黒のスーツに黒の革靴。
夜明けの街を並んで歩く4人の男達。
険しく顔をしかめ、とある小さな店の戸を開けた。
カランカラン。
扉のベルが軽やかに鳴る。
「いらっしゃいませ・・・・・・・・・・・・・」
カウンターの向こうにいた店主が笑顔で迎え入れ、驚きに目を開く。
最後に入ってきた小柄な男が、扉にかかっていた札をひっくり返してclosedにする。
一番背の高い、長めの髪を後ろに撫でつけた男が険しい顔でカウンターに近付いていく。
そして。
nichtsnutzes!
「リーダー!!おはよーございます!!」
彼はニカっと人懐っこい笑顔を浮かべてカウンターに身を乗り出した。
「おはよぉ、長瀬」
リーダーと呼ばれた店主も、先ほどとはうってかわって穏やかな笑みを浮かべてそれに答える。
「あー、疲れたー」
もう一人の背の高い、長い黒髪を後ろで纏めた青年が窓際のソファに深々と腰掛けてボヤく。
「お疲れやねぇ、松岡」
店主は西の方の訛で、苦笑しながら話しかけた。
「ちょっと揉めちゃってさ」
ため息をつきながら、小柄な青年がカウンターに腰掛ける。
「で、朝帰りなわけか」
「その通り」
あ〜ぁ、と大きく欠伸と伸びをする。
「太一もお疲れ様」
店主は苦笑いのまま、彼を労う。
「コーヒーでええ?」
そう言いながら、店主はお湯を沸かし始める。
実はまだ開店前。
店の札は裏も表もclosedである。
「コーヒーより酒がいいな」
最後に、店主の正面に、たくましい体躯の青年が座った。
短い金髪を立たせて、浅黒く日焼けした姿に、爽やかな笑みが浮かぶ。
「朝から酒なん?達也」
「勝ち仕事の帰りなんだ。ダメ?」
「・・・・・・・・・・・仕方ないなぁ。何がええのん?」
仕方なさそうに店主が笑うと、他の4人が嬉しそうに反応した。
「俺レモン酎ハイがいい!!」
「俺もビール」
「俺はジントニックがいいな」
長瀬、太一、松岡の順に注文が入る。
「もー、ここは居酒屋やないっちゅーに。達也は?」
「ありがとう、シゲ。俺は焼酎のロックで」
「何でそんなバラバラやねん」
山口の笑顔に、店主――城島はブチブチ文句を言いながら奥に引っ込んでいく。
今日の開店は昼を過ぎることだろう。
「で、さ。どうすんの?兄ぃ」
城島が引っ込んだ後、ソファにだらしなく座りながら松岡が山口に問いかけた。
「とりあえず、今のところ判ってる反乱分子は潰したわけでしょ?」
「まぁな。でもアレはその一部分でしかない」
「このまま放っといたらどっかの組と手を結んじゃうんじゃない?」
「それはヤバくないですか?いくらぐっさんが強くても、組一つ潰すのはキツいですよ」
その言葉に、山口は黙り込む。
「何で13代目は姿を見せてくれないんですか?」
「そうだよ。就任したのに誰も見たことないんじゃ反抗する奴も出てくるって」
長瀬、松岡の言葉に、太一も合わせてため息をつく。
「山口君は知ってるんでしょ?補佐なんだから」
「あぁ、知ってるよ。長い付き合いだしね。ま、何か思うところがあるらしいけど」
「もしかして、あの人なの?13代目」
ふと松岡が声を上げる。
「先代の時さ、兄ぃ、誰かと組んでたじゃん。あの髪長い人」
「俺知ってますよ!射撃の腕は組一番、ぐっさんとコンビ組んでて、
いまだかつて負けなしって噂だったあの人でしょ!?」
「あぁ、いきなり姿消しちゃった人ね。よく考えればあの人の名前知らないや」
それを発端に噂話に花が咲く3人。
「まぁ、端的に言うとその人が13代目になったわけだけど、全権俺に任せていなくなっちゃってね」
あはは、と笑う山口。
「とにかく、あの人が帰ってくるまでにある程度整備しておかねーとな」
「・・・・・・・・・・目星はついてるの?」
表情を一変させた山口に、太一が目を細めた。
「まぁな。多分、明日動く。・・・・・・・・・・・・・そこを潰すぞ」
13代目組長代理の言葉を受けて、3人は表情をキリっとさせ頷いた。
「こちら松岡。太一君聞こえる?」
『聞こえてる。様子はどう?』
インカムから聞こえてきた言葉に、松岡は少し視線をずらす。
視線の先、山積みのダンボールの向こうには、スーツ姿の強面の男達がウロウロしている。
「兄ぃの情報通りだよ。竹松組の奴らと何かしてる」
『こっちは一応準備はできてる。あとは山口君の指示待ち。勝手に動くなよ』
「了解。じゃあまた後で」
そう言って、松岡は通信を切った。
そしてもう一度、視線を戻す。
人気のない路地裏。よっぽどの怖いもの知らずか、方向音痴でなければやってくる一般人はいないだろう。
松岡は様子を確認しながら、自分の獲物――サイレンサー付きの拳銃と、小型ライフルの弾を確認する。
『俺だ』
突然通信が入った。山口だった。
『松岡、1分後。左耳に派手なピアスをした、サングラスの若い奴の足を狙え』
「はいよ」
『殺す必要はないぞ。機動力を奪うだけでいい。あと、出るなよ』
「OK。任しといて」
『カウント始める。59、58・・・・・・・・・・・・』
カウントが進んでいく。
それに合わせて、彼は愛用のライフルを構えた。
その標準は指示された人物の膝に当たっている。
彼は無意識に唇を舐め、引き金に指をかけた。
『・・・・・28、27、26・・・・・・・・・・』
その時だった。
「?」
ガサガサと音を立てて、目の前の空間に現れる一つの影。
「っ!!?」
松岡は慌ててライフルから目を離す。
その視線の先にはビニール袋をぶら下げた馴染みの喫茶店の店主。
(・・・・・・・・・・・リーダー!!?)
何故かリーダーと呼ばれる、一般市民であるところの喫茶店店主は、
一斉に振り返った男達の視線を受け、その場で足を止めた。
「・・・・・・・・・・あー・・・・・・・・・・もしかして、僕、間が悪かったですかね・・・・・・・・・・」
引き攣った笑みを浮かべてそう言う城島に、男の一人が近寄った。
「ああん!!?何だテメー!!!」
「あわわ、ワザとじゃないんですわ!!たまたま道に迷ってもうて・・・・・」
胸倉を掴まれ、ものの見事に男達に脅されている。
(あー!!もう!!何してんのあの人は!!)
冷や汗をかきながら、松岡はもう一つの拳銃を取り出す。
そして、山口のカウント通りに指示された男を撃って、飛び出した。
「な・・・・・・何もんだ!!!」
突然の襲撃者に男達の間に動揺が走る。
松岡は数人の足を撃って動きを止め、その間に注意がそれた城島を引っ張って、別の路地裏に走りこむ。
「松岡ぁ!!?」
「何してんのアンタ!!!馬鹿じゃないの!!!?」
見事に山口の言葉を無視してしまったことと、姿を見られってしまったことに焦りを感じながら、
足の遅い城島を抱え上げて、ゴミ収集所の陰に隠れる。
「うわっ・・・・くっさ・・・・・むぐ!?」
「黙っててリーダー!」
悲鳴を上げる城島の口を押さえつけて、松岡は息を潜める。
「どこに行った!!」
「あっちだ!!」
同時に男達の怒声が背後を走り抜け、静かになった。
完全に気配がなくなったことを確認し、松岡はため息をついた。
「・・・・・・・・・・・っ何でアンタあんなとこにいるの!!!!」
「え?買い物帰りに散歩しよう思たら道に迷ってもうて」
あははと笑う城島に、松岡の怒りゲージはマックスに到達したが、努力でそれを最低ラインまで下げる。
「あははじゃないよ。アンタ今死にかけたんだからね!!」
作戦も失敗してるし!とぼやきながら通信機を操作する松岡に、城島が訊いた。
「スマンスマン。・・・・・・・・でも、仕事の方が大事やろ?何で僕を庇ってん?」
「は?何言ってんの。一般人、っていうか知り合いを見捨てられるわけないでしょ。
俺がヤクザだからってバカにしないでよね。そういうところは筋を通さなきゃただの無法者じゃない」
当然、という様子でそう言いきった松岡は、ようやく繋がった山口に事の次第を報告し始めた。
『何してんだお前!!出るなって言っただろ!!』
「ゴメン、兄ぃ。でもリーダーがいて、やばくて・・・・」
『しかたねぇ。俺も出るから、それまで持ちこたえろ。どさくさに紛れて潰すぞ』
力押しでな、と言う山口に、松岡は再度謝った。
『それと、シゲは?』
「リーダー?大丈夫。怪我もないよ」
『そうか、気をつけろよ』
「はいよ」
通信を切った後、松岡は城島に向き直った。
「リーダー大丈夫だよ。俺が守ってあげるから」
「おん。ありがとぉ」
そう微笑んだ城島に、松岡は頬を薄く染め、顔を逸らした。
その時。
「そこにいるんだろ!!」
背後の壁の向こうから、男たちの声がした。
「出て来い!!山口の差し金ってのは判ってるんだ!!」
足音から推測するに、人数は二十を超えるだろう。
松岡はギリリと歯噛みした。
「くっそ・・・・・・・・・見付かったか・・・・・・・・・・・」
瞬時に弾の数を確認する。予備も入れて三十。
「ギリギリか・・・・・」
「・・・・・・・・・・弾はいくつあるん?」
「拳銃・ライフル合わせて三十しか・・・・・・・・・・・・・は?」
「僕の方が多いわけやね。仕方ない。松岡援護してな」
思わず振り返った松岡の視線の先には、オートマチックの拳銃を2つ、調整している城島の姿。
「・・・・・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・アンタ・・・・・・・・・・何それ・・・・・・・・・・・・」
「僕現場半年振りやから、手元狂うかもしれんで、よろしくな」
呆然と見つめる松岡に、城島はにっこり微笑んで、壁の向こうに歩き出す。
「・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・ちょっ・・・・・・・・・・・」
慌てて松岡もそれについて壁の向こうに出ると、そこには想像通りの人の群れ。
「テメー!!生きて帰れると思うなよ!!」
「それはこっちの台詞やちゅーねん」
城島がそう言ったと同時に銃声が複数。
男数人がもんどりうって倒れる。
動揺が走った間に、城島はすでに男達の目の前に走りこんでいた。
「・・・・・なっ・・・・・・」
蹴りと同時に両手のオートマチックが火を噴く。
我に返った男達が城島を狙うが、面白いほどに当たらない。
松岡の援護も必要もないくらい、鮮やかに男達が地面に倒れていく。
「松岡!」
呆然とする松岡の後ろからかかる声。
振り返るとそこには山口と太一。長瀬もいた。
「無事か・・・・・・・・・・・・・って、あれ・・・・・・・・?」
松岡の目の前に広がる光景に、太一と長瀬が絶句。
すでに、その場にいた男達全てが地面と仲良くしていた。
「・・・・・・これ、何・・・・・・・・・・・・」
「お、遅かったやんか」
呆然と太一が呟いた時、向こうから無傷の城島が戻ってくる。
「何してんのシゲ!!」
その姿に、山口が怒声を上げて近付いた。
「アナタは手を出さないって言ってたじゃない!!」
「やって、可愛い部下候補がヤバイことなっとったから」
「ちゃんと援護行くって言ってたの聞こえてたでしょ!!何で一人で突っ走るの!!」
「もう飽きたねんて」
やり取りを呆然と眺める3人を無視して、2人のケンカは続く。
「・・・・・・・・・・・ね、あのさ」
太一が拳銃片手に訊いた。
「どういうこと?これ」
その質問に、城島と山口は顔を見合わせて、両手を挙げた。
「つまり、反乱分子を見つけるためにわざと隠れてたってこと?」
「そう。ついでに信用できる奴も探そうと思て」
ニコニコ笑う城島に、太一が青筋を立て始める。
それを見て、長瀬が距離をとった。
「シゲが13代目に就任する時、いろいろと揉めてな。先代とも話し合った結果、こうすることになったんだよ」
「敵を欺くには味方から、ってわけ?」
「そう」
太一がおもしろくなさそうに眉を跳ね上げる。
「下手に誰かに話してもあかんやん。まさか僕が指名されるなんて思わんかったし。
まぁ、達也以外の知り合いもおらんかってん、話す相手もおらんかったけど」
申し訳なさそうに城島は眉を下げた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で、俺達はどうなの」
城島が頭を下げると、それまで黙っていた松岡が口を開いた。
「?」
「マボ、どういうこと?」
首を傾げる城島の代わりに長瀬が訊いた。
「俺や太一君、長瀬は、アンタの眼鏡にかなったわけ?」
じっと見つめる松岡を見返し、城島はニヤリ笑った。
「改めて、初めまして。13代目組頭に就任した城島茂です。
これから組に戻って立て直しを図る。その手伝いをお前らにしてもらいたい」
4人を見回して、そう言った。
「ついてきてくれるやろ?」
その言葉に、長瀬は顔を輝かせる。
松岡はあんな腕見せられたら当然でしょ、と呟き、太一はため息をついて小さく頷いた。
「どう?俺の先鋭」
3人の動向に、山口は自慢げに城島を見る。
「さすがや、達也」
城島はニヤリ笑い返した。
「行きますか。13代目」
山口の声と同時に太一、松岡、長瀬が立ち上がった。
カチャリ、銃を鳴らして、仕舞う。
「さて、行こか」
肩で堂々風を切って、5人のろくでなしが街へ繰り出した。
---------------------------------------------------------
説明不足な感が否めませんが、初書きヤクザモノでした。
銃とか、アクションシーンとか難しいですね。
ノー資料で書いたんで、その辺はご勘弁を。
あと、挿入箇所が見当たらず、省略したのですが、初め、正体を曝す前、リーダーは、
『リーダーでもないのにリーダーと呼ばれてて、何故か4人の正体(893)を知っている、
最強の組頭補佐兼代理人山口と仲良しな、どこか間の抜けた、小さな喫茶店の店主』
というふうに、たいっさんとまっつんとともやんに認識されてました。
本編でもチラッと出てきてますけど、下3人が下っ端の頃、リーダーは伝説の人でした。
他の人との接触をほとんどしなかったので、組の中に親しい人はぐっさましかいませんでした。
まぁ、立派な引きこもりだったということで(笑)
実は一回書き直してるんですが、それはリサイクル部屋に未完成のままつっこんであります。
よかったらそっちも読んでみてやってください。
あ、題はドイツ語で『ろくでなしども』という意味です。ニヒトヌートスと読むんですかね(汗)
(ドイツ語やったのは何年も前だからわからない!!)
いかがでしょうか、木葉さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
リクエスト、ありがとうございました!!
2006/08/22
もどる