高校二年の年末が迫っていた。
期末試験も終わり、あとは終業式を残すだけ、というある日、北校舎で太一と別れて、駅まで歩きながらシゲがポツッと言った。
「なあ、達也」
「ん?」
「その・・・今年も、年末達也のとこ行ってもええかな?」
「え?」
俺の声に不安になったのか、シゲの言葉が早口になった。
「あ、えっと、掃除とか手伝うし、食事も作るし、だからその・・・」
「ダメだなんていわないよ、そんな焦らなくても」
いまさら何を遠慮してるのかと思うけど、シゲは不安そうに俺を見てる。
「ホンマ?」
「ホントに。俺はシゲが来てくれる方が嬉しいから」
そういうとシゲはちょっと安心したように笑った。
俺は安心させるように、言葉を続ける。
「で、いつから来る?終業式の後そのまま来る?」
「・・・それは流石にちょっと・・・迷惑違う?」
「・・・誰に迷惑なんだよ・・・」
俺1人なのに。
「でも・・・そしたら30日くらいから行かせてもらってええかな?」
「どうぞ」
頷くとシゲは安心したようににっこりと笑った。

そして終業式が終わってあっというまに30日になった。
「俺これから家族旅行なんだ」
終業式の日、太一は嬉しそうにそう言って、家に帰っていったから・・・今頃どこかのホテルでのんびりしてんのかな?それにしても長いよなあ・・・。
駅までシゲを迎えに行って一緒に家に帰りながら聞いてみた。
「シゲの・・・お父さんは?」
「ん?今年はどこ行くって言ってたかなあ・・・ラスベガスとか言ってたかな?」
「・・・ラスベガス?」
「おん」
「一緒に行こうとか、言われなかったの?」
「言われたけど・・・今年はこっちに居るって言うてん。達也のとこに、泊まるからって」
「・・・何も言われなかった?」
「山口君のとこなら安心だなって笑ってた」
「・・・なら良いけど・・・」
家に着く。
今年はシゲもちゃんと自分の荷物を持ってきていた。
去年みたいに今年も貸してあげても良かったんだけど、それは悪いって言ってた。気にしなくていいのにね。
「ちょっとあったまってから買出し行こうか」
そう言って俺はこたつのスイッチを入れた。
「そうやね」
ダウンを脱いでシゲがいそいそとこたつに入ってくる。
「あ〜ぬくいわぁ」
「あったかいよね。俺たまにここで寝ちゃう」
「・・・それはあかんやろ」
「分かってるんだけどさあ、どうしてもあったかくて気持ちよくて・・・」
あ、お茶くらい淹れようか。
俺は立ち上がってキッチンに向かった。
「あ、そうや達也」
「ん?どした?」
「お菓子持ってきたんやけど、食べてくれる?」
「勿論。シゲ作ってくれたの?」
「ううん、なんか父親のところに送られてきたんよ。食べる人おらんから持ってきた」
「何のお菓子?」
「なんやったかなあ適当に持ってきたから・・・」
俺は2人分のお茶を淹れると、こたつに戻ってきた。
シゲはバッグの中から二つくらい箱を取り出している。
「・・・でかい鞄だなあと思ったら、これか」
「おん」
まだ包装紙もはがされていない、そんな箱だった。
ぺりぺりと包装紙をあけて見ると、中にはおいしそうなケーキとかクッキーとかの詰め合わせと、もう一箱はチョコレートだった。
「両方おいしそうやな」
「うん。これだったらお茶じゃなくてコーヒーの方が良かったかな?」
「ええよ、お茶も好きやから」
「そう?」
とりあえずクッキーの方を食べることにして、しばしお茶を楽しんで・・・ほどほどに体が温まったところでこたつを出た。
一応窓拭きとかは終わらせたし、もうすることは無いから・・・買い物ぐらい。
「じゃあ買い物行く?」
「うん」
シゲの言葉に頷いて、上着に袖を通した。

「もうお正月の分も全部買っといたらええよな」
「そうだね・・・込んでるね」
「どうしても年末はなあ・・・」
近くのスーパーは人でごった返していた。
「何食べたい?御節は・・・」
「御節はいらない。いつもと同じで良いよ」
「そう?そしたら・・・」
「カレーとかハンバーグとか鍋とかカツとか」
俺のリクエストにシゲがくすくすと笑う。
「何?」
「ん?いや、カレーとかハンバーグとか好きやなあと思って。カツやなくてメンチカツにする?それとか・・・カレーじゃなくてハッシュドビーフとか」
「メンチカツはいいけど、カレーが良い」
「分かった」
去年と同じように野菜を買い込んで肉も買い込んで、それから他にもいろいろ、果物とかも買ってぱんぱんになったエコバッグを下げて家に帰ってきた。
「で、今日の夕飯はなにするんやろ?」
「何でも良いよ」
「・・・それ一番困るんやけど・・・」
「そしたら・・・スパゲティ?」
「何の?」
「今日明太子買ったよね、あれで」
「ああ・・・分かった。そしたらあと・・・」

そんな感じで30日が終わった。

そして31日。
「・・・カレーとか今日のうちに作っとこうかな・・・」
「うん、手伝うよ」
というわけで、午後からカレーの仕込が始まった。
「たくさん作ってもええ?」
「うん、あったら食べるよ俺」
俺の言葉にシゲが玉葱を取り出す。その数大きいの4つ。
「今日の夜は年越しそばやね」
「うん。かきあげ作ってくれるんだよね」
「おん。その分の野菜も今切っとくか・・・」
「うん」
「カレーの野菜は玉葱とにんじんとジャガイモもいる?」
「欲しいな」
「分かった」
頷いてシゲは野菜を取り出す。
俺は横に並んで見てて・・・口を開いた。
「何か手伝おうか?」
「そしたら・・・玉葱の皮剥いてくれる?」
「OK」
肉を切るシゲの隣で玉葱の皮をむく。なんか一緒に作業してるこの時間が、すごく幸せな気がして、頬が自然緩んでくる。
「・・・どしたんにやにやして」
「え?・・・幸せだなって思ってさ」
俺の素直な言葉にシゲは一瞬きょとんとして・・・それからちょっと紅くなってうつむきながら、小さく呟く。
「・・・僕も、幸せやわ」
「え?」
「・・・こんな風に、落ち着ける誰かの横に居れるんが、すごい幸せや」
「・・・」
なんていうか・・・何もいえなくなって、俺は黙ったまま玉葱の皮を剥いていたら、涙が出てきた。
「あ〜目にしみるっ」
「あ、えっとこれで」
シゲがタオルを手渡してくれた。
「ありがと」
でもこれって・・・玉葱のせいだけじゃないけどね・・・。
心配そうに俺の顔を見てるシゲを見て、やっぱり幸せだった。

でかい鍋に大量のカレーを仕込んで、時計を見たらもう夕方で。
「あ、そろそろそばの支度せな」
「うん、またえびの殻剥こうか?」
「頼んでええ?」
「勿論」
去年に引き続き、えびの殻を剥く。
「今年はもうぶつ切りにしてかきあげに混ぜよっか」
「賛成」
お店で買うと高いけど、こうやって作るほうが楽しいし、美味しいし。
べりべりと殻を剥いて、しっぽも外す。
隣でシゲはそばの出汁を作っていた。となりのコンロにはフライパン。浅く油が入っている。
「ネギも入れるやろ?」
「うん」
ネギも切って、ボールに卵と小麦粉を入れて、ちょっと水を入れて、そこにさっきカレーを作る時に多めに切っておいた玉葱とにんじんを入れた。
「えび出来た?」
「うん」
俺が剥いたえびを包丁でぽんぽんと切って、それも一緒にボールに入れて、さっくりと混ぜて、ちょこっと玉葱をフライパンに落とした。
じゅうっと泡が立ってすぐに玉葱が浮いてくる。
「よっしゃ」
シゲがスプーンを使ってかきあげのタネをフライパンに落とす。そして平たくしてあがるのを待った。
一度に4つくらい・・・二回で全部あげ終わった。
「あとはおそば」
そばの出汁を火にかけて、沸騰したところにそばを入れて、その間に俺は丼を出した。
そばを器に入れて、そこにかきあげを乗せて、ネギを散らして出汁を入れて、あっという間にそばの出来上がりだ。
「おいしそう」
ほわほわと温かな湯気が立ち上っている。
「ホンマにそばだけでええん?」
「いいのいいの。あとでデザートあるでしょ?」
「あるけど・・・」
言いながらシゲがお盆に丼を乗せた。それをこたつの上に運んで、仲良く並んで座る。
「「いただきます」」
手を合わせて唱和して、ずずっとそばをすする。
やっぱり旨い。
「美味しい」
「・・・出汁が薄かったかな・・・?」
「そんなこと無いよ、美味しいよ」
かきあげもさくさくしてて、美味しくて、あっという間に夕食の時間も終わってしまった。
片づけをしてから交代でお風呂に入って、それからのんびりとこたつでくつろぐ。
シゲが持ってきてくれたお菓子と、紅茶を楽しみながら、ぼんやりと紅白を眺める。ああ今年ももう終わりだ・・・。
「今年もいろいろあったね」
「・・・そやねえ」
春には2人で旅行も行った。
反中さんが居なくなった。
寂しくなったなあと思っていたら、北校舎に仲間が増えた。後輩というよりも可愛い仲間だ。
「また来年もいろいろあるんかな・・・」
「来年は俺達受験生だしね」
「ああ・・・そうやなあ・・・」
苦手なところ、克服せなあかんなあ・・・小さく呟いたシゲだけど、苦手なところなんか無いじゃん・・・。
「また来年も仲間が増えたりするやろか」
「北校舎に?増えるかもね」
「太一が小柄やから・・・でっかい後輩がやってきたりして」
「あまりでかかったらやだなあ、威圧感あるじゃない」
「僕らの方が先輩やのに?」
シゲがくすくすと笑う。
「今年も初詣は・・・行かないよね?」
「おん。・・・達也行きたい?」
「行きたくない」
出店には惹かれるものが無いわけでもなかったけど、シゲが嫌だって言うのに無理矢理連れてくのは嫌だった。それよりこうやって部屋でのんびりとくつろいでいるほうが良い。・・・若者っぽくないかな?別に良いよねこういう時間があってもさ。
「・・・泊めてくれてありがとう」
「え?」
ぽつっとシゲが呟いた言葉に思わずその顔を覗き込む。
「どしたの突然」
「・・・やって・・・家に居るん嫌やし、父親と出かけるんも嫌やし・・・わがままかな、僕」
「・・・別に良いじゃない、俺はシゲと一緒に居られて幸せだよ、ホントに」
誰も居ないこの家に、帰ってくるのが嫌だった。だからいつも学校で適当に時間をつぶしていた。この家には思い出がありすぎるから、1人で居るのは辛い。でも、シゲが一緒に居てくれるなら、この家に居るのも嫌じゃなかった。
シゲは・・・ホントに家に帰りたくないから、北校舎に避難してるんだけど・・・。
「ねぇシゲ」
「ん?」
「高校の間は無理だろうけどさ。大学に入ったら、家出たら?」
「え?」
「で、さ。一緒に住もうよ。ここじゃなくて、別のどこかで」
「・・・」
俺の言葉にシゲが驚いたように俺を見た。でも、俺は真剣だった。
ここは思い出が多すぎるから、ここで一緒に暮らすのはやっぱり辛かった。
大学に入って、心機一転して、全く別の新しい場所で、シゲと一緒に暮らしたかった。
「・・・嫌だったら、無理にとは言わないけど・・・」
俺の言葉にシゲが慌てたように首を振る。
「ううん、その・・・びっくりして・・・」
「え?」
「・・・そんな風に達也が考えてるなんて思ってへんかったから・・・」
そう言ってシゲはにっこりと笑った。
「うん、そうやな。僕も、父親にちょっとずつ、話してみる。いきなりは無理やろから、徐々に・・・」
「・・・うん」
頷いてふとテレビを見る。
もう紅白は終わってる。
「・・・待って、そろそろ年越しじゃない?」
「え?」
俺はチャンネルを変えた。
別にチャンネルで見ると、もう画面の右端に30秒って表示が出てた。
「ほら、あと30秒・・・ああ、20秒」
そのまま画面を見る。
テレビの中でタレントさんたちがカウントダウンしていた。
さっきは右端にあった表示がど真ん中にでっかい文字に変わっている。
3,2,1・・・。
『おめでとうございますっ』
画面にでっかい派手な文字が出てくる。そしてタレントさんたちが大騒ぎを始めた。
うるさいのでテレビは消してしまった。
「年明けたね」
「おん」
去年に引き続き、今年の年明けもシゲと一緒で、嬉しい。
「・・・達也」
シゲが改まって俺を呼ぶ。
「ん?」
「去年はいろいろとありがとう。今年も・・・どうぞよろしく」
にこっと笑ってそういったシゲに笑いかける。
そして俺も頭を下げた。
「こちらこそ。今年もいろいろあると思うけど・・・よろしくね」
お互いに頭を下げて、顔を上げて、声を上げて笑った。

こうして俺達の新しい年が幕を明けたのだった。





* * * * * * *
今年もこんな素敵なお話を戴いてしまいました!!

ホントにもう、かのうさんの書かれるリセッタは癒しですv
いただいたメールを見た時、今年もまたニヤニヤしてしまいました。
この雰囲気は私の書く文章では出せないので、いつも羨ましく思っております。
本当に素敵だなぁ・・・・・。

今年も素敵なお話、本当にありがとうございました!!





close