これから約束の時間まで少々あるから、俺の親友の話でもしようか。

アイツを見つけたのは本当に偶然で、それ以上の何もないんだ。
ましてや創世記に出てくるような存在だったなんてホントに知らなかった。

だから最初に断言しておく。

ただ、善い匂いがするなぁと思ったくらいで、“美味しそう”だなんて絶対に思ってないんだからね!


そう。
あれは人間界の暦でいうと5年くらい前のことだ。










戦争が終わってしばらくして、閉めきられていた人間界への扉の一部が開かれた。
元々親類が門番をしていたこともあって、大した苦労もなく、俺は人間界に一番乗りしたのだ。
開かれることが決まってからそれほど時間があったわけではないけど、地界に存在する人間界の資料を読み漁ったり、
審判待ちの魂にこっそり訊いたりして、多少なりとも知識は身に付けていた。
が。

百聞は一見にしかず、とはよく言ったものだ。
カルチャーショックと言うのか、にわか知識で挑んだ人間界で、俺はかなりの衝撃を受けた。
で、色々はしょるけど、何回か人間界に行くうち、最終的には小さなレストランでバイトすることになったのだ。
そこの店長は変わっていて、得体の知れない存在のはずの俺(なんたって戸籍とか学歴とか何にもないからね)を、
二つ返事で雇ってくれた。しかも理由は人手が足りないから。
どうやら俺が働き始めた時期は年度というものが変わった直後らしく、
今までいたバイトの人がことごとく社会人とやらになってしまったそうだ。
猫の手も借りたいくらいだったらしい。
俺は言わば犬だから、まぁあながち間違ってはいないだろう。
別口で仲良くなった人に訊くところによるとバイト代は安い方らしい。
まぁ、でも人間界で時々遊べる程度のお金があれば良いから、別に気にならなかった。

そこにいたのが松岡だ。

当時は高校2年生だとか言っていた気がする。
俺はホールにいたけれど、松岡は厨房から出てくることはなかったし、
俺は普段、平日の昼間に週2〜3くらいのペースで入っていたから会わなかったみたいで。
だって松岡は夜のバイトで入っていたのだ。しかも皿洗いが主な仕事だから、ホールにも出てこない。
というか、だからこそ、松岡の存在を知ったのは働き出して半年ぐらい経った頃のことだった。

たまたま人手が足らないからと夜に入ったその日。
夕御飯を食べるため、厨房の奥の休憩室に行こうとして、皿洗いをしている松岡と目が合った。
しかしすぐそれは逸らされる。
小さく頭を下げられたのは確認したが、その態度に驚いて、思わず話しかけた。
「初めましてー、井ノ原ですー」
「・・・・・・・・・・松岡です」
「松岡君もバイト?最近入ったの?夜だけ?」
自分から話しかけておいてなんだけど、何を話して良いのか分からず、質問攻めにしてしまった。
「・・・・・・・・・・」
当時の松岡は、真面目一直線といった様子で、皿を洗いながらも律儀に色々と答えてくれた。
と言ってもものの10分ほどのことだったけど。
ただし、全ての答えが単語だったことは忘れない。

まぁ、その後は当然ながら会うことなんてなくって、少し忘れかけた頃にその話を聞いたのだ。


「昌宏には会ったかね?」
その日はいつになく暇だった。
昼はいつも通りではあったのだけど、昼を過ぎてからはしばらくお客さんも来ず、
店長と2人、他愛もない話をしていた時にそう訊かれたのだ。
「松岡君すか?会いましたよ〜」
「どんな子だった?」
「え?何か大人しい感じだったなぁ。それが本性かどうかは別として、素直な子ですよね〜」
率直に感想を述べながら店長を見ると、驚いた顔をしていた。
「あれが素じゃないって思うかね」
「え?だってぎこちなかったし」
そんな匂いがしたし。
なんて、後半は言えるわけないけど。
そんなことを思っていると、店長はため息をついた。
「あの子は知り合い夫婦の息子でなぁ。半年ほど前かな。飛行機事故で2人とも逝ってしまったんだよ」
「!!・・・・・じゃあ今独りなの?」
「いや、うちにおるんだが、本当はもっと明るい子でな。両親に向かってダメ出しできるような子だった」
「親に向かってダメ出し!?」
しみじみと語る店長の言葉に、何て子・・・・・!と思いながら、自分のことを考えてみた。
うん。親にダメ出しなんて絶対無理。
て言うか、それって明るいっていうんだろうか。
とは口には出さず、店長の匂いから“明るい”という言葉が嘘ではないことを感じ取った。
「ただなぁ、意地っ張りに磨きがかかってなぁ」
「そうなんですかー」
「一人暮らしするって言ってきかないんだよ」
「あー。言いそうですねー。責任感強そうだし」
「困ったもんだよ」
「大変ですねぇ」
「進学したら嫌でも一人暮らしすることになるんだろうから、
 今ぐらい甘えてくれりゃあいいと思うんだけどねぇ。甘やかしすぎかね?」
「良いんじゃないっすか?多分俺も店長とおんなじように考えますよ」
「そうか」
俺の言葉に店長は頷いて、コーヒーでも飲もうかと淹れに行ってしまった。

奥に入っていく背中を見送って、俺は伸びをしながら立ち上がる。
その日は結局、俺が入っている間にはお客さんは来なかった。


松岡と再会したのは夏になったときだった。
夏休みとやらで暇になったらしい。松岡は朝から晩までバイトに入っていた。
今度は別に見知らぬ人同士ではなかったから、おはようございますという言葉とともに頭を下げてもらった。
そして、何だかんだ絡んでいる内に色々と話すようになったのだ。
「へぇ、大学行くの!」
「まぁ。受かるか分かんないっすけど」
「どんなとこ行くのよ」
「国立の教育学部。役立つ資格ほしいんだけど、俺めんどくさがりなんで。
 やれって言われないとやれないから、卒業すれば資格取れるってのじゃないとやらない気がするんですよね」
まかないをつつきながら松岡はフォークを振った。
「話聞くと、教育学部でも本格的な研究とかできるみたいだし、教職以外にも道はあるみたいだし、
 進める道はいっぱい作っとくに越したことないじゃないっすか」
「そりゃそうだ」
「だからバイトさせてもらってんですよ。学費稼がなきゃ」
「へぇ」
まさかそこまで考えていたなんて思わなかった。まだ成人してもいないのに立派なもんだ。
「んー、でもしんどくねぇの?」
「何が?」
俺の質問に松岡は首を傾げる。
「親御さんいなくてさ、自分で稼いでさ。
 でもまだ成人してないわけでしょ?辛くねぇのかなって思うわけよ、お兄さんは」
「・・・・・しょーがないじゃないっすか」
少しむくれた様子で俯いた。
「だってそうしないとやってけねぇもん」
俺の質問は図星だったようだ。
気不味そうに小さい声で呟きが聞こえる。
「いやいや、責めてるわけじゃなくてね。もう少し周りを頼っても良いんじゃないかなって話ね」
その瞬間、松岡は怒りを表情に滲ませた。
「・・・・・・・・・・親戚は頼りません」
「何で?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。何でお金が絡むと人が変わるんすかね」
まかないの残りを一気にかき込んで水を飲み干すと、松岡はそう呟いて奥に引っ込んでいった。



意味が分からなくて、その日、帰ってから大野のところに行ってみた。
大野は死者の魂の身元調査をする部署の長だから、いろいろと調べてくれる、かもしれないからだ。
本人のやる気によるのだけども。
「大野〜」
「キャプテンなら寝てますよー」
部屋の扉をノックすると同時に開くと、天界からの交換留学生が返事をした。
「お、ニノじゃん。大野寝てんの?」
「かれこれ3日になりますね。いい加減起きてほしいんで、ついでに起こしてもらえます?」
呆れるようなことを言いながら二宮は隣の部屋を指差す。
「先輩使い荒いなぁ」
「だって俺じゃあ起きないんですもん」
肩を竦めながら、机の上に溜まっている書類を分類している。
これがいつか塊でうちの部署に流れてくるのかと思うと、気の短い上司が少し可哀想に思えた。
だけどそれよりも気になることがあったので、隣の部屋の扉を開ける。
「大野ー」
小さな部屋に置かれたベッドの上。布団がこんもりと膨らんでいる。
それを叩き起こすのに少々骨が折れたのだけど、ここでは少しはしょろう。


「・・・・・・・・・・これですねー・・・・・」
露骨に眠たそうな様子で、大野は書庫から冊子を持ってきた。
「2人とも天国行ってますよ」
「この2人、最初から天国行き決定なのにごねてますねー。おぉ!坂本君直々に審判してるんだ。すげぇ」
大野の手元を覗き込んで、二宮が追加情報をくれる。
本来なら部外者には見せないらしいが、めんどくさいからと俺にも見せてくれた。
「煉獄王が審判に参加してます」
「あ、ホントじゃん。何で茂君?」
「さぁ。この2人は特例だそうです」
「ごねたから?」
「知らないです」
大野も二宮も、ちゃんと見て教えてくれる気はないらしい。
持ち出さないでとだけ言って、俺は完全放置だ。
お言葉に甘えることにして、俺は手近にあったソファに腰かける。
そしてその調書に目を通した。
それによると、何だかよく分からないが複雑な家庭のようだ。
つまり、両親が亡くなって一人息子の松岡に遺産が全部渡ることが判明した途端に親戚が増えたらしい。
松岡が未成年だから、何とかすれば遺産が誰かの手に渡るらしく。
相続したものの、誰にも管理を任せず、そして生活費以外には使わずに放置しているようだ。

『何でお金が絡むと人が変わるんすかね』

あの台詞はこういうことか。
何か切なくなって、書類をテーブルの上に投げ置いた。




可哀想だと思ったのは本当。
でも遺産は使わず自力で学費を貯めようとしているところに感銘を受けたのも本当。
でも、今思うとあの時の俺の行動はあまりよろしくないものだった。




ある日のバイト終わり、更衣室で松岡に声をかけられた。
「これ何すか?」
差し出されたのはもらったばかりの給料袋。
「何って?」
「俺こんなに働いてないし、もらってすぐ確認したときより増えてる」
「良かったじゃない」
「アンタの見せて。今日もらっただろ」
「えっ」
拒否する間もなく松岡は俺のロッカーを開けて、間が悪く手前に置いてあった封筒を引ったくる。
「わっ、ちょっと!」
「空じゃねぇかっ!!」
「もう財布に移したんだよ!」
「ぜってぇ嘘だ!!じゃあなんで俺の多い分がアンタの合計とおんなじなんだよ!!」
「たっ・・・・・たまたまだろ!」
「1円単位でおんなじなのにたまたまな訳あるか!」
その怒号の瞬間左頬に衝撃を受けて、俺は思いっきり吹っ飛んだ。
そのまま勢いよくロッカーにぶち当たる。
激しい音が響き渡って、店長が慌てて飛んできたようだ。
「ふざけんな!!」
次には松岡が馬乗りになって俺の胸ぐらを掴み上げていた。
「ふざけんな!!俺は可哀想な子なんかじゃねぇんだよ!!独りで生きていけるんだよ!!
 勝手に決めつけんな!!」
「っ・・・・・!!」
「アンタに助けてもらわなくたって、俺は・・・・・俺は自分で何でもできるんだよ!!
 そうじゃなきゃ母さんと父さんが・・・・・・・・・・!!」
瞬間、松岡の顔が泣きそうに歪む。
その時、店長が羽交い締めにして俺の上から松岡を退かした。
「とりあえず湿布貼ってやるから」
隣の部屋に松岡を移動させてから、店長は俺の頬に湿布を貼ってくれた。
キツい臭いではあったけど、ひんやりして気持ちよかった。
「何があったの」
「・・・・・・・・さぁ」
「でも珍しいねぇ。あの子があんな感情的になるなんてね」
「いやいや。店長、前に明るい子って言ってたじゃない」
「明るいと感情的とは違うよ。怒っても手は出さないってことだよ」
苦笑を浮かべる店長に、俺は何も言えなくて黙り込む。
「・・・・・・・・・・・・・・・お節介すぎたんですかねぇ・・・・・・・・・・・・・」
「さぁねぇ」
店長はそう曖昧に濁すと、ちょっと隣を見てくるね、と部屋を出ていった。


俺は可哀想な子なんかじゃねぇんだよ!!


独りになると、さっき松岡が叫んだ言葉が頭の中を回りだす。
ついでに、ずいぶん昔に坂本君に叱られた時のことも思い出した。
「・・・・・・・・・・・・・あー・・・・・・・・・・・」
あの時も、何だか似たようなことで喧嘩になって、俺も熱くなって手を出しちゃったんだっけ。
「・・・・・・・・・・何か俺、成長してねぇや・・・・・・・・・・・」


何でもしてやることが助けるってことじゃない


今更思い出した坂本君の言葉に、情けなくて涙が滲んでくる。
垂れてきた鼻を啜った時、ガチャッと音がして扉が開いた。
驚いて顔を上げると、不貞腐れた様子の松岡が立っていた。
「あ・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
目があってしばし沈黙。
そして。
「・・・・・・・・・・・・・・・殴って悪かった」
ムスっとしながら、視線を反らしながら松岡はそう言う。
「いや、俺もゴメン。自分のことしか考えてなかった・・・・・・・・・・・・・・・。
 って言うか、自分がしてることは正しいって思い込んでた・・・・・・・・・ごめんなさい」
俺も素直に謝ると、松岡は居心地悪そうに唇を尖らせる。
そしてツカツカと部屋の中に入ってきて、俺の目の前に仁王立ちすると、見下ろしてそう言った。
「殴れよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「殴れっつってんの」
「・・・・・・・・・・・・・・何で?」
「俺の気が治まらないから」
「勝手な・・・・・・・・・・・・・」 俺の呟きをものともせず、さぁ来いと松岡は構えている。
これで俺が殴らないとなったらまた怒るんだろうか。
本気で来いよという様子と匂いに、仕方なく俺は立ち上がる。
ただ、これで俺が本気で殴っちゃったら死んでしまうから、やはりそれなりの加減はしないといけない。
(何たって俺は人間じゃない、うちの一族は見た目に反した怪力で有名だからね)
「いいの?」
「いい。早くしろよ」
諦めそうもないので、ぐっと握り締めて、ほどほどに加減をしながら右手を振るう。
が、加減したつもりだったのに松岡は勢いよく吹っ飛んで部屋の扉にぶち当たった。
「ぎゃあ!!大丈夫!!?」
慌てて近寄ると、小さく唸りながら松岡は身体を起こした。
いてて、と呟きながらも、スッキリした顔で立ち上がる。
「これであいこだからなっ」
そして晴れ晴れとした様子でオロオロする俺を無視して着替え始めた。

何だ、コイツ。

失礼ながらそんなことを思ってしまった。
いきなり怒って(悪いのは俺だけど)いきなり殴って、で、殴られてそれでスッキリって。
「・・・・・・・・・・・変なヤツ」
「うるせぇ。聞こえてんだよ」
俺の小さな呟きを目敏く拾って噛み付くように声を上げる。
本当に変なヤツ。
だけど、すっげぇいいヤツ。
どういう思考回路なのかはよく分からないけれど、何となく笑えてきた。
これはきっと呆れてしまっての苦笑だ。
「今日はこれから暇?」
何だか愉快な気分になってきて、俺も着替えるためにロッカーを開けながら、松岡に訊いてみる。
「何で?」
暇だけど、という答えに、これから飯を食いに行こうと誘ってみた。
「いいけど・・・・・」
胡散臭そうな表情を浮かべる松岡に、俺はさっと左手を差し出す。
「何」
「返して。給料」
「・・・・・・・・・・言われなくても返すっつーの!」
ムスッと唇を尖らせて松岡は差し出した掌に、お札を数枚叩くように乗せる。
「確かに〜。じゃあ今日は奢ってあげましょう」
「そ」
「何てったって今日は給料日だからね」
文句を言いかけた松岡を遮ってそうニヤリと笑うと、一瞬面食らった顔をしてからアイツもニヤリと笑った。










と、まぁ、松岡との出会いはこんな感じだったのです。
当時は正体までは明かさなかったけれど、最近大喧嘩をした結果、
本当に腹を割って話し合える仲になったのは、怪我の功名というヤツかな、と思ってる。
人間で俺の正体を聞いてそのまま付き合いが続いてるのは松岡だけで、
最初の人間だろうがなかろうが、俺にとってはすっごい大事な親友という存在なワケです。

ちょうど横手の方から声がして、そっちを見ると見慣れた長身が目に入った。
信号を渡ってくる相手に手を振りながら、俺はそれまで座っていた噴水の縁から腰を上げる。

それではお話はこの辺で。
今日はこれから、そんな親友と久しぶりに遊びに行くのだ。






---------------------------------------------------------

一つ屋根の下、イノマボ出会い話でした。

更新が停滞し始める前に終わりがけまで書いていて忘れていたらしく、
ファイル整理とともに発掘したので完成させました(苦笑)

その時も今もイメージは変わらないのですが、イノマボは喧嘩して仲良くなるイメージです。
しかも『青春』という言葉を体現するような、殴り合ってしか分かり合えない男の友情って感じ。
それにしてもこのコンビ、話はなかなか決まらないけど、書き始めると早い早い。
書きやすいコンビなのかもしれないです。


ではでは、大変お待たせいたしました!!
いかがでしょうか、カラさま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいませ。
改めて、リクエストありがとうございました!!



2010/02/21




もどる