
そして顔を上げる。その目には涙が滲んでいた。
「大野君がいなかったらオレはどこにいればいいの!!?オレはどうすればいいの!!?
 それとも、あそこに帰れってことかよ!!!あの時オレに言った言葉はウソだったのかよ!!!」
最後まで言い切って相葉はその場に蹲る。大野は呆然としてそれを聞いていた。

その時、大野の背後で物音がした。

咄嗟に相葉が頭を上げる。
その視線の先、大野の背後から赤い光が2つ、こちらを見ていた。
「っ大野君後ろ!!!!」
叫んで大野に向かって走り出すのと、背後から巨大な手が伸びてくるのと同時だった。
周辺の木々を薙ぎ倒し、伸びてきた手が動かずにいた大野を攫う。
「大野君!!!」
相葉が伸ばした手はギリギリで大野に届かず空を掴んだ。
身の丈3メートルもある歪な姿の人影は、自らの鼻先に手を持ってくる。
大野は目の前に剥き出しの歯と生臭くて生温い息が迫って来るのをぼんやりと眺めていた。
「・・・・・・・・・・相葉ちゃんがそんな風に思ってたなんて、俺知らなかった」
ポツリ、そう呟く。




いや、そうじゃない。

解っていて、知らないフリをしてた。

自分が頼られているのを知っていて、それが重たくて、知らないフリをしてた。

自分が呼んで、でもそれが怖くなって。

今まで、メンドクサイからと言い訳しながら、ずっと逃げてたんだ。




──── いくとこないならうちにこればいいじゃん




何て軽く、自分はそう言ってしまったんだろう。

責任が重いから、なんて、何て馬鹿なことを言っていたんだろう。

もう、逃げられる状態じゃなかったのに。




目の前に、ぽっかりと真っ暗な空洞が開いた。
「大野君!!大野君逃げて!!!!」
遠くから相葉の声が聞こえた。
「・・・・・・・・・・・ゴメンな、相葉ちゃん」
相葉が何か術を使っているのが見えたが、鬼には全く効いていないようだった。
「責任、取るよ」
大野の小さな呟きが相葉の耳に届く。
その言葉に、相葉は顔色を変えて叫んだ。
「死んだらイヤだぁ!!!!」

「急々如律令」

大野の手が空洞の奥を指差した瞬間、激しい閃光、轟音とともに鬼が灰と化した。










突然に爆音がして地面が揺れた。
慌てて走っていた3人は足を止めて振り返る。
振り返った先の木々の隙間から、天に向かってオレンジ色の光の柱が立ち上がっているのが見えた。
「っ大野君!!!」
二宮が悲鳴のような声を上げてそちらに向かって走り出す。
櫻井と松本も慌ててその姿を追いかけた。










生えていた木々は消え、残った周辺の枝にはちりちりと火がついていた。
中央に立っていた大野は左足を引き摺りながら、座り込んで呆然としていた相葉の傍に歩いていく。
「・・・・・・・・・ゴメン、相葉ちゃん。別に手を抜いてたわけじゃない、けど、俺、ずっと逃げてた。
 俺が誰かの命を預かるとか、そんな性格じゃねぇって思ってたからさ」
背後で足音がした。
大野はチラリと視線だけで振り返る。先に行ったはずの3人の姿があった。
「今でもその考えは変わんない。だから俺はみんなの命を預かったりはしない。
 ・・・・・・・俺を信用してくれなくてもいいよ。そんなにできた人間じゃないからさ、俺。
 でも、俺は俺の言った言葉の責任だけは取るよ。俺はこれから先もずっとここにいる。
 俺はここにいて、相葉ちゃんや翔君や、松潤やニノがいる場所をずっと守っていくから」
そして大野は相葉の腕を掴んで立ち上げる。
驚いたような顔をして言葉もない相葉に、大野は苦笑を浮かべた。
「・・・・大野君っ!」
ザカザカと足音がして、櫻井達が2人の傍にやってくる。
「・・・・・これ、智君がやったの・・・・・?」
「うん」
「・・・っ今まで手ぇ抜いてたのかよっ!!」
「そうじゃねぇけど・・・・・・。最近の秘密特訓の成果、かな」
でもこんな風になるなんて思わなかった、という大野の呟きに、呆然としていた相葉も含めて全員が笑った。













「おかえり」
無事山を下りてきた5人を、城島たちが出迎えた。
「巻き込んでゴメンなぁ。でも自分らのお陰でこの山におった鬼を全部一網打尽にできたわ〜」
ニコニコと言った城島に、5人はようやく自分たちが囮にされていたことに気が付いた。
「・・・・ちょ・・・・ホントに死ぬかと思ったんですよ!!!」
「あはは、スマンスマン」
半泣きで抗議する櫻井と松本の横で、長野君もグルか、と大野は呟いた。
「あのさ。ちょっと訊きたいんだけど」
憮然とした様子の国分がやってきて、大野たちにスポーツドリンクのペットボトルを渡しながら声をかける。
「・・・?」
「あの辺ふっ飛ばしたのって誰?相葉?」
相葉がブンブンと首を振ると、残りの4人に視線を向ける。
その視線を受けて、大野を除く4人は一斉に大野を見た。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかして、智・・・・・?」
4人の様子を信じられないという表情を浮かべて見て、そう国分が呟くと、
それを聞いていた山口と松岡、長瀬が飲んでいたスポーツドリンクを盛大に噴出した。
「「「ウソ!!?」」」
「やっぱしな〜。ようやったな智〜」
驚く4人の姿にニヤニヤしながら、城島が大野の頭を撫でる。
「やから言ったやんか〜。みんな過保護すぎやって」
信じられない、いつもボーっとしてるのに、と口々に言いつつ騒いでいる山口たちを見ながら、城島は大野に耳打ちする。
「大丈夫やったやろ?」
「うん」
「決めたか?」
「・・・・・・やるよ」
そう言って、大野は決意のこもった目で城島を見た。
城島はそれを見て満足そうに笑う。
「なら明日、襲名の日取りを打ち合わせよか」
そう笑って城島は大野の肩を叩き、未だ騒いでいる4人の元に歩いていった。
それを見送って、山口たちと一緒に騒いでいる櫻井、相葉、二宮と松本を見る。


もう、腹を括るしかあんめぇ。


メンドクサイけど、と大野は溜息をつき、けれどすっきりした表情で大騒ぎの中に向かっていった。




それはサポートチーム5人組が、『嵐』の名前をもらう少し前の話。











ということで、陰陽師シリーズ、気象さんたちのお話でした〜。
リクエストいただいた時に「実はキャプテンの実力はかなりのものじゃないか」と言っていただきまして、
じゃあこの話を書いてしまおうと思い、こんな展開になりました。
大野さんと相葉さんの関係が微妙に出ましたが、そのせいで別人のように思えて仕方ありません(汗)
だって相葉さんが怒号を飛ばすとか、ちょっと想像できなかったんで・・・・。でもやっちまいました。
何か毎回大野さんと相葉さんが出張ってるんで、他の人もピックアップしていかなきゃなんないですね。

そういえば、途中の気象さんたちの絶叫のカッコ(これ→「 」)が4つなのは間違いじゃないです。
それと、キャプテンの「お絵描き教室」は、当主さんとの秘密特訓を隠すためのウソです。
どっかに説明を入れようと思ったんですが、入れるところがなくなっちゃったので、ここで補足しときます。


ではでは、大変お待たせいたしました!!
いかがでしょうか、長門さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!



2009/01/25




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