Ruin and Broken




冷たい空気が肺に突き刺さる。
「おった!?」
「いねぇよ!あと心当たりは!?」
「後はもうないよ!!」
それぞれ別方向から走ってきた2人と、突然現れた青年が慌てた様子で言い合った。
そして同時に、側のベンチの方を見る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見つかんない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ベンチに座っていた青年が眉間にシワを寄せて呟いた。
「あー!!もう!!どこに行ったんや、あの子は!!」
「シゲが頑なに許可出さなかったからだろっ」
「お前やって拒否したやんか!ボクだけのせいにすんな!」
目の前でケンカを始めた2人を尻目に、太一は松岡にもう一度探すよう頼む。
松岡は目を閉じて、周囲に意識を向けた。
同時に頭の中に様々な音が響き始める。
幸せそうな『声』。仕事に追われて焦っている『声』。
脳が勝手にあらゆる生き物の思念波をラジオのように受信して、再生する。
その中で、聞き知った長瀬の声を探していた。






『────────』






「いた!」
小さく響いた声に松岡は声を上げて立ち上がる。
「太一君!連れてって!!」
そして太一の肩に手を置く。同時に松岡が拾った情景が太一の頭の中で再生された。
「ちょぉ待・・・・・・・・・・・」
瞬間、気付いた城島の制止が届く前に、太一と松岡の姿が掻き消える。
「・・・・・・・・・・・・行っちまったな・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どないせぇっちゅーねん・・・・・・・・・・・・・・・・・」
置いてきぼりを食らった2人は、呆然とした様子でその場に立ち尽くした。














薄暗い廊下。
無機質な壁と、定期的に現れる扉を無視して奥に進む。

──────── 確か情報によると、地下の奥だったはず

現れた階段を、音を立てないように力で浮きながら降りていく。

『とりかえして!』

一度しか見ていない内部の地図と一緒にその言葉も思い出される。
初めての、『依頼人』。
城島にも山口にも反対された依頼だけど、どうしても受けたかった。
「・・・・・・・・・・・俺1人でもできるもん・・・・・・・・・・・・・」
小さく呟いて、一気に階段を降った。
降りた先には鉄製の扉。
鍵が閉まっているだろうそれに触れる。
ドアノブの形から鍵の形状を想像し、それを開けるイメージで力を使う。
ガチャン、と音がして、鍵は開いた。
音を立てないようにそっと扉を開く。
扉の向こうには延々と続く廊下。
けれどそれまでと違っていたのは、一部がガラス張りで、部屋の内部が見えるようになっていた。
電気が消されて薄暗い廊下をそのまま進む。
ガラス張りになっていても暗くて内部は見えない。
覗いてみたい衝動に駆られたが、ゆっくりしている余裕もないので通り過ぎた。
右側に分かれ道を見つけて、直感的にそこを曲がる。
そこからはガラス張りではなくなったが、扉に小窓が付いていた。
光が漏れている部屋を見つけたので、こっそり覗き込んだ。
「・・・・・・・・・・あっ」
そして思わず扉に手をかける。
鍵が閉められているかと思ったが、予想に反して開いていた。
「大丈夫っ!?」
部屋の中に目標以外がいないことを確認して飛び込んだ。
「あっ、奪還屋の・・・・・・・!!」
「え?」
中にいた少年が立ち上がって長瀬に走り寄る。
「何で君がここにいるの!?」
長瀬は驚いて声を上げた。そして慌てて口を覆う。
「何でここに?弟君が捕まったんじゃないの?」
「あの後ぼくも捕まっちゃって…」
「そっか・・・・・・。とりあえずここを出よう。弟君がどこにいるか判る?」
首を振る少年の手を取って、長瀬は部屋を出た。





もともとの依頼は連れ去られた少年の弟を”奪還”することであったから、さらに奥へ進む。
しばらく行くと突き当たりで、扉が1つあった。
周囲の気配に警戒しながら、その扉を開ける。
「・・・・・・・・・・え?」
扉の向こうは拓けていて、天井が高く、他のところに比べると格段に明るかった。
それ以上足を踏み入れるのを躊躇っていると、少年が恐る恐る中に入っていく。
「ちょ・・・・・」
引き摺られて長瀬も中に入る。同時に扉が閉まった。
「!!」
慌てて振り返った瞬間、背後で少年が声を上げた。
「わぁ!!」
「どうした!!?」
「長瀬!!」
視線を戻した先には見慣れた姿が2つ。
「太一君!!マボ!!?」
思わず少年の手を離して2人の傍に近寄る。
そして長瀬は吹っ飛んだ。
「太一君!!!?」
松岡が顔を青くして長瀬を蹴り飛ばした張本人の名前を叫んだ。
「バカ野郎!!!こんなところで何してんだ!!!どれだけ心配したと思ってんだアホ!!!!」
「・・・・・・・・・・・・痛い・・・・・・・・・・・・・・」
顔を真っ赤にして怒り狂う太一の姿を見て小さく呟く。
「ほら、早く帰るぞ!リーダーも山口君も心配してるから」
そして差し出された手を、長瀬は掴まなかった。
「・・・・・・・・・・まだ帰りません」
「はぁ!?何でだよ!」
「まだ受けた依頼を完了してないんです。まだ帰りません」
長瀬の言葉に、太一の眉間にシワが寄る。
「何言ってんだ。リーダーが依頼を認めてねぇだろ」
「何でですか!!だってこの子が必死で・・・・・・・・・・」
「依頼を受けるか受けないかの決定権はリーダーにある。それがルール。ダメなもんはダメだ」
「・・・・・・・・・・・・ねぇ」
2人が言い合う中、松岡が黙っていた少年に視線を向けて、呟いた。
「その子、人間?」
「え?」
そして長瀬が振り返った瞬間、太一が吹っ飛んだ。














ガラス越しに始まった戦闘を眺めて彼は笑みを浮かべ、手元のスイッチを入れた。
「初めまして、奪還屋の方々。ようこそ」
彼の声はスピーカーを通して長瀬達に届く。
困惑した視線を受けて、彼は一層笑みを深くした。
「実験に付き合ってくれて嬉しいよ。“それ”が最新の作品なんだ。出来が知りたくてね」


『弟の方は耐久性が悪くてあっさり壊れてしまったから急いで兄の方に手を着けたんだが・・・。
 だから今日が初実戦なんだよ。ちゃんとしたのを相手してもらいたかったけれど、まぁいいだろう』
スピーカーから聞こえてくる声に、長瀬の表情が鋭くなる。
「ふざけんな!!作品って何だよ!!!この子も弟君も人間だろ!!!?」
「長瀬、無駄だよ!こいつらはそういう人間なんだ!何言っても意味ねぇよ!」
少年の攻撃を避けながら松岡が声を張り上げる。
「早く切り替えろ!死にてぇのか!!」
そして松岡が向きを変え、少年に向かって走り出す。

──────── 触れた箇所の爆発と瓦礫の操作だから、兄ぃのと長瀬のとの合成か

そう予測を立て、素早く少年の背後に回りこむ。
「力手に入れたばっかりで俺の速さについてこようなんて甘いんだよ!!」
完全に死角をついた行動に、少年の動きが一瞬止まる。
そして松岡は少年の頭に手を置いた。
「!!!?」
身を引いたのは松岡の方だった。
「マボ!!?」
そのまま蹲った松岡に長瀬が走り寄る。
「くっそぉ!!!」
少年の力を自分の力を飛ばして相殺し、その勢いで少年を蹴り飛ばして松岡を庇う。
「マボ!マボ、どうしたの!!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・テレパスも持ってやがる、アイツ・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・?」
「しかも俺よりつえーかも・・・・・・・・・・。今逆にやられそうになったし・・・・・・・・・・」
頭をブンブン振って松岡は起き上がった。
「ってかお前太一君あんなところに置いてきて何やってんだ!!」
少年が吹っ飛んだ先に気を失ったままの太一が倒れている。
「もしかして一発目の攻撃、精神感応も含んでたのかも!!」
「だから太一君目覚まさないの!!?」
「そうかもしんねぇ!!」
瞬間的に2人は太一の方に走りこむ。
松岡は太一に向かって、長瀬は時間稼ぎに少年と対峙する。
「・・・・・・・・・・・っ!」
起き上がってきた少年と目が合う。
先ほどまでや先に会った時の様子は全くない。
虚ろな瞳と無表情な顔。
それに躊躇った瞬間が命取りになった。
少年に腕を掴まれる。
咄嗟に力を放出した瞬間、大爆発を起こした。



パラパラと瓦礫のカケラが落ちてくる。
身体が動かず、何とか視線だけを彷徨わせた。
「・・・・・・う・・・・・・」
少し離れたところで松岡と太一が倒れている。
逆方向に無傷のまま立っている少年の姿が見えた。
「・・・・・・・・・くぅ・・・・・・・・」
悲鳴を上げる身体をおして起き上がる。
そして少年に向かって声を上げた。
「何でだよ!!弟君、助けたかったんだろ!!?助けてっていったのは嘘なのかよ!!
 俺に・・・・・・・あの時俺に取り返してって言ったのは嘘だったのかよ!!!!」
『無駄だよ!それには君の声は届かない!!意識だってない人形なんだ!!目の前の物が動かな・・・・・・』
スピーカーから流れ出た笑い声が、途中で止まる。
「?」
『なっ・・・・・・・何だ貴様っ・・・・・・・城島!?何でお前がここに・・・・・・・何だそれは!!何をするつも・・・・・・・・』
悲鳴のような声とともに、耳を劈くような破裂音。
長瀬が同時に上の方を見ると、声の主がいたと思われる窓ガラスに赤が飛び散った。
「!!」
そして激しい爆音を立てて、そこの壁が吹っ飛ぶ。
巨大な瓦礫が落下して、土埃が巻き上がった。
それを合図にしたように、少年が長瀬に向かって走り出す。
砂埃の向こうに人影を確認した瞬間、長瀬は叫んだ。
「リーダー!!!やめてぇ!!!!!!」
バァンと破裂音が響いた後、目の前に迫っていた少年が、右のこめかみ辺りから血を吹き出させて視界から消えた。



砂埃が治まるとともに城島と山口が姿を現した。
「何しとん、松岡。原因判っとんなら太一はよ起こせ」
城島の言葉に振り返ると、松岡が太一の額に手を当てていた。
「起こしたら長瀬連れて事務所帰れ。山口はちょっと付き合ってや」
手にしていた拳銃をしまいながら無表情に城島は指示を出す。
「・・・・・・っリーダー!!何でっ・・・・・・・!!」
長瀬が城島に掴みかかった。
「何でこんな・・・・・・・・!!助けられたかもしれないのに・・・・・・・・・!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・しばらく謹慎やで、長瀬。指示に従えん奴は要らん」
鋭い視線と言葉に怯む。太一を起こした松岡が、真っ青な顔で長瀬を城島から引き離した。
「行こう、長瀬」
納得いかない様子の長瀬の手を引っ張って、太一の元へ連れて行く。
調子が悪そうな太一が2人を連れて、その場から消えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何でああいう言い方するの、アナタは」
それを見送って、山口がため息をつく。
「ちゃんと説明してやればいいじゃない」
「・・・・・・・・・・・悪者になるのはボクだけでええねん。あの子らにはやらせん」
背中越しにそう言って、その場から立ち去る。
その背中を少し眺めて、山口は後を追った。














「長瀬」
次第に明るくなっていく東の空を眺めていた長瀬の背後から声がかけられる。
「・・・・・・・・・・・・・・太一君・・・・・・・・・・・・・」
太一がポケットに手を突っ込みながらフェンスにもたれかかる長瀬の横に並んだ。
「大丈夫?」
「少し寝たらすっきりした。お前こそ大丈夫かよ」
太一が視線を合わせずそう訊く。長瀬は視線を逸らした。
「・・・・・・・松岡から全部聞いた。アイツもリーダーがやったことみんな見てたって」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・多分、もう無理だったんだ。身体弄られたぐらいなら何とかなるけど、
 聞いた感じじゃあの子、頭も弄られてた。操られてるんなら操ってる奴潰せば助けられるけど、
 脳ミソ弄られてああなってたんじゃ元の通りには戻らない。もう助からない」
チラリと長瀬を見る。
視線を下に向けて、小さく震えていた。
「・・・・・・・・・・・でも俺が行かなかったらあの子は死ななくて済んだ!!」
「そしたらあの子が誰かを殺してた。それでもいいのかお前」
「・・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・」
長瀬は答えに詰まり、そのまましゃがみこんで膝を抱える。
「・・・・・・・・・誰かが犠牲になる前に済んで良かったんじゃない?お前が止めたんだよ」
「・・・・・・・・・・うぅ・・・・・・・・・・・・・・」
小さく嗚咽を漏らし始めた長瀬の隣にしゃがみこんで背中を軽く叩く。

ゆっくりと、朝日がビルの海を照らし始めた。




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何だかシリアスじゃなくて暗いだけの話になってしまいました・・・・・・・・(汗)
シリアス、シリアス・・・・と思ってたらシリアスが何だかわからなくなり、こうなってしまったわけですが・・・。
今回は一段と自己完結も甚だしいですね(汗)

珍しくリーダーがかなりの悪役になってしまいました。
でも話の大まかな流れができた瞬間に、あの発砲シーンが浮かんだんです。
ちゃんと話の中には出しませんでしたが、黒幕とリーダーは知り合いです。
多分、一番のいいとこ取りはぶん氏ですよね。
紫氏は結構活躍したのに、ぶん氏に取られてしまいました。
ゴメンね、紫氏(笑)


大変お待たせしました!!
いかがでしょうか、まきさま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!

2007/3/12




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