確かそれは雨の日だったと思う。
父親も母親も、飛行機事故であっさり死んでしまって、その四十九日法要の帰りじゃないだろうか。
突然の雨に、傘を持ってなかった俺は、シャッターを下ろした店の軒先で雨宿りをしていた。
激しい雨足に、トタンの屋根がバラバラ音を立てる。
西の空は真っ暗で、夕立なんだろうけれど、しばらく止みそうになかった。
「あ〜・・・・もう。ついてねーなー、俺」
こんなことなら親戚に家まで送ってもらえばよかった。
寄りたいところがあるからと、親戚の申し出を断ってここまで来たわけだけれど。
本当は、遺産の話ばかりする親戚とは一緒に帰りたくなかっただけだ。
「・・・・・・・・まぁ、しょうがないか。急いで帰らなきゃならないわけじゃねーし・・・・・・・・」
あの広い家の中、自分を待ってる人なんてもういないのだから。
カバンからタオルを取り出して濡れてしまった肩を拭く。
元々黒の学ランだから目立たないけれど、帰ったらちゃんと干しておかないと。
その時、ばちゃばちゃと正面から誰かが走ってきた。
この周辺にはここ以外雨宿りできそうなところはない。
その人も俺と同じように傘を持ってないんだろう。
俺は少し端に寄って、狭い場所を開けておいた。
「あぁ、どうもすみません」
それを見て、その人は頭を下げる。
「いえいえ。お互い様ですよ。タオル、使いますか?」
俺がタオルを差し出すと、その人は一瞬目を見開いて、すぐに微笑んだ。
「ありがとう」
水が滴る長めの髪の間から、やんわりと微笑む笑顔が見えた。
「突然降られてもうて、予報では何も言うとらんかったんに」
俺が渡したタオルで髪の水を少しだけ拭いて、その人は空を見上げる。
「夕立でしょうねー。すぐ止むと思いますけど。・・・・・関西の方の方ですか?」
「え・・・・・ええ、はい。そうですね」
何でだか少し戸惑って、でも微笑んだ。
その人は、黒のパンツにグレイのカッターを着て、栗色の肩までの長い髪は緩くウェーブがかかっている。
声からいって男性なんだろうけど、印象としては中性的な感じ。
不思議な人だった。
「学校の帰りですか?」
その人は俺に訊いた。
「あ・・・・・、いえ。墓参りの帰りなんですよ」
「・・・・・そうですか。・・・・・・・・どなたのか、訊いてもええですか?」
「えっと、両親です」
俺の言葉に、その人はしまった、という顔をした。
「あぁ、気にしないで下さい」
「いや、その、すんません」
「いいんですよ」
俺が笑うと、少しほっとしたような顔になる。
「・・・・・・何か実感湧かないんですよ、正直。普段から家にいませんでしたから、あの人たち。
いっつも夫婦でどっか飛び回ってて。案の定飛行機事故で逝っちゃったんです」
何で話そうと思ったんだろうか。
でも、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
「万年新婚夫婦で、息子の俺が恥ずかしくなるくらいラブラブだったんですよ」
「ご両親は仲が良かったんですね」
「はい」
その人が笑ったから、俺は何となく嬉しくなった。
「ご両親は何をされてたんですか?」
「何だったんでしょうね。貿易関係とは聞いてましたけど、よく判らないんです」
「ご両親とは仲が悪かったんですか?」
「いいえ。大事にしてくれました。本当に親バカで、すごく可愛がってくれてました。
・・・・・・・・・・・・本当は俺も一緒に行くはずだったんです。でも試験があったから行けなくて。
そしたら飛行機は墜落。乗客は全滅でした。・・・・・結局俺だけ生き残っちゃったんです」
そのニュースを見た時、俺は我が目を疑った。
本当は俺も乗るはずだった飛行機の残骸が海面に浮かんでいて、乗客の生存は絶望的だと報道されていて。
慌てて父親と母親の携帯に電話をかけたけれど、もちろん繋がらなくて。
数日後に発見されたのは父親の腕時計と、母親のカバンだけ。
「遺体は見付かりませんでした。多分海の底に沈んでるんじゃないですか。
だから余計に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当はまだ生きてるんじゃないかって・・・・・・・・・・」
今でも、家に帰ったらいつもみたいにおかえりって言って、
鬱陶しいくらいに抱きしめてくれるんじゃないかって、期待してしまうんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・大事だったんですね、ご両親が」
その人は笑っていた。
柔らかい笑顔で。
それを見たら、何だか、泣きたくなった。
「・・・・・・・・・っすみません」
思わず顔を背けた。
こんな、知らない人の前では泣けない。迷惑になるだけだ。
でも、誰かに聞いて欲しい。
「・・・・何で俺は大事にしてやれなかったんだろうって、思うんです」
1度も面と向かって言えなかった。
俺を産んでくれてありがとうって。
あんた達が親でよかったって。
「・・・・・いつも、ウザいよとか、そんなことしか言えなかったんです。本当は大好きだったのに・・・・・」
もう二度と会えない。
残るのは後悔ばかり。
何で素直になれなかったんだろう。
「・・・・・・解ってはりますよ。ご両親も」
黙って聴いてくれていたその人は、ふと、そう言った。
「解ってくれてはります、ちゃんと。君が素直になれなかったことも、全部」
「・・・・・・・・・・何・・・・・・・・・」
「・・・・君のことね、心配してはりました。真面目な子やから、気に病んでへんやろうか、って。
それと、ごめんね、って。成人するまで守ってあげられなくてごめんねって。言うてはりましたよ」
穏やかにそう笑って、俺の肩を叩いた。
今度こそ、俺は我慢できなくなった。
溢れた涙をその人から見えないように拭って、俺はその人に訊いた。
例えその人の答えが嘘だろうと構わなかった。
「・・・・・・・父さんと、母さんは、成仏できたんですか?」
「・・・・・・成仏、って言うんかは判りませんけど、ちゃんと天国には行きはりましたよ」
彼は俺の目を見て、笑顔でそう言う。
「ちゃんと、僕が見送りましたから」
「・・・・・・そっか・・・・・・・・よかった・・・・・・・・」
何となく、心が軽くなった気がした。
そうか。
ちゃんと天国に行けたんだ。
よかった。
「それとね」
その人はさらに続けた。
「君がこれから先、一人で生きていけるか、心配してはりました」
大丈夫ですか?
そう言われて、俺は、しっかりと涙を拭って、目は腫れていたけど、その人の顔をちゃんと見た。
「大丈夫です。ちゃんと、自力で大学卒業して、自立します」
心配しないで。
そっちで幸せに暮らして。
俺はちゃんと1人で生きていけるから。
「・・・・・・できるなら、そう伝えてもらえますか?」
俺がそう言うと、彼は微笑んだ。
「喜んで」
その笑顔に、俺も笑った。
「あぁ。迎えが来たみたいですわ」
雨足が弱くなって、その人は嬉しそうに言った。
彼の視線の向こうに傘を差した体格のいい人がいた。
「じゃあ、伝言は承りましたから。頑張ってや、松岡昌宏君」
その言葉に、横を向く。
すでに、その人はいなかった。
さっきまで傘を持って立っていた人もいなくなっていた。
そして、雨も上がっていた。
「雨、止まないねー」
ぽつぽつ落ちる雨垂れを眺めながら、つまらなさそうに長瀬が呟く。
「もうすぐ上がるんじゃね?西の方明るいし」
「ホント?」
長瀬の横から覗き込みながらそう言うと、長瀬は嬉しそうに太一君を呼びに行った。
「夕立なんて風流やねぇ」
本を読んでいたリーダーがそう微笑んだ。
「これでちょっとは涼しくなるでしょ」
「せやねぇ」
夕立があるたびに思い出す。
多分アレはリーダーだったんだろうなって、思う。
関西弁だったしね。
でも言わない。
本人も忘れてるんだろうけど、思い出してもらわなくてもいい。
だって思い出してもらったからって、何か変わるわけでもないし。
今更過去のことを掘り返す必要はないでしょ。
もう一度外を見ると、雨は止んでいた。
「お、松岡、見てみ。虹かかっとるで」
リーダーの言葉に、その指先を見る。
その先には鮮やかな虹。
確か、あの時も、虹がかかっていた。
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というわけで、松岡さんの過去話なんですけども。
あんまり考えてなかったので、リクエストいただいて初めて考えました。
実は以前出会ってたんだよー、という話。
このシリーズではあんまり過去は触れないつもりだったんですけど、
書いてみると結構面白いですね。ていうか、本編でも触れてますしね(汗
こんなんでいかがでしょうか、朱梨さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
リクエスト、ありがとうございました!!
2006/08/08
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