「これあげる」





とあるテレビ局の廊下にて。
手渡されたのはビニールに包まれた小さな飴。
その時は何の疑問も持たずにそれを受け取ったけれど、
くれた人が人だけに、何らかの疑いは持つべきだったんだ。
だって、明らかに不自然なほどのアイドルスマイルを浮かべていたのだから。






child panic






楽屋には珍しく誰もいなかった。
「・・・・・・・・・・・めっずらし」
少し早く来すぎたかな。
そんなことを思いながら畳に腰を下ろす。
何もすることがなかった。
口が寂しい気がしたが、室内禁煙のため煙草も吸えないし何故か吸う気にもなれない。
仕方なしに、さっきもらった飴を取り出して口に放り込んだ。
そしてその辺にあった雑誌をめくる。
手が勝手にページを進めるだけで、内容は全く頭に入らない。
欠伸が出た。
最近疲れが溜まってきているのをひしひしと感じていた。
睡眠不足は慣れたもんだが、さすがに身体は悲鳴を上げてるのかもしれない。
口の中の飴をガリガリ噛み砕いて、ゴロリ横になった。
目を閉じると、心地よい睡魔が待ってましたとばかりにやってくる。

まだ時間があるからいいか

彼はあっさりと、その睡魔に身を委ねた。





* * *





最初に楽屋の戸を開いたのは太一だった。
後ろに続くのは松岡。
来る途中でたまたま出会い、一緒に来たのだが。
開いた扉を、太一はすぐに閉めた。
そして確認する名前。
間違いようもなく、そこには自分達のグループ名が記載されていた。
「・・・・・・・・・・・何してんの?太一君」
後ろにいた松岡が怪訝な表情を浮かべる。
「・・・・・・・・・・・や、ここ俺らの楽屋だよな?」
「そうでしょ。だって書いてあるじゃん」
ほら、と松岡が指さしたのも、先ほど自分で確認した使用者名の欄。
「松岡ちょっと開けてみ?」
「?」
松岡は首を傾げながらも素直に扉を開いて、閉めた。
「・・・・・・・・何、アレ」
「俺の気のせいじゃなかったら、あそこに寝てるのは子どもだと思うんだけど」
「俺も子どもが見えた」
太一と松岡は顔を見合わせて笑った。
「気のせいだよね!!」
「山口君辺りが丸くなって寝てたんだよな!!」
あはは、とひきつった笑みを浮かべて笑う2人。
「どうしたんですかー?」
後ろから間延びした声。
「おはよーございまーす。何で入らないんですか?」
振り返った先には笑顔の長瀬。
「はよ。今から入るんだよ」
「おはよ。長瀬先に入れよ」
2人は同時に扉の前から退いた。
「?どうしたんですか?」
「「何でもないから」」
首を傾げながらも長瀬は扉を開ける。
そして。
「あれー?誰っすか、この子ー」
中に入っていった長瀬が声を上げた。
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
沈黙する太一と松岡。
「ねー、太一君、松岡君。この子誰っすか?」
長瀬が扉の向こうからひょっこり頭を出す。
その腕には件の子どもを抱き上げていた。
「ちょっ!!お前出てくんな!!」
「見られたらどうすんだ!!」
太一と松岡は慌てて長瀬を楽屋に押し込む。
「なになに?何で」
「うるさい、バカ」
長瀬から子どもを奪い取り、畳に寝かせる松岡。
そして3人はまじまじとその子どもを観察した。
歳はだいたい5、6歳だろう。
色黒で、髪は短くうっすらと茶色い。
Tシャツに膝丈のジーパンを履いて、ぐっすり眠っている。
「・・・・・・・・・・・・あのさ。思ったこと言っていい?」
「何だよ」
「この子兄ぃに似てない?」
「「・・・・・・・・・・・」」
松岡の言葉に2人が黙る。
「・・・・・・・・・・・隠し子、ですか?」
長瀬がぽつりと言った。
「・・・・・・・・・・・山口君、の?」
続けた太一の台詞に、3人は顔を見合わせる。
「「「・・・・・・・・・・・」」」
3人の間に沈黙が落ちた時、楽屋の扉が開いた。
反射的にそちらを見つめる太一・松岡・長瀬。
「おはよーさん。・・・・・・・・・・・・て、あれ?どないしたん?3人して」
お出迎え?と首を傾げる城島。
紙袋を2つ携えていつもと変わらぬ様子で入ってくる。
「「「何でもない」」」
3人は思わず子どもを隠していた。
「あれ?山口おらんのか。珍しいなぁ」
ほてほてとがに股気味に歩きながら、部屋の隅に荷物を置く。
「そう言えば、廊下で長野に会ってな。こんなんもろた・・・・・・それ何や?」
持っていた紙袋の大きい方を持ち上げて振り返った城島が、身を寄せ合っている3人の後ろのものに気付いた。
「何でもないよ!」
「何でもないて・・・・・・。そんな3人寄って、隠しとる以外ありえんがな。このくそ暑い時に」
「エアコンかかっててちょっと寒くて!」
「エアコン電源切れとるで?タイマーやと思うけど」
「今日は結構涼しいですから!」
「30℃のどこが涼しいねん。てかそのちっこい足は何や?」
城島の指差す先、松岡と長瀬の間から、小さい足が飛び出ていた。
「「「!!!」」」
「子ども?」
固まる長瀬と松岡の間をかき分けて、3人の背後を覗き込む。
そして城島は声を上げた。
「何で子どもがおるん?っていうかこれ山口に似とるなー」
そう言いながら子どもを抱き上げる。
「・・・・・あの・・・・」
「なん?」
「その子ぐっさんの隠し子ですか?」
真面目な顔で訊いた長瀬に、城島が吹き出した。
「あはははははは!!!隠し子か!!そうかも知らんわ!!」
ひーひー笑いながら、その子をもう一度畳に寝かせ、さっきまで持っていた紙袋を取り上げた。
「多分こういうことやと思うねん」
そう言って、紙袋の中身を取り出した。
「何?それ」
「さっき長野にもらってん。明らかに子供服やんなぁ」
広げるとそれは子どもサイズのブランド物の服。
「『たまには労わってあげて』っちゅーメッセージ付きでな」
ひらりと一緒に入っていた紙を指にぶら下げた。
その言葉に、3人はすやすや眠る子どもに目を向ける。
「じゃあ、その子は隠し子じゃなくて?」
「多分やけど、山口本人やろな」
ピアスしとるし、と、城島が耳に触れる。そこには愛用のピアスが並んでいた。
「・・・・・・って言うかさ、一つ訊いていい?」
それまで黙っていた松岡が口を開いた。
「長野君て何者?」
「・・・・・・・・・・それは触れちゃあかんことやで。命が惜しかったらな」
城島の重々しい答えに、3人の心にある人物への哀れみが沸き起こったのはここだけの話。





* * *





目を覚ました山口は、第一声に叫びを上げた。

「何だよこれ!!」
寝ている内にメンバーによって着替えさせられた服は思いの外似合っている。
自分の身体に起きている異変でパニックに陥っている山口を他所に、4人は、長野のセンスに感謝していた。
「お前ら聞けよ!!」
完全に無視されていた山口が、ついにキレる。
「まぁまぁ」
城島が宥めつつ、事情を説明した。
悪戯心の中に僅かに見える長野の気遣いに、何となくは納得したものの、不機嫌なまま、今に至る。
「仕事どうすんだよ」
「リーダーが交渉して、延期になりました」
「今日の予定はどうなるんだよ」
「一日フリーだって」
俺らは仕事あるけどね。と太一以下3人が付け足した。
「とりあえず5人でやるはずだった仕事は今日はなしだから、3時間ぐらいはヒマだよ」
ふぅん、と面白くなさそうに唸る山口。
「ねぇねぇ!!ぐっさん!!」
嬉しくてたまらないといった様子で長瀬が山口に話しかける。
「飯食べに行きませんか!」
「あ、俺も行きたい」
長瀬の提案に、太一が乗った。
「松岡はどうする?」
「俺も行こうかな。リーダーは?」
「僕はええよ、食べてきたし。4人で行っといで」
城島はそう言ってひらひら手を振る。
「じゃあ行ってきます!」
「うわっ!離せって!俺は行かないって!」
突然持ち上げられて悲鳴を上げる山口。
しかし長瀬は何も気に留めず楽屋から出ていく。
「・・・・・・・行ってくるね」
「ほどほどにな」
「うん」
少し呆れながら太一と松岡も楽屋から出ていった。
「・・・・・・・・・・何かこの後の展開が読めるような気がするわぁ・・・・・・・・・・・・・」
閉められた扉を眺めて、ぽつりと城島が呟いた。


そして30分も経たない内に、長瀬と太一が戻ってきた。
「どーしよう!!山口君がいなくなっちゃった!!」
泣きそうな顔で長瀬は城島に飛びつく。
「何があったん?」
内心やっぱりな、と思いつつ、城島は長瀬に問いかけた。
「そこのレストランで料理決めてたら、突然走ってっちゃったんですっ」
「お前が山口君ダシにお子様ランチ食おうとしたからだろっ」
「だって5歳児がカツ丼の大盛りがっついたら怖いじゃないっすか!」
「誰も大盛りなんて頼んでねぇよ!!」
ギャンギャン騒ぐ2人の言葉に何となく事の流れを掴んだ城島は、微笑ましいなんて思いながら眺めていた。
「そういえば松岡はどないしたん?」
「マボは今探してくれてます」
「太一と長瀬は探しにいかんの?」
「人海戦術でいくんだよ」
太一の視線が鋭く光る。
城島は逃げようとしたがもう遅く、太一と長瀬の両方から腕を掴まれて、ズリズリ引っ張られていく。
「何で僕まで!?」
「腐ってもメンバーでしょアンタ!!」
「腐っとらんがな!!」
「リーダーが呼んだらすぐに出てきますから、ぐっさん」
「ほっといたらそのうち出てくるって!」
城島の抗議も空しく、あっという間に捜索隊に参加させられてしまっていた。





* * *





その頃、山口は1人廊下をあてもなく歩いていた。

子供扱いしやがって
身体は小さくても頭は30代だぜ、俺

「・・・・・・・・・・お子様ランチなんて食えるか・・・・・・・・・・・」
ムスッと不貞腐れて、下を向いて歩く。
足早に角を曲がったところで、勢いよく誰かにぶつかった。
「うわっ!」
「わ!あっぶね!!」
勢いよく山口がしりもちをつくと、ぶつかった相手が慌てた声を上げる。
「大丈夫かよ」
手が差し出されて、それに掴まって頭を上げると、見知った顔があった。
「・・・・・・・・・山下?」
「あれ?俺のこと知ってんだ」
彼はにぱっとファン用の笑顔を作る。
「お父さんかお母さんとはぐれちゃった?」
「山下っ、俺だって!山口!」
「山口?そういえばお前ぐっさんに似てんなぁ。ぐっさんもちっちゃいころこんなんだったのかなぁ」
山口の手をしっかり握り、そのまま起き上がらせた。
「仕方ない。迷子センターなんてないから、警備に連れてくか」
どうせ今暇だし。
そう呟いて、山口の方を見る。
「今から警備のおじさんとこ行こうな。そしたらお父さんかお母さん捜してもらえるから」
そして山口の手を引いて歩きだした。
誤解を解けない、というか説明も上手くできず、信じてもらえる可能性も低かったので仕方なくついていく。
何となく気に入らなくてぶすっとしていると、山下が視線を向けてくる。
「それにしてもぐっさんそっくりだなぁ。なぁ、お前名前何て言うの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・達也」
「おぉ!名前も一緒じゃん!!すげー!!」
驚きの声を上げるとともに目をキラキラさせる山下。
「写メ撮っていい?斗真に見せてぇ」
「嫌だ」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「嫌だって!」
携帯を構える山下に、山口は激しく抵抗する。
「何でだよ。可愛いんだから別にいいじゃん」
「可愛くないっ!」
「十分可愛いって。生意気だけど」
「この歳で可愛いって言われても嬉しくねーよっ!!」
「・・・・・・・・・この歳って、お前幾つだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「10歳かそこらだろ?可愛いって言われておかしくない歳じゃん。俺なんか二十歳超えたのに可愛いだぜ?ありえねぇ」
携帯をいじりながら山下は呟く。
「・・・・・・・・・・・俺もぐっさんみたいにカッコよくなりたいなぁ・・・・・・・・・・・」
その呟きに、山口は目を見開く。
自分を慕ってくる後輩がこんなことを思っていたなんて思わなかった。

「お、おった」
不意にかけられた声に2人は頭を上げる。
「城島君?」
視線の先にはほわほわと笑顔を浮かべた城島の姿。
「シゲ・・・・・・る君っ!!」
山口が一瞬言葉に詰まりながら城島の方に走っていく。
「・・・・・・・・達也〜探したがな〜」
言葉に詰まった理由に瞬時に見当を付けて城島がそれに応えた。
「その子、城島君の知り合いですか?」
山下がそれを追いかけて城島の傍に来て、そう首を傾げる。
「おん、知り合いに今日一日預かってて頼まれてん。でもはぐれてもうて・・・・・・・・」
「こいつがここまでつれてきてくれた」
演技がかった口調で山口が城島に伝える。
「さよか。ありがとなぁ、山下クン。やっぱ男前はちゃうねぇ」
城島がそう笑うと、山下は少し視線を下に落とす。
「そんなことないっすよ」
その頬は少し赤みがかっているように見える。
「山下クンはお昼食べたん?よかったらおっちゃんが奢ったろか?」
城島がそう言うと同時に山口が山下の手を引っ張る。
「行こーぜ。茂君が奢ってくれるなんて滅多にないから」
「えぇ?」
「もしかしてお昼食べた?」
「いやっ、まだですけど・・・・・」
「やったら行こか〜」
「あ、はい」

そして山下がこの子どもの正体を知って、謝り倒すのは少し後の話。





* * *





「楽しんだみたいだね」
後ろからかけられた声に、山口は顔を顰めて振り返る。
「・・・・・・・・・・長野」
とあるテレビ局の廊下。
笑顔で話しかけてきたのは子ども化の原因となった人物。
「俺お前に何かしたか?」
「ううん。最近忙しそうだったから」
にっこり笑うその顔には、どことなく黒い一面が見え隠れしているように見える。
「それと、実験」
そしてポケットから取り出したのは以前もらった飴。
「あの人にやる前に効果調べたくって」
「・・・・・・・・実験台かよ」
「お詫びに一個あげる。好きなように使ってよ」
そう言って長野は山口の手にそれを渡す。
「俺はこれから本来の目的を果たしてくるから♪」
そして、鼻歌交じりに通り過ぎていった。
彼の行き先にいるだろう次の犠牲者に憐憫の情を抱きながら、山口は手の中の飴を見る。
「・・・・・・・・・・・・・・」
微かに笑みを浮かべて、それを握り締めてポケットに突っ込み、彼もまた鼻歌を歌いながら本日の楽屋に向かった。




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初めての現実設定だったわけですが、いかがでしたでしょうか・・・。
やっぱり現実設定は難しいですね・・・・。こういう設定でお話が書ける方を尊敬します。

現実といっても微妙にパラレルなんですけどね。
小さくなったぐっさまを平仮名喋りにするかどうか迷ったんですが、漢字にしました。
頭は大人ですからね。
そしてウチのサイトでは初めて黒長野様光臨です。
黒長野様は白より書きやすいですね(笑)でも書いてるうちに白くなります。(特に一つ屋根の下)
そしてそして。山Pさんって、あんなんでいいんですか?
資料が手に入らなくて、結局、「負けず嫌い」「短気」「可愛いじゃない」というキーワードを元に書きました。
難しいね!気象さん以下は判りませんな(苦笑)

大変お待たせしました!!
いかがでしょうか、名無しの権兵衛さま。
お気に召さなかったら書き直しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。
改めて、リクエストありがとうございました!!

2006/03/29




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