その日の朝、スーツを着てリビングに行くと、有翼人種の方々4人は驚きの表情を浮かべた。




長瀬なんて馬鹿みたいに口を開けっ放して俺を見ている。
「・・・・・・・・・・・・・何」
非常に居心地が悪い。
1歩後ずさりながら訊いてみると、太一君がため息をつきながら口火を切った。
「お前、前々からそうかな、と思ってたけど・・・・・・・・」
「確かにそれ以外の天職は滅多に見つからないとは思うが・・・・・・・」
「・・・・・・でも、僕はお前が決めたなら反対はせんよ」
それに、兄ぃ、リーダーが続ける。
兄ぃは渋い表情で、リーダーに至っては涙ぐみながら。
「は?何、何のこと?」
訳が分からない。
何でスーツ着ただけでこんなリアクションを受けなきゃならないんだろう。
そしたら、長瀬が目をキラキラさせながら言った。
「マボ、ホストになったんですね・・・・・・!!」
俺は一瞬の躊躇もなく、側にあったお盆の角を長瀬の頭頂部に叩き込んだ。
「痛ぁ!!!!」
「誰がホストだ!!」
「誰がどう見てもその格好はホストだ」
俺が怒鳴ると兄ぃが言う。
何て奴らだ。
「何でよ!!墓参りに行くのにスーツ着ただけでしょ!!」
スーツ着たら何でもホストなのか、この野郎。
「おぉ、ご両親のお墓参りか」
リーダーがなるほど、という様子で手を叩く。
「そうだよ。命日には行けないから、今日行っておこうと思って」
ネクタイを直しながら俺は答えた。
常識人が1人いて良かった。
「そぉか・・・・・・・・・・・。もし良かったら僕らも行きたいんやけど、あかんか?」
前言撤回。
「え!?俺らも行くの!?」
でも俺より先に驚きの声を上げたのは兄ぃだった。
「当然やろ。普段世話になっとんやから、挨拶には行かなあかんがな」
「そんなん天国に直接行って挨拶すればいいじゃねぇか。そうだ、松岡も連れてきゃいいじゃん」
「そういう話やないねんて」
渋い顔をする兄ぃをリーダーが窘めてる。
ちょっと恐ろしいことが聞こえた気がするけれど、触れないでおこう。
いや、触れちゃいけない。
「別に俺は構わないけど・・・・・・・・」
でも、よく考えれば、驚きはしたけど拒否する理由もない。
了承すると、リーダーは微笑んだ。
「やったら準備せな。こないだこうたったスーツあるやろ?それ着ぃよ」
そう言って、文句を垂れる3人をリビングから追い出す。
「すまんな、突然我が侭言うて」
リーダーは苦笑い。
「ううん。良いけど、アンタらキリスト教じゃないの?うち仏教だけど」
何となく気になって訊いてみる。
だって、天使とか悪魔とか、確かキリスト教の話じゃなかっただろうか。
仏教には天使どころか天国もないはず。
地獄はあった気がするけど、いろいろチャンポンになってて判らない。
ま、俺基本無信教だから何でも構わないけど。
そんなことを思っていると、リーダーは笑った。
「キリスト教も仏教も人間が勝手に作った世界観やろ?僕らには関係あらへんもん」
「そうなんだ」
「僕らだって『神様』なんてもんがおるかどうか判らんしなぁ」
「は?」
「僕も着替えてくるなー」
一種の爆弾発言を残して、リーダーもリビングから出ていった。
「・・・・・・・天使とか悪魔とかがそんなこと言っていいのか・・・・・・・?」
“僕ら”ってことは多分兄ぃだって太一君だって、多分長瀬だって括りに入ってるんだろう。
天使って神の使いなんじゃないの?
悪魔は神様に敵対するような奴らじゃないんだ?
「・・・・・・夢が壊れてくなぁ・・・・・・・・・」
あの人達と暮らし初めてから、俺が想像してた神話の世界がだんだん崩れていく。
何だろう。
これもいわゆるカルチャーショックなのかもしれない。









「へぇ〜!これが墓っすか!!」
人気のない墓地の中で、長瀬が声を上げる。
「石じゃないですか、これ」
「墓石だから石に決まってんだろ、アホ」
どっかのお宅の墓石を突っついている長瀬に太一君がツッコむ。
「それよりも!他のお宅の墓に触るんじゃねぇよ!!失礼だろ!!」
「何で失礼なんですか?石じゃないですか」
俺の言葉に、納得いかないという様子で長瀬が反論する。
「あんなぁ、長瀬。お墓っちゅーのはな、」
それを見て、リーダーがお墓の説明を始めた。
俺が小さくため息をついて、墓の掃除を始めると、横で兄ぃも小さくため息をついた。
「・・・・・・すまんな、松岡」
「?どしたの?」
兄ぃが俺に謝る理由が判らない。
「長瀬は、あいつが小さい頃に俺がスラムで拾ってきたんだが、ちょっと放任にしすぎたらしくてな。
 これはマズいと思って他のヤツに教育を任せたけど、手遅れだったらしくてさ。
 ・・・・・・・あの常識の無さを見ると激しく後悔の念が沸き起こってくるんだよ・・・・・・・・」
兄ぃは少し遠い目をしながらそう言った。
「あ・・・・・・・・そ、そんな後悔するほどでもないと思うよ!探せば長瀬以外にもそういう奴いるかもしれないし!
 それにそっちにはお墓って無いんでしょ!?それなら知らなくても仕方ないよ!!」
珍しく落ち込んでいる兄ぃに、俺は必死になってフォローした。
この様子だと、本気で人生(と言っていいのか?)の汚点だとか思ってるのかもしれない。
・・・でも・・・・そこまで思われてたとしたら、長瀬ってある意味ちょっと可哀想な奴だ。
「・・・・・・・・・そうかな」
「そうだよ!」
「そうか。ならいいや」
俺が大きく頷くと、兄ぃはあっさり問題をほっぽりだした。
「え?」
「やっぱどこにでもいるよな、ああいう奴は1人くらい」
あははと笑いながら、兄ぃはリーダーの説明に参加する。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「あの人さぁ」
俺が呆然とそれを眺めていると、太一君がボソリと言った。
「あっちにいる時、楽観主義過ぎて部下が振り回されてるって噂になっててさ。
 別の意味で上司にしたくないランキングの上位にいたんだって」
「・・・・・・・・・・・・何かそれ解るかも・・・・・・・・・・・・・・・」
きっとあの人の部下はいろいろ苦労してたんだろうなぁ。
そういえば会ってすぐの頃に、仕事を全部ほったらかしにして出てきたとか言ってなかったっけ?
「ねぇ、太一君」
「んー?」
「天使ってみんなあんなんなの?」
俺がそう訊くと、太一君はしばらく間を置いて、首を傾げた。
「・・・・・俺の知ってる奴は違ったけど・・・・・・・・」
「・・・・・・・・へぇ・・・・・・・・・・・」
天使って、悪魔もだけど、よく解らない。
これ以上深く考えても疲れるだけのような気がしたから、俺は掃除を再開した。
この1年忙しくて来れなかったから、苔やら何やらで汚くなってる。
この様子だと親戚はほとんど来てないんだろう。
「きれいにすんの?」
たわしでゴシゴシ擦っていると、横で見ていた太一君が訊いてくる。
「うん。苔とか生えちゃってるしね」
1年近くほったらかしだったのかと思うと、何とも言えない気持ちになった。
「ちょっと退いてみ」
「?」
太一君がそう言うので、一歩下がる。逆に太一君が一歩前に出た。
そして左の人差し指を立てる。
すると、どこからともなく水が現れて太一君の周りに浮かんだ。
スペースシャトルとの通信でよく見る、無重力下での水の状態みたいな感じで浮いている。
それと違うところは、その量だろう。
どこから持ってきたんだと言いたいくらい多い。
「きれいになればいいんだよな?」
太一君がそう言うので、俺は頷いた。
「りょーかいー」
そして、太一君はうちの墓を指さす。
俺は安易に頷いたことに後悔した。
太一君のかけ声一声。
うちの墓が渦潮(と言って正しいのか判らないけど)に飲み込まれた。
「・・・・・・・・・・」
生まれてこの方二十何年。
よもやこの陸地で墓が水に飲み込まれるのを目撃するとは、夢にも思わなかった。
少しして、ばしゅっという音とともに水は一気に消える。
姿を現した墓石は、さっきまでとはうって変わってピカピカになっていた。
「どう?」
「すごっ!!!!」
「完全には乾かせなかったけど」
「いいよ!!拭くぐらい何ともないよ!!すっげー!!」
さすがに風雨にさらされてできた傷なんかは残ってはいたけど、キレイ度合いは新品同様だ。
「すごいね。こんなこともできるんだ」
「こっちでも水だけは従ってくれるんだよね。あんまり細かくは言うこと聞いてくれないけど」
少し照れた感じで太一君が笑った。
「ありがとう」
俺がそう言うと、何故か太一君は面食らった顔をして、ぶっきらぼうに何か言って顔を背けた。

とりあえず拭くだけ拭いて、太一君に手伝ってもらいながら花を供える。
ロウソクと線香を用意していると、教授を受けていた長瀬が走って戻ってきた。
「マボ!!」
目を少し潤ませて、でかい図体が飛びついてくる。
勢いで倒れそうになるのを何とか堪えて、近くにある顔を腕を全開に伸ばして押し退けた。
「うざい!!」
「ごめんなさいマボ!!石だなんて言ってごめんなさい〜!!!」
ぐずぐず鼻を鳴らしながら、めげずに抱きついてくる。
「判ったから!!判ったから抱きついてくんな!!!」
俺の悲鳴にようやく長瀬が離れた。
「・・・・・・・何教えたの」
「ちょっと物語を交えていろいろと」
ニコニコと笑いながら見ているだけのリーダーに抗議がてら訊いてみると、案の定曖昧な答えが。
こういう時は絶対にツッコんじゃいけない。
「ロウソク点けるんやろ?火は持ってきとんの?」
「あ、しまった・・・・・・・・・・」
言われて初めて気付いた。ライターとかを持ってくるの忘れてた。
「ちょっと本堂行って借りて来るよ」
「ちょお待って、松岡」
そう言って、リーダーは俺を呼び止める。
「ロウソク立ててや」
指示に従って、燭台にろうそくを立てる。
「どうすんの?」
「ほら」
リーダーが人差し指を立てて、ロウソクに近付ける。
その指先から、小さく火が出た。
「!!!」
「僕は火を扱う悪魔やねんから、こんなん楽々やで」
「・・・・・・・・・すごいね。やっぱり悪魔なんだ・・・・・・・・・・」
見た目はただのおっさんなのに、ということは口にはしなかったけど。
「便利だねー」
ありがと、と言って、その火を利用して線香にも火をつける。
それも供えて振り返ると、微妙な顔をしてリーダーが俺を見ていた。
「どしたの?」
「・・・・・・・・・・いや。別に」
俺が首を傾げると、リーダーはすぐに笑顔になった。

5人で墓に向かって手を合わせる。
天使とか悪魔が存在してるから、きっと幽霊も存在してるんだろう。
俺には見えないけど、父さんも母さんも、この場にもいるのかもしれない。
それか、天国から見てくれてるかもしれない。

元気で頑張ってるよ。

それだけ思って、墓を後にした。



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ご両親への挨拶、ということで、お墓参りと相成りました。
時期はちょっとズレましたけど、初めのやり取りが思いついたので。

ちょっと謎解きになったんでしょうか。
本編ではまだ凸凹コンビは働いてませんけど、この時間軸ではもう働いてます。
リーダーだけ働いてない訳ですが、理由はこういうことです。
これも追々本編で触れていきますが・・・・・・・。
いろいろ思うところがあり、後半部分削除しました。

いかがでしょうか、冬夏さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
リクエスト、ありがとうございました!!

2006/09/26




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