子どもの頃に誓ったそれは、忠誠にも近い感情。
必ず守るから。
言葉にして、面と向かって、そう言った訳ではないけれど、ずっと、心の中に。
けほ
乾いた咳の音が小さく廊下に木霊する。
太一は口を押さえて、極力音が出ないように咳を堪える。
過保護な世話役に咳き込む声が聞こえたら、喘息がぶり返したかと慌てるだろう。
もう医者からも太鼓判を押されたのだから心配する必要もないのに。
それを少し重荷に思いながらも嬉しいと思う自分は歪んでるんだろうか。
そんなことを言ってしまえば、自分以上に彼に依存している他の3人だって歪んでるのかもしれない。
けれど、例え歪みだったとしても、それが多ければ歪みとして認識されなくなる。
そんなもんか、と考えをあっさり手放して、庭に視線をやった。
典型的な日本庭園。
吐いた息が白くなる。
もう少ししたらこの庭にも雪化粧が施されるだろう。
それを嬉しそうに眺めるだろう彼の反応を想像して、太一は微かに頬を緩ませた。
「太一君」
真後ろの襖が開いて、背の高い影が顔を覗かせた。
「お、松岡」
「寒くない?入りなよ。さっき兄ぃがタイ焼き買ってきてさ」
「あんこ?」
「ううん。クリームもあるよ。お茶入れたから」
太一の問いに、松岡は微笑んでそう答える。
その答えに納得したように、太一は部屋に足を踏み入れた。
「よう」
部屋の中で胡坐をかいてタイ焼きを頬張っていた青年が腕を上げた。
「おはよ、山口君。茂君も」
山口の横、湯飲みを両手で抱えてお茶を啜っていた青年にも声をかける。
「おはよぉ、太一」
城島は湯飲みを置いて、ほわと微笑んだ。
「あれ?長瀬は?」
そして、いつもいるはずの大きな姿を探して、太一は視線を彷徨わせる。
「大学行った」
「は?今日休みじゃねーの?」
「期限延ばしてもらったレポートの提出日が今日なんやて」
昨夜、遅くまで必死になってレポートを書いていた長瀬の様子を思い出して、太一はため息をついた。
「ねぇ茂君」
太一は山口の向かいに腰を降ろした。
「何やぁ?」
「もしかして手伝ったでしょ?」
ジト目で睨んだ太一の視線に、城島は笑顔を凍りつかせて目を逸らす。
「何で目を逸らすの?」
「そ、逸らしてへんよ。手伝ってもないし」
「嘘つき。じゃあ目の下に隈作って何してたのさ!」
「いひゃいいひゃいいひゃい!!」
冷や汗を浮かべる城島の頬を力一杯引っ張る太一。
「シゲ、観念した方がいいんじゃねぇ?」
横でそれを眺めていた山口が笑いながら言った。
「・・・・・・・・・・・ふんまふぇん」
つままれたまま涙目で小さく呟くと、ようやく太一は手を離す。
「・・・・・・・・・・・痛い・・・・・・・・・・・・・」
「茂君は甘やかしすぎだよ!」
「やって可哀想やったから・・・・・・・・・・」
「あれは自業自得なの!!一ヶ月前から提示されてた課題だったんだから」
「・・・・・・・・・・・・うぅ・・・・・・・・・・・・・」
太一の叱咤に、一番年上のはずの城島が小さくなる。
「相変わらず、だね」
苦笑を浮かべて松岡が太一のお茶を用意した。
「ま、これが俺達だし。いいんじゃね?」
「そだね」
何気ない日常。
これがあっさりと壊れてしまうなんて、誰も思わなかった。
雪がちらつき始めた。
目の前を舞った白いモノの辿っただろう軌跡を追って、空に視線を向ける。
どんよりと垂れ込めた空。
そして時計を眺めて、待ち合わせ時間を思い出す。
あと5分。
そう確認して視線を目の前の人混みに戻した。
誰も彼も足早に通り過ぎていく。
コートを着込んで、マフラーを巻いて。
自分以外のことは構ってられないとばかりに急いで、何処へか歩いていく。
「・・・・・・・・・・忙しねぇなぁ・・・・・・・・・・・・・・・」
彼はそう呟いて俯き、息を吐いた。
白く霞がかる視界。
そして、ふと視線を上げて、誰かと目が合った。
「?」
じっと見つめてくる視線。
けれど、見覚えのない顔。
次の瞬間、その目が光った。
「!?」
背中を走り抜ける悪寒。
意識の中に何かが『這入り込んでくる』感覚。
体が動かせず、目も逸らせない。
同時にとろりと溶けるように意識が霞んでいく。
──────── おいで
その言葉に身を任せようとした瞬間。
「山口!!」
呼ばれた名前に、急激に意識がはっきりする。
金縛りが解け、勢いよく振り返った時、真横を何かが走りぬけたような気がした。
振り返った先には城島がいた。
「・・・・・・・・・シ、ゲ・・・・・・・・・・・・」
絞り出した声は掠れていた。
息が酷く荒い。どれだけ息を吸い込んでも、酸素が足りない。
肩で大きく息をしている内に、城島が傍に来た。
「山口?どないしたん?」
城島が肩に手を乗せて、山口の顔を覗き込む。
それに答える前に、山口はさっきまで見ていた方をもう一度見る。
そこには誰もいなかった。
「何かあったん?」
「・・・・・・・・・・・・いや・・・・・・・・・・何でもねぇ・・・・・・・・・・・・・」
「ならええけど・・・・・・・・・・。やったら行こか?」
「おう」
城島が促すと、山口は急ぎ足で歩き出した。
城島はそれを追う前に、さっきまで山口が見ていた方を眺める。
そこには緩くウェーブのかかった黒髪の少年が立っていた。
城島が彼を見て小さく頷くと、少年はその場から消えた。
彼がいなくなったのを確認して、城島はようやく山口の後を追った。
けほ、けほ
乾いた咳の音が響く。
風邪をひいたかもしれない、と太一は顔をしかめた。
あまり丈夫な方ではないから、下手すると本当に喘息がぶり返すかもしれない。
帰りに病院に寄ろう。
そんな事を思いながら電車に乗り込む。
人混みは好きじゃない。
ほぼ満員の車内で太一は小さくため息をついた。
小さい頃、太一は従兄弟である城島や山口、松岡、長瀬と常に家の敷地内にいた。
自分が思っていたよりも家は金持ちだったらしく、いつも5人で家の中で勉強していた気がする。
だからというわけではなかったけれど、何となく、太一は4人以外の他人が苦手だった。
──────── そういえば。
太一は不意にあることに思いついた。
──────── 城島はあんなに壁を作るような性格だっただろうか。
何となく、ではあったが、太一はいつからか城島に壁を感じていた。
子どもの頃から何も変わっていないように見えるのだが、時々、太一の知らない顔をしている時がある。
何かを威嚇するような、警戒しているような、そういう視線を周囲に向けている。
そういう時、太一は何となく、話しかけるのが躊躇われた。
例えば、意を決して名前を呼んでも、何も変わらない笑顔を向けてくれるのだけれど、
どうしても『知らないヒト』に見える。
──────── 『外』に出た時からかな。
ぼんやりとそんな事を思った。
足元で少しずつ風化していく人の形をしたモノに視線をやりながら、城島は小さく息をつく。
「大丈夫ですか?」
傍にいた青年が心配そうに声をかける。
「・・・・・何や、最近多いな・・・・・・」
嫌になるわ。
そうぼやいた彼に、青年は持っていたナイフを懐にしまった。
「翔君もそんなこと言ってましたよ。長瀬君狙ってくる蛮が多いって」
「・・・・・・・・・・・何で僕らなんやろ・・・・・・・ちゅーか、あいつらなんかなぁ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・俺には判んないで・・・・・・・・・・・すんません」
突然鳴った携帯電話に青年が出る。
「はい、大野・・・・・・・・・あ、ニノ?え?茂君?」
青年 ──── 大野は城島の顔をちらりと見た。
「うん、解った。待って。・・・・・・茂君、ニノからです」
城島は差し出された携帯を無言で受け取る。
「僕や。どうした?」
『今すぐこっち来れますか?ヤバイかもしんないです』
「どこや。何があった?」
『太一君の職・・・・・・・・・・・・・・俺・・・・・・・・・・・・もしかしたらはめられたのかも・・・・・・・・・・・・・・
今確実に太一君と離されてるんです!・・・・・・・・・・何でこんな集団で・・・・・・・!!!』
その言葉を最後に通話が切れた。
「二宮!?・・・・・・っ大野、行くで!!太一と二宮がヤバイ!!!」
城島は携帯を大野に放り投げて走り出した。
「幸いすぐ傍や!急がな持ってかれる!!」
その後を、慌てて大野が走って追いかけた。
「太一」
突然呼ばれて太一は振り返った。
「茂君!!?」
「やっと見つけたわー」
少し離れたところにいた城島が手を振りながら走って寄ってくる。
「どうしたの!?」
太一が驚いてそれに走り寄った。
「おん。ちょお太一に用があってな」
ついてきてくれへん?
そう言う城島に、太一は眉を寄せた。
「今すぐ?てか用って何?ここじゃ言えないこと?」
「・・・・・・・・・ええから来ぃよ」
太一の問いかけには一切答えず、城島は太一の腕を掴む。
「・・・・・いっ、痛いよ、茂君」
苦情を言っても手は解放されない。
いつもと様子の違う城島に、太一は言い知れぬ不安を感じた。
「ちょっと、待ってよ茂君!」
そう言ってその手を振り払ったと同時に、城島が振り返る。
「・・・・・・・・え・・・・・・・・・・?」
振り返った城島の目は赤く光っていた。
瞬間、足元の影から黒い縄のようなものが複数伸びてくる。
「!!?」
黒いそれは1本1本が意思を持っているかのように太一の体に巻きついてきた。
「なっ・・・・・・・・・・何だよっこれっ!!!!」
目の前の城島の姿をした何かが、ニヤリと嗤った。
その怪しく輝く目と視線を合わせた瞬間、逸らせなくなる。
身体が勝手に動きを止めた。
ぞわ、と全身が総毛立つ。背中を冷たい何かが走り抜けた。
──────── おいで
直接頭の中に声が響く。
真っ黒いもの。
おぞましいもの。
そうとしか形容できない、何か不快なものが頭の中に這入り込んできて、勝手に覗いていく。
吐き気を催すほどの嫌悪感を感じながらも、それを拒絶することができない。
──────── 苦しいだろう?
苦しい
気持ち悪い
覗かないでくれ
──────── こちらに来れば楽になれる
本当に?
そう思った瞬間、身体が僅かな抵抗も止めた。
絡み付いてくる黒いモノに身体が飲み込まれていく。
だんだんと闇に飲まれて狭くなっていく視界。
意識がぼんやりと霞がかったように遠ざかって、考えることも億劫になった。
もう、いいや
意識を手放そうとした時、微かに残っていた視界に何かが映った。
「太一!!!しっかりせぇ!!!僕はここや!!!!」
城島が、叫んだ。
同時に何かを投げる。
太一を飲み込もうとしていた黒いモノの前に立っていた、城島に瓜二つの人影に小さなナイフが刺さった。
その人影がそれに気をとられた瞬間、大野が太一に近寄って黒い塊に手を突っ込み、呼びかける。
「太一君!!しっかりして!!そっちに行っちゃダメだ!!!」
「お前、太一に何しとんねん!!!!」
動きを止めた人影に向かって走りこみ、城島はその頭部を鷲掴んだ。
「消えろや!!!」
城島がそう吼えると同時に、頭部が弾け飛んだ。
ばじゅっ
水気のある耳障りな音を立てて、辺り一面に黒い液体を撒き散らかす。
そしてそれは少しずつ風化していって、仕舞いには何もなくなった。
人影が弾けると同時に太一も解放された。
激しく咳き込んで、その場に崩れ落ちる。
「太一!!」
城島が悲痛な声を上げて太一に走り寄った。
「・・・・茂く・・・・・・?」
太一が呼吸をするたびに、ひゅーひゅーと音が漏れる。
「早く病院に・・・・・!!」
「表に車を回します!!!」
大野が先に走っていく。城島が太一を抱え上げた。
「大丈夫や!すぐ病院に行くから!!」
「・・・・・茂く・・・・・・・」
「何や!?」
「・・・・・・・・・・・・今の・・・・・・・・・・・・・何・・・・・・・・・・・?」
そして、太一は意識を失った。
「・・・・・・・・茂君!!」
大野が走っていった逆側から、髪の短い青年が走ってきた。
「すみませんでした!!太一君は・・・・!!?」
「無事や・・・・・・・・。何とか間に合った」
「良かった・・・・・・・・・・」
青年はほっと胸を撫で下ろす。
細かい傷だらけで、ところどころ血を滲ませている青年の様子を見て、城島は彼の頭を撫でた。
「ようやったな、二宮。太一助けれたのもお前のお陰や」
「・・・・・・・・・・でも、俺・・・・・・」
「大丈夫。1人でやらんでも、みんなで守れればええねん。ようやったよ」
二宮は少し表情を泣きそうに歪めて、俯いた。
「・・・・・・・・・・・・・・その代わり、掟は守れへんかったわ」
城島はそう呟いて、その場を後にした。
「黒鳳は大丈夫なの?」
大野の正面に立つ青年が彼に詰め寄った。
「何とか間に合ったけど、危なかった。今茂君と病院行ってる。ニノもやられた」
「ニノが!?」
青年は表情を驚きに歪める。
「・・・・・・・・・・・・・っこれぜってぇおかしいって!4人同時に襲撃されるなんて今までなかった!」
別の青年が声を上げた。
「落ち着いてよ、松潤。それも変だけど、黒鳳を襲った奴らの方がヤバいんだ」
大野が松本を諭しながら報告を続ける。
「何で?何があったの?」
「集団で来て、ニノと黒鳳引き離して、茂君に化けて連れてこうとした」
「アイツ等にそんな知能あんのかよ」
相葉が怪訝な表情を浮かべて、櫻井に同意を求めた。
「前まではなかったけど、今はあるみたいやね」
それに答えたのは別の声。
「茂君」
振り返った先には城島がいた。
「二宮は無事。太一は気管支炎起こしかけてたけど、命に別状は無しや。ま、2、3日入院やけどな」
肩を竦めながら言う。
「そんで、良い知らせか悪い知らせか判らんけど、僕は護人を降りなあかん。・・・・・・・・かもしれん」
「・・・・・・・・・・・・・は!?何で!?茂君以外に適任はいないんじゃないの!?」
ため息をついた城島に、松本が声を上げた。
「・・・・・・・・・・・・・・太一にバレてん」
その言葉を受けて4人が小さく呻く。
「四鳳に気付かれないように守るのが鉄則やろ?緊急事態や言うても、やっぱなぁ」
「じゃあ、どうするの?」
不安げに相葉が訊いた。
「今日から世話役を仰せつかりました、大野と言います。何なりとお申し付けください」
その日の朝、突然現れた青年に、4人は怪訝な表情を浮かべ、特に山口はあからさまに不快を表した。
4人の反応を想像していた大野だったが、山口が醸し出す不機嫌オーラに、謝って帰りたくなった。
「・・・・・・・・・・どういうこった」
敵対心丸出しで訊いてくる山口。
「・・・・・・実は俺も今朝こうなったと聞かされたんで、よく判らないです・・・・・・・・・」
「ふぅん・・・・・・・・・・・・」
突き刺さるような山口の視線に、大野は居た堪れなくなる。
けれど仕事である以上逃げるわけにはいかない、とコッソリと気合を入れなおした。
「・・・・・・大野」
それを見かねてか、松岡が小さく大野に声をかけた。
「・・・松兄ぃ」
「・・・・・兄ぃ、茂君大事にしてたから、いきなりでちょっと機嫌悪いんだ。本人から何も聞いてないし。
だからそんなに気にすんなよ。初めの内だけだって」
「はぁ・・・・・・・」
「とりあえず、お茶、持ってきてもらっていい?いつものでいいから」
「あ、判りました」
松岡の言葉を受けて、大野が立ち上がる。
失礼します、と一言言って、部屋から出て行った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・これでいい?」
足音が聞こえなくなって、松岡が山口を見る。
「おう。すぐ戻ってくるだろうから、急がなきゃなんねぇな」
山口はそう呟いて、3人を見る。
「おかしいと思わないか?太一が入院した日から俺はシゲを見てないし、お前らもそうだろ?
いきなりの役交代なんて今まで聞いたことなかったし、俺はシゲから何も聞いてない。
しかも太一が退院した次の日の今日だろ。入院した日の事が関係してる以外考えられない」
「ていうか、アレ、何なんです?みんな体験したの初めてっすよね?」
「いや、俺はアレの前に1回あった。でもシゲが声かけてきて、助かったんだ」
「俺はアレが初めて。・・・・・・・・・・すっごい気持ち悪い・・・・・・・・今思い出しただけでも鳥肌が立つんだけど」
松岡が肩を抱いて身震いをした。
「・・・・・・・・・・ていうか、俺さ、みんなに言ってなかったんだけど」
3人の報告を聞いて、太一が突然口を開いた。
「俺、茂君にやられた」
「「「・・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・?」」」
「で、茂君が助けてくれた」
その台詞に、3人は言葉を失った。
「・・・・・・・・・・・・・・どういうことだ?」
山口が頭を抱えて唸る。
「・・・・・・・ついでに報告はもう1つあるんだけど」
「何?」
松岡が首を傾げたのを見て、太一は口角を上げた。
「大野も助けてくれたんだよね。確か」
ニヤリ笑った太一に、3人は納得いったとばかりに笑い返した。
「茂君、やっぱ無理です」
突然現れて一言目にそう言った大野に、城島は苦笑を浮かべるしかなかった。
「初めやからしゃあないって。今まで僕やってん。急に変わったら、やっぱ、なぁ」
「そこまで解ってるんだったら何とかしてください。俺じゃ無理です」
特に山口君は怖すぎます。
そう言って、大野は小さく身震いをする。
「茂君だから今まで守ってこれたんですよ。俺じゃ、信頼もないし、そんな力もない」
「だから僕の力をお前に譲るんやろ?」
「それで、四鳳に関する記憶全部消されて、どっか遠いところで生きていくんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
大野の言葉に城島は目を逸らした。
「それはズルいです。いくら掟だからって、今まで大事にしてきた人達を捨てていくなんてズルい。
茂君に信頼を寄せてる四鳳にだって仕打ちでしかないです。それでも出来るんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・決定権は僕にはないねん。上の決めた事に従うしかないやろ・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも、茂君はそういうのには負けないと、俺は思ってました」
それだけ言って、大野は立ち上がる。
「・・・・・・・・・・あと」
襖に手をかけて、振り返る。
「いつものお茶って何ですか?」
事細かにお茶の説明を受けた後、大野はその部屋を後にした。
少し廊下を進んで振り返る。
城島のいた部屋の襖に小さな紙切れが何枚も張られていた。
それは四鳳に認識されないようにする結界。
アレが貼ってある限り、城島は四鳳にその存在を認知されることは無い。
──────── そこまでして離さなくてもいいんじゃないか
そう思いながらも大野はそこから足を進めた。
結局、自分も『掟』という柵から出られないのだ、とため息をつきながら。
時々、この家のしきたりを重く感じることがある。
四鳳を宿す人間が必ずこの家に生まれてくることも、それを守る役目を持った人間も生まれてくることも、
それがこの家の役割ということは、小さい頃から、それこそ生まれた時から叩き込まれてきた。
蛮と呼ばれる何かに、四鳳を奪われてはならない。
四鳳の存在を、それを宿す人間に知らせてはいけない。
陽の護人は四鳳の傍で一生を過ごし、蛮から守り続けなければならない。
陰の護人は、決してその姿を見せることなく、四鳳を影から守り続けなければならない。
命を、懸けて。
狙われる本人達が、狙ってくる物について知らないまま一生守られて死んでいく。
自分を守るためにどれだけの人が傷ついているのか知らないまま。
そんなのおかしいと、大野は小さい頃から思ってきた。
少なくとも、城島は、この家の体制に疑問を持っていて、それを壊してくれるんじゃないかと思っていたのに。
もう一度ため息をついて、お茶を入れたお盆を持って襖を開けた。
「すみません、遅く・・・・・・・・・・・・・・・」
そしてそのまま襖を閉めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一瞬我が目を疑った。
さっきまで不機嫌で自分を睨みつけてきていたはずの人物が、爽やかなアイドルスマイルで迎えてくれたのだ。
「何やってんだよ、大野。寒いだろ?」
閉めた襖の前で固まっていた大野に、襖を開けた松岡が不思議そうな顔で声をかけた。
「あ、はい・・・・・・・・・」
松岡に招き入れられ、恐る恐る部屋の中に入る。
そこには出た時と同じく、3人が円状に座っていたのだけれど、2名ほどがまったく様子が違う。
「お茶です・・・・・・・・・・」
思わず言わなくても判ることを言って、促されてその場に腰を降ろした。
「おう、ありがとな」
差し出されたお茶を受け取って、山口がそう微笑む。
「・・・・いえ・・・・・」
4人それぞれにお茶を配った後、何となく居た堪れなかった大野は、理由をつけてその場を立ち去ろうとした。
「・・・・・・・・・・・あ、じゃあ、俺・・・・・・・・・・・・・」
が。
「待てよ」
がっしりと、大野の腕を山口が掴んだ。
「・・・・え・・・・・・・・・・・な・・・・・・・」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
有無を言わせない笑顔で山口は言う。
「別に、とって食おうってわけじゃないから、さ」
逃げていこうとする大野を背中からがっしりと羽交い絞めにしたのは長瀬。
「スマン、大野。でも逃がしてやるわけにはいかないんだ」
松岡がもう片方の腕をしっかりと握る。
「ちょこーっと俺達の質問に答えてくれればいいんだよ」
太一が、半泣きの大野の正面でにっこりと笑った。
広い部屋の下座に城島は座っていた。
上座には彼の伯父。この家の当主が座っている。
その両サイドには、家の上層部の人間が座っていた。
──────── どれだけぶりだろう
ぼんやりと、天井を視線だけで仰いで思った。
城島が陽の護人として任命されて時からこの光景は見たことはなかった。
本来なら、次世代の人間に引き継ぐまでは見なくても良かった光景であるはずなのに。
──────── 面倒な世代に生まれてしまったもんだ
内心ため息をつきながら、当主の言葉を耳に入れる。
話の内容は、大野が漏らしていった文句そのままだった。
四鳳の存在を、それを宿す人間に知らせてはいけない。
素性が四鳳本人にバレるという状況で、その掟を守れなかった陽の護人は、
掟通り、その陽の護人の力をその対の陰の護人に渡し、四鳳に関する一切の記憶を消され、
この屋敷から遠く離れた土地で、残りの人生を過ごしていくことになる。
次の陽の護人は大野。
対である陰の護人がその役を引き受ける。
そう告げられて、城島は素直に頷いた。
このまま4人の許にいても、素性を探られないはずがない。
しかも、四鳳の力は、宿主に認知されることで一層強力になる。
それを妙な知恵をつけてきている蛮が狙わないはずがない。
守りきれない。
本当は一時も傍を離れず、4人を守っていきたい。
彼らを守るのは自分だけでありたい。
子どもの頃、初めて4人に会った時に心の中で誓った感情がちりちりと燻っているのがよく解る。
けれど、自分が傍に居続ける事で、4人に危険が迫ってしまうのなら。
そう思って、自分の中で燻る炎を抑えつけた。
記憶が消えてしまえば、時間が経てば、燻る炎は消えていくだろう。
自分が彼らの事を忘れてしまっても、それで彼らが安全に生きていけるのなら、その方がいい。
「譲位の儀は明日、執り行う。今日の内に荷物を片付けて置け」
当主の言葉に返事は返さず、城島は席を立った。
きっと、『最後の一目』も見れないだろう。
写真を持っていく事も許されない。
明日で、城島茂、という人間がここに存在していて、四鳳と今までを過ごしてきた、という事実は消えてなくなる。
それが無性に悲しかった。
天井が高い。
死刑を待つ死刑囚の気分はこんなもんだろうか。
ため息をつきながら床に視線を戻す。
不意に外が慌しくなった。
部屋の外の廊下をバタバタと誰かが走り抜けていく。
どうしたのだろう。
気になって部屋の外を覗いた。
「どないしたんですか?」
ちょうど通りかかった叔父に、彼は声をかけた。
「四鳳がいなくなった」
「・・・・・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・・」
「陰がついてるから大丈夫だと思うが、智もいないし・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
もしかしたら延期になるかもしれない。
そう言い残して、叔父は去っていった。
「・・・・・・・・・・・・・・・何してん・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
呆然と彼が呟いた瞬間、部屋の中で携帯が鳴った。
慌ててそれを手に取ると、ディスプレイには見知った名前が表示されていた。
「・・・・・・大野・・・・・・・・?」
首を傾げながら受話ボタンを押す。
『茂君!!?』
電話の向こうから慌てたような声がした。
「大野!!?お前何しとん!!?今日は・・・・」
『ごめんなさい!でも4人が連れてかれて・・・・!!』
「・・・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
大野の言葉に、城島は固まる。
思わず携帯を落としそうになって、慌てて両手で支えた。
「・・・・・・何・・・・・・・・やて・・・・・・・・?」
『だから、連れてかれたんですよ!!』
胸の奥がざわついた。
『今、──────── にいますから、早く来てください!!俺じゃどうしようもでき』
大野が話しているところを遮って通話を切る。
携帯を放り出して、裸足のまま屋敷を飛び出した。
陰の護人がついていて、どうして4人とも連れて行かれるなんて事が起きるんだ
もし、自分がついていたら、こんな事起きなかったのに
守るって、誓ったのに
無我夢中で走った。
大野が電話口で言っていた箇所に着くと、そこには大野が携帯片手にオロオロと立っていた。
「大野!!!」
「茂君!!」
大野に走り寄って、大野の肩をがっしりと掴む。
「どういうことや!!!お前らがついとって、何してんねん!!!説明せぇ!!!」
普段は微かにも滲ませた事がない城島が、その表情にはっきりと怒りを浮かべて大野に詰め寄った。
「・・・・・・・・・・ごめんなさい、茂君・・・・・・・・・・・・・・・・・」
大野はそれに気圧されながら、小さく謝った。
「ゴメンはいらん!!それよ」
「俺、嘘はついてないんです。でも真実全てを茂君に伝えてない」
その言葉と同時に、城島の後ろに誰かが立った。
咄嗟に城島が振り返ると、そこには見慣れた人影が4つ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「よ。速いね、さすが」
大野を掴んでいた手を離して、呆然と4人を見る城島に、山口が楽しそうに声をかけた。
その横で、太一と松岡、長瀬も笑っている。
「・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・何・・・・・・・・・・・・・・・連れてかれたって・・・・・・・・・・・」
「連れてかれましたよ」
訳がわからず呟いた言葉に答えたのは、また別の声だった。
「陰の護人である俺らが、四鳳に、本家からここまで連れてかれたんです」
「キャプテンは『4人』とは言いましたけど、『四鳳』とは言ってませんから」
大野の後ろに現れた4人の内、櫻井と二宮がそう笑う。
「・・・・・な・・・・・」
「全部聞いた」
何も言えないでいる城島に、山口が言った。
「全部聞いたよ。俺らが四鳳っていうよく解んないもん持ってて、だから蛮とかいうのに襲われて、
それを影から守ってくれてたのが大野達で、シゲも、俺らを守ってくれてたって。全部、聞いた」
「・・・・・・・・・誰・・・・・・・・・・・から・・・・・・・・・・」
「大野だ。でも大野は責めるなよ。俺らが脅迫して聞いたんだから」
ばっと振り返った城島の動きを、山口の言葉が止めた。
「・・・・・すみません・・・・・・・・。でも、俺、嫌だったんです!!このまま茂君がいなくなるのが!!!」
「おま・・・・・・・・・・・判っとんのか!?四鳳に存在を知らせて、どうなるか・・・・・・!!」
「判ってます!!でも今まで守れたじゃないですか!!」
「そう簡単な話」
「ねぇ」
言い合う2人を遮って、太一が声を上げた。城島も大野もそっちを見る。
「何で俺らは蚊帳の外なの?俺らの事でしょ?何で俺らの事を他人に決められなきゃなんないの?」
「そういう話やな」
「いつもそうじゃん!」
太一の気迫に、城島は口を閉じた。
「何で俺らには選択権はないんだよ!?掟?そんなもん知るか!!俺らの事は俺らで決める!!」
「・・・・・・・・・・・せやけど・・・・・・・・・・・・・・」
「俺達を守ってくれるヒトは俺達で決めます。他人になんて決めさせません」
「てかさ、四鳳を守る奴なら、そいつにとっての主人は四鳳でしょ?」
長瀬と松岡がそう言って笑う。
「なら主人に従えよ」
山口が城島の目の前に立って、その胸に拳を軽くぶつけた。
「俺らが望む陽の護人はアナタだ。それ以外の奴は認めない。親父や当主が何と言おうと、譲らない」
「・・・・・・・・・・・守りきれんかもしれんのに・・・・・・・・・・・・・?」
「構わない。っていうか、守ってくれるだろ?アナタなら絶対に」
ニヤリ、笑ったその表情の向こうに、同じく自信満々に笑う幼馴染が3人。
「確かに、俺らの主人は当主じゃなくて四鳳ですからね」
「俺らは四鳳に従いますよ。命に代えても守るって誓いましたから!」
目を泳がせて後ろの5人を見た城島に、松本と相葉がそう言った。
「俺ら陰の護人は四鳳の言葉に従います」
大野の言葉に、残りの4人が姿勢を正す。
「で、どうすんの?陽の護人は」
満足そうにその様子を見た山口が、未だ何も言えずにいる城島に、挑戦的な笑顔を向けた。
「・・・・・・・・・・どうなっても知らんで・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「もとより承知」
楽しげな山口に、城島はため息をつく。
ため息をつきながらも、嫌そうな様子はなく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・命に代えましても」
そして山口の腕を取って、そう呟いた。
「やった!!これでみんなと離れなくても済みますね!!」
長瀬が走ってきて、城島に飛びつく。
それを追ってきた太一が長瀬に飛び蹴りをくらわせて、城島を巻き込んで地面にダイブした。
「ギャー!!茂君が!!」
松岡が真っ青になって城島を掘り出した。
「で、これからどうすんの?」
太一が山口の横に立って、そう訊いた。
「本家には戻れませんよねー。戻ったら譲位の儀は強制的に行われますから」
櫻井の言葉に、山口は少し考え込むような仕草を見せる。
「・・・・・・・・・・考えてなかったんかい・・・・・・・・・・・・・」
ポツリ呟いた城島に、山口は爽やかなアイドルスマイルを向けた。
「このまま旅に出よっか。アナタ、確か荷物まとめてたんでしょ?大野から聞いたけど」
「・・・・・・・・・・・・・・せやけど、でもそれ家に置い・・・・・・・・・・・・」
山口の横で松本が爽やかに笑う。
その手には城島が準備していたカバンが携えられていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺らの荷物もあそこにあるから」
呆然とそれを眺める城島の横で、山口が親指を立てる。
「・・・・・・・・・・・・・・・お前ら、もしかして初めっからそのつもりで・・・・・・・・・・・」
そう言いながら横を見ると、もうすでに山口は、太一や松岡、長瀬とともに荷物のもとに行っていた。
「これからどこ行く?本家から許可をもぎ取るまで本家には戻れないしな」
「俺新幹線乗りたい!!」
「そういえばこの辺から出たことないもんね」
「え?でも10人で移動ってきつくない?目立つし」
「大丈夫っすよ。俺達今までと同じように隠れてついてきますから」
城島を置いてどんどん話が進んでいく。
その様子に、城島は小さくため息ををついて、頭を抱えた。
「シゲー!!早く来いよ!!」
少し離れた向こうから、呼びかけてくる4人。
「あ、茂君、これ靴・・・・・・・・・・。・・・・・・?・・・・・・・どうしたんですか?」
大野が裸足の城島に靴を差し出して、俯くその姿に声をかける。
「・・・・・・・・・や、何でもあらへん」
城島は何もなかったようにその靴を受け取った。
それを履いて、待っている4人の主人の元に歩き出す。
──────── 嬉しいなんて、言ってやるもんか
ずっと1人で戦い続けてきて、今になって、ようやく、本当に守っていける事。
そして、危険を冒してまで自分を選んでくれた事。
それが嬉しくて仕方がないなんて、絶対に言わない。
その代わり。
今度は、言葉にして、面と向かって、誓うから。
絶対に、命に代えても、一生守り続ける。
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突然神が降りてきて、設定が出来上がりました。
予想以上に長くなってしまったわけですが、分かる人には分かると思います。
これ、恩田陸「光の帝国」の中の「オセロゲーム」が元ネタです。
それとはぜんぜん違いますけどね。
設定がちゃんと出来上がっていた割には、その設定をしっかり出すことが出来ずに終わりました。
守られる側がぐっさん・ぶん氏・紫氏・ベイベで、守る側がリーダーと気象さん達です。
・・・・・リーダーはぜんぜん暗殺的なことしてないですね・・・(汗)
敵は人間に紛れてるので、それをコッソリ倒すことが暗殺的なことに当てはまるかと・・・・(こじつけ!)
もうダメダメですね・・・・・・。
こんなお話でいかがでしょうか、晴さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
リクエスト、ありがとうございました!!
2006/12/16
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