さっきまでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた茂が、カップと新聞をそのままに席を立った。
それまで読んでいた雑誌をその辺りに投げ捨てて、達也はテレビのチャンネルを変え始める。
その横で、智也がお菓子の袋やらジュースのペットボトルやらを散らかしながら何かをしていた。
リビングにやってきた太一は、兄弟のそのような様子を見て、黙っている弟にちらりと視線を向ける。
その視線の先、テーブルで問題集に取り組んでいる昌宏の臨界点は近いようだった。
太一は黙ってその向かい側に腰掛ける。
「何、それ」
「宿題」
「自分の部屋でやった方がいいんじゃない?」
「静か過ぎてやだ」
「精神衛生上不適切だと思うけど。ここ」
「そうな」
「あー!!!!」
問題集から顔を上げて、太一に同意の言葉を言いかけた昌宏を遮って、智也が声を上げた。
「・・・・・・・・あ〜ぁ。何やってんだよ、智也」
叫び声にテレビから視線を外した達也が、呆れた声で智也を窘める。
が、決して動こうとはしない。
智也の横手のフローリングには、飲みかけで放置されていたペットボトルの中身が広がっていた。
「雑巾雑巾!!」
慌てて風呂場に走っていく智也の足がお菓子の袋を蹴っ飛ばす。
残っていた中身が同じくフローリングの上に飛び出した。
興味なさそうにそれを見ながら、達也は広げたものをそのままにその場を立つ。
そして、山盛りの書類を片手にちょうどリビングに戻ってきた茂がテーブルの上にそれを広げた。
その瞬間、太一は何かが切れるような音を聞いたような気がした。
「もー!!!!!」
智也が雑巾片手に戻ってきたと同時に、押し黙っていた昌宏が叫んだ。
「何でアンタたちはいつもいつもそうなんだよ!!!」
突然怒りの声を上げて立ち上がった昌宏に、太一を除いた3人が驚きに目を丸くして動きを止める。
「智也!!」
「はいっ!!」
目を三角にしている昌宏に、智也が姿勢を正して返事をした。
「飲み物を床に置くんじゃねぇ!!!置くんならフタしろ、フタ!!んで早く拭けよ!!シミになるだろ!!!」
慌てて動き出した智也から、その視線は傍にいた達也に向けられる。
「兄ぃも読んでた雑誌そのままにしないでよ!!また雑誌の山を作るのはやめてよね!!」
「お・・・・・・・・おう」
「そして茂くん!!」
「はいっ」
「使ったコップは流しに持ってけ!新聞はしまえ!!そんな山盛りの書類全部使わないんだから持ってくんな!!」
「す・・・・・・・・・・・・・・すんません・・・・・・・・・・・」
昌宏の怒り具合に圧倒された3人はそそくさと片付け始める。
その姿を見ながら、昌宏は小さく息をついて再び席に着いた。
「大変だなー、A型は」
「みんなが大雑把過ぎるんだよ」
太一の苦笑交じりの労いの言葉に、昌宏は唇を尖らせる。
「・・・・・・・・・・・・あー、『俺だけ血液型がAなのは、俺がもらわれっ子だからだろ』、だっけ」
突然頭の中に浮かんできた思い出を口にした太一に、昌宏が表情を歪める。
そのリアクションに太一がケラケラ笑うと、昌宏の顔が赤に染まった。
「・・・・・・・・・・・・何でそんな事覚えてんのよ・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「んー?可愛い弟の初めての反抗だったから」
ニヤニヤしながら言う太一に、気まずそうに昌宏が視線を逸らす。
「いやー、あれは衝撃的だったねぇ」
* * * * *
まだ彼らの両親が海外赴任していない頃の事だ。
昌宏の言葉に、その場にいた5人が固まった。
「・・・・・・・・・・・・・どこでそんな言葉覚えてきたんだよ」
一番初めに達也がくだらない、と言う様子でため息をついた。
「だって茂くんも兄ぃも太一くんも智也も、みんなOがたじゃんか!!」
「だからって何でもらわれっ子になるんだ」
不機嫌丸出しの達也の言葉に、昌宏の目が潤む。
「達也、もうちょいオブラートに包みや」
茂が眉を寄せて達也の言い草を窘める。
「昌宏」
そして、茂は昌宏の前でしゃがんで、視線を合わせた。
「おかんはO型やけど、おとんはA型やで?昌宏がもらわれっ子なわけないやろ?」
茂が昌宏の頭に手を乗せる。しかし昌宏はそれを振り払った。
「でも・・・・・・・・・・・・・・いっつも智也ばっかりじゃん!!!」
昌宏が我慢できないといった感じに声を上げた。
「ケンカしても、本当は智也が悪いのにおれが怒られるし!!智也のことはいっぱいほめるのに、おれが100点取ったって、
ほめてくれないじゃん!!おれなんかいらないんだろ!!智也がいればいいんだろ!!!?俺がもらわれっ子だか」
バシッ
甲高い音が昌宏の言葉を遮る。
「ええ加減にせぇ。言ってええ事と悪い事があるやろ」
顔から笑みを消した茂の言葉が冷たく響いた。
茂が昌宏の頬を叩いた音だった。
その音に驚いた智也が突然激しく泣き始めた。
「・・・・・・・・・・・・っ」
昌宏は叩かれた頬を押さえて、くるりと背を向ける。
そして玄関に向かって走り出した。
「昌宏!?」
泣き出した智也に気を取られていた3人がそれに気づいたのは、すでに玄関の方から扉が閉まる音が聞こえた後だった。
「追いかけな・・・・・・・」
「いいって、シゲ。ほっときゃ帰ってくるだろ」
追いかけようとした茂の肩を掴んで、達也が止める。
「叩いたのは間違ってねぇよ」
泣きそうな顔をしている茂にそれだけ言って、達也は智也をあやし始めた。
どうするべきか迷っている様子の茂をよそに、太一は黙ってその場から離れた。
そしてこっそりと家から抜け出した。
近所の公園に設置してあるドーム型の遊具の中を覗くと、昌宏が膝を抱えて座っていた。
足音で気付いたのか、昌宏は太一をチラッと見たが、動こうとはしない。
膝に顔を埋めて、さらに小さく縮こまった。
太一は何も言わないで、遊具の中に入る。小柄な太一には難なく入ることができた。
そして、昌宏からは一番離れた所である、入ってすぐの位置に腰を降ろす。
昌宏はそれを拒絶することも無かったが、何も言わなかった。
太一も特に話しかけようとはしない。
2人とも何も言わないまま、時間が流れていく。
ふと太一は空を見上げた。
もともと曇っていた空は、先よりも暗く垂れ込めている。
降るかな、と思ったのとほぼ同時に、空が静かに泣き始めた。
初めはシトシトと降り始めた雨も、すぐに勢いを増す。
公園の横を慌てて走り抜ける人影が見えた。
金属製のドームに雨が激しく打ち付ける。
分厚い壁と空間があるお陰で、雨垂れ音は低く響いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・降ってきちゃったな」
太一がポツリと呟いた。
「これじゃあしばらく帰れないや」
そう言ってため息をつく。
少し間を置いて、昌宏が顔を上げて空を見た。
「寒くない?」
太一の問いかけに昌宏は首を振った。
「お前もゼンソク持ちなんだから、辛かったら言えよ」
「・・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・・・・・・・・」
ようやく、昌宏が返事をした。
それを受けて、太一が昌宏の横に移動する。
そして昌宏の頭に手を置いた。
「弟がいるとこんなもんだって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺だって、お前が生まれてからあんまり構ってもらえなかったもん」
「・・・・・・・・・・・・太一くんも・・・・・・・・・?」
昌宏が泣きそうな顔で太一を見た。
太一は黙って頷く。
「それにさ、考えてもみろよ。茂くんはドンクサイし、達也くんは大飯食らいだし、
ゼンソク持ちの俺もいるのに、何でわざわざお前を拾ってこなきゃなんないんだよ。
しかもその後母さんは智也も生んでるんだぞ?ヨーシなんて取る意味ないじゃん」
「・・・・・・・・うん・・・・・・・・・・・・・」
「智也はまだちっちゃいからさ。俺たちがガマンしなきゃ」
「・・・・・・・・・・・うん」
素直に頷いた昌宏に、太一は満足そうに微笑んだ。
* * * * *
「もうあんなことは考えないの?」
「考えないよ。ていうか考えられません」
太一の問いに昌宏は肩を竦める。
「・・・・・・・・でもあの時はガキながらに反省したなぁ。雨上がって帰ったら、
茂くんも兄ぃも父さんもびしょ濡れで俺を探してくれててさ。母さんなんて泣いてたし。
なんてバカなことを考えたんだろうって思った」
「お前泣いてなかった?」
「うん。泣いてた」
恥ずかしそうに、でも懐かしそうに昌宏は苦笑を浮かべた。
「俺あの後スッゲー怒られたんだよね。黙って出てったからさ」
「そうなの!?」
太一の告白に、昌宏は声を上げた。
「ま、でも可愛い弟のためだから?」
裏がありそうな笑顔で太一が笑った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何がいいの?」
「う〜ん。考えとく」
ため息混じりの昌宏に、太一は満足そうにアイドルスマイルを浮かべた。
「昌宏ー、これでええかー?智也がこぼしたところなんやけど」
その時、リビングを片付けていた茂が昌宏を呼んだ。
「え、ちょっと待って」
そう言って昌宏が席を立った。
その様子を目で追いかけて、眺めながら、太一は小さく笑った。
「間違いなく、お前は俺らの兄弟だよ」
今晩の食卓には、太一の好物が並ぶことだろう。
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できましたー!!
よく考えてみれば兄弟モノは初めてですね!!
何かちょっとリクエストからずれてしまった上、見直し隊ばっかになってしまいました・・・・・。
ていうか、兄弟モノはみんなが下の名前呼びになるんですね!(当然)
ぐっさまの、“達也くん”呼びに違和感が。
あ、本編で触れ忘れたのでここにチラッと。
一応シゲさんとぐっさまは双子ってことになってます。シゲさんが兄で、ぐっさまが弟。
大変お待たせしました!!
いかがでしょうか、水音さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!
2007/01/20
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