油臭い格納庫の中で、突如警報機が鳴り響く。
周囲の人は、またかという顔をして、手元のヘルメットを被った。
「・・・・・・・何してんだ?」
松岡は怪訝な顔をして辺りを見回す。
「そっか、お前来たばっかだもんな」
松岡の横にいた井ノ原が松岡にヘルメットを差し出した。
「着けとかないと危ねぇよ」
首を傾げた瞬間、目の前を戦闘機が2機、通り抜けた。
「・・・・・・・・・・・・・」
松岡は言葉をなくす。
『何で逃げるの!!』
『お前が追いかけてくるからだろ!!』
スピーカー越しに聞こえてくるのは痴話喧嘩。
「今ちょっと揉めててさー」
「・・・・・・・・・・ていうか機体を私用していいのかよ」
「あの人達は特別」
格納庫内を縦横無尽に走り抜ける黒い機体と青い機体。
それらはスピーカーから痴話喧嘩を撒き散らしながら格納庫を通り抜けていく。
「生徒会の副会長さんと執行部の副部長さんだからねぇ。聞いたでしょ、この話」
「生徒会と執行部の権限のことか?」
「そう。それ」
そして、何事もなかったかのように2人の目の前にある薄紫の機体を覗き込む井ノ原。
「頼むよ整備士君。俺次の時間乗れないよ」
「うるせぇへっぽこパイロット。今から最高の仕上がりにしてやるよ」
六角レンチ片手に井ノ原を蹴飛ばす。
そして空いた入り口からコクピットに乗り込んだ。
heavenly blue
国立航空専科高等学院。
操縦科と整備科に分かれ、4年の教育課程を受ける。
2年以降は操縦士科、装備科でペアを作り、実戦形式で授業は進む。
卒業後は大半の生徒がこの時のペアのまま軍に入隊する。
学内は生徒会によって整備され、執行部によって維持されている。
「それは何度も聞いたって」
少しうんざりした様子で松岡はフォークをチラチラと振る。
「で、俺はその特例として途中入学が許されて、たまたまペアの相手にあぶれた井ノ原とペアになったんだろ?」
「あぶれたってひでぇし」
「でも事実だろ、それ」
頬を膨らませる井ノ原の横で太一がそう言った。
「そんな身も蓋もない言い方しないでよ、太一く〜ん。太一君だって一緒でしょ〜?」
「お前と一緒にすんな。俺は待っててやったんだ」
太一は不服そうな顔で自分の横を指さす。
「このアホ整備士がなかなか来ないから」
「アホじゃないっすよ!太一君のために飛び級までしてきたのに!」
「出来るならもっと早く来いよ!」
ぎゃんぎゃんと言い合いを始めた2人に、松岡と井ノ原は顔を見合わせた。
「あー、もう!いつまで食ってんだよ!もう行くぞ!」
「えー!!待ってよ太一君!!」
いきなり席を立った太一を追いかけて、長瀬は残っていた昼食をかき込んで走っていく。
「あれでいて成績はトップクラスだもんなぁ、あの2人」
「相性バッチリなんじゃねぇの」
井ノ原の呟きに松岡はそう答える。
その時、出ていった太一が食堂の入り口で声を張り上げた。
「井ノ原ー!お前も総会だろー!!早くしないと遅れるぞ!!」
その声に腕時計を見る。
そして、ヤバいと叫びながら残りをかき込んだ。
「松岡、俺総会に出なきゃなんないから行くな」
「総会?」
「生徒総会。俺執行部だからさ」
じゃな、と急いだ様子で走って出ていく。
その慌ただしい様子を眺めながら、松岡はデザートを頬張った。
基本的に、水曜日の午後は自由時間となっている。
全寮制であるため、この時に近くの街に遊びに行く生徒も多い。
しかし編入してようやく一ヶ月の松岡は校内をウロウロしていた。
敷地が広すぎて、未だに校内を把握しきれていないからだ。
普段行き来している寮、第一校舎、格納庫の位置は判っていたが、他の校舎が判らない。
とりあえず第二校舎以降、徒歩で回れる範囲の施設を地図片手に見て回り、第一校舎の中庭で一息ついた。
部活に参加していたり街に出て行っているため、生徒の姿はほとんどない。
普段は賑わっている中庭も、今だけはひっそりとしている。
誰もいない空間に、松岡は少しだけ肩の力を抜いた。
編入が許されて入学して今まで、緊張と意地で気が抜けなかった。
一般校で航空力学を学んでいた自分とは違い、周りは1年も前から学院で学んできた先鋭ばかり。
負けたくない、馬鹿にされてたまるか、という意地だけで一ヶ月を乗り切ってきた。
一ヶ月ぶりの息抜き。
ようやく手に入れた、ぼんやり出来る空間と時間に、松岡は芝生に大の字に寝ころんだ。
校舎で出来た日陰に乾いた風が穏やかに走り抜ける。
吹き抜けの向こうの天井はガラス張りになっていて、雲一つ無い青空が映っていた。
さわさわと梢が揺れる音。
松岡は胸一杯に息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出すと同時に目を閉じた。
瞼越しに太陽が白く光る。
意識が空気に溶けていく。
張りつめていた何かが解けていくような感覚に、気分を良くして目を開く。
ゆっくりと身体を起こすと、すぐ傍のベンチに誰かが座っているのが見えた。
「!!」
驚いて、松岡は身を強ばらせる。
その気配に気付いたのか、本を読んでいたその人は松岡の方に視線を向けた。
「おはよう」
分厚いレンズ越しに目を細めて、その人はそう笑う。
緩いウェーブのかかった茶色い髪が肩の辺りで揺れている。
ぱっと見中性的で、性別がよく分からないが、着ている制服は男子用のものだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・ぶっ」
声も無く警戒心丸出しで固まっていた松岡に、彼は突然吹き出した。
「あはは、君おもろいなぁ。そんな警戒せんでもええやんか、僕も歴としたここの生徒やで?」
あははと笑いながらその人は本を閉じて立ち上がる。
「声かけんかったんはゴメンな。気持ちよさそうに寝とったから、失礼かな思て」
そう言って、松岡の傍まで来てしゃがんだ。
「君が噂の編入生やろ?僕はここの操縦科4年の城島です」
そして松岡の前に手を差し出した。
「・・・・・・・・・・整備科に編入した松岡です」
呆然としていた松岡は、反射的に名乗って手を握り返す。
その様子に、城島はほわりと笑った。
「マツオカ君、な。松岡君は学校慣れた?」
城島はそう言って、そのまま松岡の横に腰を降ろす。
「・・・・・・・・・・・・あー、まぁ・・・・・・・・・・・・・・・」
「まぁ、君に対する誹謗や中傷は有名税やから、気にしとったらあかんよ」
言葉を濁した松岡に、城島がそう言った。
「君はそういうのをバネにしてのし上がってきそうやけどな」
クスクス笑う。
何となく具合が悪くて視線を逸らした。
「君のペアって誰やった?」
「あ、2年の井ノ原です」
「おぉ、イノッチか。あの子えぇ子やろ?」
「うん、まぁ」
「楽しい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
最後の質問の意図を掴めなくて、松岡は黙る。
「・・・・・・・・・キツいけど、夢だったから・・・・・・・・・・・・・・楽しい、かな」
「さよか」
首を捻りながらもそう答えた松岡に、城島は満足そうに笑みを浮かべた。
「お、迎えがきてもうた。僕もう行かなかんわ」
中庭の入り口を見て、城島が立ち上がる。
「またな」
そう笑って、入り口の方に去っていく。
その先には背の高い男が立っていた。
遠目でよく判らないが、恐らく彼も生徒だろう。
こっちを見ていたその人に軽く会釈をして、松岡も中庭を後にした。
整備科の1日は自機の整備から始まる。
朝一で講義を受け、2時間目から実際に飛行する操縦士のために整備をしておく。
そして飛行中に整備科が講義を受けるのだ。
いつも通りに外側から内側へ点検を終え、コクピットから出てきた松岡に待ち人がいた。
それは昨日、城島を迎えに来ていた背の高い男。
「あれ、君、昨日の・・・・・・・・・・・・・」
松岡の姿を見て、彼は声を上げる。
松岡は工具を床に置いて、手袋を外した。
「君が井ノ原の整備士?」
「そうですけど」
松岡が怪訝な顔で答えると、その人は微笑んだ。
「初めまして、整備科4年の坂本です」
「2年の松岡です」
差し出された手を握り返して、松岡も名乗る。
「井ノ原は・・・・・・・・・・・・いないよな」
「講義っすね」
「ちょっと用があったんだけど、まぁいいや」
「伝言預かりましょうか?」
「いや、いい。また今度にするよ」
はは、と笑って坂本は踵を返す。
松岡は、ふと彼の声に思い当たるものがあって呼び止めた。
「何?」
「こないだ乗ってませんでしたか?」
「こないだ?」
「格納庫の中、ケンカしながら飛んでましたよね?」
あの時スピーカー越しに聞こえてきた声と坂本の声が同じものに聞こえたのだ。
「あぁ、アレな」
坂本は苦笑いを浮かべて、松岡の方に戻ってきた。
「見てた?」
「見てました・・・・・・・・・・・つーか整備科じゃないんですか?」
「整備科だよ?」
「だって操縦・・・・・・・・・・・・・」
「あぁ」
松岡の疑問がようやく解ったのか、坂本は納得の声を上げる。
「俺元は操縦科でね。ペアの長野が整備科だったんだ。でも向き不向きがあるだろ?だから交代したんだよ」
「交代っすか」
「そ、特例でね。君と同じだよ」
ま、がんばれ。
そう肩を叩いて、坂本は今度こそ去っていった。
「・・・・・・・・・・・・本気で言ってんのかよ」
「僕はいつでも本気やで?」
茶髪の青年の言葉に、城島は笑顔で答える。
円形に設置された机の端と端。
向かい合う形で2人は座る。
その横の机には他の生徒が座っていて、茶髪の青年側には井ノ原の姿も見える。
互いにそこを境目にしているのだろう。
城島から左右90度の辺りの席は空けられていた。
城島の横には坂本が座る。
「パートナー以外とのレース出場なんて有り得ない」
「教官方の許可は戴いている」
山口の横の色白の青年の言葉に、坂本が堅い口調で答える。
「それって職権乱用なんじゃないの?」
「ならそちら側も反対の意図を伝えればいい。生徒側から支持されてるのだから難しくはないだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺以外と組む気?」
「その話は今すべき話じゃない」
「僕がパートナー以外の奴と組む」
険悪ムードの漂い始めた坂本たちのやりとりを遮って城島が言った。
「シゲ!?」
「相手ももう決まっとる」
講義の声を上げた茶髪の青年に、城島はそれだけを伝える。
「以上が生徒会の決議です。異議申し立ては受け付けましょう。
しかし、僕らは変えるつもりはないし、生徒たちが反対するとは思えない。
・・・・・・・・・・・・・・やって、これはお遊びやろ?」
「訓練だろ!!」
挑発的な笑みを浮かべる城島に、茶髪の青年が怒声を上げた。
「訓練ゆうても娯楽半分や。おもしろければええやんか」
「でも!!」
「今ここで議論しても始まらんやろ。一度君らの支持者に聞いてみ?それで反対多数やったら考え直すわ」
城島の言葉に青年は黙り込む。
「時間やね。午後の授業が始まるから今回は終わろか」
「・・・・・・・・・・シゲ」
臨時会の終了を告げた城島に、茶髪の青年が呼びかける。
「誰と組むつもりだよ」
「・・・・・・・・・・・・僕が組むつもりなのは・・・・・・・・・」
愉快そうな表情を浮かべ、城島は口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・」
松岡は、妙に感じる視線に周囲を見回した。
近々大きな行事があるらしくて、ようやく自分への好奇の視線を受けなくなってきたような気がしたのに、また視線を感じる。
何なんだ、と思いながら、そのまま廊下を歩き続ける。
20分休みの次の時間はパートナーとの模擬訓練だ。
早く作業着に着替えなくちゃ、と思っているところに後ろから名前を呼ばれた。
「まーつーおーかー!!!!」
その声に振り返ると、井ノ原が走ってきていた。
「この裏切り者ぉ!!」
そしてそのままラリアットをかましてくる。
「がっ」
いきなりのことに、松岡は思いっきりそれを受けて床に崩れ落ちた。
「・・・・・・・・・・何すんだこの野郎!!!!」
勢いよく起き上がった松岡はそのまま井ノ原に殴りかかる。
「お前こそどういうことだよ!!何で俺じゃなくて茂君とコンバットレースに出場するんだよ!!」
「はぁ!!?何言ってんだ糸目!!!脳ミソまで細くなったんじゃねぇか!?
それに何だよそのなんちゃらレースって!!」
「・・・・・・・・・・え?」
松岡の拳を右頬に受けて倒れ、床にしりもちをついていた井ノ原が動きを止めた。
「・・・・・・・・・・・・・コンバットレースを知らない?」
「知らねーよ。入って一ヶ月経ったか経たないかでそんな行事に目を向けてられるほどの余裕なんてねぇよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃあどういうことだよ」
「何がだよ」
訳が分からないという様子で呟いた井ノ原に、松岡もまた訳が分かっていない様子で問いかける。
「コンバットレースっつって、一年に1回、戦闘形式の模擬飛行訓練があるんだけど、それにお前が生徒会長と出るって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「だって今さっきの生徒総会で生徒会長の茂君がそう宣言したんだよ!松岡を整備士に置いて出場するって!!」
井ノ原が口にした言葉に、今度は松岡が固まった。
「そんなの知らねぇよ!っていうか生徒会長なんて会ったこともないのに、どうしてそんな人と俺が組まなきゃいけねぇんだよ!!」
「酷いわぁ、松岡君。僕と会ったこともないなんて」
松岡の声に答えたのは井ノ原ではなく、別の声だった。
慌てて振り返ると、そこにいたのはこの間知り合ったばかりの城島がいた。
そして坂本の姿も見える。
「・・・・・城島・・・・・・・・先輩・・・・・・?」
「名前は覚えといてくれたんやねぇ」
肩までの茶色い髪を後ろで束ねて、眼鏡もかけていない。
しかしその声と訛りの様子から松岡がそう推測したのは正しかったようだ。
「どういうことですか!」
少し怒りを滲ませながら、松岡は城島に詰め寄る。
「いつも同じやったらつまらんやろ?やからパートナーを変更すんねん。あくまでも、レース中だけな」
「それを訊いてんじゃねぇ!何で俺がこんなことに巻き込まれなきゃなんねぇんだってことだよ!!」
「松岡く〜ん。先輩に対する言葉遣いは考えもんやで?」
城島が笑顔でそう言った瞬間、首筋に衝撃。
一瞬で意識がブラックアウトした。
「ごめんな、松岡」
崩れ落ちた松岡の背後にいたのは太一。
少しだけ申し訳なさそうにして、意識を失った松岡の耳元でそう呟く。
その松岡を、坂本が黙って抱えあげる。
「と、いうことで、イノッチ。ちょこっとパートナーお借りすんな」
そして松岡はあっという間に連れ去られてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
怒濤の勢いで終了した機体の説明とレースの説明。
休み無しに行われたそれに、松岡は声もなくその場にしゃがみ込んだ。
「お疲れさん」
苦笑混じりの声とともに紙コップが上から降りてきた。
それを持つ手に沿って上を見る。
そこにいたのは苦笑いを浮かべた坂本だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとうございます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
力なくそう答えて、コップを受け取る。
ミルク入りのコーヒーが湯気を上げていた。
「悪いね、突然こんなことになって」
松岡がコーヒーに口を付けると、坂本は横に腰を下ろしてそう言った。
「あの兄上、滅多にこんな無謀なことしないんだけどね」
「・・・・・・・・・・・・兄上?兄弟なんすか?」
坂本の言葉に、松岡は視線をそちらに向ける。
「あぁ、そっか。言ってなかったっけか。
話すと長くなるから割愛するけど、俺と茂君は義理の兄弟でさ。ま、家庭の事情ってやつ?」
ケラケラと笑いながら坂本は自分のコーヒーを一口含む。
「初めて会ったのは12、3の頃かな。その時はまだ兄弟になるなんて思わなかったんだけど。
・・・・・・・・・・・・・・パートナー替えるってのもなぁ、あの頃から山口と一緒にいたのにね。
あ、山口ってのは茂君のパートナーね。執行部の部長の」
「あぁ、あの人・・・・・・・・・・・・・・・」
その言葉に松岡は一度だけ見たことのある先輩を思い出した。
「何か考えがあるんだろうけど」
小さく息をつく。
「ま、来週乗っちゃえば終わりだから、付き合ってあげて」
「・・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
坂本の台詞に返事をし、しかし気になる言葉に気付いて首を傾げた。
「ちょっと待って。“乗る”って?」
「あれ?聞いてない?コンバットレースは実戦形式で、しかも最新機体のテスト場でもあるんだよ。
で、ここ2年くらい前からかなぁ。整備士も搭乗出来るようになってさ、即修理が出来るようになったんだよね。
今の技術ってすげぇよなぁ。ナノマシンとか使ってるらし・・・・・・・・・・・・・・どうした?」
「・・・・・・・・・・・・や、何でもないっす・・・・・・・・・・・・・・・・」
青い顔をしている松岡。
坂本は一瞬間を置いて、そして笑った。
「ははあ。お前もしや高所恐怖症なんだろ」
「!!・・・・・・・・・・・・・・・・・そんなことないっすよ!!」
「あはは!そんなこと言って、めっちゃ顔青いじゃねぇか!」
「うるせぇ!!」
爆笑する坂本に、松岡が真っ赤になって突っかかる。
「そうですよ!!高所恐怖症ですよ!!悪いかっ!!」
「いやいや、悪かねぇよ」
目尻を拭いながら、坂本が否定する。
「俺や茂君以外にもいたんだなと思って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
「実は俺も茂君も高所恐怖症なんだよ」
ホントだって、と怪訝な表情を浮かべる松岡に手を振った。
「一度乗れば解る。違うぜ」
そう言って松岡の肩を叩き、坂本は立ち上がる。
「ま、実際の機体はレース始まってからしか乗れないから、シュミレーターで練習しときな」
そして格納庫から出ていった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・『ここで整備と修理が出来る』っつーのはそういうことか・・・・・・・・・・・・・・」
城島の言葉を思い出して、1人うなだれる松岡。
「・・・・・・・・・・・マジかよ・・・・・・・・・・・・了承するんじゃなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その悲痛な呟きを拾う者は誰もいなかった。
「高所恐怖症だって」
苦笑混じりのその声に、城島は読んでいた本から視線を上げた。
「誰が?」
「松岡」
あー、と城島が呻く。
「坂本と一緒か」
「茂君もだろ」
「僕は飛ぶのは平気やもん」
「残念。俺も飛ぶのは平気」
その言葉に、城島は苦笑を浮かべた。
「でもあの子なら大丈夫やろ」
「すっげー自信だね」
「達也と一緒やもん。ちょっと意地っ張りなとこも」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいの?」
説明しなくて、と言葉を続けた坂本に、城島は視線を下に向ける。
「生徒会と執行部が対立してへんと、あちらさんも動いてこん。
結局、生徒会室荒らして金庫盗んだ犯人は、生徒会潰したい、過激な執行部シンパや。
目星は付いとっても証拠がない」
「でもやっぱ危ねぇよ。レースで実弾使ってきたらどうすんの」
「だからこその松岡君やろ」
ため息混じりに城島は答えた。
「達也はあかん。執行部やから攻撃はしてこんし、別のところで来られたら僕が対応出来ん。
そもそも実弾に気付いた時点でキレる。相手の特定が出来ん」
「でも松岡を選ぶのはどうかと思う」
「それは企業秘密。ま、僕が坂本と組んだら、それこそ怪しまれるやろ?」
ニヤリ、笑みを浮かべる。
「・・・・・・・・・・・・・・・アナタも大概頑固だよねぇ」
「お互い様やろ?」
「確かに」
「とりあえず、このまま」
パタンと音を立てて本が閉じられた。
目の前に並ぶのは、普段は食べられない、少し値段の高いランチ。
「食べへんの?」
少しも手を付けられていないそれを見て、城島は松岡にそう訊いた。
「・・・・・・・・・・・・要らない・・・・・・・・・・・・」
青い顔で松岡は答えた。
「食べとかんと乗ったとき余計つらいで?せっかくご馳走したるゆーてんねんから、食べとき」
その言葉に、松岡は城島を見る。
普段と変わらない、その平気そうな顔に少しカチンと来て、不満顔でフライにフォークを突き刺した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・よくそんな平気な面してられますね」
「ちゃんと耐G訓練もクリア出来とったし、あの機体の整備方法も身についとるし大丈夫やて」
「そういうことじゃなくて」
少しイラついた様子で松岡が声を上げる。
「・・・・・・・・・・アンタ、何企んでんだ。パートナー変えるだけなら俺じゃなくてもいいだろ。
わざと目立とうとしてる。その裏に何かあるんでしょう?」
「さすが、賢いねぇ。松岡君」
その言葉に城島はそう笑い、しかしそれ以上のことは言わない。
「・・・・・・・・・・」
松岡は不満そうに口を尖らせる。そして小さくため息をついた。
「言わないつもりかよ」
「悪いなぁ」
不貞腐れた様子に、城島は苦笑を浮かべて謝った。
「さて、行こか」
松岡が、文句を言いながらもランチを食べきった辺りで、城島はそう言って立ち上がる。
「機体の特性は掴めた?」
「まぁ、何とか」
「流石やね。あと2時間で本番やから、きっちり頼むわ」
格納庫への道を歩きながら、城島が笑った。
周囲を歩く人々とは対照的な様子。
松岡は飛んでくる視線に居心地の悪さを感じながら、その後を追う。
2人にあてがわれた機体番号は17。
その番号が書かれたシェルターの内部に入り込むと、今朝も見た、スカイブルーの機体が待っていた。
「先に整備しちゃいますね」
松岡はそう言うと、機体の設計図を持って後部座席に乗り込んだ。
整備士が乗るように設計してある後部座席は、そこだけで機体の整備・修理をある程度出来る。
その姿を見送って、城島は手元の資料に目を通し始めた。
その直後、慌てた様子で松岡が出てくる。
そして右翼の下側の装甲板を外し始める。
「どないしたん?」
「エンジン接続系統におかしいとこがあって・・・・・・・・・」
城島が覗き込みながらそう訊くと、松岡は戸惑った様子で答えた。
「・・・・・・こんなとこ、絶対おかしくなるはずないのに・・・・・・・」
「どういうことや?」
松岡の呟きに城島が反応した。
「さっき見た時は異常がなかったんですよ。動かしてもないのに配線がおかしくなるはずもないし、
普通に動かしたとしてもここは壊れません。しかも今確認した時、微かに開けた痕跡が残ってた」
「誰かが壊したってことか?」
オブラートに包もうともしない口調に、松岡は黙って頷く。
「直せるか?」
「・・・・・・・多分・・・・・」
「やったら、その故障。そのまんま飛んだらどうなる?」
「は?」
城島の質問に、首を傾げながらも松岡は素直に答える。
「・・・・・・・・・・・・・本当は言わないでおこうと思っとったんやけど」
少し考え込んだ後、城島は松岡の目を見据えて、口を開いた。
狭い機内。
少し身を動かしただけで横手にある機器に触れる。
見上げると強化ガラス。
格納庫の鉄筋と屋根が見える。
「・・・・・・・・・・・・本気で言ってますか?」
松岡がインカム越しに問いかけると、スピーカーを通して、くぐもった声が聞こえた。
『僕は本気やで。君が練習通りの操作が出来れば、負けへんから』
「・・・・・・・・・・・俺は死にたくないんですけど」
『死なんて。訓練なんやから、生徒に死なれても困るさかい、コクピットだけは電磁シールド設置されとるやんか。
それに相手さんもそこまで望んどるんやないやろ。そうなったらあっちが困るだけやから』
「死んだら怨みますよ」
『おお、怖』
笑い混じりの返事に小さくため息をつく。
練習のために過ごした間に、松岡は何となく城島の性格を掴んでいた。
言い出したら絶対に譲らない。
自分そっくりな頑固な性格。
「・・・・・・・・・・・・仕方ない」
腹を括るか、とヘルメットのベルトを締め直す。
同時に耳障りなブザーが鳴った。
『開始や』
ガコン、と機体が揺れて、射出口にセットされた。
『松岡君。よろしく頼むな』
「・・・・・・・・呼び捨てでいいっすよ」
『・・・・・・・やったら僕もリーダーでええよ。周りからはそう呼ばれとるから』
ふふ、と笑が届く。
『じゃあ行くで、松岡』
「ラジャー」
そして動き出す機体。
すぐさま激しいGがかかる。
あまりの力に松岡は歯を食いしばって目を閉じた。
『松岡。目、開けてみ』
機体とレールの摩擦音の合間から声が届く。
その声に、激しい重力に逆らって、ゆっくりと瞼を開いた。
黒い背景に正面で輝く白い光。それがだんだんと大きくなる。
次第に黒を塗りつぶして、そして真っ白に染まった。
身体を押し付けていた重力から解放される。
眩しさに目を細め、そして再度目を開いた先には ───────
「・・・・・・・・・・・・・天上の青・・・・・・・・・・」
思わず松岡は呟いた。
視界に映ったのは、今まで見たことのない、貫けるような青。
その瞬間、再び重力が襲ってきた。
「・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・」
思わず松岡は俯く。
落ちるような感覚を認識した瞬間にすでにもう身体は機体が上昇する勢いに押されている。
激しい重力変化に、エンジン音を掻き消すほどの耳鳴りが響く。
動けずにいると、視界の隅で警告ランプが点いた。
機体が、ダメージを受けたという報告とともに修理の要請をしている。
指一本動かすのさえ満足に出来ない状態。
シュミレーターなんて意味がない。
松岡はそう思った。
そして視線を操縦席に向ける。
自分の前に座る操縦者は、真っ直ぐ前を見据え、目の前に迫る敵機体を的確に撃墜していた。
敵機体が通りすぎる瞬間、そのフロントガラスをペイント弾が真っ赤に染める。
整備席のモニターに操縦不能で失格となった機体のナンバーが表示された。
「・・・・・・・・・負けてたまるか・・・・・・・・・・!!」
気合を込めてそう叫び、松岡は頭を上げた。
そして周りに設置された機器を操作し始める。
装填されている弾がペイント弾とはいっても、音速で飛び回っていれば、機体にダメージを受ける。
先ほどの警告は右翼に受けたものらしい。
損傷部分、損傷の度合いを確認するや否やそこへの修理コマンドを入力した。
同時に別の損傷部分も修復する。
突然動き出した整備士を確認して、城島は小さくほくそ笑んだ。
そして前を見る。
目の前に向かってきているのは青紫の機体。
そのコクピットの人物を確認して、城島は目を細める。
しかし躊躇わず引き金を引いた。
微かに届く発射の振動。
小さな点が青紫の機体に当たる直前、それらは突然何かとぶつかり合って、撃墜された。
そして間に入ってくる黒い機体。
それはこちらに向かって発砲してきた。
城島は焦る事なく、操縦舵を傾ける。
しかし避けきれなかったのか、弾が機体を掠った。
同時に響く激しい警告音。
『リーダー!!今の実弾だった!!』
警告音の合間に松岡の報告が耳に届く。
───── 来たか。
「機体番号は確認したか」
『もち。搭乗者もチェック済み』
「グッジョブ、松岡」
城島は松岡にそう伝えたと同時に、緊急ブザーを鳴らした。
「どういうことか説明してもらおうか、シゲ」
今にも人を殺しそうな顔をした山口が、一段落した後に城島に詰め寄った。
「生徒会室荒らして、僕らを失墜させようとした犯人が実弾使ってきたから、それを捕まえてん」
城島はヘラヘラとそう答える。
その言葉の通り、17号機に対して実弾を使った犯人達は、問い詰められてあっさりと白状した。
「・・・・・・・・・・・・それのためにレースを利用した、と?」
「もちろん先生方には了承済みやで?」
黒い笑みを浮かべる城島に、松岡は少し寒気を感じた。
そして視線を後ろに向けると、山口と同じデザインの搭乗服を身に着けた井ノ原が立っていた。
「井ノ原」
「・・・・・・・・・・・そういうわけだったんだな」
名前を呼んだ松岡に、井ノ原はそう呟く。
「俺もレース前に初めて聞かされて・・・・・・・・・・・」
「いいよ、仕方ねぇよ。執行部に犯人がいたんだから、俺には言えないよな・・・・」
「や、ホントにレース前に・・・・・・・・・・・・」
「良かった」
松岡の話も聞かず、突然抱きついてきた井ノ原が小さくそう言った。
「・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・」
「俺、お前が俺嫌になったから茂君の話を受けたのかと思った」
「・・・・・・・・・・・・・・・そんな事するかよ」
井ノ原を振り払って、松岡は顔を背けた。
「抱きつくなよ、気持ち悪ぃ。・・・・・・・俺はお前以外に相方はいねぇって思ってるよ」
ボソリ呟かれたその台詞に、井ノ原は細い目をさらに細くして松岡に飛びついた。
「思った通り?」
怒る山口を何とか宥めて終えて、2人の様子を見ていた城島に、坂本が声をかけた。
「ま、こんなもんかなー。本当は停学やなくて退学にしてほしいて言ったんやけど・・・・」
「さすがにそれは出来ないって?」
「しゃーないわ。これだけ協力してもろてん、先生方には」
「協力って言うか、あれは脅迫だと思うよ、茂君」
「えー?ちょっと写真を見せてお願いしますって言っただけやん?」
「それを脅迫って言うんだよ」
城島の言葉に、坂本が苦笑を浮かべる。
「ていうかあの写真用意したんは坂本やんか」
そう言って城島も笑みを浮かべた。
「ま、犯人捕まえられたし、山口に心配かけれたし、大成功やな」
「やっぱり腹癒せもあったんだ。可哀想に、山口」
「僕が大事にとっといたお菓子食べるからあかんねん」
その台詞に坂本は笑う。
そして2人は、松岡と井ノ原が格納庫から出て行くのを確認すると、同じ方向に向かって歩き出した。
「・・・・・・・・・・・・今回の手柄と操作で、あの子も認められるやろ」
「ん?」
「こっちの話」
振り返った坂本に、城島はそう言って微笑んだ。
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終わっ・・・・・・・・・・・・・た・・・・・・・・・・・・・!!
難産の末の難産で、ようやくここまで・・・・!!
最後が、最初の予定からすっかりずれてしまいましたが・・・・・・・・・・・(汗)
リーダーと坂本さんを主人公に、という意味のリクエストだったと思うんですが、
蓋を開けたら紫氏が主人公、というふうになってしまいました・・・・・・。
なぜか考えた設定のどれもが紫氏が主人公になってしまって、ついには諦めました。
無理矢理すぎる展開と設定が、ホントもう、申し訳ない・・・・・。
この話の大半がハッタリと勢いで出来ておりますので、あまり深く考えないで戴きたいな、と(汗)
でも書いてるときは楽しかったです。
それにしても、ホント主題がない話ですよね・・・・・・・・・・・・。うぅ・・・・・・・・・・・・・・。
大変お待たせしました!!
いかがでしょうか、木葉さま。
本当に遅くなってしまって申し訳ないです。
そして、お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!
2007/6/10
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