目覚めると、家には自分ともう一人しかいなかった。


「おはよぉ」
山口の姿を確認した城島が声をかける。
「・・・・・・・・・・・はよ。・・・・・・・・・あー、アナタはまた、人を殺せそうな厚さの本を読んで・・・・・・・」
「おもろいねんで。主人公の女の子の元に変な手紙がくんねん。それを元に哲学を読み解くという不思議な」
「説明はいいよ」
苦笑いしながら城島の向かいに座る。
「あれ?他のやつらは?」
「太一はバイト、長瀬もバイト、松岡は学校」
「じゃあ俺らだけ?」
「お前が仕事無いならな」
本から目を離さずに城島が言った。
「めっずらし」
普段より格段と静かな家の中をぐるり見渡して、山口は呟く。
「ていうか俺、朝飯はどうすりゃいいの?」
「僕が作ったるがな」
苦笑いしながら本を閉じる。
「ちゃんと松岡に教わっとるから」
立ち上がって台所に立つ城島。
カウンター越しにそれを眺めて、山口は満足げに口角を上げる。
「俺のために作ってくれるの?シゲさん」
「不本意ながらそういうことになるなぁ」
「何、不本意って」
「言葉のアヤやんか。そんな拗ねんな」
フライパンを準備しながら城島が笑う。
「拗ねてないよ」
「拗ねとるがな、いい歳こいて。何百年生きとんねん」
殻の割れる音とともに、フライパンがじうと音を立てた。
「冗談だよ。でもたまにはいいじゃない。普段こんなことできないんだから」
クスクス笑って山口が肘をついて台所を覗き込む。
「腕、上げたね」
「暇な時に教えてもろたし、本も読んだしな」
「それは誰のため?」
「もちろん自分のために決まっとるやろ」
山口の顔を見ることなくさらり言って、目玉焼きを皿に盛り付ける。
「・・・・・・なんか今日冷たくない?」
「気のせいやない?」
ムスッとする山口に、ケチャップ片手にやっぱりさらっと言い返す。
「せっかく久しぶりの2人きりなのに。何かあっちにいた頃の方が優しかった気がするんですけど」
「何言うとんねん。僕はいつでも優しいで?」
どうぞ、と差し出された皿にはわざとらしいほど大きなハートマーク。
「バカにしてる?」
「僕なりの愛情表現」
にっこり微笑む2人の間に何ともいえない空気が流れる。
「冗談や。冷めないうちにお召し上がりください」
「冗談きついよ。いただきます」
そして何事もなかったかのようにトースターにパンをセットする山口と、片づけを始める城島。
「何か柔らかくなったね」
「きっつい冗談の方がよかったん?」
「それも困るなー」
「達也にきわどいのかますと家が吹っ飛ぶからなぁ。あっちなら吹っ飛んでもよかったけど」
「さすがにこっちでは吹っ飛ばさないよ。・・・・・・・・・多分」
あははと笑いながら、微妙に物騒な会話が交わされる。
「今は松岡にかました方がおもろいし、ほぼ無害やから。あとは長瀬も」
「太一は?」
「おもろいけど、雷が落ちるから命がけやねん」
「ははっ。いいね、命がけ」
トースターが、ちん、と言った。
フタを開けて取り出す。バターを塗ってかぶりつくと、さくっと軽い音がした。
「いつ見ても美味そうに食うなぁ、自分」
「実際美味いし」
山口の正面に城島が腰掛けて、少し離れたところにあるテレビの電源を入れた。
「・・・・・・・・・何かこの光景久しぶりやなー」
「松岡がこの家に来るようになってから一気にどたばたし始めたからね」
「やっと落ちついたもんなぁ。そういえば、そっちはもめごと起きとらんの?」
「んー?長野と中居が何とかしてくれてんじゃねー?ま、俺はみ出しもんだったし、戻る気もないし」
「楽でえぇなぁ」
「そっちの親子喧嘩は盛大だったねー」
「・・・・・・・・あのクソジジィ、あんなハッタリかましおって・・・・。ムカつくわー、ホンマに」
「でも良かったじゃない。仲直りできて」
「もう会えんけどな。会いたくもないけど」
少し不貞腐れ気味に城島が呟いた。
「そういえば、今日、何か用事あるの?アナタ」
ふと思い出したように山口が訊く。
「強いて言えば本読まなかん」
「じゃあないんだね。ちょっと付き合ってよ」
「嫌や」
山口の誘いに城島は即答で拒否した。
「何で」
「どうせ海行くんやろ?羽根が潮臭くなるから嫌や」
「出さなきゃいいじゃない」
「気分的に嫌やねん。ぱさつくし」
「洗えばいいじゃん。とにかく用意しといてね。俺着替えてくるから」
いつの間にか食べ終わっていた山口は、ご馳走様、と手を合わせ、居間を出て行く。
「・・・・・・・・・・・・皿ぐらい片付けてきぃよ」
問答無用の指示に、城島は苦笑しながら皿を片付けた。












引っ張られて連れて行かれたのは、一応作っておいたガレージの中。
この家に住み始めて初めてそこに入る城島は、物珍しそうに辺りを眺め、山口が持ってきたそれに眉をひそめる。
「何や、それ」
「え?バイクだけど」
「見りゃ判るがな。いつこうたん、そんなの」
「秘密」
楽しそうに山口が笑う。
「羽根出すの嫌なんでしょ?ならこういうので行くしかないじゃない」
はい、と差し出されたヘルメットを城島は微妙な顔で受け取った。
「サーフィンはやらんの?」
これに板は乗らんやん、と首を傾げる。
「あのね、俺が海行って常にサーフィンするわけじゃないよ」
「じゃあいつも海行って何しとん?」
「サーフィン」
山口の即答に、一瞬沈黙が落ちる。
「・・・・・・・・・・。・・・・・・・・信憑性無いな」
「・・・・・今日はやらないから、とにかくそれ被って」
「てか自分いつ免許取ったん?」
「それも秘密」
渡したヘルメットを城島から奪って被せる。
「むおっ!?」
「はいはい、行くよ〜」
問答無用に城島を引っ張り、バイクの後部に乗せる。
「二人乗りええの?」
「そういうバイクだからいいんだよ」
そう笑って、山口はバイクを走らせた。

強い風が体の横を走り抜けていく。
初めて見る光景に、城島は声を上げた。
「すごい速いなぁ!!飛ぶより速いわ!」
「しっかり掴まっててくれないと落ちるから気をつけてよ!」
山口が言ったと同時に城島が悲鳴を上げて山口にしがみつく。
「言ってるそばからアナタは・・・・・」
「死ぬかと思ったわー」
青い顔で振り返る城島。
「でもたまにはええな、こういうのも」
その楽しげな声に、山口は少し頬を緩める。
そして、普段はあまり聞こえないギターの旋律が耳に届き、さらに機嫌を上昇させた。
「楽しい?」
「悔しいけど、楽しいわ」
恐らく後ろで苦笑しているだろう相方を思い、山口はスピードを上げた。







辿り着いたのは人気のない砂浜。
コンクリートで舗装された道との境には松の木が植わっている。
「覚えてる?」
ヘルメットを外しながら山口が笑う。
「覚えとるも何も、ここは僕らがこっちに初めて来た時に見に来たとこやろ?」
城島が呆然と砂地に足を踏み出した。
「正解。あの時はまだ髪長かったよね」
「自分かて金髪やなくて黒やったやんか」
きれいな黒髪やったのに。
もったいなさそうに言う城島に、山口が笑った。
「アナタだってばっさり切っちゃって。もったいない」
「心機一転したかったんやもん。戦争も終わったし」
「そういえば、停戦の調印式抜け出してここに来たんだっけ」
「そう。帰ったら怒られたわー。太一に」
苦笑しながら城島は波打ち際に歩いていく。山口もそれに続いた。
「でもあの時の夢は叶ったんやなぁ」
「こっちで暮らしたいって?」
「そう。まさかその何年後かにお前が行こうって言い出すとは思わんかったけど」
振り返ってクスクス笑う。
海の方から風が強く吹いた。
「1人だったらそんなことしなかったけどね」
「そんなこと言うて・・・・・・・・・。僕がけしかけたみたいやんか」
「事実けしかけてたじゃない」
「ヒドいわぁ。・・・・・・・・まぁ、実際はそのつもりやってんけどな」
口調を変えて、城島は山口を見た。
「帰らんやろ?」
「もちろん。俺はここで一生暮らすって決めたからね。アナタこそ帰らないよね?」
不敵な笑みを浮かべて山口が問い返す。
「帰らへんよ。僕もお前と同じや」
嬉しそうに微笑んで、そう答えた。
「ま、もし帰っても連れ戻しに行くけどね」
「有無を言わせず連れてかれそうやな」
自信満々の山口の口調に城島は再び苦笑を浮かべた。
「これからも頼むわ」
「こちらこそ」














「ねぇ、太一君」
「何だい?松岡君」
テーブルに肘をついて、居間のソファを胡乱気に見る。
太一はその方向に目を向けることも無く煎餅を頬張った。
「あの2人の醸し出してる空気は何?」
「ああ?あの万年新婚熟年夫婦につっこんでちゃ生きていけないぞ」
「・・・・・・・・・・何それ」
「熟年夫婦並みの相互理解をしつつも新婚のような雰囲気のままでいる夫婦のこと」
「や、それは解るけど。夫婦じゃないじゃん、あの2人」
バキっと煎餅を折って、太一は松岡の顔を見る。
太一の背後、つまり松岡の真正面にはソファに並んで腰掛け、テレビを見つつ花を飛ばしている城島と山口。
「あの2人は理解の範疇を超えてるんだよ。羨ましがってたらこれから先、この家で生きていけないって」
面白くなさそうに唇を尖らせていた松岡に、太一はニヤリ笑いかけた。
「うっ羨ましくなんてないよ!!」
「どうだか」
「羨ましくないってば!!」
「ハイハイ。そういうことにしといてやるから、もう1杯お茶ちょうだい」
湯飲みを差し出す太一に、松岡はぶちぶち文句を言いながらもお茶を淹れ始める。
「ま、たまにはいいんじゃない?」
半分に折った煎餅をひらひら揺らしながら、太一は居間の2人に目をやった。






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『一つ屋根の下』設定あまあまリセッタ、ということで、デートお出かけリセッタでした。
書く前に見たのが太陽車うどんリセッタだったので、それを参考に(なってるかどうか)
どうしてもこのシリーズは見直し隊を出したくなります。

いかがでしょうか、未さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
リクエスト、ありがとうございました!!

2006/08/16




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