Chill and Shiver




聞き慣れない音に振り返る。
その視線の先で咳をしていたのは、人一倍健康に気を使っているはずのメンバー。
「どうしたん、松岡」
呼びかけに振り返った松岡は、赤い顔をしていた。
「・・・・・・・・・・・・風邪ひいたみたい・・・・・・・・・・・・・」
掠れた声が返ってくる。
城島は慌てて松岡の傍に寄って、その額に手を当てた。
「おわ!熱あるやんか!ちょお、そこ座りぃ」
普段の彼なら城島の手を払い除けただろうに、黙ってやらせているその様子に、城島は慌てて松岡を座らせた。
戸棚の引き出しから体温計を取り出し、ぐったりしている彼の体温を測る。
「・・・・・・・38度4分。これはしんどいわ」
「・・・・・・・だいじょーぶ・・・・・・・・」
「だいじょーぶちゃうわ。病院行こ?点滴打ってもらったらはよ治るて」
しゃがみこんで視線を合わせた城島に、松岡は目を逸らした。
「・・・・・・・・・・・・・・病院はイヤ・・・・・・・・・・・・・・・」
「しんどいのガマンするんか?」
「・・・・・・・・・病院はヤダ・・・・・・・・・・・・・・」
俯き加減に城島の言葉を拒否する。
「・・・・・・・・・しゃーないなぁ」
その言葉の理由に思い立って、城島は仕方無しに身を引いた。
そして薬箱から解熱剤を取り出して、松岡に渡す。
「今日はもう寝とり?酷くなったらあかんから」
「・・・・・・・・薬は飲みたくない・・・・・・・・・・・」
「我侭言いなや。飲め」
水の入ったコップを突きつけると、松岡は嫌そうな顔をしてソファから立ち上がる。
「どこ行くねんっ」
「・・・・・・・用事、思い出したのよ・・・・・・」
本当は用なんて何もなかったが、どうしても薬は飲みたくなかった。

『薬』に良い思い出なんてない。
一緒になって連想されるのは、白い服と白い部屋と、────────

「松岡!」
城島の声にハッとする。腕を掴まれた感覚が現実に意識を引き戻した。
「思念漏れとるで、自分。オーバーヒートちゃうか?」
「・・・・・・・そんなことないよ」
「制御装置は」
「・・・・・・・・・・・・・・部屋に置いてきた・・・・・・・・・・・・・・・」
服の袖で隠れていたが、実際はその左手首に制御装置であるブレスレットは着けている。
そんなことよりも、視界が回っていることが気持ち悪かった。
頭がぼんやりするとともに、記憶の底に沈めていたものが浮き上がってくる。
そして、誰のものか判らない心の声が頭の中に大音量で響き始めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・ 気持ち悪ぃ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
低い唸りのような音が警報のように耳を劈いた瞬間、目の前が真っ白になった。


「松岡!!?」
突然バランスを崩して倒れた松岡を、慌てて抱きとめる。
肩を上下させ荒い呼吸を繰り返すその様子に、城島はそのまま松岡を抱きかかえて車の鍵を取った。
「何でこういう時に山口も太一も長瀬もおらんねん!!」
そうボヤキながら事務所を出て行く。
山口は海に、太一と長瀬は買い物に出かけたばかりのことだった。














白い壁。
白い天井。
窓のない部屋。
壁一面の鏡。
それが鏡じゃないことなんて、ずっと前から知っていた。
鏡じゃない側から、ガラスの側から、ずっとこっちを見てる。
聞こえてくる、好奇の声。
あいつらにとって、実験動物でしかない。

一日に何度も打たれる注射。
何度も血を採られて、その代わりのように透明な液体を入れられて。
白い錠剤やカラフルなカプセル錠を腹がいっぱいになるくらいたくさん飲み込んだ。

ぼんやりとした視界に人の姿をしたのっぺらぼうが立っていて、襲ってくる。
怖くて仕方ない。
死にたくない。
だから、そいつの頭の中を覗いて、掻き回した。
そうすればこっちには来ない。
金属を引っかいたような悲鳴。
それが嫌で耳を塞いでも、頭の中に突き刺さってくる。

痛い。

苦しい。

もう、嫌だ、こんなところ。


そこから逃げ出したはずなのに、どうしてまだこんなところにいるんだ?


















知らない天井が広がっていた。
白い壁、白い天井、薬品の臭い。
誰もいない小さな部屋。
白いシーツに横たわっていた。
くらくらしたが、身体を起こす。
自分の部屋ではない。事務所でもない。誰もいない。
「・・・・・・・・・・・リーダー・・・・・・・・・・・・?」
小さく呼んでみても、自分の声が部屋の中に響くだけ。
自分の手が微かに震えていることに気付く。
「・・・・・・・・・・・リーダー?・・・・・兄ぃ・・・・・・太一君、長瀬・・・・・・・・・みんな、どこにいるの?」
ふらつく身体をおしてベッドから起き上がる。
点滴の管が引っかかったし痛かったから、針を引っこ抜いた。
「リーダーっ・・・・・・兄ぃっ・・・・・・・・」
不安になって扉に手をかける。
「!!?」
しかし、ノブを回しても扉は開かない。
「・・・・・・・・・っリーダー!!!兄ぃ!!!どこ!!どこにいるんだよ!!!
 ・・・・・・・・・・・嫌・・・・・・・・・イヤ・・・・・・・・嫌だっ!!・・・出して・・・助けてぇ!!!」
自分が閉じ込められていると認識した途端、恐ろしくなった。
半泣きになって取り乱しながら、松岡はドアを力いっぱい叩いて叫ぶ。
扉の向こうで足音。
同時に鍵が開く音がして、扉が開いた。
「どうした!!?」
そして入ってきたのは白衣の男。
「・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・・」
瞬間、松岡の中で、押し込めていた記憶がフラッシュバックした。



白い壁。
白い天井。
白い服の男達が注射器片手にやってくる。

『さぁ、昌宏』

押さえつけられて、訳の解らない計器をたくさんつなげられて。










『実験の時間だよ』



















「いやだああああああああああああああああああああ!!!!!!」
































電話を切った瞬間、周囲の人たちが突然頭を押さえて倒れ始めた。
同時に警報機が鳴る。
誰か能力者が力を暴走させたらしい。
微かに聞こえた『声』に、城島は慌てて病室の方に走り出す。
能力者の能力をある程度無効化してしまう特異体質の自分の頭にも思念波を届かせることができる人間を、城島は1人しか知らない。
廊下を行く人は誰もおらず、皆一様に気を失って床に倒れている。
「・・・・・・・・・・っ何しとんねん!」
病室の前、白衣の男が倒れていた。
そして、病室を覗くと、部屋の隅で松岡が小さく蹲っていた。
「松岡!」
城島が呼びかけると、松岡は小さく肩を揺らす。
微かに上げた視線は虚ろで、焦点が定まっていない。
「松岡っ・・・・・どない」
城島は視線を合わせるためにしゃがみこみ、松岡の肩に手を置いた。
しかしその瞬間、松岡の目に恐怖が浮かび上がる。
「・・・・・・・・・っ!・・・・イヤだ!!・・・・・・・・・・来ないで!!」
表情を引き攣らせ、顔を腕で隠し、城島を拒否した。
同時に耳鳴りが通り過ぎる。

──────── このままじゃマズイ

そう思った城島は、松岡の抵抗を無視して抱きしめた。
「ぃ・・・・・・・・・イヤだぁ!!!離してぇっ!!!嫌だっ!・・・・・・・もう嫌だっ!!戻りたくないぃ!!!!」
錯乱して叫ぶ松岡を力いっぱい抱きしめて、その背中をあやすように叩く。
「大丈夫!あんなとこ、絶対に戻らせへん!やから安心せぇ!!!」
「・・・・ぅ・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・・・・・・・」
その声に、松岡は動きを止めた。
ぼんやりと城島を見る。
「安心せぇ。大丈夫。もう怖ないで?ボクがついとるから。な?」
そう言って城島は微笑んだ。
唯一心の声が聞こえない人間。
感度が最高潮に達しても、微かにしか聞こえない思念波に乗って流れてきたのは、穏やかな『声』。
「・・・・・・・・・・リー・・・・・・・・・・・・・ダ・・・・・・・・・・・・・」
小さく呟いて、糸が切れたようにかくんと頭が落ちる。
そして微かに寝息が聞こえてきて、ずっとしていた耳鳴りが止んだ。
「・・・・・・・んっとに、力だけは恐ろしいやっちゃ」
苦笑混じりにそう呟いて、城島はその場に腰を降ろした。
















「で、もういいの?」
事務所のソファに座った山口が、城島にそう訊いた。
「点滴してもらったし、解熱剤ももらった薬も飲ませたし、大丈夫やない?」
目を通していた書類を置いて一息つく。
「やっぱオーバーヒートやって。最近よぉ使っとったもんなぁ」
灰皿の横に置いてあったくしゃくしゃの箱から煙草を1本取り出した。
山口がそれをちらりと見る。同時に煙草の先に火がついた。
「どうぞ」
「おおきに」
そして、城島はそれを大きく吸い込んだ。
「・・・・・・・・・もう病院連れてかれへんなぁ」
紫煙を吐き出しながらため息。
「ま、しょーがねーよなぁ、あいつの場合は」
山口もポケットから煙草を取り出して、それに火をつける。
「そーいえば、太一と長瀬は?」
「松岡の部屋。長瀬が離れないからさ」
「さよか」
部屋の天井付近が煙で霞む。
「・・・・・・・・・・・・・・・何とか乗り越えてってくれへんかなぁ・・・・・・・・・・・」
城島の呟きに、山口は何も言わずに霞を吐き出した。




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何か暗い・・・・・・・・・・。
突然小説の神様がいらっしゃいまして、接待していたらできました。
真夜薔薇、になるんですかね。凸凹T2は名前しか出てないですしね(汗)
多分「RUN〜」よりも前の話。松岡さんはリーダーが担げるくらい小さいです。

えと、リーダーの特異体質ですが、能力とは認定されてません。
テレパスやサイコキネシス等の能力での直接攻撃は無効化できますが、
物を飛ばしてぶつけるとか爆発とか火とかいった、能力を使った物理的攻撃に対しては全く効果は無いからです。
テレパスとかサイコメトリーみたいなのでは頭の中を覗かれないとか、
サイコキネシスでの衝撃波はくらわないとかいった程度の特殊さなので、特異体質とされてます。
だからノーマル。
ちなみにテレポートはその力を使う人の意思で物体の移動させるものなので、リーダーにも適用できます。
という設定がありました。


大変お待たせしました!!
いかがでしょうか、mizuさま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!

2006/02/03




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