高校一年の冬休み…もっと言えば、大晦日。
俺はぼーっとコタツに座って、特番を流し続けているテレビをつけっぱなしにして、ただただぼんやりしていた。
一人っきりで過ごす大晦日なんて初めてだった。
だけど、別に料理するわけじゃ無し、正月の準備をするわけでもなし…食事だって適当にコンビニで買えばいいかと何する気力もなく、ただぼーっとしていた。
一応昨日までに大掃除は済ませたし、年賀状もクラスの連中には出した。
それで気力を使い果たしてしまったような…そんな感じだった。
気付いたら居眠りをしてしまっていた。
ふと時計を見ると、もう5時を回っていた。
「…晩飯、買ってくるか…」
動いてないけど腹はちょっと減っていて、このまま出来るなら動きたくないと主張する体を起こしたときだった。
ピンポーン
チャイムの音が響く。
こんな日に、こんな時間に、来るような相手も思いつかないし…。シゲは確か旅行に行くとか言ってたし…?
「はいは〜い」
ひょっとしてどっかから宅配でも届いたか…思ってドアを開けてびっくりした。
「…シゲ…」
そこに立っていたのは、もこもこのダウンを着て、寒そうに震えている…シゲだった。
ドアが開いたことにほっとしたように笑いながら、伺うように上目遣いに俺を見た。
「…達也…泊めて…もろてもええ?」
「…そりゃいいけど、どしたの?確か旅行に行くとか…言ってなかった?」
言いながら家の中に招き入れると、シゲは小さなバッグ一つ持って入ってきた。
「…ドタキャンしてしもた」
えへへと笑いながら、シゲはそう言った。
「はぁ?」
「なんか…気ぃすすまんかったんやけど、でも行かなアカンかなあって思ってて…でもやっぱり行きたくなかったから、ぎりぎりでタクシー飛ばしてこっちきてしもた」
「…何やってんの…。大丈夫なのそんなことして」
「父親には最後の電車に乗り遅れたって…メールしたから大丈夫」
「…家から一緒じゃなかったの…」
「おん。父親は会社から直接向かうって言ってたし…。それにひょっとすると予測してはったかもしれん」
言いながらシゲはダウンを脱いで、コタツにもぐりこんできた。
寒がりのくせにうっすいセーター一枚だから凍えそうになるんだよ…思いながら、ほんとに凍えちゃったりしたら困るから、慌てて熱いコーヒーを入れた。
「ありがとぉ…」
ミルクを入れて、一口すすって、ようやく人心地ついたように安心したような吐息を漏らして、そしてはっとしたように俺を見る。
「ごめん、なんかしようとしてるとこやった?」
「いや?…ああ、これからコンビニに晩飯買いに行こうかなって思ってただけ」
「…ああ…じゃあ食事僕作るから、だから泊めて。な?」
「いや泊めるのは構わないってさっきも言ったと思うけど…」
言いながらなんか笑けてきた。
何必死で言ってんだよ。追い出したりしないっての。
「じゃあ…もうちょっと体温まったら買い物行く?」
「ん…いや、すぐ出る。そやないと動けなくなりそうや…」
言ってコーヒーを飲み干したシゲは、立ち上がってさっき脱いだダウンに袖を通している。
「行動早いね」
こういうときはちょっと…いや、かなり尊敬する。
俺は自分もコタツから出ると、コンセントを抜いて、コートを羽織った。
「じゃ、行こうか」
「うん。…コンビニで何買うつもりやったん?」
「弁当でも買おうかなって…」
「…大晦日やのに?スーパー行こうや、お節は無理やけど年越しそばくらい作るから」
「やったぁ」
俺たちは揃って近くのスーパーに向かった。
最後の買い物をしている主婦の人や家族連れの間を縫って、買い物をする。
「そばに何入れよう?」
「普通何入れるんだっけ…?」
「えっと…多いのは海老天?でも好みやから、いろいろやで」
「…なんでもいいなあ…。てんぷらだったらシゲ揚げてくれる?」
「…リクエストとあれば」
「じゃあてんぷら。海老だけでいいよ。あと…ねぎ?」
「はいはい」
言いながらシゲが手を伸ばし、ねぎだの海老だのをかごに入れていく。
そしてふと俺を振り返った。
「…そういえば、明日とかあさってとかは何か買うてあるん?」
「いや?コンビニで済まそうと思ってて…」
「…それってどうかと思うけど…」
「仕方ないじゃん、俺作れないし」
「偉そうにいいなや…」
呆れたように笑いつつ、シゲが野菜のコーナーに戻る。
「何でもええやろ?お節も欲しい?」
「いらない。別に好きなの無いし。…何か作ってくれるの?」
「泊めてもらうわけやしな〜。そのくらいはせなあかんやろ?」
そんなの気にしなくていいのに…思いつつも嬉しくて頬が緩んでくる。
今年は一人だと思ってたのに、絶対一緒に居るのは無理だと思ってたシゲと一緒に居られるなんて。
「じゃあさ、じゃあさ、カレーとかスパゲティーとかハンバーグとかがいいな、俺」
「え?本気で言うてるん?」
「当たり前じゃん。出来るよね?」
「そりゃ出来るけど…ちょお待って、そしたら結構買いこまな…」
言ってシゲはかごを見て何か考えてる。
「…二人やもんなまあええか」
そう呟いたシゲは、じゃがいもやにんじんたまねぎ、白菜にキャベツなどなど…目に付いたのとりあえず全部入れてんじゃないかと思うほど、たくさんの食材を買い込んだのだった。
家に帰ったらシゲが忙しそうにキッチンに入っていって、食材を仕分けたり、鍋に昆布を入れてだしをとったりしている。勿論昆布なんかうちになかったから、さっき買い物行った時に買ってきた。
「カレーもハンバーグもそのときに作ればいいやんな…」
呟きながら、冷蔵庫を開けて食材をつめて、そして海老をボールにあけた。
「…俺も手伝おうか…?」
「…ホンマ?そしたら海老の殻むいて」
こうやって…とお手本まで示してくれるシゲに、笑いながら頷いて、隣にたった。
「むき終わったらまな板の上においといてな、下ごしらえするから」
「それもやるよ?」
言ったらシゲがちらっと俺の手元を見て…そしてゆるく首を振る。
「ええわ、僕やる。お前に任せたら海老の原型無くなりそうや」
「…どういう意味だよ…」
そのまま出汁も出来て、旨そうな香りが漂っている。
そばも俺一人だったらどう調理していいのか分からないような生そばを買っていた。
「先に海老揚げよか…」
シゲがまたボールを出して、てんぷらの衣を作ってる、そんな風に誰かが料理するのなんて…こんな風に見たこと無かったな、そういえば。
「達也、手伝ってくれてありがとぉ。あと僕一人でも大丈夫やで」
「…見てたいんだけど…ダメ?」
聞いてみたら一瞬きょとんとした顔で、でもすぐに頷いた。
「立ちっぱなししんどく無いんやったら別にかまへんけど…」
そんなやわじゃないってば。
シゲがてんぷらを揚げる様子とか、そばをゆでる様子とか、全部側でじっと見てた。
なんかすっげー楽しかった。
「あんま見つめられたら緊張するわあ…」
そんなことを言いながら、シゲは二人分のそばを仕上げて、お盆に載せた。
「運ぶよ」
「ありがとぉ」
お盆を持っていったら、シゲ急須と湯飲みを持って後ろをついてきた。
テレビをつけてみると、丁度紅白が始まったところだった。
「「いただきます」」
二人で仲良く手を合わせて、そばをすすりながら…あ、やっぱり出汁関西風で美味しい…、俺はふと思い出して聞いてみた。
「で、いつまで泊まるの?」
「えっと…その」
言いにくそうに俺を見る。
「…何?」
「…4日ごろまで居てもええ?」
「別に始業式まで居ても構わないけどね…」
そんな遠慮しつつ言わなくても…思いつつ答えたらシゲは安心したようににっこり笑った。
「良かった〜、あかんって言われたら僕行き場あらへんかった…」
「大げさだなあ…」
笑いながら海老のてんぷらをかじる。
これも美味しい。店で出来たものじゃないのを食うのって久しぶりかも。
「美味しいね。楽しみだなぁ、カレーにスパゲティーにハンバーグ…」
「腕によりをかけて作るから」
シゲはにっこり笑いながらそう言って、そのまま夕食の時間が終わった。
洗い物を済ませて、さっきスーパーで買ってきたお菓子を適当につまみながら、テレビを見ててふと思いついてシゲを振り返った。
「ね、すぐ近くに神社あるけどさ、初詣行く?」
毎年行ってるわけじゃないけど、シゲと一緒に行く初詣も面白そうだななんて思って聞いてみた。するとすぐに返事が返ってくる。
「行かへん」
妙にきっぱりとした迷いの無い言葉だった。
「なんで?」
「僕は神様なんか信じてへん。だから初詣なんか行きたくない」
やっぱりきっぱりと、切り捨てるような返事が返ってきた。
「…ふぅん…まあ別に俺も信じてるわけじゃないけどね」
その割りに年越しそばは食うんだなあ…なんて思いながら、俺はコーヒーをお変わりした。
そしてお菓子に手を伸ばすと、その手をぺしんとはたかれた。
「まだ食べる気なん?もう11時回ってんで」
「別にいいじゃん、大晦日なんだし…」
「…太るで」
笑顔で簡潔に言われて、なんとなく出した手を引っ込めてしまった。
「えっと、じゃあ俺風呂入ってこようかな」
「そやね、今年の汚れ、今年のうちに、やもんね」
「…何年前のCMだよ…」
風呂から上がってみると、シゲはコタツにもぐって半分眠っていた。
「シゲー、今年の汚れ、今年のうちに、なんでしょ?風呂入ってきなよ」
「う…ん?しまった寝てまうとこやった」
「…はっきり寝てたよあなた今」
俺の言葉も聞こえないみたいで、シゲはうーんと体を伸ばし、…あ、と俺を見た。
「…ごめん、パジャマ貸してもらっていい?」
「…持ってきてないの?」
「家出るとき急いでて、下着の替えしか持ってきてへんねん…」
「…なんでもいい?」
尋ねた俺に、シゲがコクコクと頷く。
俺は押入れから適当にスウェットの上下を引っ張り出してシゲに渡した。
「これでよかったら」
「ありがと〜。ほな行ってきます」
もう勝手しったる俺の家、シゲはひらひらと手を振って風呂に行ってしまった。
20分もせずにシゲが風呂から出てくる。
ホカホカと湯気を立てて、体の芯からあったまったらしく、ほっぺたもほこほこと赤くなっていた。
「良かった〜、なんとか今年中に風呂出たわ〜」
「良かったね、ちなみに紅白は白が勝ったよ」
ついさっき紅白が終わって、『ゆくとしくるとし』に変わったところだった。
「そうなんや〜」
ほわほわとした声で言って、そのままぱちぱちとチャンネルを変えている。そして結局N○Kに戻して、改まったように俺を見た。
「…突然ごめんな、押しかけて」
「別にあなたに押しかけられるんだったら俺は歓迎なんだけど」
一人のはずの年末が二人になったんだから…しかもこの休み中はずっとシゲの手料理が食べられるわけだし、はっきり言って棚からぼたもち的なラッキー感。
俺の返事にシゲはにっこりと安心したように笑った。
そして…壁の時計をチラッと見る。
「…今年は、いろいろあったわ」
「ん?」
「高校に入ったこともそうやけど、達也に会えたんが一番大きくて…嬉しかった」
「…っ」
いきなり直球でそんなこと言われて…息が止まるかと思った。
でもシゲはそんな俺の反応に気付いてないのか、ほわほわ笑いながら頭を下げる。
「…これからも、よろしくな」
「…こ、こちらこそ…」
やっと呼吸が戻ってきて、俺はもごもごと呟いた。
そして、大きく息をして、俺も口を開く。
「うん。俺もいろいろあったけどさ。今までで今年が一番充実してた気がする。シゲと同じクラスになって、仲良くなれたのも嬉しかったしさ。それに…多分一人だったら、学校の空き部屋使っちゃえなんて発想にはならなかったと思うし」
「そやね、大変やったなあ…でも、楽しかった」
「うん、楽しかった」
即答して顔を見合わせて笑う。
そして、シゲがじっと俺を見た。
「…何?」
「いや…年、明けてしもたな、今の間に」
「え?」
言われて時計を見ると、確かにもう12時を回ったところだった。
「ホントだ」
家族以外の誰かと年明けを迎えるのははじめてかも…。
「じゃあ、改めて」
俺は口を開いた。
「ん?」
きょとんと俺を見たシゲににっこりと笑って、頭を下げる。
「今年も、仲良くしようね」
「…おん。こちらこそ…どうぞよろしく」
ちょっとだけ他人行儀にそう言って…もう一度顔を見合わせて笑った。
そんな年明けは生まれて初めてだったけど…。
また今年も、こんな年明けだったらいいなと思った、そんな大晦日の夜だった。
* * * * * * *
こんな素敵なお話を戴いてしまいました!!
感想を述べるのが下手くそなので上手く言えませんが、何がツボって、
2人が醸し出すほんわかした空気ですよ。
かのうさんの書かれるリセッタはホントにもう、癒しです。素敵過ぎる!
リセッタってこうだよなぁと、年明けからニヤニヤしてました(笑)
すっごい癒されました・・・・・。
素敵なお話、本当にありがとうございました!!
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