たとえ敵対していたとしても。








バタバタと城内を走り回る男達の黒い軍服には、白いラインが入っている。
氷を司る凍土王の配下の者達だった。
その王とは彼の友人でもあるのだけれど。

「どうしたの?」
彼は男達に声をかける。
白服の彼に男達は一瞬怪訝な表情を見せたものの、彼の顔を見てその表情を緩めた。
彼らの王の友人であり、天使でありながら地界に入り浸っている彼とは顔見知りだったから。
「あぁ、長野さん」
「いらしてたんですか?」
「うん。今来たところなんだけどね」
彼が微笑むと、男達は困ったように苦笑した。
「そうでしたか・・・・・。残念ながら王は行方不明でして・・・・・・・」
「いないの?」
「今日は定例会議の日なんで・・・・・・・・・」
「なるほどね」
言い辛そうに説明をする男達に、彼も苦笑を浮かべた。
「判っててサボる人だよね、坂本くんは」
「井ノ原さんが今探してくれてるんですけど、見当たらないんです」
「仕方ないね。俺も探してあげるよ」
クスクス笑う彼。男達は申し訳なさそうに頭を下げた。
そして再び慌しく走って行く彼らを見送って、彼は小さく笑って、逆方向に歩き出した。
「変わんないなぁ。あの人も」
一番近い窓に身を乗り出して、遥か先に見える鬱蒼とした森を目指して、白い羽根を広げた。
















出陣を目前にして、にわかに殺気立つ城内。
その一室で、彼は溜めていた書類を前に眉間にシワを寄せていた。
「・・・・・・・・・・・・・・飽きたな・・・・・・・・・・・・・・」
ポツリ呟く。
いつも仕事の催促で騒がしい糸目の部下は目の前におらず、部屋の中には自分一人。
彼はおもむろに立ち上がり、きっちり着こなしていた軍服の上着を脱いだ。
装備していた剣も無造作に外して床に落とし、隣の自室に引っ込む。
しばらくして、彼は大き目の箱型カバンをぶら下げて、戻ってきた。
そして、書類の一枚を取り出し、その裏の白紙部分に大きく何かを書き付ける。
「俺がいなくても構わねーだろ」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、彼は窓を開け放した。
「後は頼んだ」
誰もいない部屋の中に向かってそういい残して、彼は楽しげに部屋を飛び立った。









「ねぇ、健ちゃん」
屋根の上で本を読んでいる小柄な影に、井ノ原は話しかける。
その表情は笑顔ではあるが、少々引き攣っていた。
「何?井ノ原くん。うるさいんだけど」
健と呼ばれた彼は本から目を離すことなくそれに答える。
「それヒドイよ、健ちゃん。ところで坂本君見なかった?」
「見てないよ」
「またいなくなっちゃったんだけどさ」
「あれ?あの人今日出陣でしょ?司令官で」
ようやく健が本から顔を上げた。
「そうなのよ!あと30分ぐらいで出陣なんだけどいなくなっちゃったのよ!!
 しかも『探さないでください』って置き手紙残して!!魔王が家出かよ!!」
がー!!と唸りながら何かを叩きつける振りをして、井ノ原は声を上げる。
その様子を健は胡乱気に眺め、小さくため息をついた。
「そのうち帰ってくるんじゃない?」
「そのうちじゃ困るの!!わかる!!?」
「はいはい、分かってるよ」
眉間にシワを寄せて、本に視線を戻す健。
「さすがにもう飽きるって、戦争もさぁ」
小さく呟かれた言葉は、相変わらず騒いでいた井ノ原には届かなかった。













鬱蒼とした森の中。
人気は全くない。
天界と地界の境にあるこの森には誰も近付こうとはしないのだ。
うっかり悪魔と鉢合わせでもしたら、この森が消滅しかねない。
だからサボるのにはうってつけで、彼はよくここにサボりに来ていた。
カサカサ、秩序無く生えた草が足に擦れて音を立てる。
すぐそばには小川があり、きれいな水が流れていく。
彼はこの森が好きだった。
天国と人間たちが想像するものとはまったく違う、戦火で荒んだ世界には無い、穏やかな時間がここには流れている。
最近では戦闘人形と渾名されるようになってしまった彼の顔に、穏やかな笑みが浮かんだ。

戦いだけの人形になるのを留めているのは、この森の存在かもしれない。

彼はそんなことを思いながら小川に沿って森の奥に足を進めた。



ふと、小川の源である小さな泉の傍で、彼は足を止めた。
その位置からは見えないが、先客の気配を感じたのだ。
足音を立てないように、ゆっくり足を進める。
木の陰から、そこを覗き込んで、彼は絶句した。

 悪魔・・・・・・・・・・!!

そこにいたのはくつろいだ様子で木陰で眠る青年の姿。
彼はその気配から、その青年が悪魔であることに気付いた。
この辺りは地界との境界なのかもしれない。
彼はそのことに気付いたが、戻ろうとはせず、腰に下げていた鞘から剣を抜いた。
同時に目を開く青年。
彼が身を隠している方に目をやって、口を開いた。
「誰かいるのか?」
彼は再び言葉を失った。
気配を絶っていたというのに、物音一つ立てなかったのに、自分の存在に気付いた青年に戦慄する。
それなりの力を持っている悪魔なんだろう。
彼は自分の不運を呪いながらも、それでも負ける気はなかった。
殺気を隠すのを止め、木の陰から姿を現す。
それを見て、青年は目を見開いた。
「え・・・・・・・・・・・・天使・・・・・・・・・・?」
青年はぽけっと口を開き、彼をじっと見る。
彼が剣を構えた瞬間、青年は顔をしかめた。
「悪いけど、やる気はねーからな」
「・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・・?」
「俺はここに昼寝ついでに飯食いに来てるだけであって、戦いに来たわけじゃない。
 ここで血流すのも嫌だし、血の匂いで飯が不味くなるのはもっとムカつく」
それだけ言うと、青年は再び足を投げ出し、眠り始めてしまった。
「・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・・・・」

何だろう、この悪魔は。

彼の頭は混乱していた。
彼が知っている悪魔は、黒い服に黒い羽根。
血に塗れた武器を持ち、好戦的で、卑劣この上ない、その名の通り“悪魔”だったのだが。
目の前の青年は、その気配は悪魔だが、まったく違うように見える。

「・・・・・・・・・・・・あの・・・・・・・・・・・・・・」
罠かと思いつつ、彼は剣を降ろして、声をかけた。
「ねぇ」
「あぁん?」
2回目の呼びかけに、青年は不機嫌そうに答えた。
「何だよ」
「アンタ悪魔だよね?」
「この羽根見て天使に見えるか?」
そう言って背中に出現させたのは漆黒の羽根。
「・・・・・・・・・・・俺天使だよ?戦わなくていいの?」
戸惑いながら彼が訊くと、青年は、はぁ?と言いながら肩眉を跳ね上げる。
「何で戦わなきゃなんねーんだよ」
「え・・・・・・・・・何でって・・・・・・・・・・」
「今俺は軍服を脱いでる。剣も武器も何にも持ってねぇ。持ってるのは昼飯だけだ。
 俺を指示する司令官はいねーし、個人的には天使と戦わなきゃなんねー理由もない。
 ていうか体力の無駄。俺はここに休みに来てんの。休みに来てんのに戦えるかアホ」
「ア・・・・!?」
初めて言われた言葉に彼は衝撃を受けた。
「・・・・・・俺、アンタの仲間いっぱい殺してんだよ?赤い死神ってアンタたち呼んでんじゃん」
「だから何だよ。俺だって天使殺してるよ。赤い死神が何だ。お前天使じゃないのか」
不機嫌丸出しで返ってくる言葉。
青年は昼寝を邪魔されて少し怒っているようだった。
「・・・・・・何それ・・・・・・意味が違うし・・・・・・・・・」
「うるせーなぁ。何でもいいだろ、俺は戦いたくねーんだよ」
青年はそう言って、むっくり起き上がる。
「・・・・・・あー、何か腹減ったな」
ポツリ呟いて、横手にあった箱を持ち出した。
何だろう。
もう戦う気をなくしていた彼は、その様子を不思議そうに眺めていた。
そして、青年がその中から取り出したのは、一切れのサンドイッチ。
それにかぶりつきながら、青年はふと彼を見た。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・食う?」
何の躊躇いもなく、普通に差し出されたそれを、彼は呆然と見つめる。
少し間を置いてから、思わず近付いて受け取ってしまった。
そして受け取ってから、途方に暮れた。

どうして受け取ってしまったんだろう。
もしかして毒が入ってるとか?
毒殺する気?
でもこの人普通に食べてるし。
どうしよう。
っていうか普通に美味しそうなんだけど。

目の前には普通に食べ続ける青年。
しかも水筒のようなものからお茶だかをコップに注いで、それを飲んでいたりする。
もらったサンドイッチ一切れを手に、彼はその場に座り込んで悩んでいた。
「食べねーの?食べねーなら返せ」
そう言って、彼に手を差し出す青年。
何となく、返すのも癪だった。
どうにでもなれ、とそれを一口頬張る。
「・・・・・・・・!・・・・・・・・・・美味しい・・・・・・・・・・」
「だろ!」
彼の呟きに、青年はニカっと笑った。
「俺が作った」
「嘘!!?」
「嘘ついてどーすんだよ」
「すごく美味しい!!こんな美味しいもの食べたことないよ!!」
「褒めても何にもでてこねーぞ」
褒めちぎる彼に、青年は少し頬を赤らめながらも嬉しそうに笑う。
「もっと食べたい」
「え?あー、もうねーよ。これ一人分だったから」
「嘘!!もうないの!!?・・・・・・食べたかったのに・・・・・・・・・・・」
がっくりと項垂れた彼に、青年は慌てた様子で彼を慰める。
「あ、え、わかった!明日!明日また作ってくるから!!今度は2人分!!」
「ホント!?」
「ホント!約束する!」
「ありがとう!嬉しい!」
彼がそう笑うと、青年は一瞬目を見開いて、すぐに笑った。
「じゃあ明日ね!待ってるから俺!!」
彼はスクっと立ち上がって、もと来た道を戻って行く。
青年は彼を見送ってから、再び寝始めた。



嬉しい気持ちでいっぱいで走っていた彼は、ふとある事に気付いた。
「・・・・・・・・・悪魔相手に何仲良くなってんだろ・・・・・・・・・・・・」
足を止めて、改めて衝撃を受けた。


サンドイッチを食べた辺りからあの人が悪魔だったことを忘れてたよ。
今まで悪魔と見れば問答無用で叩き斬ってきたのに、今の俺は何をしてたんだろう。


「明日って・・・・・・・・・しかも待ってるって言っちゃったよ、俺・・・・・・・・敵なのに・・・・・・・・・・・・」
そう呟いて、彼は思わず笑ってしまった。

味方の天使たちと一緒にいて、あんなに楽しかったことはなかった。
同僚の大半がその地位にしか興味はない。
自分の下についてくれている部下達も、一歩離れて自分を見ている。
誰もが戦闘人形としか見てくれない。

それなのに、あの悪魔は彼を彼として見ていた。

何だかとても嬉しくなった。



もしかしたら、本当は戦わなくてもいいのかもしれない。




ふと思い立ったことに、彼は心を躍らせる。
「・・・・・・明日・・・・・・・か・・・・・・・・」
彼は嬉しそうにその言葉を噛み締めて、森を後にした。



















「坂本君」
穏やかな日差しが木葉の隙間から差してくる。
それを受けながら木の根元に転がっていた探し人の顔を覗き込んで、彼は呼びかけた。
「んー・・・・・・・・・・・」
「起きてよ、ちょっと。ねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・まだ寝る・・・・・・・・・・・・・・・・」
呼びかけにそうとだけ答えて、坂本は長野に背を向ける。
「・・・・・・・・・・・しょうがないよね」
誰にともなく呟いて、長野は笑みを浮かべた。
瞬間、彼の周囲に風が吹き始め、それらは鎌鼬を形成して、坂本に襲い掛かる。
「・・・・・・・・・・!!!」
同時に坂本は目を開いた。
そして、風が当たる前に目の前に氷の壁を作り上げる。
そこに鎌鼬が当たって、ガリガリと削れた。
「あっぶねー!!何すんだよ長野!!」
「だって坂本君が起きないから」
「起きないからって鎌鼬ぶつけんじゃねーよ!!」
目くじら立てて怒る坂本に長野が笑顔を浮かべた。
「部下の皆様が困っていらっしゃったよ、凍土王殿」
「そういうアナタはこんな所に来ていていいんですか?四大元素(エレメンツ)の風天使殿」
「俺はいいんだよ」
「俺もいいんだよ。会議は健にやらせときゃ」
後から文句言われるだろうけどな。
そう言いながら、楽しそうな笑みを浮かべる。
「しばらく戻らない?」
「せめて会議が終わるまではな」
「じゃあ俺もここにいよっと」
「めっずらし」
「たまにはね」
坂本の反応に、長野は微笑んだ。
「またサンドイッチ作ってね」
「おう。今度作ってやるよ」
2人でクスクス笑い合う。
それに合わせるように、さわさわと木々が揺れた。




たとえ敵対していても、そんなことは関係ないと思ったんだ。

だってサンドイッチが美味しかったから。

美味しいもの作る人に、悪い人はいないでしょ。




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『一つ屋根の下』設定、坂本さんと長野さんの出会いでした。
リクエストしてくださったはるのさんのお宅が勝利サイトなので、この話にしてみました。
が、よく考えれば本編には名前しか出てない人たちですね;;
本編では次の話で出てくる予定なので、フライングということで。

普段書いてない分難しいです、Vさんたちはね、やっぱり。
ていうかトキさんたち出てない!!初めの予定では出るはずだったのに!!(汗

いかがでしょうか、はるのさま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
リクエスト、ありがとうございました!!


2006/08/22




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